□□■─────────────────────■□□
ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines

フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
□□■─────────────────────■□□
100年前の 七夕の日
乳酸菌飲料カルピスは 世に出た
1979年に『Japan as No.1』という 書籍が
ベストセラーに なったころは
世界で 日本は 飛ぶ鳥を落とす 勢いだった
しかし その後 世界を 驚かせた勢いは
急速にしぼんでいき 低迷の時代が やってきた
弱肉強食の醜い姿が 今 浮き彫りになった
それでも 最近では
「Japan is cool!」などと
日本を 褒めてくれる 外国人も いた
身の回りにいる 外国人に
「日本って すごいと感じる 瞬間ある?」と
聞いてみて下さい
ロシア出身(30)の方からは
「道路」や「ガードレール」が 素晴らしい
ロシアの道路は デコボコで
歩いているだけで 泥だらけになる
日本の道路は 全て きちんとしている
自分も フィリピンに来て 最初に 驚いたのは
道路が 立派に整備されている事だった
50代のスコットランド出身(50)に よれば
「日本のお酒は 本場を超えるほどの 美味しさ」
サントリーの「山崎」や「響」
ニッカウヰスキーの「余市」とか
もはや 本場と肩を並べ 超えている
ビールも! 日本のビールが 大好き
「アサヒスーパードライ」美味しいですよね
スコットランドにも
有名な ビールのブルワリーが ありますけど
「アサヒスーパードライ」の キレのある喉越しと
すっきりした 飲みやすさが クセになります!
生中などと言わず 大ジョッキで バンバン飲んで
フィリピン出身・30代
ノーベル賞授賞者の 出身地を 見ると
アメリカやイギリス ドイツ フランスなど
欧米に 圧倒的に 偏っていますよね
それでも アジアの一国である 日本も
少なくない数の 偉大な受賞者を 輩出してきた
フィリピン出身の方は 驚いていた
日本の 偉大な 科学者のおかげで
多くの人が 救われます
アメリカが 他国を けた違いに 圧倒していますが
アジアでは 日本が 抜きに出ていると 思います
たくさんのノーベル賞受賞者を 輩出するのは
本当にスゴい
よく気が付いてくれた あなたも エライ!
カラオケや インスタントラーメン
乾電池など 世界で 慣れ親しまれている
日本の発明品の数々や
自販機と公衆トイレが 多いのに 驚いた
生活に 身近な「トイレ」
マレーシア出身の方に とっては
素晴らしい 発明のひとつ
トイレという 一見すると
人が 目を背けたくなるような 場所にまで
日本は テクノロジーを 生かしている姿に
驚きました!
温水洗浄便座や温かい便座
トイレ用擬音装置のような アイテムを
次々と 発明していますよね
日本の発明力や技術力が 素晴らしいです!
(マレーシア出身・30代)
とはいえ 物事を 公平に記せば
温水洗浄便座は 日本(人)が
発明した製品では ありません
米国出身の アーノルド・コーエンさんが
1960年代初頭 肛門周辺に 問題を抱える
父親を 助けたいと 発明した製品
(名称:American Sitzbath)
温水洗浄便座というと TOTO(福岡県)の
「ウォシュレット」を 思い浮かべますが
同社の製品は
アーノルド・コーエンさんが 設立した
アメリカン・ビデ社から
温水洗浄便座「American Sitzbath」の
発明と特許を ライセンスしてもらった もの
その温水洗浄便座を 改良し
広く普及させた功績は TOTOにある
最後は 寿命について
ルーマニアの隣に位置する
モルドバ共和国出身の女性は
日本人が「人生を 長い目で考えられる」
医療体制や健康的な食生活が 充実しています
そうして 日本に暮らす人たちは
当たり前のように 人生を80年以上の
長いスパンで 考えられる点が 素晴らしいと
(モルドバ共和国出身・30代)
長寿で 日本人が 悩んでいるなんて 皮肉ですよね
アメリカ人女性から
「こんなに シャイで 路上でも 声をかけたり
口笛を吹いて 気を引いたりする男性が いない国で
どうやって 男女は 知り合うの?」と
まじめな顔で 聞かれた事が ある
「静かな」日本人も
酒の場では 度を越した フレンドリーさを 見せる
普段は 恥ずかしがって 英語を話そうとしない 日本人も
酒が入ると 急に肩を 組んで
大声で カタコトの英語を 流ちょうに 話し始める
日本人には 当たり前の事を 凄いと 驚いてくれる
他国の人に映る 素晴らしい国 日本
外国人化した日本人が フィリピンで見る 日本とは
夏バテには 梅干しですよ
「梅干しの種 そのまま捨てては いけません」
なぬ? いや 種だから 捨ててますけど
だって硬いよ ものすごく どうやったって 食べられない
子供の頃 右の奥歯に種を挟んで ゆっくり圧を かける
ガキッ 種を割ると 中に「仁」 白いものが 入っていた
体にいいから 必ず 食べるように と ばあちゃん
えーっ そうなの? もちろん食べてみた
いやー………ウ ウマーーーーイ!
