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           ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
              Last Life Shift In Davao Philippines

     
            フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                  「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
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の 若い世代では 桑の実や 無花果の実を
樹から もいで 食べたことが ある人は いないだろう

イチジク 秋に 実が熟すと 厚い皮が 自然に裂ける
中には さきっちよが 淡紅色をした 半透明の実が
歯で 皮にそって 実をしごき そのまま 口に入れる
甘酸っぱい 完熟は 不気味な美味



 

南国の日常に ちょっと退屈し 現実から 逃れたい
そんな時 時代小説を 読んでいる

そこは まさに「大人の ユートピア」
自分が いま置かれた状況から 強制的に 江戸に戻され
思うがままに 想像世界に 遊ぶ

市井の人々の暮らしが 活写され 郷愁を覚える

強い印象を 残すのが 酒肴の描写
解き放たれ つかの間の 安らぎを 覚える

登場人物と共に ひと心地 つきながら 酔いを 味わう

旬の料理には 季節と 下町の暮らしが

「八月」は「茄子と白瓜」
瓜の漬物 茄子焼きの 香ばしさ
生姜との味わい 鮮明に 思い出させる



 

梅雨があけ 水茄子が 出始めたか
酒の肴として みずみずしい 箸やすめ

茄子を 自分で漬けるのは 難しい
鮮やかな 紺色を保つために 入れる ミョウバン

匙加減に ひと苦労するだろう
どの家庭にも 漬け物名人 お母さんが いた

目の前の季節を どう面白く過ごすか 

年齢を 重ねるうちに 良さがわかる 料理
「小鍋だて」具材は 浅蜊と白菜 だけ

よせ鍋は それぞれの味が 
ひとつになって うまいのだ けれど
ひとつ 一つの 素材の味わいが 得られない

昔は火鉢 今では 卓上コンロ
鉄の小鍋を乗せ 出汁を はる
平たい竹ザルに 浅蜊と白菜

涼しい風が 部屋に入り込む
9時を 過ぎたか 周りが 静かになった 晩  
小鍋を間にし 大切な人と 晩酌を やりとり 
身振り手振りで サムライの話しなどして 笑う
おだしは 薄い鰹だし 頃合いで 足しながら
白菜は 温めるイメージで 葉野菜が 香り立ち 
浅蜊は クセなく 腹にもたれる事は ない
酒は ぬる燗が 似合う

「向こう三軒両隣」が 江戸の人情
おせっかいで 気の良い人たち ばかり

江戸の料理は 奇をてらわず 洗練されていた
東京の下町には そんな店が 今に 残る

若かった頃 大人の世界を 垣間見たくて
そうした 下町の名店に 背伸びして通った

江戸の人って「大人」が カッコよかった

いまみたいに なんでも かんでも
「お子さま 最優先」なんて あるはずない

現代の子どもたちに
大人像というものを 誰が 示せるだろう
吉本も かんぽも モリカケは 言うにおよばず
いい大人が みっともない 謝罪で 頭を垂れる
カッコ悪い さらし者の TV映像を 見ていれば
子供が 大人にがっかりし 尊敬する気など起きない



 

「大人の たしなみ」
なみなみと ビールを 注ぐな
寿司屋で「通」ぶるな 

「食」に対する 大人の流儀
蕎麦でも 寿司でも「出されたら すぐ食べる」

「ガツガツ食え!」とは 言って ない
冷たいものは 冷たいうちに 暖かいものは 暖かいうち
味わいつつ 素早く 手早く いただくのが 礼儀

「カッコいい 大人」とは
「しびれるような 生理的興奮を与えてくれる 存在」
「美しさ」や「崇高さ」などの 上位概念とも いえる
「善」の要素も 含まれる 真善美が そろって
本当の意味で カッコいい大人を 感じている

あぁ〜  なんだか 腹 すいてきた

やぁ! みなさん ごきげんいかがですか
あなたの心と躰 お変わり有りませんか
赤兵衛 と 改名しようか・・
あっかんべ〜の洒落(しゃれ)
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
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間の「根っこ」だって?  

