□□■─────────────────────■□□
           
ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
             
Last Life Shift In Davao Philippines
          
            フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                  「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
□□■─────────────────────■□□
ぎり」と「おにぎり」では 食費が 違う

日本語には「お」を つけると 
意味が 大きくずれる例が 少なくない

「ひや」と「おひや」
「めでたい」と「おめでたい」
「しゃれ」と「おしゃれ」
「はこ」と「おはこ」
「ふくろ」と「おふくろ」

音の僅かな差が 世界を緻密に 分けてゆく
日本語は 心の機微を 捉えている 

「平成最後」というフレーズに 食傷気味だった

明るく嬉しく 新時代に進んでいこう という気持ちが
令和に どことなく わいてきます

政治権力とは 全く 違ったところで
国民に 深く関わっている 存在
それが 皇室だな と 感じる

やぁ! みなさん ごきげんいかがですか
あなたの心と躰 お変わり有りませんか
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
■□■□■──────────────────────
腹」「ありがた迷惑」「つまみ食い」など
使われる頻度の高い ありふれた 日本語なのに
英語には それに 相当するものが なく
簡単に訳せない言葉が たくさんある

フィリピン人に取って いや 外国人全てに 
日本語を 習得する 難しさが ある
酒場で憶えた日本語 むろん 役に立たない

「内弁慶」も 英訳に 頭を悩ます 言葉の一つ
英語圏にも 内弁慶の人は いるが 
対応する言葉は ない 回りくどく なるが
「家では 威張っているけれど 外では 臆病な人」
と 意訳するか?

英語にとって 弁慶の泣き所
■□■□■──────────────────────

の小鍋で 肉を煮ながら 酒を飲む
なにもかも忘れて ボンヤリと
こういうとき 孤独だし しみじみ酒が うまい

これには 鉄鍋でなく
あれば 安酒場で湯豆腐を 頼んだときに 出てくる
あの 薄っぺらいアルミの鍋が 似つかわしい
卓上コンロにのせて 小さな火で コトコトやる

自炊は「お米を炊こう」って いうところから・・
「元気のない時には あえて手を抜く 無理しない」

そうですね たしかに サボってる
センスのいい人たちが 作っている 
すべての料理は 疲れるんです

レシピは 適当で 大雑把
調味料の分量とかを 厳密に計るのって
結構な ストレスだから 
むしろ 無い方が 心地いい

正確な 分量なんて ないですよ
分量は 自分で 決めれば いい
レシピ本 それを書いた 人の 味つけだから
体の調子に合わせて 大体な感じで 決める

料理の師匠なんて いないんだけど
「大体で いい」って・・

 

おいしいものだけを 食べようなんて考えは 甘い!
おいしいものと 同じくらい マズいものも 思い出
そういうことまで 楽しむ 心のゆとりが ないと・・

 

異国で マズいもので お腹が 満たされていく
苦痛を 味わう覚悟が あるか! 

料理をするためには 買い物を しなきゃならない
買い物って 未来を やってる感じ でしょ?
「明日 なにを 食べようか?」を 考えるだけで
1日 生き延びられる 次の日も 同じことを 考えれば
もう1日だけ 生き延びられる
そうやって 点が 線になれば 死なない

自分が 家でよく作る小鍋 3つ

豚ちり
鉄鍋に湯を沸かして 豚の細切れ モヤシ 長ネギ 
絹豆腐を 食べる分だけ 煮て
さっと 火が通ったところを 椀に取り
醤油とおろしショウガ カツオ節
あれば ユズコショウで 食べる
レモンハイなんかと よく合う



 

それから 豚のすき焼き
鍋に めんつゆで だしを取り
そこに 黒糖を 小さじで 少しばかり 入れ
ほんのり甘い割り下を作る 薄味が いい
豚細切れ あれば バラ肉も加え
豆腐 椎茸 ビーフン 白菜と一緒に
ぐつぐつ煮込む

椀に取って 七味唐辛子か
あれば 山椒をかけて 食べるのだが
そのとき ほんのちょっぴり
醤油を 回しがけると
醤油が香って ますますうまくなる
こちらには 冷たい日本酒が 合う

いずれも 肉は 臭みを取るために 
あらかじめ ザルに並べて コショウを ふり
熱湯で湯引きしておく フィリピン流


 
 