梅干しの種だから しょっぱい
硬い殻で 覆われている分
あの暴力的な味とは 違う 上品な塩味
そして なんとも言えない 甘いナッティな 香ばしさ
これが 子供の頃 経験した「仁」の 味?
えーっと なんだっけ・・ そうだ 杏仁豆腐!
たった一粒で まごうことなく あのデザート
3時のおやつは 小振りの握り飯
ばあちゃんは ぬか床から
きゅうりやナスを 出してくれて
普通に美味しく食べてました 今なら 大ご馳走
そんな いつも 隣に あったはずの 瞬間は
気づかぬうち 日本から 無くなって しまったな と
そして サッ サッ サの ふりかけ
日本食品店では 売られるが 驚く程 高価
食欲が ぐっと 増進するとして
米の国 フィリピン人は 大好き
単純な味の 白米が ふりかけるだけで
なにか スゴイものに 変化する と
ふりかけを 欲しがる
ふりかけるだけで 瞬時に 味が 変わるというのは
フィリピン人には 魔法の副食物だろう
ふりかけには 多彩な味を選べる 楽しさが ある
フィリピン人の 食卓を変える
小袋包装にして 安く販売されたら
労働者の「ドカベン」にも もってこい
爆発的ヒット 間違い ないだろう?
やぁ! みなさん ごきげんいかがですか
あなたの心と躰 お変わり有りませんか
年老いて 何か 心境の変化? ないよ
毎日 毎日 そんなに変化なんて あるかい
でもまぁ 体力的な 衰えは あるよね
歳とる事で いいことも ある
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
■□■□■──────────────────────
慎み深い 日本人には 人間としての秩序が 備わっていた
「何か 今 人身荒廃 してない・・」
悪質なクレームや理不尽な 要求に
店員が 苦しむ「カスタマーハラスメント」が 頻発
客から 土下座の強要も あるようだ
店員を 人間扱いしない 殺伐とした風潮を 感じる
日本人の気質は 本来 やさしい
それは 外国人観光客に対して だけですか
どうして 日本人同士だと
無関心で 関わりを 持ちたがらないのか
駅の階段などで
ベビーカーを 抱えている女性を 見ても
手助けする日本人を ほとんど 見かけない
日本人は 親切なのか そうではないのか
理解不能に なっている
迷惑かけても いい
日本人は 劣化 変質し 壊れてしまった
美しい国 ニッポンに 恥ずかしい
差別を こうむっている 有色人種のなかで
ただ 一国だけが 発言に 耳を傾けさせるに
十分な実力を 持っている 日本と日本人
毅然とした態度すら 失ってしまった
毎日のように 領海侵入している国との 関係が
どうして『正常な軌道に戻った』と いえるのか
国賓扱いして 天皇陛下にまで 接待させる
培ってきた 日本人の品位 威厳が 疑われる
習氏の国賓訪日は 今 この時期では ない
日中間に横たわる問題を 棚上げしての
「見せかけの友好」は いただけ ない

■□■□■──────────────────────
自然災害の 対極にあるのが 人的災害
東京都八王子市の 京王八王子駅近くの 歩道
点字ブロック上を 歩いていた
全盲の男性が 歩行者と ぶつかり
手にしていた白杖(はくじょう)が 壊れた
「目が見えねえのに 一人で 歩いてんじゃねえよ」
暴言を浴びせ 男性の足を蹴って 立ち去った相手は
歩きスマホを していた
あなた 自暴自棄にならず ちゃんと 生きなければ
「うるせぇな!」「関係ねーだろ」「あっち行ってろ」
あなたは 三言しか 言わない
「そっか じゃあしょうがない 反抗させてやるか」
だが 弱者を いたぶるようなら 黙っていられない
「パワハラ」強いものが 弱いものを しいたげる
権力ある者が ない者を 踏みにじり
腕力の強い者が 弱き者を ねじ伏せ
金力のある者が 金のパワーで 支配する
強く積極的なチカラのみが 問題だろうか?
