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           ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
              Last Life Shift In Davao Philippines

             
            フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                  「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
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こじんまりした ダバオ空港に 旅人が 降り立つ
着いたその足で サマール島に渡る 桟橋へ向かった
目の前に横たわる島 バンカボートで 狭い海峡を渡る 

白砂のビーチ 波際まで突き出した
色鮮やかなテーブルやデッキチェア
透き通った海に 興じる人たちを 眺めつつ
笑顔に迎えられた 潮風に吹かれ ビールを飲む
テーブルの下に ひたひた潮が 満ちてきた
火照った足先を さざ波が 洗い 冷やす 

異国で カッとなってしまう日本人を 見る
自分の言い分を 押し通そうとする 自意識

知らない国と つきあえば
自分が 当たり前だと 思っていることを
激しく 揺さぶってくる

常識の中で 暮らしている 日本人
常識というルールが あってこそ
日本での 社会生活は 守られる
そこでは 大切なことだ けれど
ここでは 別の事を 大事にしてる

フィリピンでは フィリピンに従う

日本人は 服を ぬらしては いけない
そう思って 暮らしているから
その 思い込みを 解放してあげる

フィリピン人は 服を着たまま 海に入るし 
躰を洗うのも 服着たままの事が ある
「ぼーっと 常識のシャワー浴びてんじゃねーよ!」
フィリピン人に 叱られた?

フィリピンと付き合い 年を重ねると
どうせ 思い通りに ならないの だから
あるがままに 任せ バカになれば いい

この国では どんなに長い列でも 
老人と妊婦は 先頭に誘導され 優先で用を足せる
当たり前でしょ と 弱い者を いたわる

旅人は ほろ酔いで ロッジに入り 夕方まで午睡

夕食を終えて 静まり返った ビーチを 散歩
ロッジのテラスで くつろぎ 強い酒を飲む

舞台は フィリピン・ミンダナオ島
ベッドの上で 太陽の光に 起こされた
椰子の緑が 気持ちよさそうに 海風と踊り 
見た事ない 鳥の声を 聞いている 

南国は 自分の暑さに くたびれたか
朝は 涼やかな空気が よぎる
ゆるやかで かすかな季節の うつろい
旅人は 食欲も 睡眠欲も たっぷりで
死にそうな気配は 毛頭ない

ロッジ・テラスまで 大きな お盆を捧げて
スタッフが 出前してくれる 朝食セット
もう 子供たちの歓声が 海辺から聞こえてくる

地獄には 死んでから 大魔王に連れ去られる
生きてる間は 天国気分を 満喫しておく 
ここは パラダイス・アイランド・リゾート

やぁ! みなさん ごきげんいかがですか
あなたの心と躰 お変わり有りませんか
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
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暑い中で食べる ピリ辛チキン
キンキンに 冷やされたビール 
南国で食べ 飲むから 全てが ご馳走!

フィリピン「笑顔は 国の手形」
どの人も 言葉の前に 笑顔が ある

あなた 目の見えない赤ちゃんが 笑うって 知ってた




ビール あと 500本 持ってこい!
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「で 何が 楽しいんですか?」と 

「人が 喜んでくれることが 一番楽しい」

大切な人たちの 喜ぶ顔を 見るのが 嬉しい

「笑顔 それが 此処に居る 理由ですか・・」

スペインから 受け継いだのだろう
フィリピン人は 童女のように 喜びを 表す 
嬉し泣き 抱き合い 叫び 歌う 陽気が 伝播する




優雅に 歳を重ねる 
優雅さというものを イメージしたとき
心の平安を 保つということでは ないか

「どんな状態にあると 自分が 嬉しいか」
「何をしたら 自分が 喜ぶか」を 問いかける 
答えに 心の平安を得る 優雅さが 生み出される

人を 喜ばせるためにも
まず 自分が 生きることを 喜びたい




夕方 5時 シャワーで 一日の汗を 流す
乾いたシャツに 着替え テラスに出た

小さな テーブルに
氷を浮かべた グラスをおき
タバコを くゆらす
ジンロックだったり ラムも悪くない
ゆったりと 椅子に 身を委ね 何も 考えない
まもなく 今日が 終わる