最後は ねぎま鍋
魚屋の片隅に 新鮮なマグロの
くず肉を見つけると 迷わず買ってくる
上等なマグロを使えば 申し分ない味に なるが
この鍋は もともと 魚屋のまかないだった らしいから
血合いの交ざった くず肉を 用いた方が 気分が出る

お酒は いつでも 貧しい者に やさしく味方してくれる
割り下は 豚すきと同じで ネギのぶつ切りと 一緒に 
煮込むだけ

マグロは 塩でもみ 熱湯をかけ 水洗いして

水気を 拭き取っておくと 臭みが取れて いい
■□■□■──────────────────────

んとなく 優しくなりすぎて 
勘違いして どんどん壊れていく

「ちょうどいい」領域が せまくなって
もうちょっと「ちょうどいい」って のが 
無くなっていく どうにか ならないのか

「ちょうどいい」が 狭くなれば しまいに 窒息

なに! フィリピン人に 窒息させられるって・・
「さんざん 面倒見たのに 一度も礼を言わない」と
年輩の日本人が 冗談交じりに 物語りした

フィリピン娘は こう返したという

「みんな 私の可愛さに 勝手に魅かれて
   親切にしてるんだから そんなヤツらに
   いち いち 礼を 言ってられるか!」

『出会いと別れ』フィリピンに 飛び込むとき
慣れ親しんだものを 手放すことも ある
でも それは 決して 寂しいことでは ないはず

あんな女に 振り回されるのは いい加減 やめなよ
あなたが 身近にいたら 誰もが そう忠告する

「じゃね」と 追い払われ
深夜に 歩いて帰らなければ ならなく なっても
あなたは 文句ひとつ 言わない

はるか年下の女に「yamada」と 呼びすてに されながら
あるときは とろけるように やさしく
恋人のように 甘い態度を 見せる 女
山田さんは 女に どっぷり はまっていく



 

女を 好きになって 振り回されてしまう
魅力的に見えた女は みんな 猫派

『バカねえ 私は 振り回されたりしない
   私が 振り回すんだ』みたいなことを 
女が 豪語するので ムカついて いるのだが
それで いて 自分を 全面的に明け渡すような
恋愛しか できない

どんな状況に いても 女に呼び出され
誘われれば 100%応える 山田さん
周りが あきれるほどの 献身ぶりだが
女と一緒なら「超幸せ」なのだ



 

「子どものときから
   人並みに いろんな事が 出来ない事のほうが
   多かったんです
   だから あんまり 自分に 期待してないんです」

「人以上に やって 人並み すれすれ
   100やって やっと  30ぐらいというのが
   身にしみているんです」
 
女は 自分を ラクにしたりも 変えたりも
救ったりもしない と 山田さん だけれど

『愛が なんだ』に 魅せられ アクセル全開
山田さん以外の人でも 自分に 厳しい人だって
フィリピンでつくった関係に 心を 揺さぶられてる
■□■□■──────────────────────
まり 熱っぽく なりすぎず でも 平熱では ない』

恋愛において 駆け引きとか 嫉妬は 一切しない
愛が なんだ ダメならダメ よし 次に 行こう

それも ありだろう



 

山田さんが 考えてる フィリピン社会や 

人間のあり方 人生を共にする その思いを
女に 語るべきなんだろう 理解できる女が いる

最初は 相手の話しを聞くが 対話の基本
聞くことと 自分が 話したいことを 分ける
相手の話を聞いて そして 自分の話も する
だんだん それが 対話になっていく

深刻な話しを 明るく語り合い 励まし合う「当事者研究」

決定的な ケンカを しながらも
互いが どれほど 大切な存在で あったかに 気づいていく

「話せば わかる」という言葉は
「大嘘」だと 指摘する 声も 聞こえる
「セリフのないセリフ」を 演技することで 繋がる



 

自分が 知りたくないことに ついては
自主的に 情報を 遮断してしまって いないか
ここに 壁が 存在している

本当は 何も わかっていないのに
「知っている」「わかっている」と いって
他人の話しを 遮断してしまう
私たちも よく陥りがちに なる

手放した考え方と 新しく始めた考え方

自分の素(す) を すべて曝け出し 解放
ウソで 自分を 大きくみせれば 逆襲される

自分が 面白いと思えるか 信じられるかを 

ちゃんと見極めて 最大限 楽しんでやろう
これから 臆すること なく

喜びを 感じられる 恋愛の仕方 
そして 別れは アッサリ
フィリピン そんな 雰囲気が するわけで ありますよ
■□■□■──────────────────────

