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           ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
              Last Life Shift In Davao Philippines


            フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                  「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
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真 その一枚を 見れば
撮影した前後の記憶 ピントが 合う

どこで 誰と出会って 何をしたのか
その場面に 存在していた 楽し気な空気
忘れたくないということで カシャ

失敗した写真の方が 面白い

撮った 一枚を 見るだけで
100の記憶が 降り注いできます
ザザァー 夕立に 似ている



 

遠くから 雷鳴が届く 夕暮れ 
決まって にわかに 黒灰色の雲が 広がる
激しい雨によって 周囲の景色が 
白っぽく霞んで 見える「白雨」

強い風に 舞いながら降る 激しい雨 「飛雨」
横殴りに振る大雨は 迫力が ありすぎて 怖い
大粒の激しい雨 トタン屋根に 降り注ぐ
TVの音も かき消され 雨音のすごさに 慣れない 
でも 恵みの雨

約束でも していたかのように 
1時間程で 雲は流れ ピタリと雨が 止む 
街が 洗濯された 涼風が 吹き渡ってくる



 

やぁ! みなさん ごきげんいかがですか
あなたの心と躰 お変わり有りませんか
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
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去」あるいは 通り過ぎて しまったものに 
縛られることなく「今」の中にある 静寂や尊さを 
フィリピンで 老いながら 見出しています

都市を 杖を ついて歩く
雑踏の只中(ただなか)に ありながら
ひとり 野の道を たどる心にも なる
ユーモアでも 大げさでもない そのまんま

人が 自分を 避(よ)けてゆく 
周りに目を 配れなくなったら
街で ひとりっきりですよ 
ざわめきは 雨が 降っているようで
かえって くつろいで 歩いている

東日本大震災 西日本豪雨 災害が続いた 
現代の描写に 70年前の戦争が 入り込む
敗戦は 大破局で みんなが 打ちのめされた
その後 経済成長に入り 人々は 前のめりになる
70  80年代は 災害も 少なかった

忘れていた頃に 阪神大震災とオウム事件
そして 東北の大震災 前のめりで 行き詰まった

体が 弱ってくるに つれて
ものの感じ方が 受け身になる
一日の移りを こまやかに 感じている
じっくりと 周りを 眺め回す

みんなで 立ち止まり 
ゆっくり 考える時で しょうか
どの道を 選び いこうか と・・

利便とは 時間を 測定する働き
風情とは 時間の測定を やめる働き

いつ なんどきでも 開店しているのは
便利かもしれない しかし 反面
相手に 合わせて暮らす という わきまえと 
リズムとを 奪った

もしか したら 人生に けつまづいて
怒り 悲しみ 不安 喜び 笑い 休息する
何か 訳の分からないものに すがるように 
この記事に 偶然 手を伸ばして 下さった?

子どもたちが 遊び 世間に 仕事が あって
健康で あれば それで いいんじゃ ないかな 

日本社会において 幸せとは
経済的成功と同義語と なった 今
ですが フィリピン人みたいに
貧乏だけど 幸せになりたいとは
だれも 思っていないだろう

不安という キーワードで 作られてる
日本の苦しい豊かさとは 真逆の フィリピン
偶像に 全てを預け ストレスを 除く
未来に対する 不安や恐怖が ほぼないので
非常に 楽ちん

不安や 恐怖の無い精神には 発展する余地は ない

アンチ日本的な 生き方が
フィリピンの発展を 妨げていると いえそうだが 

そうじゃない 一世代では 願う豊かさに 追いつかない
時間が 足りないのだ
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R70文学?」

