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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines

フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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「三日見ぬまの桜 だね あっというまに散っちゃった」
桜の名所は 花見客で ごった返す
「お花見」という 日本の風習
外国人には 理解し難いだろうな
美しさを 鑑賞するのは ともかく
その下に 座り込んで 酒を飲み 騒ぐ姿は
日本人の不思議に 映るみたいだね
昔から日本人は「酔う」を 美徳としていた
美や快楽に 身を委ねることを 是とし
花に酔い 酒に酔い 歌に酔う 女にもか
五感を通じて 得られる官能に溺れ
時に羽目を外す 人に迷惑を掛けない限り
大目に見られてきた
大目に見ては いられない
安倍首相主催の「桜を見る会」
今年は 1万8200人が 招待されたんだってね
よくやるよ と思ったのは 自分だけじゃ あるまい
この国には 未だに 仮設住宅などでの 暮らしを
強いられている人は 6万7000人 いる
7人に1人が 貧困 母子家庭になると半数だ
今 派手に 開催しなくても いいんじゃね?
使われるべき所に 税金が 行き渡っているとは 思えず
やぁ みなさん ごきげんいかがですか
あなたの心と躰 お変わり有りませんか
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
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「5Gってなんだよ」 と
周りのオジサンたちが 話していた
Gは「ジェネレーション」
第5世代の通信規格ということだが
よく分かっていない
なんかの 5代目だな
5代目と言えば 古今亭志ん生だろ
1980年代の 1G(第1世代)は 肩掛け電話
90年代は 2Gの携帯電話(ガラケー)が 普及
3Gで スマートフォンが 取って代わり
4Gの高速化で 動画やSNSが 若者をとらえた
オジサンたちは 置いてけぼりだ
5Gの通信サービスが 来春から 本格化する
4Gの100倍の高速大容量で
2時間の映画が 2秒で ダウンロードできる
ゲームも 大迫力になる
5Gの本領は そんなところには ないらしい
あらゆるモノが インターネットと つながる
「IoT」の 基盤となり
暮らしや産業を大きく変える 潜在力が あるという
うかうか していられない
なにも ジジイが あたふたすることは ない
5Gへの流れでも ガラケーは どっこい生きている
自分も 古いPCとガラケーで 用を足している
安価というだけでなく 過去の緩さも 残ってほしい
周りのオジサンたちは
スマホ多機能の一部しか 使えてないし
日本の ものづくり世界一の面影は まったく 無い
誇れた昭和は 完全に 消え去ってしまった
「とりあえずビール」が 崩れた 平成でも あった
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「最近 なにか 面白いことありましたか」
「おもろいか おもろくないか」という物差し
仕事も人生も含めて うまくいかない事が 多い
面白くない 辛いことや 苦しいことが あっても
人間 生き続けなければ ならない
生きるに 目的なんか あるのか あるとしたら 何か
こうできたらなあ という 夢なら いくらでもある
一人前のヤクザになりたい 本気で夢みた 少年もいる
弁護士になり 市民運動を応援する という ひとつの夢
ビジネスを おこして 国際的な成功を 勝ち得る
そういう夢も ある
その人なりの 目標や 夢をもっている
名声 権力 金 そして 健康
やり甲斐のある 仕事というのも あれば
愛という 見えないものを 必死で 求める人も いる
また 憎しみを バネに 生きている人 だって
70も過ぎてしまえば
目的や目標 夢なんて面倒くさい
その日 その日を 漫然と過ごしているのが 一番さ
自分のような者も いる
そんな なんでもない暮らしを 維持するのも
