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           ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
              Last Life Shift In Davao Philippines

               
            フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                  「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
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寝」には どこか 
ふてくされたような 響きが ある

拙宅のフェンスに咲く アサガオ
今日は 幾つ 咲いてくれたかな
気合いを入れ 床を 離れた

フィリピンに暮らしてるって いっても
大袈裟な もんじゃない 地方都市ダバオで
小さな貸家で ビール吞んでの 一人三昧



 

周りには 日本の あらゆる地域から
移ってきた人も 住んでいて よそ者同士
70を 過ぎている人 ばっかり
みんな ダバオに それなりに 溶け込んでいる

老いても みんな活発
会えば 明日どうする? 
どこ行く?って いう話が 多いんだよ

いい事ばかりじゃない でも
人生で こんな充実した時が 来るとは
思わなかった

日本に比べ 家賃が 払える 安さ
自炊している 市場では 物も安価
外人にも 老人割引が あって 助けられている 
少ない年金でも それなりに 生活できちゃう



 

「俺と一緒に 年老いておくれ!
   最良の時は これからさ
   一日の終わりには 一緒に 太陽を見送ろう」

暮らしは 別だが パートナーとして 大切な人
フィリピン人の愛し方は 互いの身体を
自分の体の一部であるかのように 抱きながら
ふたりで ひとつの魂で あることを
暗喩(あんゆ)している



 

平安時代 南方原産のアサガオが 
中国を経由し 薬草として 日本に入ってきた
種に 下剤 利尿剤の 薬効

南方ダバオの 野草アサガオが
日本朝顔 その原種だった かもしれない

アサガオの漢名は「牽牛子」
牛を 牽(ひ)いて いって
交換してでも 欲しかった薬

「源氏物語」の 巻名になっている朝顔

「見しをりのつゆわすられぬ
   朝顔の花のさかりは過ぎやしぬらん」

かつて 会った おりの 
あなたのことが 忘れられません
あの朝顔の花の盛りは 
過ぎてしまったのですか
「いえ そんなことは ありません」と
源氏は 伝えたかったのでしょうか



 

鎌倉時代になって「方丈記」には
冒頭の「ゆく河の流れは絶えずして」に
続く文のなかに

「その主とすみかと無常をあらそふさま
   いはば朝顔の露にことならず」と ある

浮世のはかなさを 表すために
早朝に咲き 昼には しぼんでいる
アサガオの花と乾きやすい露の 組み合わせ

江戸時代には
観賞用としてのアサガオが 市井に広まった
江戸を 中心とした 園芸ブームのなか
アサガオは かつてない 隆盛を見た
多様な色合いと絞り
葉の形にまで こだわって交配し
様々な珍花 奇花を 生み出した

朝がほに釣瓶とられてもらひ水(千代女)

千代女は 加賀の俳人
この 有名な俳句に
人々の暮らしのなかに咲く
アサガオの江戸期のありようが みられる

入谷の朝顔市の日には 
朝早くから店を開き 七夕を挟んで 3日間
市が立ったのは 明治になってから

七夕は 天の川をはさんで 相対する
織姫と彦星の 年に一度の逢瀬(おうせ)
彦星は 牽牛(けんぎゅう)で 牽牛子に 通じる
織姫は七夕七姫と言われる 七つの異称を持ち
その一つが 朝顔姫 朝顔と七夕の縁

朝顔は 秋の季語
ふと 秋の風が 立つのを感じるころ

葉がくれに 一花咲きし 朝がほの
垣根よりこそ 秋は 立ちけれ(樋口一葉)

我が家に咲く アサガオは 南国の原種 野草
水色のグラデーションで 小さな花を 付ける

アサガオは英語で morning glory(朝の栄光)

「朝寝」に対して
「昼寝」という言葉は 快く おおらか 
ひなびた街の 昼下がり
昼寝と聞くだけで  からだが とろけてくる



 

