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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines

フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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〈梅雨と書こうとして/木偏に雨と書いてしまった〉
気がせいて 文字が もつれそうになる
『、、じゃないですか』
「私って 神経質 じゃないですか」
という喋り方が うるさい
この言い方を するのは 若い女性に 多い
じゃないですか と
勝手に 同意を求められても 困るんだよ
「やばい」という言葉を
「とても素晴らしい」の 意味で使う 若者
知って驚いた 日本語が やばい
「100年安心の年金制度」は 破綻しません
間違えないで 老後の安心は 保証してませんからね
年金を 払い続けている人の心は くじけただろう
7割を占める 自営業の方は 言葉も出ない
現役の若者には 老後を 考える キッカケに
なったかもしれない
人生の時間を 金に縛られず 暮らせれば
毎朝「おはよう」を 言う相手が いるだけで
幸せを 感じていられる
「精いっぱい生きよう」と 言われました けど
その「精いっぱい」に「楽しんで 喜んで」を 追加
老後 人生の下り 下りならではの景色を 味わおうよ
人生の「幸せ」や「価値観」に 「チョット 待って!」
人が どう生きるか という 問いが ある
探しものは 何ですか? 人生の価値ですか
見つけにくい ものは? 幸せですか
カバンの中も つくえの中も 探したけれど
見つからないもの
老人ホームで
2〜3人の お年寄り相手に 話しかけてるの かい
探しものは「今」まさに 探している
探そうとしていて まだ 見つけて いない
「落としモノを 見つける」ん じゃないよ
いま「探しているもの」は 違いますよね
人が 生きるとは 何か
何のために 生きるのか という 問い
その「探しもの」なんです
井上陽水「夢の中へ」は 冒頭から
「探しものは 何ですか?」と 問いかける
その「答えを 出さない」と いうのと
その「答えが ない」と いうのとは 違う
答えを 出さないのでは なく
答えは あるんだけど 一つでは ない
ビートたけしの答え「死ぬのを 待てば いい」
樹木希林 老後は「一切 なりゆき」と 言った
宇宙飛行士の一言「美しく青く輝く地球」
神が見たもの 同じ目線で 見てしまった 答え
老後への答え 一人 一人に ある
それは 固定化されて いるものでも なく
時間の流れの中で 変わるもの
一人 一人が 考えて 咀嚼して 噛み直していく
そうしてから 自分の中に 打ち出していく
「明日が あるよ」という 希望で ありつつ
所詮 それを 言うことしか できない むなしさ
目の前に ある事を 大切にする
それぞれが「今」を 生きている
井上陽水(70) 自分と同じ 一人暮らし
世間の言う 寂しさなど すでに超越している
「苦楽」楽しい ことだけで なく
苦しいこととも ワンセット
英語には「苦楽」という言葉が ない
英語の「幸福=Happiness」は
苦痛を 消去したところにある
日本的な 幸福は 苦と楽を 行き来したり
苦と楽が メビウスの輪のように 繋がっている
「最高だぜ!」と 思っている 最中に
痛みが でてきたり するからだ
だから 備える 何かを 大切に するために
自分は 酒や 快楽におぼれる どうしょうも なく
「自堕落で」「駄目な」「迷子の」団塊人だが
人生最良の年は まだ 生きたことが ない年
現在だけが 自分に属している
未来は あまりにも 大きな疑問符 恐れを 感じる
現在は 単純明快 歳をとるにつれて
現在の 重要性が わかる
時に 逆らって 戯れることは できないからね
やぁ! みなさん ごきげんいかがですか
あなたの心と躰 お変わり有りませんか
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
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真面目に 勤勉に 働いてきた はずなのに
この 悲惨な老後は 何なんだ?