それは それで なかなか 大変なことです
並べたてた いろんなことを 考えてみても
生きていく目的 というものは
それらの 具体的な目標や夢とは
ちょっとちがうような 気がする
たとえば
「自己実現こそが 人生の最高の目的である」
そういうことを 説く本は 昔から 少なくなかった
心の奥に眠っている 自己の無限の可能性に気づき
それを引きだし 最大限に 個性と才能を 花ひらかせる
その 生きかたこそ 人生の目的である という
なるほど と 一応は 納得できる
しかし なぜ そうしなければ ならないのか
などと 言いだしてしまえば 話は つづかない
父親と一緒に 建物の上から飛びおりようとする
小学生の兄弟に向かって
「自己実現が 人生の目的なんだよ」などと
本気で 言えるだろうか
「痛いよ 失敗したら苦しむよ
楽しいことに 目を向けようよ」
この方が ましな 現実的な掛け声
自分の身長すら 思う通りには できない
頼りない存在の人間
若いころ あと 10センチ 背丈が あれば
と しばしば 思った いまでも そうだ
人に 無限の可能性が あるのなら
誰でも 変えたいと 思うところは
数えきれないほど あるだろう
だが それは どうにもならないことに 多い
そんなことを 言えば
前向きタイプの人からは
笑って 反論されるかも しれない
自分は 人間を ひとり ひとり
全くちがう存在として 見ている
そして そこにこそ 人間の価値が ある と
当たり前の事を 思っている
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人間とは 不自由な もので
オギャアと生まれる 瞬間から
いや その前の受胎の 段階から
百人百様の 異なった条件を あたえられて
スタートする
努力や誠意で それを 変えることは できない
人が 生きる ということは 苦しみ
そのことを 悟り その苦しみから
自由になることを 考えている
人生を 苦と見る 考えかたには
逆らいがたい 迫力が ある
〈苦〉と 訳したのは〈思うに まかせぬこと〉
〈思うとおりに ならないこと〉と いった 意味
それを〈苦〉と 訳してしまうと
少しずれてくる感じが なくもない
「人が 生きるということは 思うに まかせぬこと」
そう いってもらえれば よくわかる
人間というものは
自分の 思うとおりには ならないもの
そう考えると 運命 という言葉や
宿命 という表現が ふと 頭に うかんでくる
そもそも 私たちは この世に誕生する瞬間から
そういう 不自由なものを 背負って 生まれてくる
自分で 生まれてくる家を 選ぶことが できない
親も 兄弟姉妹も 自分が 選んだものでは ない
生まれる国も 民族もそう
大都会か 砂漠のまんなかか それとも南海の孤島か
肌の色や 髪の色もそう
黒の髪でなく 金髪に生まれてきたかった 若者もいる
男か 女か また 生まれる時代にしても
勝手に 選ぶことは できない
自分は 高校生のころ 金髪で青い瞳を持って
生まれてこなかったことを 心の底から 口惜しがった
それらの事は すべて 本人の責任では ない
努力や忍耐にも 関係がない
前世で 悪い事をしたから などと言う連中も いるが
とんでもない話だ
先祖の 霊のたたりを 信じたりするのも
人が そういう話に つい 耳をかしたくなるのは
人間が なぜ これほど 不公平に 不自由に
生まれてくるのか その理由が
どうしても 納得 いかないからだろう
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時を経て 核家族化が進み 配偶者と死別して
独居となった 団塊の仲間が 増えた
結婚をためらう 若者が 増加したせいか
スーパーでは 一人分の お総菜が 売られ
居酒屋も旅館も 一人客を 歓迎する時代に なった
一昔前に 比べれば 老い人の独居
独り暮らしは 格段に 快適になった
けれど 静まり返った 家の中では
心の痛みを ごまかせず 眠れぬ夜も あるだろう
一人は 気ままなはずなのに
孤独におびえ つながりを求め
若い人たちは スマホの中に 居場所を探す
人びとが 孤独に弱くなって
孤独は 悪であり人間としての さびしい道で あると
そんなふうに考える 風潮ばかりが 強くなってきている
