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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines

フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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山路を 登りながら
見かけません でしたか
枝にモズが 刺した「はやにえ」
それを見て 北国 冬の雪を 占う
自然と寄り添い 暮らす人々
獲物の位置が 高ければ豪雪
低ければ少雪 今年は どうか
台風の傷も 癒えて いない
中程だったら 雪害もなく 安心
風邪の子の唇熱し乳やれば
やぁ ごきげんよう お元気でしたか?
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
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今日 誕生した 赤ちゃんも
100年後には 全ての人が 入れかわってる
ここにいる人 全部 いなくなって いるからね
あなたも みんなが そうなんですよ!
だから 今日を大切に 元気で 生きようとする
毎日を大事にしながら 毎日を怖れても いる
今日が 最後になってしまうかも しれないから
車に はねられるとか 暴漢に 襲われるとか
そういったことが あるかも しれないん だから
ただ 持ちこたえるんだよ その日 その日をね
寒さが身に染みる 鍋 食べてますか
アツアツを ハフハフ頬張るのが いい
具材の組み合わせ 味付けも 自由
「なんということなく 嬉しい」
みんなで 食事がとれる鍋は エコロジー
集う仲間の性格が 見える
調理を仕切る「奉行」
まめな「悪(灰汁)代官」
コンロを調整する「火消し」
食べて笑顔の「町(待ち)娘」
領収書を欲しがる「上様」
おいしい鍋は 出汁が きいている
しかし 22世紀の鍋は 味気ないかも しれない
名脇役であるコンブ 消失の危機
このまま 進むと 北日本の生息適地は 激減
最も厳しい予測では 今世紀末に
主要11種のうち6種が 絶滅の恐れ
日本海の 対馬海流(暖流)の
勢力が 強まる 一方で
太平洋側の親潮(寒流)が 岸から離れている
北海道 青森 岩手の産地でも
海水温の上昇が 続いている
藻場は 豊かな生態系を支える
「海のゆりかご」魚も 産卵場を 失う
海岸線が 少しずつ 住宅に近づいてくる
岸が崩れ ココナツの木が 次々と倒れていく
豪雨 猛暑 干ばつ 高潮 海面上昇
日本 世界で相次ぐ 自然災害
映画のCMで いえば
「全米が 泣いた!」とか
「今年度アカデミー賞 最有力候補!」とか
そんな事ばかり 言って いたのでは
もう なんのインパクトも ない
それと 同じで「100年に 一度の豪雨」
その表現は もう警告とは ならなかった
CNNメディアを はじめ 世界の多くは
『気候変動』と 言わず
『気候危機』と 叫んでいる
生態系の頂点に立っている 人間
地球に対する 責任を負う
大袈裟 人類の危機? 嘘でも ホラでも ない
オオカミ少年が 本物のオオカミに 出会ってしまった
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日本を離れ 暮らしている
日本人は 優しく 礼儀正しく 誠実
道は清潔で 町は安全 自然は豊か
何を 食べても 外れなく 美味しい
嫌な気分にさせない もてなし
外面だけで 評価される 日本
失われて しまったものが ある
日本人は 気付いていた それは 希望
テレビを見たり ネット記事を読んだり
あるいは さまざまな人と 話してみて
「日本は これから どんどん良くなっていく!」
その「希望」を もっている 人が
ほとんど いない いや 全然 いない
日本には 問題が 山積み
ほとんどの問題は 解決策がある問題
希望— それ自体は
幸福の一様態にしか 過ぎない
だが ひょっと すると 現世が もたらし得る
一番大きな 幸福で あるかも しれない
いつか 気付き 大事を知る時
日本人は 失った希望を 手に取り戻す
団塊が 死滅した後 だろう
知性を持って 世界の静かなる 中心の国
高潔 清廉な日本民族 礼儀正しさに おいて