勤め人として 中流の生活を 送ってきた
だが 老後の生活苦 貧困に耐えかねる
絶望老人が 問題を 引き起こす
近郊のスーパーで 万引した 76歳の男が 捕まった
トラックの運転手を していたが 現在は 年金生活者
盗んだ品は お菓子 野菜 惣菜 日用品と多岐にわたった
所持金は 全財産の 3000円のみで
万引品の買い取りは 拒否した
「タバコ代が なくなっちゃうから・・」と
本音を 漏らした
店側は 手続きの煩雑さから 被害届を 出さなかった
なかには 刑務所に入りたくて 万引する『志願兵』も
都内 繁華街のスーパーで 捕まった 77歳の男
10日ほど前に 拘置所を 出たばかり
更生保護施設の生活に 嫌気が 差して 脱走
「食事もなく 寝る場所も ないから
刑務所に 戻りたい」と 万引きした
この老人は 執行猶予中だった ため
望みどおり 逮捕された
嬉々として パトカーに 乗り込んでいく
「刑務所では 話し相手も いるし
刑務作業で わずかでも お金を ためられる」
彼らにとって たとえ 自由は なくとも
刑務所や留置場のほうが 娑婆より マシだった
しかし 警察が こうした志願兵を
まともに 相手にしたがらない場合も 多くある
罪を犯しても なお 行き場がなく 彷徨っている
「俺は 何のために 仕事を しているんだろう」
若い頃に そんな言葉を 吐いたことが あった
辛いことや 苦しいことが あっても
生き続ける人生に 目的は あるのか
なきゃ おかしいだろって
じゃ そういう あんたの目的は?
「人間万事 カネの世の中」と までは
割り切れないが・・
人生に 成功した者など ほんの わずか
「金とか 名誉とかを 目的にすれば
そんなものは 結局 むなしいものさ
人間 死んでしまえば
何ひとつ もって いけないんだから」
よく 聞くセリフだろ
ああ そうだ
人に 訊ねていながら 怒っているのか
だからな 死んだあとの ことなんか よりも
この世間に 生きている 今のほうが 気になる
毎日 しのぎながら生きる それが 目的じゃ いけないか
金や名誉なんて と 軽く言ってのけられるのは
たぶん 恵まれた人 そうでなくても 一般人とは ちがう
3割に属する富裕層だろ
自分は 若い頃 およそ 10年にわたる 金欠生活
自分の金銭観は 歪んだ 現在でも 引きずっている
いったん 背負いこんでしまった 貧乏神の
いやな 匂いは 背中に しっかり しみつき
死ぬまで 消えないだろう
「人間万事 金の世の中」
金に困ったときの 人間と いうものは
じつに みじめな姿を さらす
自分は 退職し 金からの自由を 求めて
暮らしにくい 日本から 南の国に移り住んだ
少ない年金では ここでしか 生活できなかった
老後の暮らし あり方の ひとつだろうと 挑戦してる
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「南の国の街 ダバオ」
マニラ セブなら 知る人も 多い
ダバオ? 何処の国 フィリピンなの・・
明日のことは 考えず 過去も 振り返らない
「いつも 今 ここを 生きている 人たち」
観光客に ダバオ人を そう解説してみた
何の事か と 理解されなかった
その 生き方は
「貧しかった頃の 日本人」の 姿
観光客は 60〜70歳代の 団塊人だから
思いを 重ねられるだろう
なぜ ダバオ人の生き方に 惹かれたの?