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明日を 思い悩むとき
自分の 何%かを 明日に あげている
将来への 心配事の大部分は 実現しないし
過去の出来事は 変えられないのに 思い悩んでる
ただし 過去に起きた事への 認識は 変えられる
変えることも 実現することもない 昨日と明日に
思いを 配分すれば 今日の自分が ボヤけている
「今日の」自分だけに なれれば
昨日の後悔や 明日の心配は
たとえ 一時的にせよ 考えずに済む
なに これ? と ひと呼吸 整えたあとで
ジワる うん そんな 態度なら なんとかなる
フィリピンで 時計なんか いらないは
今だけしかない 今日を 生きる 面白さ
完璧な日なんて ないけどね
過去の 鮮明な記憶なんか 持ち続けて いたら
怖くて 生きられないですよ
女は 怖い 記念日などの記憶を 絶対に捨てたりしない
ダバオで ぼ~っと 暮らしてる つもりでも
ふっと 記憶の断片が 甦ってしまう事が ある
子細な風景が 繋がる 頭を振って 消している
遠い過去か 近い過去かは はっきりとしなくなる
現在の事のように 思って 書いていることも ある
対象化できることが あれば 記憶が 甦ってしまう
老いたのだ 人の話を遮って 自分の話を したがる
記憶が 脱落すると 過去の記憶を「ねつ造」する
しまいには 忘れたことすら 忘れている
また ひとつ 自分を 笑って やり過ごす しかない
毎日 毎日 生きていることが 危機だからね
天気や気温に左右されて ままならないん だから
いいジジイなんかに ならなくて いい
自分は 自分 ようやく 気づいている
人生の後半を生きている 自分の考え方が
そんなに 間違っていないことを 確認したかった
それは 丁寧に 日々のつなぎ目に 気を配る
スーパーに 立ち寄り
品質と値段を吟味して 材料を購入する
炊き込みご飯も ツナとトマトの ぶっかけそうめんも
食べ 飲み 休み 眠り 目覚める それだけ
暮らしとは そうした なんでもない とても 貴重なもの
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あれがいい これが 体にいいと 言いながら
次の日には それが 否定され 情報に 混乱させられる
どうして 年寄り同士で 群れる姿は
物悲しく 見えてしまうのか
数の上でも 行動の上でも 日本を 大きく動かした群
塊である「団塊人たち」が 70代を 越えている
我々の前に道はなく 我々の後に道はできた
そういう「史上初めて」な 生き方をしてきた 我々
今 お金と 有り余る暇が あったとしても
自分の健康や 楽しみだけを 追い求めると
夫婦関係や 子育てに 失敗してきたように
高齢者としても 失敗する
だから「たしなみ」を 持って 老いを 生きる
年齢というのは 他人が とるものであって
自分は いつまでも 変わらない気で いる
元気で いいのだが それが おそろしい
フィリピンにいる 団塊の仲間は
カワイイい娘や 若い奥さんと 共にしているから
自分も つい 同じくらいの 年のつもりで いて
みんなで撮った 写真を見て
一人だけ 場違いな 自分が 混じっていて
初めて ぎょっとする
「年をとってからは 自身に充分に手を かけないと
痛ましくて みていられない 見た目を 気にせよ」
年甲斐のない失態は しないようにと 先輩が 言う
でもね「もう70歳だ」と 思えば パワーを 失う
本当は 80歳だったのに 奇跡が起きて 10歳戻った
「70歳に 戻ったんだ」と 気を使って いけば
まだ まだ やれそうな 洒落た ジジイになれる
ゴルフ好きに 例えれば
その日 最初のホールで 失敗すると
「あぁ 今日は もうダメだ」と
スコア(人生)を 投げがちになります
そして 夜 飲み屋で
「今日は 0点だった!」と 悔しがる
で うまくいった日は
「今日は サイコー! 100点!」と 騒ぐ
年老いた 日常は 最低か最高 0か100かでは ない
48点とか 76点とか 54点とかで 揺れて生きている
いや そう生きないと しょうがない もの
0点か 100点で すむのなら こんな簡単な事は ない
でも 中途半端な 68点でも
必死に 生きていかなきゃ いけないから
人生は しんどいし 面白いんだと 思い込んでる