やぁ! みなさん ごきげんいかがですか
あなたの心と躰 お変わり有りませんか
どこにいたの 生きていたのか
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
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歳だった頃の 息子の話

こころを すまして みてごらん
はな は はな として うつくしく
おまえ は おまえとして うつくしかった
ただ それだけの ことだったが いとおしい

あれは 暑い夏の日の お昼過ぎ・・

2歳の娘を 連れて
息子の幼稚園へ 迎えに行った 帰り道

「アイスクリーム 食べようか?」

暑かったので 三人で 駅前のベンチに腰掛け
日陰で アイスクリームを 食べることにした

そんな なんでもない 日常の一場面

もし あの ヤクザが 
駅の階段を 降りて来なければ
ただの 忘れ去られた日に なっていだろう

その男は 30くらいか 顔に大きな刀傷が あり
みるからに やくざだとわかる チンピラ風

昼間から 酒の臭いを プンプンさせていた

ぐでんぐでんに 酔っぱらっていた
その男は 息子の すぐ横に 座った

他に ベンチが 空いているのに
からんでくれば 面倒だな

男は ふっと 顔を あげると
すわった目で 息子を じーっと 見つめた

ドキドキしてきた

まさか こんな 幼い子どもには
手を出したりは しないだろうけど

でも こんな泥酔状態じゃ
普通の精神状態じゃ ない だろうし

どうしたものか!

心の中で つぶやいた

なにも なかったように
アイスクリームを 食べ続けては いたが
もう 味など わからなかった

ヤクザ男は 5歳の息子の肩に 手を置いた

やばい・・・

どうするか・・・

へたに 席をたったら 
何をするか わからないし

しかし・・ 男は凶暴では なさそうだ

5歳の息子を 相手に くだを巻き始めた

おめえは いいよなあ まだ 子どもだからよ

わかんねえ だろうけどよ

おれの女が いなくなっちまってよお

そんなこと 子供に 分かる訳ないだろ バカ
そんなことで 子どもを うらやましがるな!
と 突っ込みたかったが・・

どうも 男は 女に ふられた らしかった
よっぽど 惚れていたのだろうか

それからも ぐちぐちと 女のことを 話し続けた

息子は 何を言われているのか チンプンカンプン
ただ 黙って 横で アイスクリームを 食べ続けている

すると 何を 想ったのか やおら男は
懐から 財布を取り出して 千円札を出した

「おめえは いい子だなあ」
 
「ほれ 小遣いやるよ」

そういうと
男は 千円札を 息子に渡した

話を聴いてくれた
カウンセリング料とでも いうのか??

