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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines

フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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「南の島に 雪が降る」
戦中 慰問団の話
年配の方なら ご存知だろう
クリスマス気分を 出そうと
ハロウィーンなんかよりも ずいぶん前に
リビングに 小さなツリーを 飾った
早く出しすぎた
ツリーは すっかり
部屋の風景の 一部になって
明かりも つけなくなった
それでも クリスマスムードは
何となく 漂っている
フィリピンの 子供たちは
9月から サンタに 何を お願いするかを
もう かれこれ 長いこと 考えている
何カ月もの間 その時々に 思いついた
一番欲しいものが 明かされて
数日後には 簡単に 変わっていく
ああ もはや クリスマスに
何を プレゼントしても
どうせ すぐに飽きるのだろうな
という 予感しか しない
それでも プレゼントには 天使の笑顔
大人もつられて 満たされた笑みを 漏らす
生まれて このかた
サンタが 一度も 家に現れたことが ない
そんな子供たちの方が 多い フィリピン
貧しき家族 世間の 暗さと明るさを
どちらも 見過ごさず 見つめて
なんとか 希望を 見いだそうとする
フィリピン人って わきまえ 卑屈にならない
母親って 弱いのに 男より 強いしね
家族のことを 褒めまくり
子供を抱きしめ キスして育てる
たとえ 10分でも 濃縮した愛を 注げば
絶対大丈夫 だと 忠実に 守っている
シングルママだとて 罪悪感など 持たない
「ひとり親だから 肩身が狭い」
そんな子供も 居ない
家族とは こうあるものだ
ただ 寄り添い 生きていく 小集団 サンガ
そんなの 知るか!
生きていれば 色んなことが ある
温かさを軸に どっしりと構え
「よって たかって 子どもを 育む」
「わあ!」と 歓声が上がる その瞬間
貧しい中でも あり合わせの 食べ物を
皆で つまみながら
泣いて 歌って クリスマスを 祝う
どこにも 笑顔 どこでも笑顔
日が どんどん 過ぎてゆき
今年も 早くも 南の島のクリスマス
そこに 近づいてきた
「サンタは 寒いところに 住んでいるから」
フィリピンには いないんだよ
子供から そんな答えが 返ってきた
やぁ ごきげんよう お元気でしたか?
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
https://www.youtube.com/watch?v=KfUWILrjja0&feature=youtu.be&fbclid=IwAR3vrliIEyc7WRhFyOUkzNB3BNAID0eVkXwGkY53vurLT7YlYl6yfTXwfQg
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日本人のうち カ トリック信者は ごくわずか
その人たちに とって 教皇のミサは
一生に 一度の 素晴らしい経験
その他の 日本人には「へー」で 終わった
13億人の トップに立つ 指導者
どれほど すごいことか ピンとこない
日本で アイドルのように 消費された
宣教師のザビエル そしてフロイス
戦国時代 布教のため 日本に上陸
フロイスは 京都で 信長に謁見している
場所は 建設中の 二条城
将軍義昭の居城と するため
信長が お祭り騒ぎで 自ら指揮を とった
まさに その建設現場
信長は 濠に架けた橋の上で
フロイスを 出迎えた
せっかちな信長は 屋敷より
道端で 人に会うのを 好んだという
この日も 橋の上に座って
フロイスを 引見した
信長は 粗末な衣服を 身につけ
いつでも その場に座れるよう
腰に虎の皮を 巻いていたと
フロイスは 記している
フロイスは 別の箇所で
信長が 卑賤な身分の者
軽蔑されていた者とも 打ち解けて
話をしていたと 述べている
フロイスは 37歳で 信長の2歳年長
来日して 何年に なるか?