アジアに 例を見ない 日本たる誇り日本人の姿
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ダバオと言って
分かる日本人は まず いない
フィリピンで ある事も 知らない
気に入ったのは ここの風
カラッとした 良い風が 抜けていく
肌が喜んで 浮かれているのが わかった
風に吹かれて 初めて知る ダバオ
この季節 朝の光が 柔らかく
季節風が 強くなってくる 予兆
真上から 刺すような 鋭い光も いいが
斜めからさす 軟らかい方が 好み
フィリピンの海で リゾートを 満喫してる
インスタを 日本で見ていた あなた
「いいなぁ・・」
それに比べて 俺は こんなクタクタな
パジャマで・・ なんて こった
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むかつくトンネルを うろつく
中学生のわが身を 振り返る 反抗期
親の顔など 見たくも ない
家出してやる ささやかなことで
そんな衝動に 何度も 駆られた
訳の分からぬ 憤りが 突然 吹き上がり
どうにも 自分を 制御できない グレてやる
少し遅れて ブレーキが 利き出すのが 分かった
きれいごとでは すまさないよ この憤り
60歳 むしかえした反抗期? だって
道理の分からぬ 年ごろでも なかろう
しかるに ほうっておけば よろしい
そうかな? ブレーキから 足が 離れていた
テストの 心得
限られた時間を 上手に 使うため
難問に挑むのは 後回しにせよ
後回しにしてきた 難問が 残された まま
今 まさに ダバオで 難問に 取り組む
時間は 残り少ないぞ 人生の受験者 60歳
それで 見事解けた 試しが あったか どうか
「老後」と いう
楽しむ時間が 消えた 日本社会
70まで 働けだって
いつになったら 遊べるんだよ
見放された 老後
自分が 生まれた国なのに
隠居する場所が ない 大事にされない
それが 我が母国か 愛せない「日本」
今を くよくよ悩むより
老後を 変える行動
遊べ 楽しめ それが すべてだ
老後の虚無感への したたかな 抵抗
どんなに 悲惨でも つぶされまい
自分で 何とか 自分を 助けだす
自分の軸足を 日本の外へ
日本という「世間」から
フィリピン「社会」へ 移す
しなやかで 現実的 老い生活の実践
自分の 手の届く範囲で
自分を 楽しませていこう
テストの模範解答に なるか どうか
何を していようと
何かを しようと していても
決めるのは いつだって 自分自身
自分の神殿の 自分の神に たずねなきゃ
すべては 自分次第
フィリピンに
正解も 不正解もない
合うか 合わないか
老後は 短い
自分の気持ちに 正直に 生きる
唯一の 正解
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60が 家出
海から流れ着いた者
この街には・・
「何か あるんじゃ ないか」
ここか? 辿り着けたのか
特徴のない 地味な灰色の街
「よく来たねえ」と 迎えてくれる
そんな人 いるわけない 誰も
それでも 心は 解放され
空も 人も 海も明るかった
ダバオが 提供してくれたのは
ひとり相撲の 舞台だけ
裸一貫 一人になったことを 楽しめ
お前 どっから来たんだ!
何が あったんだ!って
若い国 胸や尻 長い足が 目につく
微量のエロスが 街に 混じっていた
近くにある ビーチを 訪れた
波の音や潮風を 感じながら
沈む夕日を 眺め 思った
観光に来るような場所では ないな
家々から 立ちこめる 夕餉の香り
醤油 砂糖 酢が 煮詰まった 匂い
だんだんと 灯ってゆく明かり
人が 生活している気配が
東京より 濃厚に 伝わってきた
知らない街なのに
歩いている人も 街並みも
なぜか とても 懐かしい感じが して
今は もうない風景を 思い浮かべた
実際に訪れ 見たことで
遠くの国では なくなった
「なにを 探しに いらっしゃったん ですか?」
なんでも ありますので 旦那 さあ さあ どうぞ
ここで 何かしたいの かって?
「何もしないが」楽しいんじゃ ないか
南国では あるが 楽園では ない
でも それも 心の持ち様だろう
フィリピンの かたすみに寄生
好奇心と情報力と経験が 力強い相棒
過程を経ることで「なまなましさ」が
剥がされていった
ついに このときが 来た!