酔っぱらっている 勢いだろうけど・・

自分は ヒヤヒヤだった

息子に 返すように言おうか 迷った
結構です などと言ったら 
逆上するかもしれない
なんせ べろん べろん なんだから

ぴったり つくように 男は 
息子の横に 座っている

へたなことは言えない

どうしよう・・

そう想った 時だった

息子は そのお金を 男から受け取ると
すぐ後ろに あった 花屋へ 走っていった

至近距離で あったし 
男は 大声で 話していたから
花屋の店員も 様子を 伺っていたのだろう

お花ください

息子が そういって 千円を出すと
さっと 無言で 明るい黄色の花束を渡した

その花束を 受け取ると
息子は また走って 男のところへ 戻った

はい おじちゃん お花

その男は 一瞬
びっくりしたように 息子を見つめた
なにが 起きたのか 分からない様子だった

男は しばらく 呆然と差し出された花束を
見つめていたが

無言で その花束を 受け取ると
コンクリートの地面に 崩れ落ちて 泣き出した

男は 花束を 抱いたまま 号泣していた

そこで 子どもたち 二人を
かかえるようにして
そっと そこから 去った

その男の泣き声を 背中で聴きながら・・

その時 思った

大人の自分は
その男を 酔っ払いの やくざとしか
見ていなかった

でも 幼い子供の目には
その男は ただの 心を痛めている
可哀想な人として 映っていただけ

心をすませ 心の目で 世界を観ると
表面にある 怖れを超え
その奥にある 本質が みえてくる

5歳の息子に 
教えてもらった ことでした・・

三つ子の魂 百まで
自分の人生を 振り返っても
いつが 輝いていたかって いうと
子供の頃なんですよ

やがて 自分を 取り巻いている
世間の広さが どんどん分かってきて
好きな人が 現れて 恋が始まってという
あの わくわくする感じ

「どの年齢に帰りたいですか?」って 聞かれたら
多くの人は 子供時代とか
思春期を 思い浮かべる 気がする

そして 20年後 
その息子は 成田空港に勤めていた
息子と結婚寸前だった 娘さんに 何があったのか
恋は 破局した そんな事 自分は 知らなかった 
息子は アパートで ガス自殺を図ったが 命を拾った
サラ金に 多額の借金をし 勤めを止め 姿を消した

それから 20年 たつだろうか
今では 家庭を持ち 5歳児の父親になっている

息子は 今でも 困っている人が いると
手を 差し伸べる人間

それは 息子の育て方では なくて
きっと 授かりものなのでしょう

そうして 自分は 日本から 姿を消し
ダバオで 一人になっていた

ボケますから よろしくって
誰に お願いしておけば いいんだろう

今月16日は「父の日」でした
だめな おやじだったな〜
息子や娘 想い出話 ポロリ 

読書と人生を 積み重ねている
青年の頃には わからなかった
男女の機微や せりふの裏に あった
複雑な 人間心理への理解が
5年後 10年後 ふいに 心にせり上がる

本を 人生を 振り返るように 再読する
最初 スルーしていた 言い回しが
何年か してから
「これって こういうこと だったか!」
発見の 喜びとともに
自分の成長も かみしめることができる
この時間の かかり方が いとおしい

「この1冊が 面白い」
今 「サムライの海」を 読んでいる
精神形成教養小説 
変動する時代「幕末」の青春が 主人公
夜更かしが 続いている

書物の無限大の力を じんじん感じさせてくれる
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ち家+年金20万円+金融資産2000万円」
日本は そんな老後世帯を 前提と しているが
この条件を 満たすのは 上位3割だけ

 

なんか 下向いちゃうよね

その他 7割の人は 一生働け 老いの繰り下げ
いつ 人生の余暇を 楽しめと 言うんだい

〈老後2000万円不足〉の件は
今や 子どもでも 知っている
おこづかいを ねだる子どもに
老後資金を盾に 渋る親の姿が 目に浮かぶ



 

「置かれたところ 日本で 咲けなくても
   老後は 咲ける場所に 移動すれば いい」

移住した頃の フィリピンは モノが 安かった 
今では インフレで 自分の生活は やや苦しい
余裕を取り戻す やれる節約は なんでもやる

節約を徹底して 乗り切るしかない
そこで  注目されるのが
フィリピンで 外人にも 適用される
高齢者向けの割引・優遇サービス

スーパーなどでは 60歳以上
「シニア割引」5%を 受けられる
割引のほかに 購入額に応じて
ポイント還元も ある

市役所で発行する「ブックレット」を入手
シニアレジに IDと共に 提示して 清算する

薬局や セブンイレブンでも
レストランでは 20%の割引
あらゆる場面で 優遇割引してくれる
円に換算すれば 年間を通して 大きな金額

使うべき 高齢者割引
老後マネーの節約に 躊躇は いらない

現代社会の 根底にあるのは お金
必要の度合いには 個人差が ある
お金が ないことには 生きていけない

日本は 金により 品格を 失い続けている
なんにでも 金の話しが 付き纏う 卑しさ

 