ポルトガルの親類は
あなたに 会いたがっているか
旅程は どのくらいか
北や南の国 その文明文化についても 問うた
神の教えが 日本にひろまらない場合は
インドに 帰るつもりか・・
会見は 2時間に及ぶ その最中に 信長が
遠巻きに見守る 群衆のなかの僧侶を 指さし
「彼らは 庶民を誑かす 詐欺師だ
自分は 何度も 彼らを皆殺しにしよう
そう思ったのだが
可哀想だから 放っておくのだ」と
大声で 叫んだという
信長が 仏教勢力に 手を焼いたのは 周知
フロイスの筆で 信長と僧侶たちとの
日頃の緊張関係が 生々しく伝えられる
信長は フロイスが 気に入ったらしい
キリスト教の布教を 許可した
フロイスらの「末裔(まつえい)」が
今の教皇だと いうところから 興味を持ち
歴史的な 理解をする
教皇が いじめや差別の問題について 述べた
「太っている と 言われたら
そっちが 痩せすぎなんだ」
そう言い返すんだよ! なんでも ないことだ
「日本は 経済的には 高度に発展した社会だが
今朝の 若者たちとの 集いの中で
気づかされたことがある」と 語り始めた
いのちの意味が わからず
自分の存在の意味を 見いだせず
社会から はみ出している
競争力や生産性を 追いかけて ばかりだと
日常生活で 感動したりする
感性が 失われてしまう
他者と共存していく人生を 喜べずに
心の鼓動は 止まってしまう
過剰な競争意識によって ますます 傷ついて
多くの人が 当惑し 不安を感じている
過剰な要求は 平和と安定を 奪う
そうすると 何が 起きるか
人は「信条」を 失う あるいは 志を
それが 欠落すると
いざというときに 踏ん張れない
失業や病気 家庭の問題 大切な人との別離
といった さまざまな苦境に 耐えられず
潰れてしまう
孤独に 耐え いつも神が 傍に居る事を信じる
何かに 逆上していること
常に 胸に宿しておく 前へ進むための
正しい「怒り」を 持つ
数々の不安によって 打ちのめされている
思うに任せない 人の運命を 知っていて
大丈夫だと 教皇が 背中を 押している
ボブ・ディランの「風に吹かれて」を
聴いたような 気分になった
「戦争が もたらすもの」言葉に込めた怒り
「焼き場に立つ少年」教皇は 取り上げた
千の言葉よりも 一枚の写真が 多くを語る
分かち合いたいと 世界に写真を 配布した
口を固く結び 息絶えた幼子を 背におんぶ
直立不動の姿勢をとる 10歳くらいの少年
亡くなった弟を 背負い 火葬の順番を待つ
炎を食い入るように見つめる
少年の唇に 血が にじんでいる
少年が あまりに きつく かみ締めているため
血は 流れることも なく
少年の下唇に 赤くにじんでいた
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―― フィリピン生活 15年以上が 経って
どんな変化が あったと 思いますか?
フィリピンで 70歳に なってみれば
それは 60歳の 延長では なかった
70歳の人が 黙ってると
迫力があって 本当に怖い
でも 満ち足りている ネアカ
自分より 先輩の人なんて
みんな 黙ってたら 石像ですよ
そういうことを 社会から 察して
コミュニケーションを とって
受け入れ られるよう 心掛けている
―― よく歳を取ると 丸くなると言いますが
そういうこと なのでしょうか?
丸くなったと いうか
人恋しく なったん でしょうね
やさぐれたまんま 生きてきた
成長期には 過ちも 沢山犯した
70になり 自分そのものが
自分の設定した基準に 到達できて いるか
いないか という事が 気になる
それは 自分に 言い訳のきかないことで
他人には 何とでも 適当に 説明できるけど
自分自身の心を 誤摩化したら 男は 終わる
何事も
「これで いい」より「これが いい」
誰かに 言われて
フィリピンに 居る わけじゃない
「これが いい」と「自分で 決めた」こと
失敗しても 人のせいに しなくて すむ
私たちは 人間であり 何か 目的を望み
人生の意味を求め 成就させようとする
クリエーティブを 維持しながら
愛する人と 一緒にいる 意味は そこにある
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持病もなく 70を 迎えたとき
「自分が ナナジュウ?」だって まいったな
タレント 堺正章(73) さん は 同世代で 元気
ライブ活動で 団塊を挑発してる ナイス
70歳になって 社会的な欲求よりも
個人的要求に 重心を置いた
自分の 好き 嫌いで 生き方を 選ぶ
好きなことだけ
嫌なことは しない
単純な 生き方に 切りかえた
そんなこと できるの?
