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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines

フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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いやね 曲がりなりにも フィリピンにて
「観光」ではなく「生活」を してみると
グローバル社会と いわれる 割には
世間が 日本のそれと 違うこと はなはだ 多く
なるほど これも アリかと驚く で・・
ついつい 人様に 話したくなるんですよ
中でも 聞いてほしくて しょうが ないのが
ダバオのおじさん おじいさんは 自立しとる!
フィリピン人じゃないよ 日本人でも ない
ここに住む外人 どこの国の人か 知らない
おばさんは まあ 東京もダバオも
笑ってしまうくらい 似ていて 変わらない
おばさんこそ グローバル人種
でも おじさんは 全然 違うんだよ!
オシャレ!どこが どうって わけじゃ ないんだが
体や雰囲気に なじんだシャツを さらりと着て
クルクル首に巻きものをして
色や素材の組み合わせが なんとも 絶妙
「おしゃれ」では なく
「知性」と「余裕」を 感じさせるスタイル
彼らは「自分に 似合うものを 知っている」
で そのおじさんが 朝早くから モールで買い物
リンゴ ジャガイモ レモン チーズやら
フランスパン? あれこれ 吟味して 買ってる
それら 食材が 我らと 明らかに違う
料理をする人間が 見れば わかる ことですが
日々 自らフツーに 料理する人の 買い物
みるからに 元気なんだ
胸を 張って 堂々と出歩き
引きこもり感など ゼロ
自分で 自分に似合う服を 選び
好きなものを 作って 食べることが できるって
自分で 自分を 楽しませることが できる こと
生きることに 自信が あるんだろう
だから どんどん 外に出ていける
「美人 美人」って 騒ぐ 男は「パァ」だよ
恋を 知らない人たち そう言われてるよう
そう思うと 我ら 日本のおじさんが
孤独な理由が わかった気が した
自分で 自分の面倒を見ることを サボっていると
自分で 自分が わからなくなって 右往左往
肝心なのは ここじゃないか きっと
料理 洗濯 掃除だよ おじさん頑張れ!
「海外で 日本食を 恋しがる おじさんは
絶滅危惧種 大事に してくれよな」
人生の 残り時間を 楽しむ?
「とにかく お金を 稼いで
物質的に 豊かになれば 幸せになれる」
そう思い込んできた
「お金や 物では 幸せになれない」
こんな歳で フィリピンで 気付いてしまった
大変だし ちょっと 痩せ我慢では ある が
これでヨシ と 納得しよう
「あなたは 毎月 いくら お金が あれば
生活できますか?」
老後に 2000万円必要だと聞いて ドキリ
生活費 即答できる人は 意外に 少ない
自分は 6万円だと 一瞬で 答える
毎月かかる 必要最小限のコストを 把握
「これだけあれば 十分に 生きられる」
漠然とした お金の不安から 自由になれた
フィリピンで
「毎月6万円の 年金が あれば
死なないし 大丈夫だろう」と
楽観的に 考えられたから
思い切った 挑戦が できた
『そして いま 一人に なった』
この街のサイズが 自分には ちょうどいい
「そう 街の気配みたいな ものがね」
これから 世の中のいろんなことが
小さく 小さくなっていくと 思う
大きいことが いいという価値観ではない 方向に
すると 自分にも ゆとりができて 周りに目が 向く
風通しも良くなって さらに 生きやすくなる
15年以上 暮らした経験を
強く実感するようになりました
やぁ! みなさん ごきげんいかがですか
あなたの 心と躰 お変わり有りませんか
どこにいたの 生きてたの
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
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人工知能に 自動運転 5G
世は イノベーションの話題で 満ちているのに
いまひとつ 経済に 元気が ない
1870年からの 100年間が『特別な世紀』
電気や エンジン 偉大な 発明のおかげで
生活水準と生産性が 劇的に 上がった
かつて 大半の人々は 農村に住み
男性は 死ぬまで 過酷な労働に耐え
女性は 朝から晩まで 家事に縛られていた
それが 第2次産業革命の 数十年で
都市での 快適な暮らしへと 移った
これは 人類史において 一度限りの出来事
匹敵する変化を 再現することは もう できない
経済的豊かさを 含む
もっと大きな 豊かさを 考えたとき
その ひとつが 時間の豊かさ
あるいは 時間の貧しさというのは
どういうもの なんでしょうか?
