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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines

フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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通勤電車で 痴漢が 多い?
それは 大変だ
分かった 痴漢をする男は 許せない
痴漢対策のため 女性専用車両を 作ろう
世界でも マニラでも 運用された事が あった
え、あ、うん でも 何か 違う気が
テレビ番組での バラエティに
いじめを想起する 表現が あった?
あ〜 まあ そうだな 芸人とは 言えない バカ芸
昔と いまは 違うもんな
んじゃ 規制
性的暴行やらかした俳優が 出てる番組が あった
お蔵入り 全部 あ これから封切りになる 映画もな
全部ボツ
バカみたいな 世の中
いやぁ まあ 犯罪は 許せないよ
いろんな表現で 傷つく人だって いるしな
分かる それは 分かる
誰からも 攻撃されないようにしょう
事故があっても 関係者が 語るコメントは
棒読みの決まりきった 責任逃れの 台詞
人間味が ないね
人を おもんばかる思い なさすぎる
なんか 世の中が 思いっ切り 息の詰まる方向に
行き過ぎてや しないですかねえ
これって 世の中が 後退して
悪い方向に 確実に向かっていっている
そいうこと なんでしょうね?
誰かの価値観を 押し付けられたままの
くだらない 世の中に なるんじゃないかと
物凄く 心配になるんですが・・
誰もが 誰もの顔を 窺うような
つまらない社会に ならないことを 願う次第
毎日 毎日 だまし だまし 生きて いませんか?
やぁ! みなさん ごきげんいかがですか
あなたの心と躰 お変わり有りませんか
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
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いつもと違う場所で 風に吹かれた経験は ありますか?
微風が 心の中を 駆け抜けていく
生まれ育った人も 戻った人も 移り住んだ人も
みな共通するのが このミンダナオ島での思い・・
ダバオは 南国フィリピンの田舎街
それぞれが めざす「豊かさ」に向け 暮らしをを 極める
やりたいことには 素直に 不安定さえも 楽しんでいる
太陽と風の中で おいしい果物が あふれ
滋味深い人たちが つながっていく
連載「ダバオから ものがたり」ここから つづけます
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朝がきて 目が覚める 何時ごろだろう
小鳥のさえずりで 時間の見当を つける
5時台は 小さく まばらな鳴き声
6時を過ぎると 急に にぎやかになり
何を おしゃべりしているのか やかましい
現在地 ダバオに 一人 来たのは
今思えば 危険行為でも あった
「日本にいたら 死んじゃうと 本気だった」
日本で 心に抱えたものを 解き放つ 飛翔
エイ! ヤッ! と 飛び上がらない限り
目の前に現れない 異国
自分の知らない 自分が この街に 立っていた
ダバオのこと 何の知識も なかった
外国に暮らした経験も ない
金もコネもない 無い無い尽くし だが
ここにいて いいんだぞ そんな 気にさせた街
旅と移住では 同じ景色でも まるで違って 見えた
現地は ビサヤ語だが
片言の英語で 押し切れば 何とかなる
不安と楽観を 勝手に交差
15年以上も 前のこと・・
一人で 行動する 人間というと
社会から 外れた人間 と 思われがち
友達が いなくて 一人で行動すれば 問題視される
皆といたほうが 安心できるなんて 本当ですか?
なぜ 大勢でいることが 正しいんだ
群れてないと いけないのか?
自分には わからないですね
一人の老人は 気の毒 そんな言葉も 受け付けない
一人で老いても 豊かに生きることは できる
いまの社会は あらゆる人間の行動に対して
『ひとつの答え』を 押し付け 枠に はめたがる
でも そんなの 嘘ですよ
人間の中身なんて 一通りでは ないんですから
一人でいる 人間が いたって いい
みんなが 違って いい
それを 許さず 一方向の解釈で ものごとを
片付けようとすれば それは まさしく「管理社会」
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強がっても 異国の現実は 甘くなかった
「この街に来て 英語が 案外通じないことに ビックリ」
英語が 通じるのは 観光用のホテルやレストラン
此処で 知り合った家族との会話も ビサヤ語のみ
家族は 遠い国からやってきた者を 歓迎してくれた
だからこそ 会話できない事が もどかしかった
みんなが 冗談を 言って 笑い合っているのに
理解できない その場の空気を 壊さないよう
半笑いの顔を キープしたまま 黙っているしか なかった
言葉の壁!思う 以上のもの 簡単に 考えすぎていた
たとえ 英語が喋れても ビサヤ語が しゃべれても
それで 壁が なくなった 訳では ない
理解しているものと 思い込んで 話を しても
後になって 全然違う解釈を してた!