演歌のことか・・

暑いんだから 難しい事 いいっこ なしだよ〜

根っこ はて? なんだろう と 目が 宙に漂う
真剣に考え 答えに窮した 手も足も出ない

腕組みし しばし無言 脳は 混乱しつづける

数分たち 痺(しび)れを 切らした あなた
ヒント だそうか・・

その時「まだ 言うんじゃねー」と 自分は 叫んだ  

オーストリアの精神科医・心理学者
ヴィクトール・フランクル著
『それでも 人生にイエスと 言う』
その本に 書いてあった 事実

フランクルが かつて観た 患者の一人に
若い 広告デザイナーが いた
彼は デザイナーとして 成功し
多忙な生活を 送っていたが
悪性で 手術もできない 脊髄腫瘍に冒され
手足が 麻痺状態となった

入院して 仕事をあきらめた 彼は
病院でも 猛烈に読書をしたり ラジオで音楽を聴き
他の患者と 会話を交わして
入院生活を 意味あるものとするよう努力を 続けた

そのうちに 病気が 進行して
ついに 翌日までは 持たない と なった時
フランクルが 当直医として 午後の回診で
この患者のそばを 通りかかった

患者は フランクルに 合図して 呼び寄せ
苦しい息の中で こう伝えた

午前中の主治医は 回診の際
いよいよ 彼の死が 迫ったら
最期の苦痛を 和らげるために
モルヒネを 注射するよう 看護スタッフに 指示した
それを 耳にしていた 彼は フランクルに こう言った

今夜で 私は「おしまい」だと 思う

それで いまのうちに この回診の際に 
モルヒネ注射を 済ましておいてください
そうすれば あなたも 宿直の看護婦に 呼ばれて
わざわざ 私のために 安眠を 妨げられずに 
すむでしょうから と・・

この患者は 人生の最後の 数時間でも
まだ まわりの人を「妨げ」ずに いたわろうと
気を 配っていた

フランクルは 人間が 追求できる価値として
この患者を 例に 説明している

自分の可能性が 制約されている ということが
どうしようもない 運命であり
避けられずに 逃れられない事実で あっても
その事実に対して どんな態度を とるか

そのことにより 実現される「人間の態度価値」だと
死の数時間前にも フランクルに 気遣いを したことだった

 


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ランクル自身が 
ユダヤ人 強制収容所 体験の中で
彼なりの 態度価値を 発揮していた

収容者たちが 考えることと 言ったら
日に一度の 食事で配られる スープに
ジャガイモが 浮かんでいたら よいなあ とか
強制労働を始める前に こわい監督に あたるか
やさしい監督に あたるか という
目の前の事ばかりに なっていた

フランクルは
「もっと 人間に ふさわしい」事で 悩もうと
気を取り直してみたが なかなか うまくいかない

そこで 今の強制収容の生活から 距離をおいて
高い位置から 眺めてみようとした

それは いつか 収容所生活から 解放され
自分が ウィーン市民大学の 講壇に立って
いままさに 収容所で体験している この事について
講演をしているのだと 想像した

その講演には
「強制収容所の心理学」と 題まで つけた

 

実際に 戦争が 終わって 収容所から解放されて すぐ
その時に 考えた内容を ベースに 講演をしたのが
書き上げた本『それでも 人生に イエスと 言う』だった
フランクルは 言う「生きていることの 意味」

 


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きることに 理由が ある人は
  どのような状態にも 耐えることが できる」

収容所のような 極限の状態で 生き抜くには
自分が 生き続けなければ ならない理由 意味を
しっかり 意識していなければ 死んでしまう

フランクルのいた 収容所の棟に
ブタペストから連行された 脚本家が いた

彼は ある日 夢の中で
「私は 未来を 予言できる 知りたいことを 問え」
その声を 聞いた

そこで 彼は
「アメリカの部隊が やってきて
   私たちを 解放してくれるのは いつか」
と 質問した

答えは「3月30日」だった

3月中頃 フランクルは 発疹チフスに かかって
衛生室に 入れられた
4月1日に 回復して 棟に戻った

脚本家 彼の姿は 無かった

聞くと

3月の終わりが 近づいても
戦況は 一向に 良くならず
彼は どんどん 元気を 失っていった
3月29日に 発疹チフスで 高熱を 出し
30日に意識を失い 31日に 亡くなった