貧しいと 彼らは 言葉には するよ だけど
自分たちが 心から貧しいなんて 思っていない
だから 日々 生き生きと 暮らしてる
日々 使わなきゃ ならない 金の痛みも 知っている
「日本人は 人生よりも『仕事』を 大事に してる」
それが 現代日本人の 生き方だろ
自由気ままな ダバオに
移住した日本人が 溶け込んでいる
ダバオ人と 絆が できていく
その様子 観光客には すごく新鮮だろう
ちょっと ダバオ 口に合わないなあ
何もない田舎 そう思う人も いるよ
誰もが 美味しいとは 思っても
口に合わないことだって ある
「好み」とは そういうものでしょ
「いいね」と 感じることと
「だから好き」というのは 直結しないから
そういうのは「直感」だったり する
それで いいんです 自由に 気楽にしてれば
分からないを 通り越して
「なんか すごい」それは 伝わったでしょう
分からないと いけない なんてことは ありません
分からない街を 訪ねては いけない という事も ない
「見せたいもの」と「人が 見たいもの」は 違う
ここでの暮らしは 特別
我が家の近所でも 夕方 ちょっと前ぐらいから
近所のオジさんたちが 涼しくなった 外に出てきて
寄り集まっては 庭や路地で 酒盛りを 始める
ワイワイ話しが 飛び交い 笑い声が 響く
町内の ちょっとした 井戸端会議かもしれない
何丁目の 誰それが 借金した 離婚した 病気になった
小耳に挟んだ うわさ話を 共有している
老人に なると 毎日が 同じ 繰り返し
変化だとか 冒険だとか 挑戦だとかとは 縁遠い
老人という生き物は 誰かの身に おとずれた 変化を
過程ではなく 結果だけで 捉えている
そこから 余計な お節介が 始っていくのだが・・
日本人は
剣道にしろ 茶道 華道にしろ すべてが 過程に あり
生き様までが 過程に 反映され そこから
何かが 生まれると考える
「道」を 究めることを 良しとする国民性
「路上」に立ってこそ 違いが 分かる
見えてくる風景 聞こえてくる声
こういう光景を見ると 安らぎますよね
観光客は 決まったように 心情を吐く
自分の街を 誉められれば 喜ぶ
観光客は 日本にいる時と ここダバオでは
呼吸が 違う 胸が開いて 顔が 緩んでいる
二度目に訪れた 観光客で あれば
空港に 降り立って 空気を吸った瞬間
たいがい 誰かが 言い出すんです
「ダバオの匂い」だ 最初の深呼吸
これで すべて 変わってしまう
街中に入り 市場の横を通ると 顔をしかめる
独特のにおい かなり 刺激的だろう
肉や魚の生臭い匂い 鼻の奥まで 届いてくる
そこを過ぎると 野菜 果物屋の屋台が 並ぶ
マンゴーから熟成の芳香が 空気を染めていた
働く女の匂い 生きる匂い 生活の匂い
顔を しかめながらも 好きだった匂いが 甦る
大きく息を吸うと 一緒に不感が 忍びこむ 日本
マスクをしている人が 多いのは そのせいなのか
一晩たつと 朝は「いや よく寝ました」って
みんなが 馬鹿の一つ覚え みたいに 同じ事を 言う
ここにいると 体から 変わってしまう
日本に こんな街 なくなりましたよね
もう既に テレビとか メディアの力で
日本中 街や村が おんなじに なってるからね
ダバオって そうじゃない
街角が まだ いっぱい残ってる 同じ一色では ない
日本が 貧しかった頃 ダバオみたいに 戻るべき
そんな 考えも あるんでしょうか?
というより 放っとけば そうなるんじゃない
昔の日本人は「お金は ないけど 心は豊か」
お上に頼らず 町内で支え合う 生き方だった
それが そうじゃ なくなった 何で かって
物資的に 豊かに なったからでしょう?
味噌や醤油を 隣から借りる事は なくなった
裕福になる代わりに「心が 貧しくなった」と
モノに囲まれ 豊かになった
隣は他人 利己的で 心は 貧しくなった
それが 今 変わりつつある じゃない?
傍から 変化を見ていて おもしろい
日本に また 貧乏な時代が やってくると?
「食えなくて困る」とか
特別な人だけ どんな時代にも いる
でも いずれ みんなに そういう問題が 出てくる
今 アジアの人に 声かけたら
みんな 日本に 働きに行きたいと いう
今でも 日本が 豊かだと 思っているから
でも このままいくと どうなるか?
日本に 行かなく なりますよね
すでに そういう 徴候が 出始めている
そうすると 日本人だけで
やっていかなきゃ いけなくなる
会社も生活も コンパクトに ならざるをえない
すると 少ない金で 暮らし上手になっていく
多分 日本人は 幸せになっていくんだと 思う
貧しくなると「幸せ」に なるんですか?