なんて ことも あるから 納得できるまで つめる
その島の文化を 背景としたものが 言葉
文化を 完全に理解し喋るのは 外人には 無理
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移住して戸惑ったのは 言葉だけじゃ ない
日本人との 感覚の違い そして 理不尽な 治安の悪さ
殺人事件も多く ニュースにも ならない
ダバオに来て 性格が 変わった
他人を まったく 信じなく なった
住んでいる場所は そこまで 危険では ないが
警戒は おこたれない
一人暮らしの 知人の家に 空き巣が 入った
日本人が いるって情報が 漏れたのか
自分は タクシーに乗っても 家の手前で 降りる
外出には バリッとした 格好を する
お金のタカリも無い タクシーで 揉めることも ない
彼らは 強く見えるものには 従順で 弱いものを 攻撃する
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移住って こういうことかって 思う
何でも 1人で考え 解決する「癖」が ついた
悩みごとを 抱えても「自分で 何とかしなきゃ」
だが 習慣や言葉の違いは 自分の力だけでは
どうにか なるものでは なかった
「もっと頼って 何でも相談して」と
声をかけてくれた ダバオの女の存在
この女(ひと)と 南国の海 空 風に 応援され
包まれていなかったら 降参してた
身近で 自分を 支えてくれる存在
友であり 恋人であり 妻ではない
一緒に暮らしても いない
それでも 同じ人生の目的を 共有できる「相棒」
落ち着いて話が できる 息も気も合う
飾らないファッションや 立ち振る舞い
自分と同質の 素朴な思慮が ある
年齢は 30も 歳下だが 大人の女
彼女の母親に会えば 娘の躾け方を 知り
家のトイレを 借りれば ピカピカで 清潔だった
生活に乱れの無い 整理整頓された家庭の娘
貧しても 清廉 お爺さんは 厳しい戦前日本人だった
フィリピン人は いつも笑顔で 能天気
そのように 思われがち だが
見栄を張って 外面を気にすることも あれば
助け合いの精神の裏に 複雑な家族関係が 見え隠れする
フィリピンの怖さを
躰を 洗ってもらいながら 教えられた
彼女は 冗談まじりに
「1回キスしたら 免疫が ついたから 大丈夫 大丈夫」
口癖は「大丈夫よ」何が あっても そう言う
その プラス思考は たいしたもん
彼女は 恥ずかしいことを 晒すのも 厭わない
自分も 彼女の前では 恥を晒すことが できる
自分たちは 意味ある人生を 共に面白がれる 相棒
男でも 女であっても 自分が 生きる上で
素直に気持ちを 伝えられる人こそ 相棒
本音を かくすことなく言えるのが 相棒
相手のことを 一番に 思っていないと
言いたい事も 言えない 聞いても 貰えない
ダバオで 正直な感情を 表にだせるように なった
「独り悩んでも どうにもならないことが ある」
人が 人を 受け入れれば 少し気持ちが 楽になる
「気持ちに 余裕が持てたら 人は 人に 優しくなれる」
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なんとかなるさの「バハラナ」
恩義を重んじる「ウタンナロオブ」
日常的に使う「パキキサマ」
「パキキサマ」は「付き合い 交友」
個人主義に比べ 家族や仲間の和を 重んじている
日本人にも 理解しやすい だが だいぶに 違う
人格の 絶対的な評価基準になっている からだ
日本人の あなたは どう評価されているのか
やがて 在留日本人の 知人も できた
国際結婚で 妻の国に移住してきた 高齢者
フィリピン生活や国際結婚の話しを 聞かされ
思いを 共有できる相手が でき 心を軽くした
彼らは 後期高齢者だった
自分は 国際結婚に 疑問を 感じるようになって いった
日本人が フィリピン妻と破局
みんな 前後不覚 一人 日本に帰国していった
夫は 毒妻呼ばわりした きわめて猛毒
毒作用の最も強い フィリピン作品だと
そうか でも 妻の毒は 自家中毒では ない
身体の外から入ってきた 毒物による 中毒
外界から もたらされた物質による 中毒症状
主旋律は 自己正当化が 価値判断の根拠
夫と妥協するなど 認めない
自分に 誤りなどない前提で 物事を考える 淀殿
夫の話しを 聞く前に「自分が 100%正しい」
間違っているのは 夫であり
ダメなのは 夫であると 断言する妻
妻が 結婚の誓いに 違反した
神に対する 罪に 問われても
夫に対して 罪の 意識は ない
クリスチャンでは ない 夫
ならば 神と契約していない 結婚