69点とか 82点とかで うんうん唸りながら
老いを 生きていく コツを つかむ
ずいぶん 生きるのが 楽になると思う
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だからね 70歳になったら
いつでも上機嫌で いようよ
義理堅く 恥を知り 人情あつく
そうして ありのままの 自分で いる
70代で 自己肯定なんて 大変な時代に なった
自分らしく生きる 急がず 自歩してますか
他人が 自分のことをどう思っているか
それを 気にし過ぎれば しんどくなる
「こういう答えなら 人に 好かれるかな」
「これが 世間的に 正しい答えかな」は 意味ない
「みんなに 愛されようとするから 疲れるんだよ」
そんなことをして 何になる 自分が 苦しいだけ
ありのまま 素のままの自分を 曝け出す
自分は 自分として 生きるしか ない
これまでも うっすらと わかっていた
ダバオの環境は 自分として 生きられる場
その事に 気付いていた
ダバオには 自分らしさの 孤独が あった
それは それで 別の怖さが 生まれた
これからは すべて 自分で どうやって生きるかを
自分で考えて 自分で 選択しなきゃ いけないんだと
個で生きる 社会だからこそ
誰かと 人生の時間を 共有することが
どれだけ 素晴らしい事かと 感じている
愛が どれだけ 価値があることかを 知った
自分らしさへの 失望と期待
年齢を重ねると 想像力で
人生の行き先が なんとなく 見えてくる
でも いまは 人は 歳を 重ねながらでも
ゆっくり 成長できる
若い頃なら 詮無い事に いじけていた
年齢は 重ねてみるものですね
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書店に行く 高齢者に向けた 遺言の書き方や 墓仕舞い
「死ぬ」ことに向かって 書かれた本が 並んでいる
高齢者には 生き方を問う必要が ない と 言わんばかり
「素晴らしい高齢期を 生きる人を 探す」
そんな 70代 身の周りには いませんが
「意識して上機嫌に振る舞う」人なら 知ってる
日々を 機嫌良く 過ごすことで
周りや 自身が 心地良くいられる
ある人のことが 思い浮かびます
この人の 機嫌の悪い時を 見たことが ない
愚痴も こぼさないし 人の悪口も 言わない
自分の事も語らないが 甲子園球児だった らしい
野球の話しなら 機嫌良く 話しは 止まらない
そんな この人は 今 70歳を とうに過ぎて
「ちょっと 行ってくるわ」と 言い
トルコに 一人旅に 出かけたりして 驚かせる
前向きな 高齢期を 過ごしていた
目の前の世界が
ほんの ちょっとでも 変わることを
現実の世界の中で やってのけた
物事を あまり悪い方向に捉えず
この人は 前向きに捉えていく いいですね
そんな人には 自分を 癒やす力が ある
病気を治すのは 自分自身で
医者や薬は その手助けを するだけ
自分を 一番知っているのは
短時間 診察しただけの 医者よりも 自分
主治医は 自分
治る見込みも ないのに
生きても 死んでもいない状態に
留め置かれたり しないためにも
病院に 全部を 任せてはいけない
仮に 70代で 亡くなっても
70歳で 何かをしたら それは
立派な 実をつけている事だと 思う
そうした 思いや考えが『70歳のたしなみ』
老いて おぼれても もがかない
もがけば 疲れきって しずんでしまう
一人 ひとりが 自立して 老いを 生きている
この 金銭万能社会での 贅沢は
お金のことを 考えずに済むこと
お金を 気にせず 生きること
年金とだけ 慎ましく付き合っている
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何を幸せと 感じるかは 人によって違う
良かれと思って やったことでも
本当に 相手のために なっているのか
心許ない面も ありますよね
そもそも「幸せ」が どんなものか なんて
誰にも当て嵌まる 幸せなんて
誰も知らないし 誰も説明できない
強いて言えば
安心できるとか 心配事が ないといった
感覚の近くに「幸せのようなもの」を 感じてる
安心して過ごせる時って 落ち着いていられる
そんな時 食べたい『口福を呼ぶ いなり寿司』
母親が 作ってくれた 食べ物として 親しんだ