3月30日に 解放されるという 希望こそ
彼が 今の 苦しい収容所生活を 耐え忍ぶ
心の 支えだった

それが 失われた途端に 死んでしまった

フランクルは 精神科医として
心を病んだ 患者に対する 治療法は
精神的な支え 生きていることの意味を 与えることだ
人間は 自分の生の意味を 必要とする 存在

 


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べての 可能性を奪われた 極限状態でも
人間には 態度価値を追求する 自由は ある
それによって 得られる意味が 人間を 救い支える

フランクルの指摘から 思い起こしたのは 
少年兵 特攻隊員の こと・・

暑い8月 日本は 敗戦国となり 終戦

戦前 2万人の日本人が ダバオに移民
アバカを栽培 マニラ麻に加工し
船舶用ロープなどの生産に 従事していた 

多くの人が 現地の女性と結婚 道路 港を整備
工場の他 学校も 病院 商店も 日本人街が 出来た
当時の日本国内より 遥かに 豊かな生活を 送った

移民の内 1万人が 沖縄の人だった
先日 最後となる 沖縄墓参団100人が 見えた
ダバオ市 郊外 日本人が 名付けた地 民多留
ミンタルにある「沖縄の碑」を 訪れ 供養された

往事は 遺族家族300人が 墓参りに訪れたが
皆 高齢となり 今年が 最後の墓参と なった

米軍侵攻により 男達は 強制帰還 又は 山に逃れた
日本人が 造り上げた 街の痕跡は 全て破壊され
比妻と家族は 同じダバオ人に 迫害され 身を隠した

移民の歴史は 資料館にのみ 残されている 

最初の特攻機は 此処 ダバオの
日本海軍飛行場から 出撃していった

鹿児島に 知覧特攻平和記念館が ある
出撃前日の特攻隊員たち 5人が
仔犬を抱いて にこやかに 微笑んでいる 写真

特攻隊員と言っても 17歳から19歳の
操縦未熟な 少年飛行兵たち
明日にも 死を迎える 過酷な運命を 前に
どうしたら あんな あどけない笑顔を
していられるのだろう

この写真に 残された いきさつ

出撃前日 少年たちが 仔犬と戯れている所を
偶然通りかかった 新聞記者
「君たちは いつ出撃ですか?」と 聞いた
「私たちは いよいよ 明日 出撃します」
でっかい敵艦を 沈めてみせます
決意溢れる返事が 返ってきたので
慌てて 撮影したという

彼らが 幼くて
死の怖さも 理解できなかった
そう思うのは 間違い
少年飛行兵たちは 三角兵舎という
窓もない 半地下の建物で 起居していた

不寝番が 夜中に 見回ると
頭から すっぽり毛布を 被って
肩を 震わせながら 泣いている 特攻少年隊員

知覧特攻平和会館で 30年も 語り部として
来館者に 特攻兵たちの思いを 語ってきた
川床剛士さんは 彼らの心中を こう推し量る

特攻作戦が 始まった頃の 鹿児島は
連合国の空襲により 大きな被害を 受けていた
祖国の現状を見た 特攻隊の 若者たちは
「ああ もう 日本は 負けるのだろう」と
思ったことでしょう

それでも 戦争に負けるのを ただ 手をこまねいて
待っているわけには いかない
自分たちが 敵艦を 一隻でも 二隻でも
沈めることによって 祖国が救われ 

親きょうだいが 助かるので あれば
それも また 立派な命の使い方では ないか

そして 戦争が 終われば
きっと また 日本が 復興する時が 来る
その時 後に残った者たちが
自分たちの分まで 懸命に 祖国再建に向け
頑張ってくれるだろう
 
自分たちが 特攻で 死ぬことに よって
再び 素晴らしい祖国が 築かれるに 違いない
願いと 祈り
後に残る者たちを 信じることが できたから こそ
彼らは 笑顔で 沖縄の空へ  旅立っていけた