「暴力的な弱さ」が あるように 思う
本人が 弱さを 武器にしているのか
無意識なのか わからない
その弱さに 周囲が振り回され 消耗し
従っていくしかないような チカラの構造
「暴力的な弱さが 支配する」
なぜ この言葉が 浮かんだのか
昨年の ある 一件に あった
そのとき 自分は こらえた
自分が 折れた結果 事は 無難におさまり
「自分も まるくなった おとなになった」と
褒めても いいような 事件だった
だが とうてい 褒める気には なれず
胸のざわつきは 強まり 自分イケてない感が 募った
「屈した」という 後味だった
ごまかしようなく 腕力や権力 金力など
チカラに 屈したときと 同じ 後味のまずさ
屈したとしたら 何に 屈したのだろう?
相手の「弱さ」だった
強い者が 弱い者に譲ったり 折れたりは
美徳では ないのか?
幼い弟に お兄ちゃんが わざと 負けてやるのは
決して 屈辱なんかでは ない 優しさだ
そう 思おうとしても 何かが 決定的に 違う
幼い弟が どうしても チカラの及ばない
お兄ちゃんに 必死でついてく「健気さ」とか
赤ちゃんの 無条件に守ってあげたい「弱さ」とは
何かが 決定的に違っていて それは
「マイナスの威圧感」とでも 言うような
有無も言わさぬ 圧力で 場を 支配していた
暴力と同じ方向にある 弱さだ
暴力って いうのは
腕力を ふるうことだけでは ない
人が わかりあうのを やめ
言葉にするのを やめ
考えるのを やめ
そうした 果てに 及ぶ 短絡的行動
それは 暴力的なチカラで 周囲を 威圧する
「暴力的な 弱さ」
そういう力に 屈したくない 切実に思った
具体的に どうしていいのかは わからない
マイナスの威圧感を 行使するとき 人は
自分でも 自分の弱さを どうすることも できず
ふりまわされ 従うしか ないのかも しれない
自分も弱い存在だ いつ マイナスの威圧感を
行使しないとも 限らないから こそ 追いつめられても
それでも 考えるのをやめず 言葉を 放棄せずに いたい
理性を とり戻す ということは
「言葉を とり戻す」ことだ
チカラに屈して 自分の 大切なものを
あけわたしては いけないと 同じように
暴力的な弱さにも 屈しては いけない
無論 暴力的な 強さにもね・・

■□■□■──────────────────────
「老後資金を ためなきゃ」
「定年後も 働けるように スキルアップ」
日本人は「未来に備える」ことを 善とし
計画的な人生を 礼賛しがちですが その生き方は
未来のために 今を 犠牲にしている だとしたら?