人は 太陽を仰ぐ事も
星を 探す事も しなくなった
ポケットに手を入れ 下を向いて 歩いてる
時間に追われた 生活とは 違う
もっと 自由で豊かな時間を 手にしょうと
この半世紀 モノやサービスを 得てきた
冷蔵庫も洗濯機もテレビもパソコンもスマホも
けれど それらモノは 目的じゃなくて
充実した 豊かな時間を 過ごすための
手段としての モノだった はず・・
所得だって 手段としての お金だった
何処にあるのか 豊かな時間
人は 探しても いないように 思う
飛行機のビジネスクラス搭乗! 初めての経験
招待頂いた先方の 太っ腹にて 贅沢が 許された
イヤ〜 こんな幸運 生涯 これが 最初で最後
喜び勇んで 航空券を 予約した
移動時間は 短い方が いいんだが
せっかく なんだから 8時間くらい
乗っていたい~などと 思う お調子もん
ビジネスなら
空港のラウンジが 使える と 思いつく
早めに行き 優雅に 無料の朝食を 堪能
楽しんで やろうじゃない
イッヒッヒッ と ほくそ笑む
いざ 胸を張り
「ワンランク上な 自分」に うっとりしながら
ラウンジの受付を 通過した 途端
「なんじゃ〜 こりゃあ〜」
目に飛び込んできたのは ビュッフェに
我先にと 群がる 餓鬼の群れ
自分も 負けじと 割り込んで
コーヒー パン ヨーグルトやらを
必死に 分捕ります
あぁ〜 どこが 優雅
下品なこと この上なし!
一体 これは どうしたことか
この部屋にいるのは 一定以上のお金や
特権を持った 人ばかりの はず
なのに なぜ このような殺伐とした 空間に?
ハッとした
その理由は わが心に しっかり書いて あった
高いカネ 払ってるんだから
サービスされて 当然という さもしい気持ち
それが あちこちで 顔をのぞかせる 卑しさ
下品さを 振りまいている
テーブルの上には
食い散らかされた朝食の 残骸やナプキンが
必要以上に散乱し 係の人が 硬い表情で
必死に 片付けている
安い ビジネスホテルの朝食では
自分の 食べたものは
普通に 自分で 片付けるのに
お金とは 心の弱さ 卑しさを 膨張させ
人を傷つけ 空気すら 悪くしてしまう
と すれば 案外 災いの 元なのか? お金は
あぁ 嫌だ! こんな経験 したくなかった
「うまいもんがある と 聞くと
捜してでも 食いに行くなんて
なんか 品が ないよなあ」
「最後の晩餐」
その人が 実際に取った 最後の食事は
「きつねどん兵衛」だった と 明かしている
せつないが 何より どん兵衛 好きだったのだろう
あの つゆを含んだ 厚いお揚げ うまいもんな
情報が 文字どおり 瞬時に伝わる社会
素晴らしくハイテクな 手段が ある社会は
お金としての 豊かさは 得られる
知識や知恵が 成熟するような 豊かな時間は
ハイテク社会では 手に入らない危険が ある
お金に そういった 危険があるという 側面
怖れて いないのでは ないでしょうか
知識が 生活の中に蓄積されて 知恵になり
知恵の積み重ねが 熟成して 文化になる
そのための 必要な時間が 失われた状態は
決して 豊かとは 言えない
自由で 豊かな時間を 手に入れるという
目的のための手段・道具が お金やモノだった
モノやお金が いつの間にか 主役面して
何が 目的で 何が 手段なのかが 迷走
誰もが わからなく なっていた
人が 集まって 形づくられた
「都市・国家」の「家計のやりくり」が
「経済」という言葉 そもそもの 意味
経済成長を し続けても
必ずしも「豊かさ」を 感じていない
何故 なんだろう・・
理科のテストで
「氷が 溶けると( )になる」
問題が 出されました
その問題に 北国の小学生が
「(春)」と 答えた
正解は(水)であり(春)は 不正解
誰でも 知っている エピソード
自分で 夢をみつけて 学び 考え 決断し
情熱を もって 行動できる力が 不正解
自分が いかに
効率や お金の尺度に 捕らわれて きたか
途上国の街 ダバオにいると よくわかるんです
人は 生産的になるように 鍛えられてしまう
そうなると 息苦しい
退職すれば 自由 勝手 なんでも ありに 放たれる
ところが この自由の豊かさ 取扱いが 難しい
「危険物取り扱い主任」ぐらいの 資格が いる
社会システムから 自由 自立する
ピカピカした あまっちょろい希望 もう 沢山
孤独など ガリガリと 喰い散らかして やれ
毎分毎秒 仕事なし 負けで上等 ヨーシッ!