そうは 思っても
いろいろな未練が 残るのが 人間

死ぬことへの恐怖
人間として この世に 生まれたのに
僅か 十七、十八歳で 死ななければ ならない
悔しい思いも あったでしょう

彼らにも いまを生きる 若者と同じように
夢があり 希望があり やりたいことが
たくさんあった

愛する祖国や 家族のためにという思いと
夢と希望を 諦めなければならない 悔しさとの 葛藤

その葛藤を 抱えながら
前夜に 三角兵舎で 泣くだけ 泣いて
翌朝には 仲間たちと「俺も頑張るからな」と
互いに 肩を叩いて 励まし合い 出撃していった

立派な 人間としての 態度価値
そして 敵艦を 一隻でも 沈めて
それが 祖国と親兄弟を救う ということ
後に残る人々が 自分たちの 分まで
祖国の復興に 尽くしてくれるだろう 思い

彼らの生に 理由と意味を与え 

彼らの心を 支えて 仔犬と遊ぶ 笑顔となった

 


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に対する 自信と誇りと愛情」を「根っこ」と 呼ぶ 

 

日本人だけの ものでは ない
それぞれの国 国民に それぞれの「根っこ」が ある

国民総生産のように 共通尺度で 

優劣を競うような お国自慢では
互いの国に対する 理解を 深めるような
会話は 成り立たない

また 自分自身にとっても
虚栄心を 満足させるだけの ことで
深いところで 自分を支える 自信や誇りには 

つながらない

固有の歴史や 文化 国柄など
国の先祖が 営々と築いてきたものに 関する
愛着の籠った お国自慢で なければ
我々を 心の底で 支えてくれる
「根っこ」には ならない

態度価値の概念を 考えれば
この点を 簡明に言い表せる

自動車生産とか 国民総生産は
国民の活動の結果として 生まれた「創造価値」で
それは 親の金持ちぶりを 自慢するような もので
自分を 励ます志には つながらない

固有の歴史や 文化 国柄など
国の先祖が 営々と 築いてきたものが
先人たちの「態度価値」

長い歴史を通じて 多くの先人たちの 遺した
様々な 態度価値が 積み重なって 
歴史や文化 国柄となった

若者は 伝統を嫌うのが 常  だが いずれわかる

日本なら 何処の山にも 竹林は ある
昔ながらの 腕の良い職人による 竹細工

先祖伝来の竹細工が 残っている
その精緻な手技 比類のない形の美に
あらためて 目を見張る 無性に新鮮

暮らしの中で 絶えず使われる 実用品に さえ
手をかけて 粋をこらす

しかも 自然の理に かなっている
竹の買い物籠は コンビニのビニール袋よりも
何十倍も美しく 堅牢で 永年の使用に 耐え
不要になっても やがては 土に還る

合理的と言う 響きの良い言葉の陰で
日本人が 何処かに置き忘れてきたものの 名残り

匠の手になつた 竹は 手品のように しなり
細やかに編まれて 無のように見えた空間に
見る間に空気を取り込んで 優しい形となっていく

先人の 職人たちの態度価値への 共感も
日本人である 「根っこ」の ひとつ
様々な「根っこ」が 我々に 自信と誇りを与え 
生きる意味を教え 我々なりの志を 育てる

態度価値が 創造価値や体験価値と 異なるのは
小さな国 遅れた国 貧しい国 フィリピンも そうだが
建国の英雄とか 国民のために尽くした 偉人が いる
そうした 先人の「態度価値」に 対して
フィリピン国民が 共感する「根っこ」を 知る

産業の発展度合いや 芸術のレベルでは
何も 自慢することがない 国であっても
自国の 先人の態度価値に対する 共感は 持ちうる 
それが 彼らの「根っこ」

「根っこ」を 大切にする 日本人なら
他国民の「根っこ」の 大切さも 理解 尊重できる
日本人としての 矜恃を持ち 国際社会で 
他国民と一緒に 心を合わせて やっていける

根っこを 整理できれば うまくいく

人間 やるために 生きている
あなたは そんな事を さらりと 言ってのけた

 