フィリピンに 目を向けると
日本人の 価値観とは
真逆な「その日暮らし」で
今を 幸せに暮らす人々が 多くいる
「3日先のことは 分からないよ」
現在の延長線上に 未来を計画する 日本人とは
異なる生き方を している
それは「その日暮らし」のようにも みえる
日本人が 金銭的な ゆとりを 得るために
犠牲にしている時間を ゆとりに 変えている
「未来のために 今を 生きるのではなく」
「その日 その日を 生きていく」という 暮らしは
独自の社会関係が ある上に 成り立っている
「努力が 大切」と
子どもの頃から 教わる 日本人には
日々 コツコツ勤勉に 働き
一人 ひとり 未来に 備えることが
大切だという感覚が 備わっている
今日も 苦労して働くのは これからの 生活のため
来るべき 老後に向けて 貯蓄を 確保しておくため
そんな意識を 持っているのが 日本人
勤勉さは 尊い
それだけでは どうにもできない現実も ある
「努力すれば すべてが 解決できるわけでは ない」
誰もが 経験的に 知っている
その事実から 日本人は 目を背けて いるかのよう
そして 努力神話と結びついた 自己責任論は
「努力していない人を 助ける必要はない」という
一方 万が一の時に 助け合う関係を
努力し維持しているかに 結びつく
「日ごろから 人に親切にしてきたから
自分が 困難に陥った時にも 助けてもらえる」
相互扶助が
「日ごろから 社会に貢献していなければ
助けてもらう資格が ない」という
自己責任論へと 転倒した言説を 見聞きする
将来に 頼れるものが お金じゃなくても
どのみち「積み立て型」の 思想
それまでに 内面化・身体化していた
自身の価値観を ゆるがす事態に 遭遇する
その中には 胸躍るような発見も ありますが
疲弊してしまうことも ある
悩ましく 思ったのは
「日本人なら お金を たくさん持っている」と
さまざまな人から お金を無心される
生活費が 足りなくならないように
月々の支出や用途を あらかじめ決め
計画的に 使用していた
それでも 予定外の無心に 直面する
自分は フィリピンの人々よりも 豊かであり
「妻が病気だ」「家賃が払えず、追い出されそうだ」
そんな事情には 同情もする
自分の生活費は 常に かつかつで
すべての人々の困難に 応答することは できない
ある日 自分は 残る生活費の すべてを
近隣の人々に 分け与えてしまうという 暴挙に出た
無心に応えるか 否かを 悩むことに 疲れていた
「ほら! もう どこにも お金は ないでしょう!」
ポケットを 広げて見せた
「一文無しだから これからは 面倒を 見てね」
次回の年金支給まで 隠し金も 持っていない
ねだられる側を降りて ねだる側の人に なった
「ねだられる」から「ねだる」側へ 生活が一変
あの時は やけになっていたような 気がする
自分が お金を 分け与えたのは 10人くらい
彼らから 家族や友人など 別の人たちにも 分配された
周りには 自分に 借りがある人たち ばかり
そんな状況が 生まれた
お金を 全部 分け与えてしまうことで
お金に くよくよする生活を 捨てることが できた
彼らの仕事は 浮き沈みが 激しく
今日は 稼げても 明日は 稼げるか 分からない
稼げたら 助けてくれるし 稼げなかったら
「ないものは ないんだから しょうがないだろう」
自分のことなど 忘れてしまう
自分は フィリピンの 一人 ひとりに 対して
深い信頼を 寄せていたわけでは ない
「借り」は 必ず返されるものだ という期待や
誰からは まだ返してもらっていない といった
計算を やめた
その時に たまたま「持っていそうな人」に
無心することのできる 関係の中に
自分も いるのだと 思うことに したら
それなりに 暮らすことが できるようになった
フィリピンの隣人たちは
自分にだけ このような対応を したわけでは ない
これは 彼らにとって 当たり前のことで
窮地に陥ったら いろんな人々に SOSを 発してみる
すると 誰かが 運良く助けてくれることが ある
借りは 自分自身が 運良く助けることのできる時に
なんらかの形で 返す そんな態度が
彼らの中には ふつうに 根付いていた
興味深いのは そこに
「私が あなたを 助けたのだから
次は あなたが 助けてね」という 感覚が ないこと
むしろ
「今 この人を 助けても
自分が 困ったときに 助けてくれるかは わからない
だが きっと 誰かは 自分を 助けてくれるだろう」