最後には「自分の人生を 爆破しろ」と 息巻く
自由と自立は セット
生きるために 必要な能力を 手放すのは
思った以上に 危険なことかも しれません
男も女も子供も
自分で食べるものは 自分で作る 力を持つ
ナニ 難しい ことなんて ありゃしませんよ
ご飯を炊き 味噌汁を作れれば 十分な ごちそう
その力を 失っては ならぬ
お金が ないと 喰っていけないと 思わされて
人の生き方が 一本化されていった
人の 生きる幅は もうちょっと 広いんじゃないか
ダバオに居ると そういうことが
パッと 見えたりするんです
こうしなきゃいけない
こうあらねば ならない と
頭は 知識は 人を 縛るんですよ
頭でっかちを 打ち破れない
自分で 体験してきた ことと
生きるための知識を セットで 考える
じゃないと 知識は 知恵へと 熟成しないし
自分文化は 育たない
自分の中から 知識が 湧き上がり 生活の知恵が 生まれ
そこには 移住文化に伴う 異国の暮らし
かけがいのない 豊かな時間が 芽生えてくる
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江戸時代の特徴は ひとつに 平和
それまでの戦乱が 終息した
下町の裏長屋 貧乏暮らしだが
人々は「明日」を 考えられるようになった
親は 子どもに 教育を受けさせ
親方は 弟子に 技術を伝える
子は 年寄りに 早く 楽隠居させた
そうした 明日のための 投資の結果
一般庶民が 主役の 江戸社会が 形成された
各々が 職分を全うして 平和な生活を 守り育てる
それが 江戸社会の 豊かな基調 実に 明快
ひきこもりなど いなかったろう
生きることに みんな 懸命だったろうから
フィリピンの人たちも そこに向かっている
明日が不安 それが ゼロになることは ない
リスクを ゼロにする社会も できない
だけど 変化する 令和時代のなかで
国民 一人 ひとりが こう生きたいと思った 選択が
可能となる環境を つくる それは 政治にしか できない
成る様にしか ならない と 政治に 無関心は
格好悪く お洒落じゃ ない
“ふざけんじゃねえ この政治“ と 言うんだったら
問題を 解決するような 政治を選ぶのも 責任
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わずか「チ」と「タ」の違いで
何十年も 年をとる
「よちよち」から「よたよた」へ
たった 一音の 響きの変化が 数十年の
時の経過を 表す
人は やがて「よろよろ」になり
いつか「よぼよぼ」「よれよれ」に なりもしよう
足と脳は 深く連動している
足が刺激されると 脳神経が発達
歩行が 安定しなくなると 脊髄の運動が 減少
筋肉を 失うことは 脳の神経細胞を 失うことと同じ
現代社会は あくなき「便利」を 追求してきた
便利とは 自分の体や 頭を使わなくても いい
面倒な家事も 家電製品が スイッチ一つ
今では 家から
一歩も出なくても 口をきかなくても
スマホさえ あれば 暮らしに必要なものは
何でも 届けてもらえる
暑いかもって エアコンが 考えて
自動的に快適環境を 作ってくれる
自分が 何を欲しいのかも
コンピューターが 提示してくれる
これが 我々の目指す
理想社会なのか って いうか
これって 少なくとも 認知症対策とは
真逆 なんじゃ ないのか
自分は 独り暮らしという きっかけを得て
異国で「便利」と 決別している
実際に体験して 痛感したのは
この「理想便利社会」が いかに
自分の頭も 体も使わない生活で あったか
そして それが いかに「つまらないか」
不便は 面倒だよ でも
自分の老後は 完全手動で 万全
「あれ そうだっけ?」と いう 親に対して
「いま 言ったばかりだよ」と
娘が あきれ顔で ため息をつく
また 一緒にテレビを見ている シーンでは
「この人は 誰?」と 親が 何度も尋ね
「その人の名前 昨日 教えたでしょ?」と
娘が 応じる
認知症の親を持つ 子どもとの間では
日常的な風景
新しく体験したことを
覚えておくことが できない
医学的には「記銘力障害」
重度な場合 数秒 あるいは 数分前のことを
記憶にとどめられなくなる
記憶力の 低下は
認知症の人ばかりでは なく