小学生たちが 路上で戯れる声
脱いだサンダルで 熟したマンゴーを 落とそうと
樹に向けて 何度も 投げつける 男の子 

落ち葉を燃やす 隣家の煙が
海風に乗って漂う 秋の匂い 郷愁

小庭を眺め 目線を 空に投げる
白い大きな鳥が 二羽 東から西に飛ぶ
空港に向かう飛行機と 交差した
ねぐらに 帰る サギのツガイ

夕暮れ雲は 灰青色の時も あれば
だだっぴろい 薄青の空に 
ぽつんと 月が 孤独に浮かぶことも
同じ夕景は 二度ない

昨日 あれだけ綺麗な 夕焼けを 見たから
昨日の夕焼けが 今日も 見られる
そんな具合には 人の世は できないもの


 

ひと 人間同士の関わり
「水平の関係」の 中で 生きている
「垂直の関係」は 自分と宇宙 大自然とか
人間を超えた 何か と いった
絶対的存在との関係の中で  命を繋ぐとき 
全く違う自分に なれるものだ

6時近く つるべ落としに 薄闇が 迫る
家に入り 食事の支度に かかる

昼のナポリタンを 炒め直す
台所に いい匂いと 音が 満ちる
熱した鉄板に乗せて 目玉焼きを 添えた 
フランスパンに ビールの夕食



 

デザートは むき身にした果物 ポメロ

皿を洗い 外をうかがう
すでに 静寂の暗闇に包まれていた

ひとりきりで 生きていくことを
自ら選び取るでも なく
それが 当然のこととして 生きている

友達が いるとか いないとか
幸せだとか 不幸だとか
従わざるを得ない 動かぬ「状況」の下に
自分が いるわけでは ない

自分の人生だもの 今 この瞬間から 
ひっくり返したかったら ひっくり返せる

のび盛り 生意気盛り 花盛り
老い盛りとぞ 言はせたき者
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どうすんだよ・・

自分が ナニも できないことを 知っている

スービック 学校に通えない子ども達に 私塾を開き 
未来に希望を与える 日本人女性(39)を 知った
どこまでいっても 人間に優しく 貧困を憎む
フィリピンだから しょうがないに 屈してない

経済発展しても 何で 街が 汚い まま
何で 農民は 貧しいままなんだ と 

上海から スラムが 消えても
フィリピンの都市からは なくならない

若い者が 仕事に就かない 
彼らの周囲が 皆そうで
生まれてから ずっと 諦めて生きている
何か 突出した才能に 目覚める事でも なければ
自分の世界という 思考に なれない 教育貧困
それが 数百年も 続いてきた

「辛抱して働いていれば 必ず報われる日が 来る」
養子の息子に 自分は 何度も 語りかけてきた

あなたの価値観を 教えたければ 時間を かける

フィリピン嫌いな人
日本人的感情で 結論ありき
フィリピンは汚い そして ここが ダメ
フィリピン人は ウソつき となる

フィリピン好きな人
目の前で 起こってることを なぜ? と 考え
自分なりに 解釈して 
こんな部分も あるんだな
違った推論を 同居させている

結論ありきだと フィリピンは 見えない

フィリピンのイメージを 振り切りたければ 
他に 集中することだ 
たとえて 目の前の勃起だけが 生きがいの
年寄りで あっても それに 集中する

嫉妬と性欲には 意識的な抑制が 利かない
それが生じれば 支配されるしかない
支配された人間は 悲しい
支配されつつ 起こす行動を 理性が 笑い
笑われながらも 止められない自分に 疲れ続ける

フィリピンに 発狂したら 
バカな 別人になったと 思わないと いけない 
もう 別人な わけだから 
バカを 死ぬまで やり通さないと いけない

幸福という場を 求めて
前に前にと 急ぎ歩んできた 我々日本人
もしかしたら とっくに その場所を 見失い
通り過ぎてしまっていた のかもしれない
誰も 気付かない ままに