R18なら ふッふ  ふ なんだか モヤモヤしてしまう
R70 「淫」という「度を越して 長く続く物事にふける」
我々の事のようだ まぁ それなら 付き合うか

3人の老人が 登場する
舞台は 温暖な瀬戸内 海沿いの古い街

ストーリーに絡まない 性描写
人間臭さを リアルに描く上では 必要なのだろうか
文学作品には 大体ありますしね

血圧が 上がっている・・
安子は 大造を 看取りたい 一心で
食事の塩分を 高くして 早死にを 促している
とか だったら 怖いけど

狸は 自分の寿命も 鑑みて 大造に
早く死んでもらわないと 看取れない と あせる

詐欺グループ 捕物なしかぁ・・ モヤモヤ
最後に どうなったかまで 触れられていた 
まぁ いっか

墓参り ちゃんとしましょう で 良いのかな
狸の末路は 淋しいけれど 毎日欠かさず 手を合わせよう

歳をとったら 粗食で 充分って 話ですかな
若い人でも 1日3食は 多くて 却って体に毒
そんな話も 聞きます からね

老人あるあるが 随所に 散りばめられて おりました
あなたへの 今後の 参考まで

なんか 訳の分からない 前置きが 長過ぎた
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戸内海沿岸の松田市
その郊外に 戦後 割と早い時期に開かれた 住宅地

二人の子どもは 独立
リタイアし 5年前に 妻の安子に先立たれた 
氷室大造(77歳) 一人暮らし

不動産会社を 息子に譲ったばかり
十年前に 妻をなくした 豊中良治(75歳)

バツイチで独身 女子大を退官した
元大学教授の 遠山薫(70歳)

老人三人組 日々の愉しみと言えば 
近所の公園に集って 語らう 事ぐらい
最近の愉しみは 公園に現れる タヌキの餌付けだった

ある日 家にいた大造が 取った電話は
「じいちゃん おれ 分かる?」
息子の 雅也とおぼしき相手からの ものだったが
妙に焦った様子の 雅也らしい相手が 言うには
何と女子高生を 孕ませてしまった というもの

高校時代から 女癖が悪く
中絶手術費を 払った事もある 大造は
また 息子の 悪い癖が ぶり返したかと
頭を抱える 羽目に

雅也と入れ替わり 電話に出た
「オオヤネ法律事務所のサカイ」を 名乗る男は
示談金として 相手方が 百万円を 要求している事を
伝えてくる

仕方なしに 銀行から 金を下ろして
翌日 自宅に やってきた
タドコロという 若い男に 金を渡した

大造は 相手が 帰ってから
サカイやタドコロが 雅也を「お孫さん」
と 呼んでいた事に 気付き
不審に思って 雅也に 電話を掛けるが
雅也は 全く 心当たりが 無いと言う

オレオレ詐欺の カモにされた事に 気付いた 大造は
腹を立てながら 良治や 薫に 事の経緯を 伝えようと
公園に向かうが 話せば 余計に惨めだと
黙っておくことに

やがて いつも通り現れた タヌキに
餌を やり始める 三人だったが・・

悪ノリした良治が ゴミ箱に 捨ててあった
週刊誌のヌードグラビアを タヌキに見せ付けて
「これに 化けて見ろ」と 言うや

三人の前に アンダーヘアも 丸出し 裸の美女が 出現

仰天する 三人組を 尻目に
美女は 良治の膝に腰掛けると 首に手を 回してくる

その後も 公園で 良治自身や薫が 用意した
相撲取りに化けてみせた タヌキだったが
次第に 薫は このタヌキを 研究して
学会に発表しようと 言い出し 始める

そんな 薫の様子を危惧した 良治は 大造に
「あいつは 危ない」と 言い出し
大造の家で タヌキを飼ってみては どうか と言い出す

最初は あまり 気乗りしなかった 大造だったが
ある日 亡くなった妻
安子の写真を 見付けた事を きっかけに
タヌキに 安子に化けて貰う事を 思い付く

「死んだ人間に 化けて貰うのは
   死人を 蘇らせるような もんじゃないのかい」と
危惧する二人を よそに

安子の写真を タヌキに見せた 大造の前で
タヌキは 生前の安子の姿に・・

「お元気そうね
   髪が ずいぶん白くなった みたいだけど」と
生前の安子 そのものの口調で 話し始めた

目の前の女性の手を 思わず握りしめた
大造は タヌキを 家で飼う事を 決意

その日から 大造は 5年前に 死に別れた 筈の
妻との暮らしを 取り戻し始めた様な 生活を始めるが・・

ファンタジーを ブレンドした 高齢者エンタメ 
「人生の味が する」老人文学

後期高齢者作家による 後期高齢者が 主役の一作!
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けばけ」著者 那須正幹 御年76歳