やってみれば
生活が全て 遊びに変換された
他人が どう見るか なんて
そんなの どうでも いい
老齢だからできる 生き方は これしかない
目的も結果も 執着も野心も無い
欲望は 少しある「好き」に まかせた
それで どうかなっても かまわない
個人(自我)という 自分を持ちながら
個という 普遍になれれば 最高
我が儘は 自分を 消す作業
―― 好きなことだけして
遊んで いらっしゃるんでしょう?
そのために うんと 長生きして下さいね
ありがとう せいぜい この世の 残り時間を
愉しく 美味しく送りますよ
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脳卒中・心臓病・動脈硬化の対策には
血糖トレンドが 役立つ
ふ〜ん そうなの?
もずくは 塩抜きと水切りの
手早い下処理で 免疫力アップ
そんなに急いで どうすんだよ?
「△△を 食べれば コレステロールが下がる」
動揺する じゃないか!
みたいなニュースが 流れたり
テレビ番組で 大きく取り上げられたりする
まだ 動物実験の段階なのに
見出しや 結論だけが 独り歩き
あっという間に △△が スーパーから消えた
そんな事態を 引き起こす
長生き 健康 医療情報の氾濫
あらゆるメディアに とりあげられ
それなりに 大きな反響が ある
興味ぶかいのは
実績と権威のある 専門家が
正反対の提言を しているのに
互いを 攻撃し合わない 不思議
牛乳は 飲むな という医者が いる
乳製品は ぜんぶ駄目と断言
バターも チーズも 全て避けよ と
コップ半分ぐらいなら いいでしょう
そう言っている 医師が いた
さらに 牛乳やバターは 積極的に採れ
そう おっしゃる学者も いる
それなりに 学問的な背景が あっての発言
こちらは 迷ってしまう
なかには 牛乳は 牛の仔のためのもので
人間が 飲むべきものではない などという
非科学的な主張を なさるかたも
一事が万事 早期発見
早期治療を となえる医師も いれば
正反対の意見も ある
結局「ほどほど という ことですかね」
「そうだなあ」と うなずきながらも
納得いかない気持ちが 残る
昔はよく 手の中に クルミの実を握って
カチカチいわせている 紳士が いた
あれも 手の運動を 常時やっていることで
脳力を維持しようという 努力だったらしい
さまざまな 健康情報に ふりまわされて
今は勤皇 明日は佐幕 というのが
一般の人だろう
決定的な対処法が ないなら
右往左往で いいんじゃないか
右や左に ジグザグ ブレながら 進む船でも
進路は ちゃんと 北へ向っている
一直線ばかりが 行動では ない
右往左往しつつ
目標へ向かうという道も ある
物事を カッチリ固めてしまう必要 ある?