難しいんだ けれど
物の豊かさと 心って 反比例する
モノが 少なくなる 金に余裕が 無くなると
人間は 何か 考えだす
すると 人生が 大事だったって 気付く
自分だけでなく 他人の人生までも 心に止める
軽やかに 普通うの世間に 戻れたらいいよね
ネットというものが すごいなと 思うのは
音楽や映像 本だけじゃ なく 車のシェアまで
リアルな世界にも 及んできましたよね
毎月7000円払えば 何万着の中から
好きな洋服を 借りられる サービスも ある
シェアリング・エコノミーですね
そう あれは モノを 持たない
「お金を 使えない」と いう ことでしょう
必然的に 生まれてきたもの ですよね
それは 知恵です
本来は お金が あれば 全部買えばいい
それが できなくなってきたことの 証拠でしょ
フィリピン人の働く姿勢が 新鮮だった
家族と離れ離れになって 仕事したり
仕事先の環境が 体に 合わなかったりすると
仕事を 辞めて 帰ってしまう人が いる
仕事や お金よりも 家族や 自分の生活を
重視しているように みえた
せっかく 街で得た職を 何も告げずに 捨て
故郷の村 家族のもとへ 帰ってしまうんです
そうなんですか!
都会では ない ダバオで あっても
長くいると 体調が 狂ってしまうようで
「ダバオは 私の住むとこじゃない」と 言うんですよ
「だから 子どもを連れて 村に帰る」と
それで 本当に帰っちゃうんです
本物のね「いま ここで生きる人」ですよ
それで 村に帰ったら
「仕事がない」と いうんだよね
だから 言ったじゃない と 思うんだけど
そんな話し 通用しないんだもの
ここで生まれ ここで育った者じゃないと
その気持ち 心の奥底 分かんないよね
家族への愛情が 素直過ぎ 濃すぎないかってね
週末は 家族で過ごすのが当然 という意識は
今も 根強くある
日本人の働き方も 変わってきている
転勤を 望まない若者が 増えたり
大学生が 志望企業を 選ぶ基準が
「やりたい仕事が できる会社」を 抜いて
「安定している会社」が トップに なった
俺たちは 突出してこそが 力だと勘違いし
つま先立ちで 生きてきたよね
昔に 戻っているんだなと 思いますよ
仕事に 生きがいを 見つけるなんて
そんな 馬鹿な人は 誰も いなかったもん
なるほど
仕事は 生活の糧を得るための 手段でしょ
そこに なんで「生きがい」を 求めるのか
本音を言えば 訳わからなく なるでしょ
仕事は 大変に決まってるじゃない
嫌なこと ばっかりでしょ
仕事よりも ダバオ人のように
「家族」を 「生活」を 優先した方が
いいに 決まってる そうじゃない
その思い 日本人だって みんな どこかに ある
人生ですか?
びっくりしたんだけれど 有る人が
「人間には 大事なものは 常に 二つある」
それは 何かと言ったら「仕事」と「人生」だと
じゃあ 今の日本人は どちらを 大事にしていると 思う?
「仕事」でしょうか
そう「仕事」でしょう?
それが ダバオ人は「人生」なんだよ
だから 人生に 対しては どこまで いっても
本当に 愚直で真面目 そして頑固なんだよ
かたや 仕事は いい加減なの
でも 本来は そういうものでしょうって
彼らは 思ってますよね
むしろ 日本人の方が 変なんじゃない? と
自分は いろいろなことを あきらめた
華やかに 生きること えらい おっちゃんになること
車や 金庫や 錦鯉や 自動洗浄便座を 所有する事など
なにも 欲望しない 所有しないのだから
木々や鳥や海や風が 遊び相手 友だち関係になれた
ただ 感受する人に なるしかない
地を這う者として 突出では なく
関係のなかに 存在を 見いだす者として
このフィリピン世間に 迎え入れられた
やっぱり もう少しね 日本人は
人生を 何とかした方が いいのかと
ちょっと 思いますよ
「過去より どんなに 困難で あっても
今 生きている現在を 愛し続ける ダバオ人」
ダバオ空港で 観光客を 見送った
「ダバオは どうでしたか?」
「いい所だ」
「住んでいると 少し 退屈ですけどね」
「うん わかるよ でも いろいろ あった」
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「政治とは 何か 家計だろ」