 

小市民の 暮らしの中で 起きる
ちょっぴり 不思議な出来事
高齢化社会ならではの 様々な要素を 取り込んで
現代を反映した 物語りに 仕上げている

主人公たちが 後期高齢者という
「棺桶に 片足突っ込んだ年齢」という 点は
大いに 我々団塊世代を 引きつける

人生の ロスタイム
次第に 一人ぼっちに なっていく
残りの人生を いかに 締め括るかという 
老いた男たちの 微妙な心情が リアル

主人公の大造を はじめとする 三人が
時代や社会の変化に 付いていけず
痛い目に 遭わされながらも

最終的には 地元の政財界を牛耳る 
これまた 後期高齢者の黒幕 相手に 
大仕掛けな作戦を 仕掛ける クライマックス

オレオレ詐欺への対応を 始め
免許更新における 認知機能検査への不満
マイナンバー カードの有効活用
時間が 有り余っている中での 日々の過ごし方

大造が 手に入れた 亡き妻・安子との生活が 際立つ
自分は 毎月 医者に 掛かっていながら
妻の 健康状態の悪化に 気付けず
大動脈瘤破裂で あっけなく 死なせてしまった
大造の後悔が 生前の妻との時間
もっと 大切に過ごせなかった事への 悔いが

相手が タヌキの化けた姿だと 知りながらも
手に入れた「やり直しの時間」を
失いたくないと 孤独な老人の寂しさ

これは 老人のメルヘン
タヌキが 化けて 亡き妻に変身
身の回りの世話を かいがいしく してくれたら
どんなにいいだろう かなわぬ夢を 叶えてくれた

ばかばかしいと 思いながらも
老人たちの 周辺で起こる
さまざまな 事件や出来事を
見事に タヌキが 解決してくれるさまに 喝采
こんな うまい話が あるはずがない
どんな結末が 待っているかと 読んでしまう

亡き妻との「やり直し」の 時間を 過ごした 果てに
大造が 迎えた最後は しんみりとして
何とも 寂しさが 残る

その一方で 妻との貴重な再会を 経たからこそ
残りの時間で 何をすべきなのかを 見出し
「残された時間の 正しい使い方」に 辿り着く
救われる 結末
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くの老人が 先に 明るい未来が 描けない
「2030年に 団塊の群は せいので 80を 渡る」

高齢者群が 日本に大問題を 引き起こしているか
団塊に 罪は無い 心配された課題 全てが 露出する
日本が 押しつぶされるんじゃ ないか

年齢によって「R70文学」の感想は さまざま
若い人は 荒唐無稽なホラ話と 笑うかもしれない
60代は 配偶者が 健在なことに 安心しながらも
やがて迎える 我が身を 想像して読む

そして 70代で 独り身の人は
我が事のように せつなく感じる

海外に住む 日本人の高齢者は どうか
割り切れば 日本の様な 課題を 抱える事は ない
生きる 死ぬを 普通に捉えられる人らが 異国で 寛ぐ

まして セブやダバオに 長く住む 日本人たちは
海外に 住んでいる その意識は とうに 薄れ
まるで 昭和の日本の古い町に 暮らしている 様に
肩の力が 抜け 現在地での 老後を過ごしている

若い フィリピン妻の家族を 従えて
モールの中を 大名行列で 闊歩する 
殿様の誇らし気な姿は 滑稽で 笑わせるが  
それなりに 楽しそうだ
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塊の精神を 作ったのが
昭和という 時代だった から
平成には 特別な感慨が なくて
令和など どう 吹っ飛ばしても いい