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分の モヤモヤを 人に当てちってるかも しれない

このままの世界で あれば 無条件で 愛せないから
危機感を 言葉に出して 少しでも 理想に向かう 
その 過程に いなければ 死んでしまう

こう生きるべきだと 手本になる カッコいい を
一人一人が 探し求めなければ ならなくなった
その「人倫の空白」に 直面

カッコいいかが 重要な モノサシに なった

政治参加について
政治意識を 持つのが『カッコいい』
自分の意見を 言うことは 正しいだけでなく
『カッコいい』

問題点を 指摘し
改善することが 社会を 良くする

世界が 完璧なら そんな必要も ない

生きるということを 考えれば
社会システムと 関わらざるを 得ない
社会的な発言を 行うのも 自然な こと

社会と個人の関係について 
若い人たちを 見れば
自己責任論の行き着く果てを 感じる

社会と自分を 切断している
社会は 安定していて
自分の状況は 自己責任だ と
そう思わせている 構造自体が 
日本社会の不安定さを 何よりも 示している

人間の一生が 社会構造に 大きく左右される
それに対する理解が 若者には 不足している
いかに 生きるべきかについての 行動指針が 弱い

あるべき社会の 姿についてのイメージが 薄いから
みんな 自分の肌感覚で わかるところで
安易に「だよね〜」と 語り合ってしまう

自分の都合を 超えたところに ある
「公共性」を 意識する感覚が 稀薄
だからこそ 唐突に 公共性というと
「国家」に 飛躍してしまう

国の役に立つ 国に迷惑を かけない・・ とか
そうじゃなくて いいことをした人を 尊敬する
その空気や文化「公共的な 善とは 何か」の 問いに
社会で 向き合っていかないと 日本は 狂い死にする

社会に生きる 一人一人が
それぞれ事情は あるだろう けれど
立ち戻ったり 参照したりできる
フレームワークの その「種」の ようなもの
示すことが できれば いいな それは 思ってる

その土台に 「カッコいい」が なっていけば 嬉しい

電車に ベビーカーと一緒に 乗ってきた人が いた時
公共的な考えを 持ち合わせて いれば
社会に 新しく生まれてきた命を 大事にして
子育てしやすい環境を つくろう という思考になる

ところが 日本の 少なくない 人たちは
「こんな所に 乗ってくる方が 悪い」
「朝の通勤電車は 働く人のための ものだ」みたいに
自分の事情の延長上に「マナー」が あると 考えてしまう 
非常に 幼稚な態度 

フィリピンには キリスト教が あったので
人から 褒められなくても 神様が 見てくれている
その伝統が ある

人は「誤る」という可能性を つねに もっている

そういうとき ふつうの人間が 生活の中で 育てている

“まっとうさ”の 感度から この誤りを 

立て直すことが できる

その声を 聞いてほしい

 

自らが属する 社会へのモラルを 再考させる
時代の 新しい現実性に迫ることの困難と 苦闘

これは 現代の格闘する 若者に対する友情

 

「生産性」という 尺度によって
人生の価値が 暴力的に 決定され
いずれは 社会から「不要」という烙印を 押されて
ポイ捨て  されるのではないか  そんな
生きづらさを 抱えた人々の 差し迫った 恐怖 不安

自分も 突然 リストラされた 不安が 現実になった 一人

職場を 社会的承認の柱とする 人生モデルが 崩壊
それらと 並行して 地域コミュニティなどが 衰退
「社会的孤立」に 陥る人々が 溢れだした

悲劇は 不安にまみれて 起こる 
生きる理由が 見つけられず 自死に至る 心の貧者

カッコいい と 根っこを 意識したら 何か 変わる


見ていると 幸せになるのは 人の笑顔

だから 笑っていよう

笑っていると 人は強い 笑顔は 自分だけでなく

周りの人も 強くできる

そして 人のぬくもり それに かなうものは ない

実際に 触れていなくても 優しさとか

そういうものを 感じながら 日々を 過ごしたい

自分のこと なんて いつも 後回し

そんな 生活の中では 休憩が 大事

連続で動いていると 気持ちに 余裕が なくなる

5分あったら いったん目を閉じて 完全に 力を抜く
実際に 休憩すると なにか 変わった気が する

 


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ログを 書き 気をしずめてきた
それで ダバオを 飛び出さずに 済んだ? 

