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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines

フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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「1パイ だけな」 同僚と 暖簾をくぐる
だらしなく いい感じに 酔っぱらって 電車に乗った
思わず寝込む 気づいたら 最寄駅よりも
もっと奥の 終点まで 行ってた
酒が 旨く感じ始めた 40代 毎日 飲んだ
独り酒も その頃 覚えた
駅員に 起こされて
知らない駅に ポツンと一人
その電車が 終電だった
最寄駅まで戻れないし
寒くて駅舎では 眠れないし
あのときは「ヤバイ」って 思ったよ
酔ったときの終電
電車に乗ってると ついウトウト
でも 終電に乗るときは
「この電車を逃したら やばい!」って いう
強い意志を 持ちながら 乗っていた
それでも 乗り越す方が 多かった
フィリピンに暮らし 70を超えた
南国であるが 人生は 初冬に 入った
そして それは 去年思っていたより
ずっと 厳しい季節だった
今までにない ままならない感覚で
歩いて行かなきゃ いけないんだな
先輩方は みんな そういう季節を 経てきた
そんな方たちから したら
今の自分なんて 鼻で 笑われちゃうくらいの
小僧なんだろう
いろいろあっても それを 受け入れて
イキイキ装う 先輩方の存在は 心強く 励み
みんな なにより のんびりが 上手
本を読んだり おしゃべりしたり
プールサイドで ぼ〜っとしたり
海辺で 風に吹かれ ビール飲んだり
若い娘と 無邪気に笑い合ったり
思い 思いの時間を ゆったり過ごしてる
フィリピンには “のんびり” が ある
時計を 持たない 焦らないし 縛られない
自分が 理想とする「時間」 ユル ユル
これって ごく当たり前の ことなのでは?
時間は 他人に押しつけられるものでは なく
自分で 作っていくもの
社会から逃れた時間が そこに みえる
「これは もともとあった時間」
「これは もとの時間に 付け足された時間」
“もうちょっと ノンキで いいんじゃない?”
立ち止まって 考えてみたら 誰でも わかる
そう言っても なかなか難しいん ですけどね
やぁ! みなさん ごきげんいかがですか
あなたの心と躰 お変わり有りませんか
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
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炊きたてのご飯に ふりかけだけで いける
揚げたてコロッケに ご飯があったら
ソースかけて もうそれは 大御馳走
こわごわ 黄味に醤油の たまごかけご飯
一食だけで 一日やりくりする そんな時間
東京下町 商店街の活気は 昔ながら
煮物 揚げ物 焼き物 好きな総菜を買って帰れる
浅蜊メシもね それが 江戸からつづく時間
半額を選ぶ 江戸は 独身の町だった
揚げ出し豆腐 半額じゃないけど いいか
老いて 下町での 独り暮らしは 楽しそうだ
いいもの食べたいとか じゃ なかった
現役の頃 会社の接待で
おいしいものとか 連れてってもらって
社会人になって 初めて 贅沢なものを 食べた
おいしいなって 思うんだけど
遠慮してしまうから
もう お腹いっぱいって 噓ついて
ホテル帰って おにぎり食べてた
仕事が 残ってるときは
接待断って 別れるときも ある
その後 どこに食べに行ったかと 思って
次の日「どこに 食べに行きました?」
みたいなことを 聞かれたときに
ホテルで 握り飯食ってたって
そしたら すごい怒られた
食に対する こだわりとか じゃなくて
やりたいことを やっていたい という
満足が 先に立つ
その感覚は 昔のまま 今も 保たれている
何が楽しいだろ 何が楽しいですか?
なんですかねえ まあ でも
エアコンとかを 気兼ねなく使える
エアコン ずっとつけられる 幸せ
それが 贅沢なんですよ
何か 新しいものを 欲しいん じゃなくて
いままで 我慢してたもんを
気兼ねなく できるってことが
最高の贅沢みたいなところは ある
今 すっぱい「都こんぶ」で 日本酒を 吞んでる
からく あっさり味が 合う
意味のない時間 飲むだけ それは 何もしない時間
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「ジジイには 旅を させろって」
航空各社に おいて
手荷物は 無料で機内に持ち込める
ただし 重量制限が ある
手荷物が 制限オーバーすれば
超過料金を 支払わなければ ならない
どうする?
たった 2キロだよ OKしてよ
フィリピン人のための フィリピン航空でしよ
なんで 貧乏人から 金取るの
ジェルさん 空港女性係員に 噛み付いた
「持ち込み手荷物は 7キロまでです」
無愛想な顔で 笑顔も見せず 計量した
「あなたの手荷物は 9キロです」
「2キロのために 金を払うの 絶対イヤだ!」
金もなかった 支払いを 断固拒否
どう この場をクリアするか 頭ん中 グルグル
力技 フィリピン人だから やる
おもむろに キャリーバッグを 開けた
その場で 片っ端から 服を重ね着しだした
3枚のトップス 2着のズボン
4枚のカーディガンを 着た 雪だるま
どうだ さあ! 計れ バックを 放り投げた
手荷物は 5.5キロまでに 減っていた
勝ち誇ったように バッグに 服をもどし
意気揚々 搭乗ゲートに 向かった
お金は ないけど 時間は あった
空港は 外国への入り口
いつでも どこにでも 行かれる
ここ この国に 閉じ込められては いけない
空港の そんな囁きが 聞こえてくる
今と違って 昔は
行き先や 時間の表示機は
パタパタ 音を立てて変わる仕組み
それを 見ていると 知らない国に
引きずり込まれて いくよう
表示器が 止まって しばらくして
ひとつだけ 寂し気に パタンと変わった
聞いた事もない 航空会社が 表示された
どんな人が 表示器を 操作してるのだろう
空港にいるから 自由な気持ちになれる
空港は 広くて機能的で
いろんなところに つながっていて
朝から ビールを飲める所が いっぱいある
空港にいれば 興奮してる
旅に出ると「基本の自分」に 戻れる
普段 近視眼的に 目の前のことや
自分の暮らしに 終始してる
外に出ると 自分の大きさが わかる
旅先では 自分の荷物と 自分自身が すべて
長い旅でも 持てる範囲の物しか 持てない
けれど それで 暮らせる
旅では 自分に必要なものが わかる
自分の実力も わかる
何を 恋しく思うのか
誰に 会いたいと思うかとか
普段 気がつかないことが わかる
旅先で感じる 自由の正体は
どこにも 属していない 自分を 感じられる
属性が 一時的とはいえ 外れるので
旅に出れば 基本の自分に 戻っている
―― 基本の自分?