「レベル高かった 昭和って・・」

文化は 色とりどりの様相を 呈した
昭和には これからを 生きる人たちの
人生が たっぷり詰まっていた

だから それが『?』と 思う人には
『老いの繰り言』で いいでしょう
「戯(ざ)れ言の自由」

こんな事 言っても 誰も耳を 傾けない
「それは 自分のせいでは ないですよ」
現代社会の病巣が 原因だと思う

あまりに 多くのことが 
結論が 出されることもなく 
情報が 飛び交い 垂れ流しに されている

太陽は まるで 昨日のうちに
何事も なかったかのように 昇ったのだろうか
問題を 根本的な仕方で 決して 問おうと しない
現代社会の共同黙秘を 象徴してる

そうなると それぞれの問題に ついて考え
意見を 言いたくなる

『何かを 発したい』という気持ちは 
誰もが 持っているもの
自分も その役目を やってやろう

でも 自分の ウェブサイトなどで
発信するのは 違うんじゃないか とも 思う
だが こういう形を 通して 言葉を 伝えられたら
読んで もらうことが できたら・・

「こういう人だから こういう表現を している」
知ってもらう きっかけに なるかな と・・

しかも 範囲の狭い『オタクの話題』では なく
『人間の業』と いった 隠れ問題に 物申してる 
後から読むと 自分のためにも 面白いな と思う

今 環境も 言語も 日本と違うところに
自分は 暮らしている 自ら 選択した 老後
こうやって 異国で 考え続けているからこそ 
触発されている

いざ 書きはじめると
そんなこと どうだって いいって なる
消しゴムで消す 書いたものを 消去する

必ずしも 直接 人とまじわる必要は ない
小説や 雑文(ブログ)を 読むことも 人とのつきあい
そう思えれば 叉 書き始めている

社会には いろいろな問題が ある
性善説っていう 夢だとか 希望だとか

物事には 陰と陽が ある
希望だけでは 生きていけない
それもひっくるめて 光の部分で 話したいと思う 
その思いが より強くなってきている

希望 祈り という ところの
原動力になっているのは 決定的な 孤独

「自分」という 自我を感じる時 孤独になる 
そこから どうしても 越えられないもの
死ぬ時は 独りだし 生まれてきた時も 独りだった

孤独に 向き合うというのは 難題

「孤独」という事柄 
それは「死」と 似ている
死を 感じながら 生きることは
孤独を乗り越えるための 強みになる

「今 ある」と いうことを 
知ることが できるからです

現代は 死も隠されて わからなくなって いる
だから 人は 孤独を どう捉えていいのか わからない
孤独の扱い方が わからなくなっている
それで 金や 物で 埋めようとする

孤独の中で 自然と対話しつつ 生きる
その スタイルも ある

人間は 人と まじわるほうが
いいような 気が している

人は 最後に どうするか
風月を 友として 山中に過ごすのでは ない
市井にもどり 人ごみの中を フラフラ歩く
その姿が 思い浮かぶ

死は 感じられる?

壮絶だよ 朝まで なんでも なかった
地が大きく揺れ 津波が 押し寄せ 命を 奪った
夕方には 記憶した風景が どこにも 見え無い

気に入っていた小径も 家も老巨木も 倒され
進めなくなってる

朝 家を出た時 事故で 死ぬなんて 
思っても いないわけですから

月は 何が 起きたか 知っていたのか
その夜 泥の冷たい海を 美しく照らし光らせていた
令和 冷たい時代
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い頃は いつも 目の前のことを
必死にこなすだけで 精いっぱい
自己主張をして 自分の存在を 気付かせたい 
その思いで アピールばかり 考えていた

『昭和の老い人』という 
当事者になる前に 心配したことは
自分の尺度や 美意識というものを 
自分は 持って いないんじゃ ないか その 不安
フワフワしたまま 年を取るのが 嫌だった

朝 ちゃんと『おはよう』と 挨拶する人 大丈夫
毎日きちんと ヒゲをそり 身だしなみを する人
この人も がんばり抜くことが できる
だらしなくしてる人は フィジカルには 強くても
どこかで 脱落している