我々にも 見られる
これは ほとんどの場合 加齢による
老化の 物忘れというのは
ヒントが あれば 想い出せる
認知症検査でも 満点を取って
担当医を驚かせた 95歳の女性
彼女は 毎日 クシャクシャに なるほど
大好きな新聞を 朝から晩まで 熟読する
これは「記銘↓再認↓再生」を 繰り返し
これによって 新しい情報の記憶を
脳に定着させている
ときどき 音読も しているというから
トレーニングとしては 完璧
見事というほか ない
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認知症の人の 頭の中で
何が 起こって いるんだろう
この人の中で 何が 起きているか
「認知症」は 病気では ない
腹痛や 頭痛のようなもので「症状」
その症状は ひとつではなく
「もの忘れが ひどい」
「今日が 何日か わからない」
いくつもの症状の 集合体
症状が 多少 表れていても
生活に支障がない 限り
認知症とは 診断されない
老化による「もの忘れ」と 認知症は 違う
老化の場合
「食事をした」「旅行に行った」
そのことは 覚えている
「何を食べたか」「どこを観光したか」を
忘れることは ある
「京都で お茶屋さんに行ったよね」と言われると
「ああ そうだった」と 想い出す
認知症に ともなう もの忘れの場合
食事をしたこと 旅行に行ったこと
そのものの記憶が なくなり
忘れた事の 自覚も なくなってしまう
記憶とは
①覚える
②記憶を保持する
③記憶を呼び起こす
3つの機能
老化すると
③の呼び起こす力が 衰える
認知症の場合は
①②③すべてに 問題が 起きてくる
65歳以上の日本人
認知症の予備軍 軽度認知障害も含め
4人に 1人が なる
加齢は 認知症の最大の原因
日本人が 高齢化すれば
認知症患者が増えるのも当然
100年時代なんて はしゃいで いられない
老人が 一本道の 川の堤を とぼとぼゆく
向かいから 歩いてきた来た 老人に
立ち止まって 道を 尋ねる
「駅は どっちかね」
「駅なら 反対方向だよ 引き返しなさい」
この付近に 駅など 無かった
認知症の二人は 前後して 叉 歩き始めた
はたから見れば 仲の良い 老人にしか 見えない
認知症も 他の病気と同じく
本人が いちばん先に 気付いている
ある時から 自分が 認知症である事も 忘れる
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長生きが リスクになれば
何が 長寿で めでたい
「いつか 自分にも・・」怖い
先送りを 目指すことを
考えたほうが いい と 知人の医者
認知症に なる要因は
運動不足や 社会からの孤立など いろいろ
最大の リスク要因は「長生き!」
正常な人でも 原因物質 異常タンパク質が
あなたの脳にも 着々と たまっている
若年認知症もある 若いからと 安心できない
神奈川県の田中さん
バリバリの営業マンだった
ミスが続き 簡単な事務処理にも
時間が かかる
56才で 営業職を外され その後
アルツハイマー病と 診断された
「それは ショックでしたよ
そんな はずはないと 思ったけれど
結果が そう出ていた」明快に話す
9年たった今 記憶障害は 進んだが
告知の衝撃は ハッキリ 胸に刻まれ 憶えている
なって しまったのだから
先へ進むしかない
自分の知らない世界を
のぞいてみようじゃ ないかって
まあ それも もう うろ覚えなんですけど
若年性認知症の問題は
就業が 困難になる
「先々を 考えると心配は 尽きませんが・・」
高校時代からの 仲間が いるんです
『おれ 認知症に なっちゃった』と 言ったら
最初は『ウソだろ』と びっくりされたけど
以前と変わらずに いてくれた うれしかった
「隠すと 困難が 増える 気がします」
こちらから話せば お互い 気を 使わずにすむ
いろいろ調べて アドバイスも してくれる
散歩に つきあってくださる ご近所さんもいる
「遅かれ早かれ みんな そうなって いくんだから
隠したって 仕方が ない」
個人判断だが 自分には まだ 徴候は ない
予防とは
「先送りさせながら」どう生きるか
なんと 皮肉な 健康長寿
認知症を 呼び込む方向に 長寿が 導く
フィリピンで 認知症は 話題に上らない