働く人の 生活の苦しみが 分からない 政治家なら
何を やらせても 一緒 日本を劣化させた 世襲議員
自分たちが 生きている間に 破綻しなければ いい
そのぐらいのことしか 頭にない
人口減少に関する 日々の変化というのは
極めてわずか ゆえに 人々を 無関心にする
だが それこそが 真の危機
大地震の前の「静かなる有事」と 同じ
年金だけでは 暮らせないんですよ
自分の事です きちんと 老後を 理解する
現役世代には まだ 時間がある
私自身の はるか昔の体験を 思い出せば
貯蓄もできないのに 見た事もない「2000万円」
そんな話し まるで 出会い頭の 飛び出し事故
「同情するなら 金をくれ」そう 叫びたいだろ
若者が どんな気持ちになったか わかる気が する
明るい あきらめというか
だったら ゆったり 老後を 生きていこうよ
老後は 肩の荷を 下ろして
ボーッとしていれば お金なんて かからないから
西行 親鸞 芭蕉 良寛 みんな 後半生は
しがらみを 捨てて 自由に 生きた
孤独を楽しみ 軽やかな 自由の世界に あそんだ人たち
四人は 共通のメッセージを 送っている
「重たいもの」を 脱ぎ捨て
「軽み」の 世界に やって来い と
最近は 自分も ボーッと過ごす時間が 増えた
いいですよ その時間 お金は かからないし
自分で その時間を「妄想の時」と 呼んでいる
毎朝 外が 明るみ始めると 目が さめる
すぐには 床から出ない
一時間ほど ぼやっとしている 寝ているんだか
目覚めているんだか 自分でも 分からない
しばらく そうして揺蕩(たゆた)う
するとね アイデアが ひらめいたりする
実際に その妄想時間から得た ひらめきで
この 雑文のようなものも 書いている
そして ゆっくりと起きる
身体を 動かしたり 熱いお茶を 飲んだりして
心身ともに 覚醒していく
ローカルを含め PCで 新聞を 時間をかけて読む
気になった記事は 一字一句 もらさずに 読む
その時間が 三〜四時間 で 昼飯となる
午後は たまに 人と会うが
飲みすぎない 食いすぎない 人と会いすぎない
人と会う予定が無い 午後は 昼寝に まどろむ
外出した後も
帰宅してから 夕方まで うとうとする
ここも ボーッとする 妄想の時間
ボーッとしていると 何かが 浮かび上がる
霧から現れ 輪郭が だんだん形を 成してきた
なぜ 金融庁が 謝るのかね
誰に対して 謝ってるの?
ビックリする提案 続編が あるのに
あの報告書を 作成するために
318万の経費を 掛けたっていうから
無かったことに されるんじゃなくて
続編が あって 公開した さすが 金融庁
超少子高齢化の この国
年金制度が 今のまま 上手くいく わきゃない
そこで 年金制度を廃止 生活保護も廃止する
65歳から ひとり14万円/月を 全員に支給
夫婦とも 65歳を超えていれば 月額28万円になる
自分の場合 今の年金額より 低くなる
老後の生死に直結する 年金の大改革
金融庁は 国民を守る気を みせた
団塊たちが 死滅する時期が 見えてきたから
可能な 政策だろう 団塊が 絶滅した その後は
法人税改革 富裕層の税負担
そして 20%の消費税で 補う
この制度が 安定すれば 支給額スライドで
若者へも 順次 波及させる
現在 働きながらも 国の貧困基準以下で
暮らしている人が 1千万人を 超える
起業であれ 研究であれ 芸術であれ
新しいアイデアを 試すときには
その間の所得を どうするか
その問題も 解決する
このような制度を 導入することは
若者だけでなく 人びとの創造性を 解き放つ
人びとの創造性が 解き放たれ
自由に活動できる 社会が 実現する
それが 続編で示した 金融庁の新政策
国民全てが 考え 議論する事を 触発した
社会には 多くの「当たり前」が ある
多くの人が 共有している「当たり前」から
永田町のなかにしか ないかもしれないものまで
自分の「当たり前」も しっかりある
制度改革について 考えることは
「当たり前」を いったん 括弧に いれること
各国で 類似政策の実験検証が 今 行われている
いったい 何のために 生きているのか
どう生きたいのか そのためには
どんな社会制度を 一緒に形作って いくべきか
人びとが 立ち止まり 話し合う場を つくる
金融庁の提案 どうか?