原因は アメリカ型資本主義
グローバリズムの浸透と活字文化の衰退
この2つが 日本人の心を 荒廃させた

アメリカ経済の
弱肉強食の論理を 持ち込んだことで
日本人の持つ 優しさや 思いやりといった
美風が 失われ 物事を金銭で 評価する風潮が
日本に コレラのように 蔓延した



 

しかし ここにきて
グローバリズムの不合理に
日本より先に 他国が 気づきはじめた

アメリカや イギリスが 先んじて 動いた 



 

誰もが 手にしているのは スマホ
かつてのように 新聞や雑誌 本を
熱心に読んでいる人は ほんのわずか

日本人の 知的レベルは
取り返しが つかないほど 劣化しつつある

ウエートレスという 仕事ひとつを とっても
ただ単に お客の注文を 聞いて
それを テーブルに運んだら 終わり
といったものでは ありません

お客の動きを じっと 観察して
香辛料が 欲しそうなら テーブルに届け
お客が テーブルや床に 飲食物をこぼしたり
落としたりしたら すぐに拭き
子どもづれなら 小さな椅子や おもちゃ
お子様用のメニューも 持っていく

AIに接客 もてなしの心?
お客を「ほっ」と させる接遇を 
教えることは 無理

 

ウエートレスでも 外交交渉でも 

最後に 物をいうのは その人の持つ 人間性と教養

どの分野で 力をふるうにしても
専門知識などの ノウハウは 不可欠
しかし それだけでは 不十分で
物事は 人間としての魅力で 決まっていく
さらには 深い 教養がないと
相手も 全幅の信頼を おいてくれないし
認めても くれない

いつの時代 どんな地域に おいても
人間の中身を 高めることが 決定的に重要

それは 振り回すものでは ない
自然 身から滲み出るもの
フィリピン人との 付き合いに おいても
信頼を得るのは お金では ない
人間として 認められ 尊敬を得るのは
幅広い知識と 日本的教養に尽きる



 

戦後最長の 景気拡大などと 言われながら
その実感に 乏しく
みな生きるために 必死に働き お金を稼ぐ
そして いろんな ストレスを ため込んでいる
かってなかった 事件も 起きている

でも どうにか こうにかして 進むしかない
作り話のように 楽しく 生きられたら いいな

苦しい状況で 楽しむなんて 難しい

それが できないから みんな 苦悩してしまう

『釣りバカ日誌』の ハマちゃん
会社サボって 釣りに行っちゃうけど
その釣りを きっかけに
新しい仕事を 取ってきたりする

彼は 楽しいことやってるから いつも笑顔だし
笑ってる人の周りには 自然と人が 集まる
敵を作らないから 無敵なんです 最強でしょ

面白 おかしく 生きようって ことでは なくて
生きてく上で 良いことも 悪いことも 経験する
だったら 暗い部分で コマを 埋めるんじゃなく
ささやかな 楽しい部分を 拾って 生きたい

「心の声に 従うこと」
「その時期に会った人が 自分に 必要だと考える こと」

目の前にある
様々な可能性に 気づかないことは 誰にもある
「本気で 生きよう」と 心の声に 従った先に
「本当は どこでもいける」という 気づきが 待っている

 


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年もかけて 少しずつモノを 減らしてきた
多くのモノは 人に 譲った 部屋が 広くなった
残った 趣味のモノは ギターだけ
ブルースを 初めから練習してみるか
ジッとギターを 眺めている

掃除も楽 モノが 無い方が 
老い人の暮らしが 落ち着く

「自分は テレビは 観ない」
日本の番組が 海外で 無料視聴できるなら
PCで観る そうなれば TVだって もう いらない
いや 自分が 知らないだけ? 
今でも 観る事が 出来るのかもしれない