いなりずしには 色気というものが ある
甘じょっぱい 江戸伝統の味
見た目ほどには 味は 濃くなく あっさ
中の酢飯の甘さを控えて バランスを取った
とりことなってしまう 食べ始めると 止まらない
実に困った食べ物です
いいょ いいなぁ〜 ワインにも 合う
幸せって 普通の食べ物の中にも 潜んでいた
いい会社に入って 愛する人と出会い 結婚し
子どもを産み 定年まで勤め 退職金をもらって
老後は のんびり隠居
そんな「古き良き昭和」の人生は
もはや 過去のものと なった
「ひとりで生きる」も 当たり前に
自分で 自分のケアを する
「孤独」は「自主独立」すること「集団内孤独」
昔の言葉で言うなら「和して同ぜず」ですね
「みんな」と 一緒に 何かを やって いきながらも
自分を 見失わないで いる
だから 2人でいても「孤独」あり得ます
仲のいい パートナーで あっても
相手の中に 自分を 溶け込ませるのでは なく
違う人格同士が 互いを 尊重して 和する
仲間も大事 家族も大事
だけど やっぱり 自分が 一番大事
自分を 大切にしてくれる人と 仲良くする
自分の中で 自分を 再生させていく力
自分で 自分を励ます力を 持てば なんとか なる
「自己嫌悪」も 悪い言葉じゃなくて
自分を 批判する ということは
自分を きちんと見ているって いうことなんですよ
世間の風に流されて
自分を 見失っては いけない けれども
逆に 無理に 我を通しすぎても うまくいかない
こうした 二つの中心を スイングする感覚
「和する」と「自分を守る」という
相反する 2つの中心
両方のダイナミズムの中で 生きていく
かつては
「出産の苦しみを 乗り越えるからこそ 母は偉大」
そう説かれていました
「痛みをこらえて あんたを 産んだんだ」
「お腹を痛めて産んだ子」という 表現も あります
でも 苦痛が 代償になって
愛情が 生まれるという発想は
歪んでいるようにも 感じられます
無痛分娩で 少子化を 考えてみたら それも分かる
―― 有意義な人生を 送るために
ひとりの 人間として「個」を 確立するために
どうすれば いいんでしょうか
それが なかなか難しい
「自分に とって よい生き方」は
あくまで「自分にとって」です
人 それぞれ 違いますから
「自分なりの価値観」を 持つことでしょう
わかりやすいのが 夜寝る時の姿勢です
―― え 寝る姿勢ですか?
「横向きの横臥がおすすめ」と 伝えるテレビが あれば
「上を向いて 大の字で 寝るべきだ」と 専門医は 言う
「いやいや うつ伏せで寝るのが 良い」という医師も いる
それぞれに 権威のある人が 意見を述べ
大きなメディアが 相反する情報を 堂々と流している
私たちは どう受け取って いいのやら
何を 選択すれば いいのか 混乱してしまう
良い生き方は「自分なりの価値観」で
選んでいくしか ない
最終的には 自分の価値観や直感
これからの時代は「死に方」と いうか
「死ぬ作法」が 大事だと思います
フィジカルな面で 面倒を見てくださる方が
いると ありがたい
「大丈夫ですよ 安心してください 天国に行けますから」
と いわれるよりも まず
「いま 痛いのを なんとかしてください」って 思うものです
人間は・・
――ひるがえって 今は「死」を 意識しますか
「死は 前よりしも来らず かねて後に迫れり」
人間 何が どうなるかは 本当に 分からない
突然死 する人もいるし 徐々に 終わっていく人も いる
はなから「孤独死を目指そう」と かは 考えては いない
できるだけ 周りに世話をかけずに亡くなりたいとは 思う
孤独死は 悪いことじゃない
古代インドでは 人生の終わりを悟る 年齢になったら
家族や村の人とも別れ ガンジス河のほとりに 向けて
旅立っていました
そういう ヨボヨボのおじいさんが やってくると
よその村の人が お茶を出したり
木陰に 休ませてあげたりしていた そうです
日本で言えば、四国の「お遍路さん」に お茶を出す
お遍路も 死への旅立ち なんですよね
死に装束で 歩いて 旅をするわけです
魂や心は 死ぬまで 成長を続けている
だけど「自分は 70で 終わり」って 思えば
そこまでの 人生になってしまう
身長は 十代で成長を 止めるけれど
心は 死ぬまで成長を 続けます