反対もされる 道程は 長いかもしれない
遠い場所で 起きていることを「自分の」問題に
今日 午後 抱いた妄想でした
そして 夕方になった シャワーを浴びて
涼やかな風を感じる テラスに出る
オンザロック一杯 と 一本のタバコを楽しむ
そして 夕食の準備
晩酌は 決まって ビールを 一本
ここでも 酔うほどに 叉 妄想の世界に入っていく
そうして 一日は 終わっていく
これからの 高齢者は
どこかで「覚悟」を することが 必要でしょうね
そうしないと「身軽の世界」に 近づいて いけない
死の覚悟 つまらない世間との つき合いを やめる覚悟
重病になったら 余計な治療は しない という覚悟
なんでもいい 知識じゃなくて 覚悟
運命の甘受 そうすれば 楽になれる
「ひとりに」なって ボーッと してみる
そうすれば いつしか 軽い気持ちになれる
できたら そんな時間に そのまま
あちらの世界に 旅立って いきたい
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都市では 非正規で あっても
まだ 少し余裕が あるだろう
今日の生活に 困っているわけでは ない
だから 20~30代の層は 投票率が 低い
投票に来ても
『今のままで いいじゃ ないか
給料も 出ているんだから
野党は 余計なことを 言わないでくれ』
与党を なにげなく支持している人も 多い
でも その人たちは 知っている
『一旦 景気が 悪くなったら
真っ先に 首を切られるのは 俺たち・・』
だからといって『非正規を ゼロに』と
企業に要請するのは 非現実的
『非正規を 正社員並みの待遇に』と いっても
事態が 進展するはずも ない
人件費コストダウン そのために これまで
経営者は 非正規を 増やして きたのだから
雇用拡大と いばっても
主役は 非正規 その数 2150万人
全体に占める 非正規の割合は 4割
だったら「非正規は 労働者総数の○%まで」と
正規 非正規 比率の上限を 定めれば
正規社員への道も 開けてくる
政権交代したら 非正規クオータ制を 法制化したい
そう語る 山本太郎 参院議員
闘いの原点は 東日本大震災による 原発事故だった
彼は この時まで「何か あっても 自分は 助かる」
そう 思っていた そうだ
山本さんは 芸能界で活躍する 人間で
チャラ チャラした チンピラだった
税金も 多く払っているん だから
他の人よりも 優先的に 助けてもらえる ノアの方舟
「選民意識 みたいなもの」が あったと 言う
しかし その気持ち 原発事故で 一気に崩壊した
自分は 切り捨てられる側の 人間であると 痛感
助けられる側に 入って いないんですね
彼の中に 猛烈に「生きたい」という
感情が 湧きあがってきた 自分への憤慨
そして 政府への怒り みんなが 生きる 生きなくては
彼を育てた 母親は
「パワフルで 正義感の人」
日常的にも 自分より 弱い立場の人には
手を差し伸べろって 常々 言っていた
山本さんは 母親から 影響を 受けた
母は フィリピンの 貧しい子供たちを 支援する
ボランティア団体のメンバーで 活動していた
山本さんも 子供の時から
何度も フィリピンに行って 母親を手伝った
山本さんの母親は 語っている
フィリピンも そうですが アジアでは
バクシーシ(喜捨)じゃ ないけど
いろんな 町や村で 日本から 持っていった
食べ物とか お菓子を 配って 支援してきました
いつからか 持っていった
食料や菓子 学用品 古着など
私たちの 手からで なく
現地の子たちの手で 配らすようにしたんです
慈悲の心とか 優しさを 培うために
施す心で 配る子供たちも
手を出し喜ぶ 受け取った子供たちも
心の内に 徳を 積めるでしょ
そして 施しを受けた 子供たちが
たとえ いっときでも 幸せを 感じられれば
施す心 施される心を 共に体験する事で
子供達が 相互に 徳の充実感で 満ちる