言葉にしにくい 日常の感情を 書く
普段の生活で 言葉に ならないけど 
気になること 自分には ずっと 気になる

気になること 書けば 落ち着く

電車が 地下から 地上に出るときの感じ
閉塞くから 解放された よう

言葉にしたい と いうよりは
なんで 気になるのかを 考えている
考えるのは 言葉だから 考えた言葉 それを 書く

誰かと 共通点を 探して  ○が 多かったから 共感だと 

自分は そう思わない

そうした共感が 支えになる事も あるだろうが
答え合わせをするような 共感では なく
自分以外の人の 人生を想像するような 共感も ある

 


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とり飯で 味わうもの
ご飯を 食べることが 好きだが
家で ご飯を食べる 時に 省略したくなる

料理が 苦手とか 外食が 好きとか では ない

買い物から 帰っても 
自堕落に 身を 投げ出さないで
シャワーを浴び てきぱき着替え 
肉 野菜を 冷蔵庫に収める

ちよっとでも 気を緩めたら すべてが 億劫になる 
独り暮らしに 億劫は 崩壊を招く 危険な言葉

家で ひとり食べるのが たまらなく 嫌 
そんな日が ある 

1人暮らしを 始めて 長い年月が 経った 今でも
家で ひとりご飯を 食べていると
不安で 心細くなってしまうことが・・

だから 外へ食べに行く ひとりで
同じ店に通い 同じものを 注文する

いくつかの店で 自称・常連
お店の人に 積極的に 話しかけたりしない
常連とは 認識されていない と思う

いつもの 日本料理店で はじめて
「いつも ありがとう」声を 掛けられた

ダバオの ダウンタウンは
「活気」と「閑散」の ちょうど
中間くらいの温度が 心地よく
日本料理店は 少ないが 点在する

日本の 中華チェーンの店 ダバオには ない

真っ赤な看板に 堂々とした 黄文字で 描かれた
「南国酒家」の文字「南国」と「酒家」の 間に
チャイナ服を着て  ラーメンを 持つ少女の
楽しげなイラストが あしらわれている

ポップな 外観ながら 馴染みのない食堂

ダバオには 飲める食堂として「呑ん気」が ある
他にも 渋い酒場が いくらでも ある
つい つい そちらに 足が 向いてしまい
南国酒家に「入ってみよう」と 思わなかった

中華チェーンに 擬態した
地域密着型の 飲める食堂で あるらしい
行ってみるかと 腰を上げた!

7月の終わり 平日の午前11時 晴朗
街に出れば 必ず吸い込まれる 店に 
今日は 目もくれず 南国酒家を目指す

「ここか?」と ガラスドアから 中を覗き込む 
数人の客が いた 思いきって 入ってみると
スパイシーな香りが 漂っている

おじさん二人が 酒を飲んでいた
これは 楽しくなって きたぞ・・と 
店の奥に 身を移した

おじさん2人組は
「余生を 謳歌してるぜ」という
オーラを 発していて 常連の ようだ

店内は 奥行きがあって まずまずの 広さ
マックスで 40人くらいは 入れそうだ

一歩 足を踏み入れた だけで
「ここでは 何も 急ぐことは ないですよ~」と
言われているようだった 静かな空気に 満ちていた

奥の窓際の席
四人掛けのデコラのテーブルに 落ち着き
早速メニューを 広げる 

大きな画板の様な 写真付きの メニューブック
おつまみの 盛り合わせ見たいな料理を 選べれば
いいのだが 初めての店で そんな芸当は 無理



 

酒類は「ビール」「生ビール」?
大衆中華料理屋らしく 幅広いメニューが 揃う

店を回してる 愛想のいい オジさん オバさんたち
若い従業員は 一人も 見かけない 

遠慮がちに 手を上げて 呼び止め
「まずは 飲み物を・・」
生ビールと 切り出すと ごめんね~
今 瓶ビールしか ないけど  いい? 