テレビは 観るのだが 
その時間は 確実に減った
観ても NHKか ケーブルテレビ

ダバオで NHKの視聴契約をすると
毎月1000ペソの 料金が 掛かる

観ないとは いえ
朝テレビを点けると 情報番組をやっている
「あ こんなん観てたら バカに なるな」

視聴者は バカという前提で
作られているのが わかる イライラする

常に明るく 楽しくなくては いけない
そうした様式が もはや 強迫観念となって
制作者の頭の中に 巣食っている

それが しんどい

人間 いつも いつも 明るく楽しい気持ちで 
いたいわけでは ない

もっと 淡々と できないものだろうか
ついに 穏やかな NHKさえも 毒されてきた
そんなのは 自分に 合わない

8時 ぴったりでは なく
7時54分に 番組が 始まるとか
前の番組と次の番組を つなげるとか

そういう策略は すべて
アメリカの番組作りから 盗んだ 手法なのに
肝心な 中身の質が ついてこないのは
予算規模の問題と片付けられない

自分が 年を取ってしまったから だろうか とも
思ったが  どうも そうでは なかった
年を取った人たちは テレビを 観ているようだ



 

テレビ業界といえば
視聴率至上主義なのかと 思いきや

ここ最近 認識が 変わりつつある
『いくら 世帯視聴率を取っても 意味が ない!』
その考えが 徐々に 浸透しつつある

世帯視聴率というのは 本来 大雑把な 指標

個人に 分解してみると
五十代以上の おっちゃん おばちゃんと
おじいちゃん おばあちゃんが
多く観ている ということになる

「数字 取ってるのに
   CM枠が 売れないという 悲惨な状況」が

そういう番組枠で 流されるのは
健康食品や 保険系などと いうことになる
大スポンサーである 自動車や化粧品
IT系や 通信サービスの企業に
CM枠が なかなか売れない

視聴率は 取れていなくても
若年層を ターゲットにした
一部のトガッたバラエティー番組の CM枠は
売出し 即 完売する

テレビが 
家族みんなで 観るもので なくなって 久しいが
広い視聴を狙うより 狭くても 深いつながり
そのジャンルや その番組しか観ない
熱心なファンを つかむことの方に
生き残りの策が あった

「わたしは テレビは 観ない」
「あッ でも これだけは観る」
そう言わせる 番組が それぞれの人に 
あるという状況を 作る

この視聴者との関係を
ネットやリアルで 縦に横に広げる
テレビ業界人というのは
頭脳とエネルギーの 集団だから
既に やってるだろう

自分 個人としては
ふつうのトーク番組が 見たい
人と人が あたかもラジオのように
なんのヒネリもなく 話す番組
定型のコーナーも お飾りのアシスタントもなく
酒でも飲みながら じっくり話す番組
自分も 酒飲んで ゆったり聞いて いたい

懐古趣味で 申し訳ないけど、
村上龍の『Ryu's Bar 気ままにいい夜』や
『たかじんnoばぁ~』みたいに
まぁ バーばっかで アホみたいだけど
ただ話す 淡々と話す 時に 大笑いも起きるが
笑いが 目的では ない

ゲストが 絶妙で 一度観てしまうと
結構引き込まれるものが あった
センスと知的好奇心の賜物

作家とか 学者とか ミュージシャンとか
ちゃんとした 言葉を持つ人を 招いて
時には沈黙も 当惑も 不穏も 口論もありで
そういう 作り物でない 番組

「ちゃんとした 言葉を持つ人たち」は
顔と名前を出して 自分の言葉で 話す
だから 聞き惚れる

どうだろうか
町に ふつうの定食屋が 少なくなったように
言葉を 聞かせて 人間を見せる番組が なくなった

自分は そんなのが 観たいけどな

 


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80歳を すぎて 物忘れが 激しいけれど
まわりから愛される「ほのぼの ボケジイさま」も いる

診察室での 医師との会話は こんな調子

その日 あったことを 思い出せない
日記を書くにも 困ると嘆く ジイさまに

「もしかしたら 大切なことを 忘れていませんか?」
「死ぬことを 忘れているでしょ!」と いうと

「ほんまや! そういえば 死ぬのを 忘れとった」
あー  はっはっは



 