神に対し 懺悔の心も ない
めっちゃ 泣いて
「もう 私のこと 愛してない ですか?」
みんなで カラオケに行っても
隅のほうで 泣いたり 怒って 勝手に帰ったり
若いのかと思えば 分別ある筈の 30過ぎ
逆に 街で見かけ ステキだなと 思う女性が いた
元気で 愛嬌があって 生き方に余裕がある様な女性
長い髪を 清潔に纏め レストランで キビキビ働いていた
客に 何げない 気遣いを していた女性
携帯番号を 渡そうと思ったほど 魅力的だった
会話をすれば 婚約されてるとかで 断念した
だろうな ステキな女性は 早くに つかまっている
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フィリピン女性は 美しく 陽気で 家族愛に 溢れている
嘘つきや 金の亡者という レッテルを 貼られてしまった
それは 普通の フィリピン女性の姿を 表すものでは ない
家庭的で 穏やかな 大陸的な性格
濃厚で情熱的な 夜の営み
伴侶にするには 最高のフィリピン女性
偏見? 定着したのは 何故
家族のため という 強い気持ち
お金を稼ぐ という 明確な目的
夜の花街に よって さらに増幅された
偏見を 持つ 日本人は
そんな フィリピン女性しか 知らない
そんな人を 指さして「これが フィリピーナ」と
言って いないか
フィリピン女性を 知っている!と いう 方でも
遊びで来たり マニラに出張した 機会に
KTV Barで ホステスを 見てきただけ
新宿や銀座の風俗店に務めている 女性を集め
「これが 日本女性!」です 違うでしょう
偏見を持って 見てたのは その国の 一部の女
父親が 亡くなり 生計に困窮
仕方なく 夜の商売に入った 中流の家庭の娘
大卒 そんな人も 昔は 多く見かけました
同じ 貧困でも 最下層の貧困
エルミタの ゴーゴーバーでの ように
体を売って 手っ取り早く お金を稼ぐ娘も
少し前の時代 娘たちは 親の愛と躾を受けて 育った
近年 多くの母親が 海外へ 長期出稼ぎに 出るように なり
母親の顔を見ず 躾けも 教育も受けず 育った 娘たち
これら娘が 問題の毒を 撒き散らした フィリピーナ
世代に渡って 貧乏で 有れば 有るほど
そんな 娘達と付き合うことの 難しさが わかる
ものの善悪 礼節などは 無い
正しく生きるため 生活するための知識に 乏しい
悪知恵だけは 仲間から 自然 身につけていた
人は 知ること 知識を得て 知恵が 生まれる
物事を 判断し 生活する能力が 欠落していた
あなたは 辛抱し そんな女に 知識を 授けられるか
フィリピン女性と 結婚する前に ヒギンス教授たれ
困難を 極めるだろう
「手も顔も ちゃんと洗う」ところから
「人間で お人形遊びを している」と 揶揄されても・・
一人の人間としての 自我が 娘を 目覚めさせていく
娘の安らぐ 居場所が 出来た
聞きなれた声が こう言った
「手も顔も ちゃんと 洗ってきたよ」
毒妻の金の浪費を
『かわいい』とか『若い』だけで
許してきた 日本人夫
結婚生活は 破綻
幸い 殺されることは なかった
無事 日本に 帰ることが できた
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あなたの傍には 情の深い オトナの妻が いる
他人の毒妻を 自分の配偶者に投影して 溜飲を下げたり
あるいは「私の妻は こんなに ひどくない」安心したり
共にする人生や 生活の仕方を 妻に語らず
逃げている夫こそが そんな毒女を 作り上げた
違うか? との あなたの指摘が 聞こえてくるようだ
在留日本人が 自分に フィリピン物語りを しても
妻と生活の金の悩みを 打ち明けられても
どこか 相手との間に 薄い膜が かかっているような
モヤモヤした気持ちが ぬぐえない
ダメで もともと
熱量の高過ぎる 日本人高齢者にも 沢山出会う
彼らの生活は まともじゃ なかった
ダバオの軒先三寸を 借りて
不良性や生々しい人間くささを 発散していた
そして 自分を より 大きく魅せようと ハリセンボン
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「自分に とっての お金って ここまでで いい」
わかると もう あとは それほど 悩まない
お金に 結構 簡単になれる
「こうすれば ああなる」
フィリピンから 消え行くのも ヒトの「覚悟」
危機を 他人の取説で 管理など できない
どうなるか 分からない 先行き 不透明でも
何とかしようという 自身の気持ちを 持つ 覚悟
いい 移住って
「自分の やりたいこと」と
「人に 求められてやること」の比率を 調整して