ふと 隣席を 見ると
上機嫌な おじさんふたり組の前
ビールの空き瓶が 7本も並んでいる はは いいね
もっとも 小瓶だが まだ 飲むつもりの ようだ

ビール到着 ジョッキ全体が 霜で覆われ
キンキンの 冷え冷え ぐいっと 煽る
いつもながら 暑さを吹き飛ばす 爽快感
一気に 全身に満ちる

外は まだ 午前中の風景
現実感の薄い状況に 頭が クラクラ いいぞ いいぞ

レギュラーメニューから
マグロのキニラウ(鮪と大根 レモンの 酢のもの)
そして ポメロサラダ ポメロは みかんの親玉みたい
グレープフルーツに似た 実と
夏みかんのような 食感を活かした フルーツサラダ
「おつまみ」として 2品を 頼んだ 

ここから 攻めることにしよう

すぐに キニラウ到着 
小皿料理の範囲内だろう と 思ったが
二人前は ある ボリーム 酒欲に 火がつく



 

続いて ポメロサラダ これが すごい
ポメロの実が 折り重なるように 皿に盛られ
たっぷりの 醤油ベースのドレッシングが かかる 
甘辛 甘酢ダレと 焦がした ナッツの歯ごたえ
千切りの大根 人参 キュウリで あえ さっぱり
これ1皿でも だいぶ長く 楽しめそう
深皿に たっぷり盛られていた

メニュー選びに ミスは なかった けど
これ ぜんぶは どう考えても 多すぎる
ゆっくり じっくり この2皿を堪能して
帰ることに なりそうだな・・

ビールを 飲みながら 

キニラウの大根を ポリポリ
ポメロを もぐもぐ やっていると
店員さんの ひとりが 
自家製の漬物を サービスしてくれた

 

キュウリと大根を甘酸っぱく 
そして ごま油の香りを きかせてある
ニンニクも加えて漬けた 韓国風?



 

ビールを もう一度 おかわりし
おつまみも すべて 平らげた 完全に満腹

入れ替わり 立ち代りやってくる
お客さんたちは 昼食のテイクアウト
電話で 注文しておいたものか すぐに持ち帰る

隣席の オジさん達 シメは 温麺だった
食べている 麺の湯気が 差し込む陽に 照らされて 
やけに うまそう

店員さんに聞けば この店 なんと24時間営業で
どの時間帯も 居酒屋みたいなもんだ とのこと
一体 どういうニーズで 存在してるんだろう・・

考えて ふと思い至った そうか
ここにいる人たち 全員 未来の自分か

この店公認の 常連に なれるかもしれない
皿から 目を上げて 店内を見渡すと
店員さんと目が 合った 
勘違いして 注文を取りに来てくれ ちゃったから
うろたえて ビールを おかわり してしまった

「とても うまかったです!」
自分は 妙に ハキハキと答えていた
そう 記念日だ ビールを 飲み干して 帰った

やっぱり お店の方に 話しかけて もらったり
よく来る人だと 認めてもらえると 嬉しい

「今日も ビールで いい?」と 声を掛けられる
そんな ちょっとしたやりとりが とてもうれしい

そして 今夜も
ただ 酒を飲み 生バンドの音楽に浸りたい 
アポビューホテル バー「ブルールーム」 
ダウンタウンの中心に 出掛ける 夜

満員のカウンター席を セクシーに さばく
3人の女性スタッフのことを 眺めつつ
「ダバオのチャーリーズエンジェル!」と
心の中で 呼んで 憧れのまなざしを 送る

スタッフと 常連さんの やりとりを
見るともなく見る そこに 心地よさを 感じる
 
「箸で 食べることに なってる
   ソフトクリームが 日本には あるるんだ」
チャーリーズエンジェルの一人に 話しかける
「え〜 ほんと!」と 驚きの大声を あげる

他の 二人のエンジェルも 聞きつけ 近付いてきた
日本の地方 花巻という ところではね・・
みんなが うれしそうに 箸で 食べているんだよ
ジャ〜ん バンド演奏が 突如 始った 
つづきは このあとでね 耳に触れんばかりに
唇を寄せて エンジェルに ささやいた 

ひとり飯を していても 独り酒でも
ご飯や 酒だけで なく
食材を お店を お店にいる人を 歴史を
さらには 土地を 味わっている
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