平均寿命が 60代だから なんだろうな
いつかは だれでも 認知症になる
そのうえで 予防に取り組む
発症時期を 少しでも
後ろに ずらすことを めざす
予防とは「認知症の先送り」
ここでの「先送りは」いい言葉
長生きすれば グリコのおまけ か
「予防法」を 挙げるとすれば
自らの機能を 目一杯使って 生活する
体を動かし 人と交流し 体も頭も心も
フル回転させながら 暮らす
なぜって「使わないものは 衰える」
健康な人も 一カ月寝ていたら 足腰が 立たなくなる
体は 使わぬものは「いらない」と みなす
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お国の方針にも 世間の空気にも 逆らい
キャッシュレス社会に 一人抵抗を 続ける
近所のサリサリストア(住宅内の雑貨屋)
キャッシュレスどころか レジもない 我が心の同志
ある日 ふと「お釣りが 50ペソ 少ないんじゃ・・」
と 思って おばちゃんと一緒に 計算したら
ちゃんと合ってた
おばちゃん 実に親切で それからは
声に出して 計算してくれるようになった
となると 自分も 頭の中で 計算する
お釣りはいくら? パッと 計算すると なると
案外まごつく グッと 脳に力を 込めている
それだけじゃない
財布から 小銭を取り出す 作業にも
モタついているじゃないの
視力と指先の感覚が 衰えている
というわけで
何気ない お金の支払いも 真剣勝負となった
「慌てるな」「集中!」と 心で唱えて 懸命
情けないったら ありゃしない
だが サビ付いたものを 動かさなければ
間違いなく ますます動かなくなる
使わぬものは 衰える
いや〜 危ないところ だったよ!
もし 自分が キャッシュレス生活を 送ってたら
サビつきに 気づかぬまま サビは 増殖し
我が脳と体の ある部分は すっかり機能を
止めていたに ちがいない
キャッシュレスに 限ったことでは ない
「便利」とは 自分でやらなくて よいということ
便利に浸っていると 自分自身は どんどん退化
特に ある年齢を過ぎれば それは 危険行為
健康脳を望むなら 便利を 遠ざけねば
ということで
本日も レジで 後ろの人の視線を 気にしつつ
懸命に 小銭を 数えている で ふと
気づけば そんな人が 他にもいるではないか
長い行列の 先を見ると
財布を開いて まごまご 支払いをしている お年寄りが
我が 仲間である 頑張れ 頑張れと
心の中で エールを送る
日本人の 寿命が 延びたことを 喜ぶのであれば
長寿と切り離せない 認知症を 嘆かないで
受け入れていくべき? 仕方ないと 諦めるか
本人は それでいいかも しれないが・・
周りで 世話する家族は どうなんだろう
日々 一緒に 楽しく過ごして いけるものなのか
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母親が 備忘録のメモを
山のように 積み上げていて そのメモに・・
「なんで こんなに 忘れるのでしょう」
「バカ バカ バカ」と 書いてあるのを
見つけた 娘さん
「ある日 突然 認知症に なるわけじゃないんだ」
「その過程で こんな焦りを 感じていたんだ」
たぶん 母親は そのころが いちばん不安で
やり場のない イライラが あったのでは ないか
実際 母が 怒りっぽくなった時期も あった
テレビ番組で 認知症に 詳しい先生が 話してた
認知症の徘徊も 本人には
買い物とか 仕事とか 立派な目的が ある
でも その途中で 何を しようとしてたか
わからなくなって しまうんですね
そうやって もの忘れが 進んできて
自分が 壊れていくと 感じるって
どんな 気持ちなのか
自分だって そうだよ
台所に 歩いていって
はて 何しに 台所に来たのか 忘れ
引き返す事が ある
しばらくして 何かを キッカケに 想い出す
昼飯の用意で 冷凍肉を 冷蔵庫から出して
解凍しておこうと 思って 台所に 立った
ほんの数秒 歩く間に それを 忘れていた
これは 認知症でも 老人ボケでもない
他の事を 考えながら だった からだろう
認知症は つらい ばかりでは なく
周りが 思わず「クスッ」と 笑えるような 場面も
「ユマニチュード」という フランスの介護法