令和 この後の時代は 
予測が できないし 全く分からない
平成までは 前の時代 昭和との連続性が あった 
そんな 気が するけれど 今後は 違うようにも 思う

でも それは それで いいのかな
『新人類』という言葉は いつの時代にも あったものだし
新しい時代に 新しい考え方が 生まれてくるのは 当然

若い世代にも
「昭和を 振り返っても いいんじゃないの?」 
そんな人が いてくれるんだから 期待したい

「風の人」と「土の人」が 新しい国を 作る
元気な 若い人は「風の人」力強いし 志もある
この国で育った よい「土の人」老い人が いなければ
思い描く日本国は 創れない
「風の人」と「土の人」って すごい

ぐっときますね

そう思うか

新しい若い風が 力強く吹き渡る
元からいた 老齢の知恵との 相乗作用で
風と土  国の風土が 作られていく

壊せばいい というよりは 
どんどん 外の風を入れながら
元々あるものを 大事にして 一緒に 変わっていく
そういう 変わり方のほうが 日本の文化に 似合う
そうじゃないかな 令和

それで よく 最後に対策として 出てくるのが
「風通し」「風通しのよさ」なんですかね
きばれ 若い人
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殻」の だし
「本日は お日柄もよく/なきがらも 笑ってやがら」

赤ちょうちんや 日本料理店では なく
上質で ゆっくりできる 大人の空間
少し贅沢だが 財布には やさしい
ジジイが 寛ぐための 憩いの場所

何処かに 有る筈なのだが 見つけられない



 

じゃあ そんな店を 自分で始めたら どうだ

それでは 自分が 寛げないじゃ ないか

必ず どこかに ひっそりと存在する 憩いの場
あんたは そんな店 知ってるんじゃない? 

秘密だって

あっても おまえの思いとは 裏腹に
おいしい料理を出し かつ 寛げる店なら 
みんなが 放っておく わけも なく
人気店に なってしまってる だろ

それで 憩えた店が 
寛げない店に なってしまう
だから 見つからないのさ



 

じゃあ「心配事を 吸わせる紙」は
どこで 売ってるかな 欲しいんです

嫌な気持ちとかって 外側に付くという
お風呂に入ると すっきりする
これは どういう事なんだって 考えた時に
嫌な物が 落ちるからじゃないかと イメージしたら
凄く合点が いった

そうきましたか

考えすぎても いいんです!
まじめな事から 世にも下らぬ事まで
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き物の体温と 体の大きさで
エネルギー消費量(代謝量)が 決まる
そして 代謝量が 決まれば
生活スタイル 成長速度 寿命
進化のスピードまで 決まる

様々に調べが 進むと
「薄く長く生きるか」「濃く短く生きるか」
それとも その中間なのか いずれにせよ
生き物としての 最終的な姿には 大差はない
結論が 表されている

日本には いろいろな出来事が 起こり
そして 今 令和を迎えたことなんて 
全く関係なく 想像をはるかに超えた 生き方を 
生物は している

人間と対極の生き方を してるのが
南極で暮らしている アデリーペンギン
小さい体と高い体温ゆえ ちょこまかと 動き回り
食べ物を探し続け 早い速度で成長し 生殖を進化させ
子孫を残し 死んでいく

「地球上に 勝者は いない」
どの生物も 同じように 同じ程度のはたらきをし
同じ程度の子孫を残して 死んでいく

だからこそ これほどまでに 生存戦略の違う
多種多様な生物が 激しく 競い合いながら
しかし 天下統一されることは なく
この地球上に 共存できている

そして 人間の体温には 大きな差は ないけれど
それでも ほんのわずかの差が 生き方を 分けている?
そんな 想像をすると 今後 人を見る目も 変わりそうです
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たい」「熱い」「ぬるい」「儚い」
様々な 人間の体温を通した それぞれの生態

老い人となった 自分は パートナーに 
ちょうど いい 心の温度の気遣いを する



 