いやー  年寄りは 面白いね

ほのぼの と 言うのとも違うな
のんびり とも ちょっと違う
のんき が 近いかな

とても 表現できないんだけど
なんとも言えず おもろい
そう すごく おもろい

「おもろい」という 言葉の響きには
切なさや 悲哀や 涙の倍音が 
ちょっぴり 混ざっている
そこが ただ「おもしろい」だけとは 
ほんの少し 違う

なんだか 言葉のテンポが 生々しく 心地よい



 

もう 寅さんは いない 寺内貫太郎も 樹木希林も
植木等も いない みんな おもしろかった

庶民の日常と 人情の 鮮やかさ
平成の世が 30年かけて 叩きつぶして
デジタル化して しまった

ジイさま というのに 実に かわいい
物知りで 静かで あたたかみが ある
機嫌良く過ごすコツを たくさん 知っている
それで 健やかで いられるのだろう

だから フィリピン人には 大事にされる

いや「あたたかみ」なんて 
テキトーな 表現してると バカヤロー
横っ面 引っぱたかれる 元気

生きてきた 質感と重量感と みっしり感
幾多の経験が ズシンと 伝わってくる
昔のかき氷機と 同じ魅力 タマラナイ



 

そんな ジイさまと とぼとぼ 歩く
まだ 陽が陰る前の 明るいとき
店が 開いたばかりのところに 入って
キニラウの上に 豚のカリカリBBQの短冊切り
ビールを 飲みながら つまんでいる

自分とは まるで異なる 色んな経験をしてきた
ジイさまの話しを 聞くともなく 聞いていたい
この時分 店には 客もいなく遠慮は いらない
店の女将は 材料が あれば 何でも 作ってくれる

自分も ジイさまも そんな街ダバオに 住んでいる



 

ほろ酔いで 話しを 聞いている
ボクシンングの話で もう一段 大きく笑ってしまう
そう来るか で・・ その試合には 勝ったんですか?

そして 最後には まさかの展開で
まんまと 泣かされてしまった

この涙の 熱くて 気持ちいいこと

令和の世に この人情が 少しでも戻ってきたらなぁ
そんな 思いにとらわれた

 


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きナス! あれだけは 人に作って もらいたい」
ジイさまは 少し包丁を 使う 昔 板前の修行?

できるものなら 作りますけど と 女将さん

ジイさまが 小声で 女将に囁いていた

でも 冷たい麺と いっても
コチュジャンを 使った ピビン麺
コチュジャンの甘辛 好きですか?
元気に なれますよ

わ~ それ 嬉しい!
元気 なりたいんです! はい

おまえさん スタミナつけて どうする
何か したいのか? ニンニクたっぷりか 
イッ ヒッ 🔥  ヒ 

麺は 冷や麦しか ないので 
それを 使って みましょう

いいですね 野菜も あるもの
なんでも 入れちゃってください 暑気払い



 

真っ赤な麺が 鮮やかでしょう
暑い日でも 元気が 出る一品です!
辛めに 仕上げたので
いっそう 元気が 出ますよ



 

う〜ん! ピリリとした辛さ 後引く!



 

この 和えダレは どうやって作るの

コチュジャンと酢 砂糖 白ごま ごま油
しょうゆを 混ぜるだけだから 簡単ですよ
しょうがや ニンニクの すりおろしを 加えると
より パンチの効いた ピリットした 味になる
お宅で アナタにも 作れます 試してみて下さい

野菜は 麺とよく絡むように 千切り
どの野菜も同じくらいの 細さに切りそろえると
口当たりも よくなります

麺は ゆで上がったら 
まずは 流水で ぬめりをとって
氷水に入れて キュッと締めます
ここを怠ると コシのない麺に なってしまいますから
タレと麺は 手で合えます しっかり やってください

氷を ケチるな ですね

 



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