運動したり しなかったり
好きなものを制限したり しなかったり
どちらかに 片寄るより いいんじゃない
ぶらぶら 散歩ぐらいが 養生
自分の躰 自然体だと 受け止めている
退化していく 身体と精神を 治めていく
心と体の 同行二人(遍路)
ゆっくり 仲良く 歩いて いこうぜ
同じ目的を 共有する「相棒」
そこに 分け入り 加わってきたのが
自分の大切な人 ライフパートナー
70の男 酒を飲むとき あまり食べない
横に座った 大切な人 微笑んでいる
会話や飲む隙間を 上手に捉えては
食べ物を スプーンで 男の口に運ぶ
その 食べさせる姿は
『介護にしか 見えない』と 笑わせた
介護のネタで 笑いを取れる男は 恵まれている

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平均寿命が 40~50歳ほどの 江戸時代
数えで 90歳まで 生きた 葛飾北斎
清貧を 良しとして
衣食の貧しさは 気にしなかったという
江戸時代の人は 驚異的な健脚
当時の娯楽 伊勢参りや 富士山参拝
神社仏閣巡りなどの旅
長距離を歩き通せないと 楽しめなかった
80代で 長旅を繰り返した 北斎も
長寿に繋がる 健脚だったに 違いない
どんな 食生活を送っていたかは
よくわかっていない
煮売りをする 酒店の隣に住んだ 時は
3食とも 取り寄せた
寝る前に そばを2杯食べていた との話も残る
そばは B1 これか・・長生きの秘密
現代のように
スマホで たやすく写真を 撮るなんて
夢にも思わぬ 江戸時代
その海の青を ひたすら目に 焼きつける
最初の頃の波は 餃子の皮か パイ生地のよう
何十年も かけて 躍動感ある波を
描くように なった
「真理の追究心が 並外れて強い」
終わりなき 探求 まだ まだ 死んで たまるか
絵が 生きがい 生きがいは 長寿のエネルギー
江戸「一番近くて 一番遠い時代」
現代の私たちと つながっていて
当時のモノも たくさん残っている
なのに まったく違う世界のように 見える
当時の 江戸と同じ地面に
今 私たちは 住んでいる はずなのに
憧れてしまうのは なぜ だろう
近さと遠さの 絶妙な加減 だからか
歴史に 関心のない社会は
未来を夢見ることが できない
どこか 歴史に 触れれば
何かが プラスに動く
若い人たちは 明日に思いをはせる
人生後半に さしかかった 我々は
過去を振り返り 未来への足固めをする
どんな人からも
『この人 歳とったら つまらなくなっちゃったな』
そう言われたく ない
『やってみなくちゃ わからないでしょ』
常々と言える 大胆を 保っていたい
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「倒れる前の手続き・備え94」を 見て えッ!
タイトルを 見たとき
多少 ボケの来ている 身にとっては
94も 備えなきゃ 死ねないのか
94に エネルギーを 使い果たし
むしろ 倒れそうな 気がした
中身を よく読むと
そのような心配は 杞憂で あった
ほとんどが 自分とは 無縁だった
日頃から 十分備えているから
そんな 理由では ない
家族とは 離れ 会社にも 勤めておらず
貸家で 最低限の家財しかない となれば
そもそも 備えるものなんて なかった
そもそも セーフティーネットが ない
家族も 遠く離れていれば
自分が 倒れても 困るのは 自分だけ
残した人のために
何かを 準備しておく必要も ない
言い換えれば 自分など
生きていようが
死んでいようが
人もモノも ちっとも 困りゃしない
これ即ち 孤独と いうんだろうが
見方を変えれば 心配事も ない
多くのモノや 責任を背負っている 人ほど
備えねばならぬことも 増えていく
それを 一人前の人間と いうの だろう
自分は 一人前であることを 放棄した
無責任な 人間
しかし 歳をとれば
誰しも 一人前では なくなっていく
老後に備えて 無責任に なっていく
それは それで アリなんじゃ ないか
というわけで 備えどころか
保険も 全て解約しているのだから
それが 良かったかも
憂いなければ 備えも なし
あッ! 借家人の義務として
立つ鳥 後を濁さず
よく見たら 家財が いくらもない
後は 大家が 勝手に使えば いい
燃費のいい 人生である
厚労省が 呼びかける「人生会議」
人生の最終段階で 自分が どんな医療やケアを
望んでいるかを 家族と共有して おくことを
勧めている
自分は 何も望んでいない 会議も必要ない
大丈夫 だよ なりゆき まかせだもの
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成長期 食事にありつけると
どんぶりをかっこみ 味噌汁を胃に流し込み
ただ ひたすら胃袋を 満たすための食事に
全存在を かける
今は 躰を保つため 二度の食事を 自炊
料理は ごく当たり前の 習慣になり
気恥ずかしさのようなものも 薄れていった
しっかりした 鍋やフライパンも 揃っている
アリが たかるのを 嫌う コンロも ピカピッカ
自炊は 不味かったり 旨かったり
台所に しばられず 食べたいものを
家食だもの 料理名も レシピも ない
日々の リズムに合った 食材が 相棒
生きるために 食べつなぐ
鶏の頭と脚とモモ肉を使い スープを作る
家に 必ず チキンスープが あって
塩けが きいていて 温かい
これだけで 安心 前菜がわり
―― こんにちは 気づけば
Xmasの足音まで 聞こえてきましたよ~!