バランスを 保てたら いいのかな
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日本人は 真面目すぎるのか
それとも 南国が おおらか すぎるのか
フィリピンに潜り過ぎ 酸素欠乏起こした 日本人
人生を 狂わされて 未練がましいことを 聞かされる
それほど 彼らは フィリピン娘が 好きだった
しかし ある時期から それだけに
自分の金銭管理の低下が 身にしみて 自覚された
誰でも 自分の夢物語に すっかり心を 奪われ
事実が わからなくなることが ある
国際結婚を 返上するということは
精神的な 喪失感が 大きい
「男を やめる」くらいの 実感が あったろう
「あぁ いい女に 出会えて いたらなぁ」
天を仰いで ため息をついた ことだろう
しかし 事は 人命にも かかわる
言われるように「毒妻は 凶器」でもある
何人も 銃弾に倒れた
そうなれば ことは 各人の 判断しかない
どれほど壮健な 高齢者と いえども
人間のフィジカルな能力は 低下していく
危機管理にも 油断が 生じる
そのことを 自らに問うことしか 道は ない
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夫は 昔のことを すぐ忘れてしまうのに
妻は よく覚えていて 嫌みを たらす
頑張って出世して 養ってきた家族
定年後 私に薄情な妻にも 子供にも
許せないという気持ちで 孤独になり 寂しい
一時は 怒りで いっぱいに なりました
こんな関係を 修復するのは 困難と 諦めました
有賀さん(68) 名古屋の自動車会社を 無事定年退職
勤め上げた 誰にでも 出来る事じゃない 大変なこと
新しい人間関係を 求め
対等な 人間関係を 学習し直したい と
大胆 無謀にも ダバオまで 来てしまった
「どうして 周りの人は 言わないんだろう」
「ちょっと 努力するだけで ずいぶん変わるのに」
ムズムズするんでしょう
でも 決して kaizenは 口にしない
相手に アドバイスも しないことですよ
「それが この国の 人の生き方なんだ」と 思って
言葉を ぐっとのみ込む
ここで「あなたは こういう点が ダメで~」と
言い始めたら 間違いなく 日本での奥さんと同じ
ダバオの人とでも 良い人間関係は 作れません
ダバオでも
「だらしない人」「努力しない人」「ふがいない人」
間違いなく 出会います
でも「だらしない人」「努力しない人」というのは
有賀さんからの 見方でしかない
あなたの価値観で しかない
他人に 押しつけては いけない と 肝に銘じましょう
人によって違うでしょう 本人が 何を 最高と思うかは
まったく違うんだと 魂にまで 刻み込んで下さい
価値観は 人それぞれ 仕事より 釣りが 大切な人は
『釣りバカ日誌』のハマちゃんを はじめ 沢山いる
価値観は ひとつでは ない そんな人が 普通にいます
有賀さんが ダバオ社会で 生活するなら
周りから 好かれなくては なりませんし
敬意を持って貰えれば 面白くなる
お金をばらまいたり 喜ばせれば
相手に 好きになって もらえ 敬意を払ってくれる
それは 違います
有賀さんの ダバオ・プランを 実行に移す
必要な人達に 優先順位を 付ける
そうして 徹底して 付き合う
付き合う内に 優先順位が 替わる事も ある
優先順位から 外さねばならない人も いる
付き合いに 充分な 時間をかけることです
付き合って 解る
良い人か どうか では ありません
これから 自分のプランを 実行し 成就させる
その夢想を 共に喜び合える 人
自分も これまで 随分失敗した
まず 最初に 誰かを 決めてしまい この人ありき
それに合わせるように 優先順位を 決めてしまう
これは 駄目です
自分と価値観を 共有できる人と 付き合う
我を通すだけでなく どこかで 折れる事も 大事
ダバオで 全く新しい 人間関係を 作りたいと 来たなら
自身も まったく 新しい自分に なってみたら どうですか
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在留も長くなった 日本人
いつしか 悪妻から離れ
バーの踊り子と同棲していた それが 最後の女
老齢の男が 安アパートで 静かに 生を閉じた
丸裸の すっぽんぽん 移住の始め方と終わり方
それぞれが 波瀾万丈の日本人とフィリピン人生
たどってきた時間の中に 喜びが 一杯あったろう

自分も それぞれの人たちも みんな 状況が 違う
自分自身の生活基盤を 固めるべきだと 思い至る
いったい 自分は ダバオで 何が したかったんだろう?