一対一ではない 賭け事のような 互酬性の精神
「運良く 誰かが 助けてくれる」期待で回る 社会
コツコツと 貯蓄するように 人間関係に 投資する
見返りとして 将来の安心・安全を得る
そうした考え方とも 異なる
人が 幸せかどうかは 生産性 うんぬんで なく
ごはんを食べる時の 表情で 計れるのでは ないか
世間のあれこれに 煩わされず
笑って ごはんが 食べられる社会を 目指したい
大事な人と「いただきます」
そう言える暮らしが 何よりだろう
愛情を込め
きちんと作られた ごはんが 食べられれば 幸せ
大事な人と 一緒だったら もっといい
天使の様な 笑顔に遭遇すれば 金の事など 忘れていた
■□■□■──────────────────────
全方位に 好かれる必要なんて ありませんよね
「鈍感」な人が「敏感」になる方法は 残念ながら ない
「丁寧に」という感情には 敏感が 含まれる
丁寧にたたむ、丁寧に片付ける、丁寧に触れる
焦ったり 慌てたりしたとき
ついつい 雑な扱いを するものに 対して
「丁寧に」を 心がけると 自分が 心地よい
自分に対する 嫌みやノイズ
どんどん 感知してしまう 敏感
普通に 生きていけているのに 安寧は 奪われる
妥協しない ということは どことなく
「我を通して 押しきって
他者の意見や意思を 無視する」ことに 繋がる
妥協を「協調と融和」という言葉に 変えてみる
何かと 衝突しなくて いい 関係になれる
「協調と融和」は 善
そんなことを 考えるのですが
なかなか 伝わりにくい風潮
対策を とるならば
人の気持ちを 感知しようと するのでは なく
自分の言動に 気を使うことに 注力してみる
重圧を感じて ピリピリした毎日
日本で 知覚過敏で 過ごしていませんか
自分は 南国特有のゆったり流れる空気や
貧しくも フィリピンの優しい国民性のおかげで
年老いても 地に足のついた生活を 送れている
誰が 教えたのでもない フィリピンの人々は
弱者に 気負う事無く 自然に 手を差し伸べてくれる
天使の様な笑顔を見た時 ここで永眠する事を 決めた
太陽と海と風に 恥じる事無く 生きている

■□■□■──────────────────────
親が子を殺す事件が 普通になってしまった
親にたてつく 娘や息子 うかつに タメ口たたけない
普通だった人が 普通では なくなっていった
「和」こそは 日本の美しさ 強さの源
その「和」を「嘘」は 破壊する
「嘘」を 許さない事が 人を護る
「和」とは 利害関係を 計算せずに
自分が 正しいと信ずる 信念を保ち
相手の立場を 尊重し 行動すること
このところ 日本社会の不寛容さが 目立つ
この空気は なぜ始まり どうすれば 変えられるのか
「力の支配」に 人心や社会が なびいている
被害者など 周囲から差別され 声を上げにくい
つらい経験や 悲しみを口にするには
同調圧力に 抗わなくては ならない
'60~'70年代は 民主化の大きな流れがあり、
'89年のベルリンの壁崩壊に至るまでは
世界的にも自由を目指す雰囲気があった
その雰囲気は '80年代で 終わった
平成 戦争がなく 平和だったといいますが
自由に向かう空気は 弱まり
世界全体が 方向性を 失った
近年は 産業利益が 国の利益と結びついて
強いものが勝つ「力の支配」が 横行している
市場原理を 第一に考える新自由主義・自由競争の中で
民主的で あることより 経済が 優先された
「自己責任」の空気が 蔓延している
選挙で勝てば 何をしても すべて 正当化する
与党は「野党の言うことは かわせばいい」その姿勢
野党を通じて 国民に説明するという『気構え』が
与党には ない 野党には 攻め手が なくなった
社会のリスクを引き受けるような
保守本流は どこにも 見当たらない
中卒の 田中角栄さんと
一橋大学から大蔵省 超エリートの 大平正芳さん
大平さんは 自分のつかめない
大衆の心をつかむ 田中さんを認め
田中さんは 学歴があり 読書家で
世界的な ビジョンを持っている 大平さんを認めた
だからこそ 2人で組んだ これが あの頃の 保守本流
この2人が ペアになって
中国との 新しい関係を 作り上げていった
そんな政治家 今の 自民党には いない
野党は 理知的な人たちばかりで
大衆的な 何かが 足りない
マニフェストを 掲げ
そのとおりに やるのであれば 究極の官僚制になる
政治は 人間がやるもの 保守思想は
人間は 不完全だから 間違えていることを念頭に置き