こに行こうが 何処に住まおうと 自由な 自分が いる

言葉が まったく 通じない
おじいさんと おばあさんが やってる 食堂に行って
お腹を押さえて『グ~ グ~』って 言ったりとか
『グ~』は 日本語の擬音だけど 通じます

ご飯を 食べながら こんな場所だから 自分は 自由 



 

自分は どこから来て どこへ行こうとしているのか
そう思わせるのも 異国で 長居してるから 考える
それは 自分を 実感する というものでしょう
自分が 何者か その存在を 知ることに 繋がる

いきなり 70歳になったわけではない
一年一年 一日一日 いろんな経験を して ここにいる
経験を重ねて 気持ちと 折り合いをつけてきた

人って 普段は どこに 何が あって
人間関係でも 自分が こういうことを したら
この人は こう言うだろうな と いうことが
ある程度 わかって 生活している

でも 知らない 異国にあると
何が どこにあるかも よくわからない
そういう時 まあいいか と なるのか
もっと よくする方法を 探すのか
そういう ささいなところで
自分が 見えてくる 気が する



 

学校では 教わらなかった 生きる知恵
自分らしく 生きるとは・・ 
そんな事 考える暇が ないと言った 都会人
そうだろうな 生活に 追われていれば
生きるを考えるには 忙しすぎるものな

生きる
「自分が どう思うか?」に 従順に 生きること
「人に どう思われようが 自分は それで ええねん!」
そういう生き方も あり といえば あり

しかし いつも
「自分が どう思うか?」を 最優先に 生きていると
人のことを まったく 考えない生き方に なってしまう
それでは 味方してくれる人が いなくなる

「ここまでなら 合わせても いいっすよ」という
妥当なラインを 持っているか 持っていないかの 違い 

妥当ラインとは 自分の信念や 信条に基づいた
「譲れないもの・許せないもの」に なる
意地を張って 自分を 守るための
「しょうもないプライド」とは 全く別物 

真に モテる人は
まず「自分が どう思うか?」を 優先と しつつ
しかし 何が 何でも
自分の意志を 押し通そうとは していない
ときには 折れて 人に合わせることも する 

自分の内面に 入って いくときには
外側に 広いスペースが 必要になる
内側に入るのに フィリピンには
そのスペースが ある

「妥当ライン」と「妥協ライン」を 間違えない 
「本当は 嫌なんだけど しょうが ないな」
と思って 諦めてしまうことは
「妥当ライン」ではなく「妥協ライン」

いつも 人に合わせてしまう人は
この妥協ラインを 軸にして しまっている



 

人間力とは「人としての 総合的な魅力と力」
対話能力 優しさ 立ち居 振る舞い 教養 素養など
その人の 総合的な 魅力

そして 真に モテる人たちは
例外なく この人間力が 高い
男でも 女でも 人から 好かれやすい

「当たり前のことを 当たり前に やっていたら
   気づかぬうちに 大勢の人から 好かれていた」

「好きな人からだけ 好かれれば いい」という 勘違い
モテる人は 大勢の人から 好かれており
なおかつ 自分らしく 生きている
 
しかし こういった 話をすると
「私は 好きになった人と 上手くいけば いいから
   大勢の人に 好かれる必要なんて ない!」
と言い出す人が います 

あなた? その好きになった 人って
元々は 大勢の中にいた 一人 なんやで?