この時期になると 関係ないのに ソワソワ
料理のおいしさって なんて いうか・・
シンプルな料理だから 丁寧に
素材の特徴を 理解して作れば おいしい
適当に作っても 食べられるけど
おいしく作ろう と思ったら
何度となく 練習を 繰り返す
「本当に おいしいのか?」と 聞かれたら
「まあまあ」かな?
おみおつけの具 なににしょう
湯気から香る 出汁や味噌の よい塩梅に
心しみじみ
どこで いつ買ったか 使い慣れた皿
しっくりと いつの間にか 馴染んで
毎日に欠かせない 存在
手に 馴染んでくると
違った付き合い方も 生まれた
大皿には 鮮やかな食材を 盛り付ける
人が 集まる食卓
パスタや 焼きそばなど
締めの麺類を ドン と 盛る
青菜の焼きそば
塩と少しの オイスターソースを 絡めて
カラマンシーを 好みで絞る
日本風の焼きそばとは 少し違った
南国を思わせる 風味
白い皿に盛ると 鮮やか
どこか 異国の風を 含んでいる
幼い頃から 卵のアレルギーが あった 彼
メニユー選び いつも 慎重だった
最近になって 改めて 病院で 検査したところ
突然 卵アレルギーが 治っていた のだと いう
皆が おいしそうに食べていた 卵を
ついに 自分も食べられるのだと 意気込んだ
彼が 最初に選んだ卵料理は 親子丼
さぞかし 食べたら
世界が ひっくり返るくらいの 感激
そう思いきや
その感想は 冷めたもの だった
「どれが 卵の味か わからない」
出汁とか しょうゆとかの 味で
おいしいのは わかるけど
で どれが 卵の味?
リアルが 詰まった コメント
彼は その後 生卵に挑戦するため
すき焼きを 食べた
その感想も また 冷めたもので
「味が 薄くなった」としか 感じなかった
いやはや 斜め上をいく コメント
彼は その後も 色々な卵料理を 食べた
卵は 食べられない ものから
苦手な食べ物に なっただけ 切ない話
「大好きな店、教えて」と 聞かれたら
真っ先に答えたい店 しかし そんな店も
「好き」では あっても
「定期的に 通っているか」と 言われると
そうでもないことが 多い
「自分が 好きだということを
行動で 支援していない」
そんなこんなを しているうちに
「えっ なくなったの」と なってしまう
「そんな 気配は 少しだけ 感じていた」
「なくなってから 懐かしむ」では 遅い
当たり前だが 料理文化が 違う
幸せのジャンルも
日本とフィリピンでは 大いに違う
日本にいると 自分の性格は
社交的だと 言われてきた
フィリピンに来たら 内向的だと
日本人は 子孫を 多く残さなくなったよね
天(てぃん)からの 恵み
生まりたる産子(なしぐわ)
イラヨーヘイ
イラーヨホイ イラヨー
フィリピンでも 朝夕の冷え込みが 始った
人肌のぬくもりが恋しく ぬくとめ合う季節
さぁ 食べ 飲もうじゃないか 杯を上げよう
喜怒哀楽 重ねた杯に 飲む人の人生が 交差する
人生が 束の間の酔いに 垣間見える 人生の結晶
https://www.facebook.com/cnliziqi/videos/533455617510501/UzpfSTEwMDAwODYwOTM0MDIyODoyMTgyNzc2NzEyMDE5Mjg2/
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