『ガッテン!』(NHK)でも 紹介された
相手と 目線の高さを 合わせ
近い距離で 話す それが よいとか
母の目を のぞきこんで
「おはよ」と 言ってみたら
母も「おはよ」と まねして
私の顔を のぞきこむから
にらめっこに なっちゃって 二人で 笑った
ちょっと 子どもみたいに なるの
いつぞやも
母が オクラの名前を 思い出せなくて
「なんでも 忘れちゃうねぇ」と 言ったら
「覚えてることも あるもん!」と むくれた
「何を覚えてるの?」と 意地悪したら
「うーん 何を覚えてるか 忘れた!」って
入院中の父を 母と見舞ったときに
暴君だった父が 母に
「おまえの作った ちらし寿司が 食いたい」と
言いだした
そうしたら 母ったら
「あら ちらし寿司 駅前のスーパーに
売っていますよ」って
暴君の父に対し 一度も 口答えしなかった 母が
見事な 仕返しぶりに 大笑いしました
こんな母の 的外れな言動も 見方を 変えると
ユーモアが あるんですよね と 思うと 気が楽
認知症の介護は 子育てと違って
未来は 衰えが 進むばかり
認知症の治療も 進行予防でしか ない
なるほどと 思ったのは
今の 80代って 時代の先端を 走った世代
ロックを取り入れ ジーパンをはき始め
広告を カルチャーにした 人たち なんですよ
なのに 施設で 童謡とか 民謡を
歌わせられるのは おかしいって
内田裕也じゃ ないけど ロックンロール
要は「いかに楽しく過ごすか」で しょうか
「いつ死んでも いい」という 高齢者に
「では 明日でも いいんですか?」と 聞くと
「いや やっぱり あと3年は 生きたい」と
答える人が 多いんですって これも 笑える
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その後 新しい介護サービスを
受けることに なった ときに
ケアマネジャーや 関係するスタッフが
我が家に来て 打ち合わせをしていました
そこには母さん 私 父さんも 同席した
机の上に広がっている書類の一枚を
母さんが ふと手に取りました
それは 母さんの これまでの病歴などが
書かれている資料
それを 読んだ 母さんが
「私は 認知症なの?」と
衝撃的な質問を
みんなに 投げかけてきました
なんと 答えたらいいか わからず
場の雰囲気は 一瞬にして凍り付きました が
一人だけ 笑っている人がいます 父さんです
そして「おまえ 知らなかったの!」と
すこぶる 明るく答えました
みんなが「え〜 それ 言っちゃう?」と
心の中で 叫んでいると
母さんは「そうなの・・」と
少し落ち込んで いました
父さんは
重い空気と 母さんの気持ちを 思い
心の中では 苦悩しつつも
努めて明るく 笑い飛ばすように
言ったのでしょう
さらに 母さんは 認知症ゆえ
数分後には このやりとり自体を 忘れたようで
このときばかりは「認知症で 良かった」と
不謹慎ながらも ホッとしたのです
こんなふうに 認知症になった 本人から
それを 不安に思う気持ちを 聞いたり
自分の病気について 尋ねられたりすることも
「認知症介護あるある」なのかも しれません
そのとき
家族として どうしたらいいのでしょう
全てのケースでの 回答かは わかりませんが
父さんのように 明るく笑い飛ばすのが
ベストなのかも しれません
現在の母さんは 認知症の症状が 進み
おいしそうな食べ物が たくさん載っている
スーパーの 折り込みチラシを
眺めていることが 多くなりました
不安な気持ちは 病状の進行とともに
消えているのでしょうか
父さんを 見習って
今の母さんの 心の声を
明るく サラッと聞いてみようかな・・
なんて 思う
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ダバオ真夏の6月 楽しみの ひとつ
夕方 1合の冷たい酒を ちびちび飲みながら
テーブルに向かって 一人夕食を とり
ほろ酔いと なったところで
そのまま ゴロリ横になる
ベッドルームだけ ひんやり涼しいのだよ
家で 一番の 安息の場所だからね
寝転がるだけで 空気感が ちょっぴり違う
で 目を うっすらと 閉じている
ううううぅぅ~と
あぁ この時の 幸せったら ありません!