できるかぎり 大勢の人に好かれる 自分作り 
その中で 妥当ラインを しっかり持ち
周りの目を 意識しすぎずに 自分らしく生きる
その 自分らしさが あなたの魅力 

妥当と妥協を 間違えた社会党 末路の教訓は 
今も リアリティーに 満ちている

万人に 好かれようとしても それは 不可能
嫌いな人が いないのではないか と言われる
カレーですら 嫌いな人が いる



 

絆というものも あまり信用していない
期待しすぎると お互い 苦しくなっちゃうから

病を悪 健康を善 とする 白黒だけで 済ますなら
こんな つまらない人生は ない

「あとは じぶんで 考え・・」
■□■□■──────────────────────

ィリピンは 麻薬戦争から 解放されない
日本社会も ウンザリする ボケ暴走事故か
芸のない 芸能ニュースばかりで
楽しい話など ひとつもない



 

独語症になった 孤独な老人が
相手も いないのに ブツブツ 幻に 話しかける

治安の良かった スリランカが 非常事態宣言
キリスト教会や有名ホテルでの 連続爆破テロ
310人以上が 一瞬にして 殺された

イスラム国(IS)が
「実行者は 我々の戦闘員」と 声明を出した
復活祭を祝う 教会を狙った イスラム戦士の自爆テロ

「宗教」は 平和な 日々を 人々が 過ごすために
あるんじゃないのか

どっちかの神が 滅びるまで 殺し合うのか

こんな宗教テロが 起きる度 宗教こそ 悪の根源に思う
神など 信じてなるものかとも思う

仏門である 僧侶の政治活動 腐敗 堕落に怒り
信長は 比叡山 延暦寺を焼き討ちし 4000人も 殺戮した
事前通告をした 戦国時代のテロ行為

天草の乱 根こそぎの キリシタン弾圧も あった
高山左近は マニラに逃れ 歓迎された

世界が 安定しない この時 
トランプは 平気な顔で 安倍とゴルフ遊び
ハンバーガーを 食らっていた

アメリカの政冶も グチャグチャのまま
好景気だけが 続いている

国民は 政治なんか どうでもよく
皆が 勝手に むごたらしい拝金主義に走り
IT屋たちは 欲望だけの 資本主義の下
浅ましい情報ばかり 売り買いし
世界を かき回している

安い服も 靴も 作り過ぎで捨てられている
石油製品も 生鮮食品も 棚に並んでは 
余って 捨てられていく

世界中に ストレス逃れの 麻薬が はびこる

令和の時代が 良くなるという予感は 全然しない
国民が 政治に 危機感を 持っていないからだ
持っていたとしても 選挙に 行ったところで
どうにもならない と あきらめてしまっている

なにによって 国民は ひとつに纏まるのか
日本国では 象徴天皇によって 纏まっている

少し前に 沖縄に行き 切なく思った
思っていたより 島民は 貧しかった
このままでは 不幸な時代が つづき
基地問題と経済安定の 葛藤を続ける事に なりかねない
■□■□■──────────────────────

に会えば
「あんた 人生 楽しんでるか!」って 挨拶する

年老いて 仕事も無くして 家族との仲も 悪くて
しょうもない 爺さんの 自分が
「お前ら 人生楽しめよ」って 言うのは 皮肉めいてる

「家族を大事に」って いうのも 恥ずかしいが
じいさんに なって 初めて理解できたこと
自分は ひょうひょうと 生きてきたけど
やっと それに 気づいた 

気付くのが 遅いだろって 

そんなことは ないさ

今 大切な人に 責任を 果たそうとしてるし
そのために 大事にしてる 大事にも されている
だから もう いつ 死んでも いい
自分なりの 罪滅ぼしでも ある

今の 若い人たちのほうが いろいろ悟ってる
「仕事より家族が 大事」なんて ことは
もう とっくに 知ってる と いうか

若い世代は 自分が 70歳で 悟ることを
そんなの 当たり前だよって感覚で 理解してる
「LONG LIFE DESIGN(ロングライフデザイン)」

親が 子どもに「人に 迷惑をかけてはダメ!」と 言います

「おまえも 人に 迷惑をかけて 生きているのだから

   人の迷惑も 許してあげなさい」と 教える親が います

 

もちろん 犯罪は いけませんが

人と人は 迷惑をかけたり かけられたりしながら

濃厚な関係 濃厚な人生を 作っていくもの

親しい友人は 互いに 迷惑をかけ合った者同士であることが 

ほとんど 
 

なかなか 人を信頼できずにいた 人が 

人を 信じてみようという 気持ちになる


「人は みんな 生きることを 楽しむために 生まれてきた」

押し寄せる自分の老いと 時代の変化との 

板挟みになって 拗ねてしまうよりは 

自分の価値を 突き通すくらいの方が 可愛げがある 

しがない この世だって 生きる価値が ある



■□■□■──────────────────────