でも どこかで 自分にとって 何が 大切で
何が 幸せなのか 一人 一人は 考えている

自分の考えや 価値観で 自分らしさを 守る
それが 個性だが それすら 変化しても いい
「みんなと同じ」そう なって しまうのは
もったいない だろ

フィリピンは 心鎮め 自由になれる場所
フィリピンに 自分は 目一杯 甘えている
フィリピンは 相づちを うってくれたよ

別の自分になって 心の琴線を 保守する
そのため フィリピンに 居続ける
その事を 理解したから 
フィリピンを 自らに 引き寄せた

死んだら 誰が 香華を 上げてくれるのか
そういう人を ここに残しておける なら
はかない 人生だった なんて 思わないで 済む

自分より 人の幸せを 祈るのは 此処に居る 証し
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クソくらえと 思った

「何が 正しくて 正しくないか」
そこんとこを 突き詰めすぎると
生きることを疑い 制限が かかる

現実な体験を していれば なんとかなる
自分が 思っていた結果でなくとも どうにかなる 

70代となり 時間の貴重さを 肌身で知った
大切な人と どう時間を 濃密に過ごすか
もう その時間が 大事な だけ

海を 漂い ある日 港を見つける
数日 泊まるつもりが 数ヶ月になり 数年に
最初目指した場所も 忘れてる
どこでも よかったんだと 思えるほど
この場所が 心地いい 今が 気に入ってる
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ストイックな 健康法的なレシピは 皆無
無理なく 生きるための 自炊

食べたくなった時 
食べたいと 思ったものを
好きに 調理して食べる 自由

なに 食べたい
「餃子って いったら ・・」

味噌汁と カレーと 餃子
どんなに 変な できあがりでも
それだ と 名乗ることが できる
おおらかさが ある

フィリピン家庭料理に 餃子が ない 不思議
皮に包むだけで 中華のそうざいになる

餃子といえば
豚肉で白菜でニンニクとしょう油 みたいな
その ふつう そうだろう って 思ってるだろ

その感覚って ものすごく いびつだよ

え!

いびつを 捨てて 歩み寄って いくと
どういう餃子に なるだろう かなって

耳たぶの やわらかさになるまで 皮をこね
粉をまぶしながら 薄く広げて 型で丸く抜く 
二人で おしゃべりしながら あんを 包む
同じものは 作れない 一粒 一粒 全部 姿が 違う

美味しいもの 食べたいから 包む
キツネ色になるまで 焼いて 食べる
「たかが 餃子!」




食客は 好きっていうのも 自由だし
口に合わないって いうのも 自由
 
自炊の力さえ 備われば 
言葉が 喋れなくて 異国に移住しても 死なない 
自分が生きる 自炊

餃子に対する いびつな感覚を 捨てる
あんでなく「餃子のタレ」を 試す




街中華店 定番の黄金比
「醤油 お酢 ラー油」
「醤油5:お酢4:ラー油1」
餃子の味を 普通に生かしてるタレ

今 ブーム?「お酢と黒胡椒」
テレビ番組で 紹介された とか
お酢の表面を 覆うほど
たっぷりと 黒胡椒を かけた タレ
「これだと 餃子が 生きる うん 美味い!」

続いて 九州で 人気を集める
「ポン酢と柚子こしょう」
九州では 餃子のタレに ポン酢を 使用する
通の人は そこへ 柚子こしょうを 加える
「柚子の主張が強すぎ 好きに なれない」

最後は 漫画「美味しんぼ」で 紹介された
「黒酢と砂糖」の タレ?
作中に出てくる 中国人男性が 好んで 食べていた
主人公・山岡士郎が 勧められて 食べる
「結構イケるぜ!」と 称賛した味
恐る恐る 食べてみた「確かに これ美味しいな!」 
甘みが 邪魔にならない! むしろ 引き立てている

自分も フィリピン人も 同じだった
「酢と黒胡椒」のタレ
邪魔されず 餃子そのものを 味わえた!