でも 何が ここで
寝室より 好きになった かって
それは 南国の「風」
風の すごいところは
ひとつとして 同じ風が ないところ
強さ 軟らかさ 深さ 速さ
それらが 瞬時に 変化し
向きを変え あるいは 回転しながら
サアアッと やってきて
ソワソワソワと 去っていく
その全てが
「快感」と「涼しさ」を もたらす
いやもうね 一体 誰が このプレゼントを?
いちいち 感嘆せずには おられない
「ひとつとして 同じ風は ない」
南国の すごいところ なんじゃ ないかと
確実に 来るとわかってる 風って
吹いても 微妙に 嬉しくない
でも 来るようで こない風に イラつく
最近の扇風機は えらく進化して
センサーを 搭載したり
首振り角度が すごいことに なったり
変化に富んだ風を 届けようと
各社 しのぎを 削っている
自然の風を 生み出すって
それほど 大変だと いうこと
だから 南国の贅沢
その「大変な風」を 毎日 愛でている
もうひとつ 真夏の快感
冷やし中華が なんとも いい
「冷やし中華」涼を呼ぶ うまさだろ
心地よい酸味が 利いた タレに
ダバオ娘の様な キュッと 引き締まった麺
そこに チャーシュー キュウリ 錦糸卵
冷やし中華は エロい 口福
ひと口 すすれば
ひんやりが 溢れる すっぱさが 広がる
食堂で食べる 冷やし中華も おいしい が
家で 好きな具材を たっぷりのせて 食べる
自分好みで いいもんです
食欲が 落ちる 南国ダバオの暑い夏
週に 2〜3回は 冷やし中華 飽きない
昼ビールにも 白ワインにだって 相性 バッチ
麺を 茹でて 具をのせる だけだが
タレを冷やす 麺を氷水でしめる
さまざまな食感の具を 用意するといった
細かな 下ごしらえで 趣は ガラリと変わる
具を 乗せ変える事で 飽きない 奥深い冷麺
タレで 決まってしまう 自分流
しょうゆ 大さじ/6
酢 大さじ/6
砂糖 大さじ/4
日本酒 大さじ/4
ごま油 大さじ/4
白だし 小さじ/2
コーンスターチ 小さじ/1
鍋に すべての材料を 入れ 沸騰したら
水小さじ1で 溶いた コーンスターチを 加え
とろみを つける
自分は ワインの空き瓶に移し 冷やす
冷蔵庫に常備 いつでも 使える
タレが 用意できていれば
エッグヌードルなど 袋麺でも 大丈夫
鍋に たっぷりの湯を 沸かし 少し長めに ゆでる
ザルにあげて 流水で もみ洗いをしながら
ぬめりをとり 氷水にさらす
ザルに 押しつけるようにして 水気を 切り
酢とゴマ油で 和えておくと
麺が固まらず 風味もでる しばらく 冷蔵庫へ
タッパーに 常備してある
薄焼き卵 キユーリ チヤーシユーの細切り
食前に 全てが 冷えた
麺 具 タレを 冷蔵庫から 出して
完成させる
ビールを 用意すれば 完璧
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*お知らせ
色々問題有るけど 日本は いい国です でも 生きづらい
『選び直せる』老後の生き方
移住 今から はじめては 遅い人も いるだろう
「いや 俺には 遅くない!」
その問いに あなたの意志は 宿っている?
その感覚こそが たしかな場所を作る 基盤
「生きているうちに やりたいことを やる」
自由になれる場と空気を 自分で デザイン
ダバオに 15年以上暮らした 自分の経験
お裾分け でも エキスパートでは ありません
生きている実感を 求めた 移住への
アプローチ・ボランティアです
ダバオに興味が ある 移住の予行演習
ダバオに 長期 短期の滞在してみたい
ダバオ生活の アドバイスを します
フィリピンの魅力は いいかげんなところ
良く言えば 気楽な雰囲気
日本で 窮屈な生活を してたんだなと
気付く街 ダバオ
カフェやレストランなどで 話す場合のみ
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