その心を 子供たちに 教えたかった
一時しのぎの 自己満足だろ
そう言われる方が います そうだとも 思います
いっとき お腹が 満ちて 叉 空腹が 迫る
その時 食べ物をくれる人は そこには もう いない
でも 施し合った 子供たちの 慈悲の心は
私たちが いなくても 満たされ 心に残されている
その事を 信じて 活動を 続けています
東日本大震災の翌年(2012年)
山本太郎 政治家への道を 歩み出した
衆議院議員 総選挙への 出馬
東京8区から 無所属で立候補 落選
翌 2013年 参議院議員 通常選挙に
東京都選挙区から立候補
65万票を超える票を獲得 当選
そして 今年 新党「れいわ新選組」を 立ち上げた
なんだって ふざけた党名だな その印象が あった
知らない人が いない 令和と新撰組 二つの言葉
みんなに 知ってもらいたくて 二文字を くっけた
学識が無いから 政策を 愚直に勉強する
真面目に 本気で 国民の家計を 普通に戻したい
バカみたいに 街頭で一人 普通の暮らしおと 問いかける
なにやってんだ アイツ そんな 人たちが 足を止めていた
カネと 欲望にまみれた 政治家たちを「標的」に 据え
甘い言葉を 操りながら 奥に潜む悪政を あぶり出す
そんな政治家の手足を 女郎蜘蛛のように 絡めとる
「どんでん返し 孤高の政治家」
馬腹を蹴り つっこめー ドンキホーテ
田中角栄が 政治とは 何ですか と 記者に問われた
即座に 応えた言葉「政治とは 国民生活だよ」君
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いつのまにか 食事の回数が 減った
10代は 腹十分で 食べたいだけ 20代は 腹九分
腹八分というのは 30代の 働き盛りの時期
メタボが 気になりはじめる40代では 腹七分
50代の人には 腹六分を おすすめする
60歳代ともなれば カロリーも 必要ではない 腹五分
70代で 腹四分 今の 自分は ちょうど ここに属する
無理に 当てはめなくても
今は 自然に 一日二食に なってしまった
間食として ナッツ類 バナナなど
手近かにあるものを 口にする
科学的栄養学の常識に したがう 気持は ない
禅寺の食事など 簡素な ものだ
それでもなぜか 若いお坊さんたちは 血色が よく
たくましい体をしている おカユを 食べて
どうして あんな筋肉が できるんだろう
食卓でポツンと ひとりメシ
自炊では メニューも限られ 栄養も偏り 味気ない
パンやラーメン うどんなど
粉製品を 好んで 主食 い
高齢者は この「粉食」を 避けたほうが
いいそうだ 噛む力が 衰える
卓上コンロに乗せた 鉄板が 焼けてきたら
手のひらを 近づけて 熱さを たしかめる
おたまで ボウルの中を 軽くかきまぜ
だしと玉子で溶いた 小麦粉を すくい
白いしずくを したたらせながら
なめらかに円を描いて 生地をのばしていく
黒光りをする鉄板に ぽっかりと 浮かぶ満月
わずかに 濃淡のある お好み焼きの生地
魚粉を振り 天かすを ぱらりとまいて
千切りのキャベツを のせる
残った 溶いた小麦粉を まどわせる
頃合いを見て 引っ繰り返す
焼け加減を 眺めながら ビールで 喉を潤す
こぼれた キャベツを 拾い つまむ
マヨ ソースをかけ かつおぶしを 踊らせる
箸でちぎり フーフーしながら 口にする
昆布茶の うまみが 誘いを かけてくる
箸を 運ぶ右手 コップを引き寄せる左手
両手が おいしい うまいの 大忙し
アルデンテってなんですか? という 柔らかさ
クランチな 外皮 唇と舌を 優しくなで 歯を喜ばす
どんな嫌な 事があっても 喧嘩を していても
食卓に着いたら 全て終わり 食べ物だけを 楽しむ
茶人の千利休は 客人のもてなしに
小麦粉を薄く焼いた菓子を 出した
文献には「フノヤキ」とある 漢字で麩焼
鉄板で 粉ものを焼く食文化 源流の一つになった




