何も持っていなかった時の 自分ですね
書くことと 読むことも
自分の中では 基本の自分に戻る 旅と一緒
書く時も 読む時も 自分は ただの観察者
旅に出たときも そこに いるのに
いないもののように なる
物語が 充満してる空港
場所があって 人がいて 時間が 流れれば
そこに物語りが 生まれる
どう 観察しても 分からない
どこの国に 何をしに 行くのだろうか
堂々 一人旅 体が強ばっている 男や女
予定調和に 終わらせたく ないし
どうなるか わからないまま 書いていたいし
読む人にも どうなるか わからない まま
読んでほしい
時間を流す うまく時間が 流れたとき
場面が どうなっているか
人が どういうことを 言うか
どんな服を着ているかが わかってくる
―― 旅とは 戻りたい場所のようなものですか
いや 基本の自分は
逃れられないものとして ある
独りだということの 確認かもしれない
そして まだ 生きている ということの
普段は
自分が 独りだということも 忘れてる
まだ 生きているということも
周りに仲間がいて 大切な人がいて
生きているから わざわざ 言葉にしない
旅に出ると
ああ独りだ まだ生きているなって 思う
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南の国 フィリピンでの時間
異国で暮らすのは 自由が ほしいから
外国で暮らすと 自由なんです
それは 本当に 自由なわけでは なくて
自分が 社会の中に 入っていない
外国人である と いうだけ
社会のしがらみの中で
生き抜く勇気が ないから
逃げ出している だけなんです
自分は 社会生活不適格者
例えて 即興劇で 日本人の自分が 夫の役
フィリピンの女優が 妻役を演じた場合
どうしても うまくいかない
それは「夫」「妻」という 概念が
生まれ育った国の 文化によって
夫婦感が 全く異なるから
性別や年齢や肩書という枠に
さらに 国の違いが 加わると
それぞれの着る 衣の差というものが
より 鮮やかに 浮かび上がってしまう
女も 自分の文化を 背負っている
男は 男で 日本の文化を 背負っている
日本人同士なら まだ コミュニケーションが
やさしいけれども
相手は
違う文化や
違う宗教を 背負っていて
違う政治形態の下
違う育ち方を している人たち
コミュニケーションが 難しくなる
ですから 胸襟を開いて・・という ことは
あり得ないんですね
自分では それほど 意識していなくても
理解というものは
自分の生まれ育った環境で 受けた
教育の範疇で得た 理解であって
限定された 教育 宗教 文化によって
分析された 理解でしか ない
どの国の人も それぞれの地域で
限定された 教育や宗教 文化の中で 生きている
そして それは それぞれに異なる
それらが ぶつかり合い
簡単には 理解できないと 知ったとき
どうなるのか ──
「どんな人も まず 排他的になる」
どうすれば いい ──
自分を 認めて
相手の思考を 認めた上で
なにか そこで 交わる接点を
見つける努力が 必要になってくる
我々は 互いに
それぞれの『真実』を 持っている
それを 認めた上で
『The真実』を 探そうじゃないか
ということ なのですが
自分は 常に その姿勢で いたいと 思う
互いの真実は 認め合った上で
その どちらでもない「The真実」を
ともに 追い求めていこうとする
これこそが コミュニケーションの 第一歩
20年弱 フィリピンに暮らしていますが
いまだに フィリピン人の 頭の中が
どうなっているのか わかりません
どうして こんな思考が 出てくるんだとか
どうして こんなことを 言うんだとか
理解できない ことばかり
世界は 地続きであり
我々は コミュニケーションし合えるという
前向きな考え方も もちろん 大事ですが
つながった 地面の上には 海があり
自分達は その海に隔てられている ということを
きちんと 理解していないと いけない
海のこちらも 理解して
海のあちらも 理解していないと いけない
自分の中に 埋没してしまわないように
絶えず 相手とのコミュニケーションのことを
考えているので
自然と そうなっているのかも しれない
外国で 生活するときには
貧しい ボキャブラリーで
どれだけ 自分の思っていることを
伝えられるか という点は
大事に なってきますから
表現は コミュニケーションですから
相手あっての ものです
老人と若い人で あったり
人と犬で あったり
あるいは 生きている人と
死んでいる人という場合も あるでしょう
しかし その人を『思う』ことで
コミュニケーションは 成り立つ
相手あっての 表現だということは
忘れずに いたいですね