「そもそも なんで 自分は ダバオに いるんだ」
自分で選んだ 道なのに 方向音痴に なっていた
流されるまま 進んできた様に 思う
いったん 立ち止まり これからのこと
もう 一度 考えてみたい
国際結婚って 羨ましく 楽しそうに 見える
それでも 予想もしなかった 苦悩が 滲み出していた
これまでだとして 日本に 帰っていった 者たち
フィリピン妻は 日本人高齢者を 幸せにしたか?
ハッピーもあり 悲しい結末もある まだら模様
すべての フィリピン人女性が 悪い人では ない
お金について 何も言わない
フィリピン人女性も いる
仲良く 問題なく暮らしている カップルも いる
熱帯の女たちの弾けるような身体 熱い気質
些事に こだわらない天真爛漫な性格 素朴さ
そして 全身でぶつかってくるような 熱情
結婚と幸せは 別問題なのか?
フィリピン 人と結婚するというのは
ありとあらゆる問題が 一度に押し寄せてくる
食生活の問題 生活習慣の問題 文化の問題
ホームシック 家族親戚の問題 言葉の壁
金銭感覚 経済観念 価値感の違い 子供の問題
これら すべてに 対処しなければならない
お互いの 総合理解も 叉 難しい
資本主義の世界で 耳を澄ますと
聞こえてくる声は 愛ではない 金だった
フィリピン女性を 愛した日本人が
弱肉強食の資本主義の中で 迎えた結末は
ひどく苦く 残酷なものだった
危機意識なくして
自分だけは 大丈夫って思うのは 天真爛漫すぎる
少し離れた所から
自分も含めた全体を 客観視してみる トキが きた
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何かに 縛られるのは 危険だなって 感じる
日本人同士のコミュニティーは 大事だと 思いつつ
そこに どっぷり漬かるのは 避けたい
価値観が 1カ所で 固定されてしまうと
自己が 崩れやすくも なるから
ブログを 見るだけで 何も知らないが
会員は 高齢者から 後期高齢者になっていた
セブ・邦友会と言う名称の 互助組織が ある
活動を前進させ 継続されている 立派な事業
よその国 ダバオの街に 15年以上 住み暮らして
やっと 老後人生が 落ち着いたように 感じている
しかし それは ゴールではなく 新たな 旅の始まり
振り返ると 70も過ぎた
これから 死ぬまでって 考えたら
まだ この先は もう少しあるぞ
異国での悩みは 尽きないけれど
ダバオに居続け だいぶ 強くなれた
1人で 頑張るだけが「強さ」では ない
自分の顔は 晴れ晴れとしてるだろう
「自分一人は 養っていく『経済的な自立』」
「自分一人で 考えて決める『精神的な自立』」
これがないと 本当の自由 贅沢は できない
それが あって 頼れるところは 人を頼る
迷惑を かける所は かける お互い様
せっかくの 生だから 地球のこと 宇宙のこと
人間が 認知しうる世界のことを もっと学んで
「ああ そういうことだったのか」
「そこに 自分は 生まれてきたのか」と
納得し 満足して 死にたい
「立派に 死ぬべきことを 知らなければ
立派に 生きることも できない」
そこが 立ち戻るべき「移住者の原点」
カッコ悪いんだよね
自分が「ただ 普通のジジイ」に なりかけていた
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