自分に とって ダバオの街が
死に行く老いを 過ごす場所
「快楽の館」と言う名の 家を賃りた
生計は 年金のみ タイトロープ
自分で 決めたことでも 寂しくなる
好きなものを食べ 好きな酒を飲んで
知り合いと 好きなだけ 語り合う
元気になれる 自分の居場所
希望を託す老後 信じられる 拠り所
「自活するには イエス ノーを
はっきり言える ジジイに なる」
「自分の意見 本音を言う」
これが なかなか 難しい
自分の中に 確固たる信念が あり
わかって もらいたい ならば
それは 言葉にしなければ ならない
空気は 読むが 使わない
この国の人が 自分と同じ 考えで
あるとは 限らないの だから
60歳 直前 選択した 老いの南国生活
異国で シングル・ライフだもの
結構 こたえるが 体力は まだ 僅かある
淡々と 暮らし続けて いれば
花が咲き 実を結ぶ
土もよくなっていく 生きられる喜び
振り切ったり 割り切ったり
限界を 知ったり
あきらめられないで いたり
これ全部 いいも 悪いも なく
異国で作る 自分のカタチ
感じることを
腑に 落とす を 続けて いくうち
あれ またまた 自分に こんにちはって
えらく 自分を 面白がってる 自分
根が 真面目な日本人には 手強い国
フィリピンで 負った傷は 治り難い
でも きっと大丈夫
足がすくみ 失敗を 怖がれば
新しい事に 冒険できない それで
移住したくても 出来ない方が 多い
失敗を 通してしか 本当の意味で
学ぶことが できない
知っている人から 見たら
笑ってしまうような 遠回りを
すると思うんですよ
縛るものが 無くなった から
海のそば 移住生活
はい そんな 南の島暮らし
やりたいと思ったら やれば いいし
やめたいと思ったら やめれば いい
ハデかなと 思ったが
恥ずかしながらも 袖を通して 街に出掛けた
すると「似合ってる」と
思いのほか 評判がよく うれしかった
歳を取る毎に
明るい色で シンプルな服を 選ぶ
自分でも 気持ちが 晴れる
周りの受けも いい
「ジジイなのに そんな色 着たりして」
フィリピンでは 通用しない「若ぶって」いい
こぎれいなら 周りに 迷惑が かからない
フィリピンを 書くのは
人間や 人生に対する 興味が あるから
歳を重ねて 再び出会う 自分のカタチ
ただの 友達だと 思っていた その人が
のちに 大切な人になる という話は また いつか
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自分は ダバオに 引きこもり
日本では 高齢者が 部屋に引きこもる
寒い外が 嫌な だけかな・・
冬になって 食物が なくなると
キリギリスは アリを 訪ねた
「私が 汗水流して 働いていたとき
あなたは 何を していたの?」
アリの意地悪な問いに キリギリスは 答えた
「私は 歌って みんなを 楽しませ
元気づけて いたんだよ」
働くことしか 知らず 生きる喜びを
これまで 感じたことのなかった アリは
「では これからは 踊って暮らしましょう」と
キリギリスを 迎え入れ 食物を分け
一緒に歌い踊り 楽しく冬を 越した
これでは「地道に 将来に備えましょう」
その教訓が 得られない じゃないか
キリギリス的に 生きようとか
アリみたいに生きて どうするんだ とか
自分が 好きで働く どこが 悪いのか? とか
食べ物に 困らず
寝てても 凍死する 心配のない
暖かい場所に 移り住めば
アリギリスの老後を 選べる
誰でも 自分の 小さな檻の中に
引き蘢ろうと する
居心地のいい 小さな箱にね
でも 自分で その くだらない小箱を
こじ開けて 違う考え方を 取り入れる
日本が つまらないとは 言って ない
いつも 面白いなあと 思って 見てる
そこに映っている 日本が 嫌だとか
つまらなかった と しても
その 今の つまらなさを 反映している
こんな形で つまらなさが 現れるのだな
冷静に 遠くから眺めている
日本に いたときは
『周囲に よく思われたい」見られたい
いつも 他人の目を 気にし動いていた
自分にも 世間にも 嘘ついて 嫌だった
ダバオで 空気を読むなんて 不必要
自己邪念が あった スペースが 空いた
人に対する 優しさ みたいなものが
そこに 入り込んで 心の中を埋めていた
『フィリピン人は 日本人を だます』
黙っていれば 無意識に 刷り込まれている
知識を無視して 感じたことを 受け取る
社会とは 人と人とのつながり
社会との関わりが 増えると
人は 無意識のうちに 感性を 鈍化させる
フィリピンに 真正面から 向き合う
人の営みは奇麗事だけでは 成立しない
人生の安息を得る上では 負の存在も あって
それは避けては 通れません
住人と 同じ舞台に立てる 邦人だけ
見る事が 出来る 世界が 広がっている
美しい瞬間に 気づかせてくれる反面
見なくてもいい 知らなくてもいい
社会のひずみに たまった澱(おり)すらも
感じ取っている
美しさも汚さもあるダバオは
ありのままの人間を 許容する島
ただ 体を休めたり 悲しくて嘆いたり
人間が 人間らしくいられる場所
人が 人を思うこと 愛こそがすべて 抽象すぎるかな
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フィリピンで 何をし 何を考えるか?