パスタとピザという
ありふれたメニューの店 だったが
ふたりで にこにこしながら 楽しく食べた
なにより ずっと 笑いながら
おしゃべりしながら 大切な人と食べる

隣の席で 向かい合って 無言でスマホを 操作し
料理を待つ人を 見かけると 少し 寂しい

自分は 貧乏舌か 
素材の味が とか言われても きっと わからない
これでないと だめ あの添加物は 危険とか
いろいろ考えるより
好きな人と 普通に お酒飲んで おいしいものを
食べられたら その時間が 愛しい

今 世の中には 体にいい 食材が
あふれているけれど 何を 食べるかより
そこに流れる 時間のゆたかさこそ 大事だと
自分は 思っている

健康には 気を遣う
パートナーとは 30歳 年の差が ある
できる限り 元気に 生きてやることが
今の自分の 役目でも ある



 

普通 その普通さは
酒を飲みながら おしゃべりをしているように 心地よい
とても 純粋な女(ひと)なのだ・・  だって 
この人は 言う 人生で 大切なことは「普通だって」
そんな 当たり前の事 普通の人は あえて 口にしないもの
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ッチッチ 鍋摑みを 通しても 熱い

10万円もする ピカピカの炊飯器を 日本から持ち込んだ
さすが 違う やっぱりうまい! なんて 思ったが
しばらくしたら 古い炊飯器と なんら 変わらなくなった
知人が「こんなもんですかね」と ぼやいた

土鍋が とても いい ご飯が ふっくら炊ける

自分は 調理器具や食器に こだわりが あまりない
かといって 何でも いいわけでもなく
じゃあ 何なんだ・・

100均で買った 小振りの土鍋
すこぶる便利 重宝してる

塩を なすった鶏肉は 米の真ん中に 挟み込んで
水を入れて 生姜と あれば コリアンダーの根と 一緒に
初めから弱火 ピリピリ鍋底から 音が してきたら
炊き込みご飯の 出来上がり



 

途中で 蓋を開けても 大丈夫

コップ1杯の米を研いで 水気を 切ったら
コップ1杯の水を 入れれば あとは 何でも いい
ガスだろうが 炭だろうが 同じ 20分で 炊ける

キレイに 握ろうとして
つい 力を入れて ギュッギュッと
何度も 握ってしまうおにぎり ですが
力を入れずに 形を整える程度の気持ちで
3~4回握るだけで 十分



おかずも 一緒に食べられる おにぎり
「パプリカ」を たっぷり 混ぜ込んだ



 

酒を飲みながら 食事をする習慣は なく
飲む時は 食前・食後に スナックなどを つまみながら
さぁ食事 となると 各人が 皿にご飯を盛り
おかずをのせて 食べる フィリピン人は コメが命

「ケ・セラ・セラ」の 格が違う
人生訓としても 古びていない
人生は なるようにしかならない
明快かつ 楽天的な哲学 フィリピンの人


土鍋 そういうことか!と 納得したので
ならば モツ煮込みを 土鍋で 作ろうじゃないか
そして ほったらかしに しようでは ないか!と
洗えば 匂いも残らない なんでも 土鍋

モツ煮込み 1日に 1回 火を入れながら
冷蔵庫に置きっぱなしのまま 食べ続ける

長く使っていくには
美しさ 理にかなった形 バランスなどがある
「用の美」優れた機能性を 追求していくと
自然と美しく 単純な形が 現れる

卓上カセットコンロと土鍋 一人暮らし

それほどによくできた生活道具
圧倒的に洗練された 調理道具 土鍋
世界各国に あらゆる形で 存在している 面白い!
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く昼寝を するようになった
昼食を食べ  小一時間寝る

夜9時には 休んで 明け方ごろ 起きる
寝床で浮かぶ 妄想に ふける
物語がある 想像と違って 
妄想は つながりが ない
妄想の中身は いろいろ

起きてから書く 雑文に 貢献してくれます
昼寝三昧に 妄想三昧 三昧の生活

 


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