ほかの人の言い分を 聞こうとします
そうやって 合意形成をするのが 保守政治
でも それは 今の 自民党からは 失われている態度
ウケ狙い 狭い共鳴に酔う政治家
権力に対して 抑制的で あって欲しい
かって 政権に品格もあったし 責任も持っていた
物言えば唇寒しという状況 非常に深刻な 事態

「なんで みんなで 写真撮るの?」と 訊ねる息子
「想い出を 忘れないようにだ」と 父親が 答える
そんな父親の考え方に 不満を 抱いたのか
「写真なしでも 忘れるな」と 息子が 言い返す
心の記憶に 留める方が 忘れない
人間は 五感を使って 記憶できるんだから
■□■□■──────────────────────
駅前町の路地裏 居酒屋「うまいもん酒房 和来」
店のシャッターに ユニークな 貼り紙
子供の B20(バースデー)で
「我が家の サミット開催の為
本日休ませて頂きます 酒脳店主」
G20ならぬ 長男が 20歳の誕生日(B20)
時事ネタを 織り交ぜた 大喜利風の文章に
くすっと 笑ってしまう
お笑い好きの 店主 高山さん(46)店は不定休
工夫を 凝らした 貼り紙は
訪れた客を がっかりさせないように と
2011年の オープン時から 続ける その数 200枚以上
高山さん いわく「最初は普通だった」
仕入れで 養殖の魚しか そろわず
「海が 大しけのため 休みます」と したり
家族旅行なのに「精神修行に 出掛けるため」と したり
すると 常連客から「修行は どやってん」と 聞かれる
そうして 話題に なってきた
「探し物を 探すため」と したときには
「あったか? 通りすがりより」と
お便りが 届いたことも あった
期待に 応えようと いつしか本気に
鉄板になっているのが 政治ネタ
前国税庁長官の 佐川宣寿氏の話題に掛けて
「嫁から 証人喚問を 受けるため 休みます」と
尻に敷かれた夫を 演じ
ハロウィーンの騒動時には
「倒された 軽トラを 起こしに行くので」と 結ぶ
ネタは 営業終了後に 考える
深夜2時まで 頭を ひねることもあり 力尽きて
「休む理由を 考えるのに 休ませて頂きます」と 記した
自分は 悲観的になりがち
人生を楽しむには
どうでもいいことから 見えてくる
人間らしさを 面白がることが 必要
自分のためだけに やっていた ことだから
伝えたいテーマが あるのと 違って
人に見せる気は 全くなかった
ひょんなことから 自分のブログを 世に出した
共感してくれる人が いるのかは
未知な部分でも あり 楽しみ
自分が面白い 心地いいと 感じられるように
地道に何かを 続けていくことで
自然と 繋がることも あるんだな
あわよくば 何かの ヒントになってくれたら・・

■□■□■──────────────────────
きっとね 自分は 呑気(のんき)なんだよ
人を 呑気には させない 世のなかに 逆らって生きてる
老化と ともに 人生の味わいが
深まってきているのを 日々 感じている
毎日の晩酌 また 酒の話かと 言われそうですが
自分に とっては 生命ときめかせる 重要な時間
40 50代は 勢いにまかせ 飲んでる だけでした
味わいを 感じられるように なったのは
60代に なって ようやく
また 老いてこそ しみじみ感じることも ある
前に書きましたが 死んだら 虚空に帰ると 信じてる
ですから 地球は 自分の 故郷のような もの
虚空への思いが 深まっている
最近 地球の自然治癒力が 低下して
地震や洪水といった 天災だけでなく
世界各地での 紛争の多さも
さらに 殺人事件の 多いこと
しかも 子どもが 犠牲に なっている
近い将来 地球の病は 限界に達するのでは ないか
各国の若い力が スピードと発想力を持って
理想世界を作るため 各分野で動いている
若いエネルギーが 世界を再生させる時が くる
未来への悲観を打ち消す 若い力は 凄いよ!
わが故郷・地球への いとおしさが 募るのも
老いのプラス面かも しれない
本物の懐石料理を求める人は 京都に行くでしょう
ダバオに来る人は 家族や友人との
かけがえのない時間のために お金を払っている
その時間が 主役で
椰子の木や 美しい海と同じように
ダバオ料理は それを 彩るもの
固有の ある別のものと 衝突できる 快感が ここにある
抵抗感覚の快感がある ぐずぐずと なし崩しに暮らす
日ごろの生活にない 新鮮な衝突感が 味わえる
ダバオの魅力は そこだよ
■□■□■──────────────────────