目の前の 現実しか 信じない
心が むしばまれるのを 一番怖れた
人間は 頭に描いた 自分世界を 持ち
そこに意味を 見いだそうとしている
物語 価値 信念 どれも
自分の心が 紡ぎ出すもの 信じている
その上で 自分には
何が 出来るのか 何が したいのか
自分の強さも 弱さも もろ露出させ
老後人生は なりゆき いかん
経験は 言葉などより 重い
音楽と愛だけで 生きる かすかな光
解放され 思うがままに 遊び
自由を 謳歌 まさに 欲望の赴くまま
でも やがて 物足りなくなる
やりたいことを やってるのに
なんで 楽しくないんだ
移住者になることが 大事なのでは なく
自分が 自分に納得できることが 大事だった
納得できれば また 新鮮な楽しさ 見つけ出せる
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ダバオも ここ15年で 洗練され
彩どろられる 街になった
「変な邦人」も 見かけなく なった
クネクネさん フワフワさん
パーマさん といった キャラクター
優しくしたいし 優しくされたい
そういう「安心のようなもの」
何となく 受け取っている
気力にも 体力にも
限りが あると 感じている
ヤル気が 出た日
好きな事だけに 絞って やっている
あと 10年が やま
寂しい晩年 となるのか
極楽往生に なるのか
南国の光を 受けながら
自分の老いを 想像する
何の迷いもなく なんでもありの 暮らし
朝から日没まで 極めて ぜいたくな
時間と空間の中で 過ごす
どこよりも この島に いることが
穏やかでは ないかと 思い込んでいる
ダバオ「めいわくかけて ありがとう」
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銀色の長髪に 金色の眼をした店長
熱々のおでん おいしいですよ
あと 今日のお稲荷さんは
とっておきの おいしさですが
お一つ いかがです?
「あ じゃあ お稲荷さんセットに
おでんを・・ こんにゃく 牛すじ 大根
がんも と 一つずつ」
おでんとお稲荷さんは 郷愁の象徴
心が帰るところ 静かに待っていて くれる
よそゆきの味では ない
一人で 食べるものでも なく
誰かと 笑い合いながら 食べる
優しい食べ物
お稲荷さんは「おふくろの味」
母親が 作る素朴な お稲荷さん
運動会や遠足の ご馳走 大好物
とっておきの おいしさ
「たそがれ食堂」の お稲荷さん
勝手に 口の中が 甘辛い味で 充満してくる
子どもの頃から 好みが 変わっていない
「たそがれ食堂」の 店長は
おでんと お稲荷さんに
どんな思いを 込めているのだろう
店長は 狐の神様です
なにしろ 神様ですから
性を超越した 存在
店長が 街の人々を 見守るまなざし
果てしない受容と 優しさ
お店の レジカウンターの 中にいて
おでんの鍋を温める時や
美味しい お稲荷さんを 用意する時
店長は 子どもたちの 帰りを待つ
母のような 気持ちになっている
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