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ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
           
  Last Life Shift In Davao Philippines
         
            フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                  「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
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んで あんなことに なっちゃったん だろう」

いま 思い出しても 身震いする 嫌な思い 
何とも言えない 人生お先真っ暗 ふさぎ込む絶望

ある日『自分』を 見限り 諦める
自分が 消えたくなるときが ・・
あったんですよね

生きてるんだもの 
辛い事だって 長い人生に 一度は ある

そんな時 車も買い替えた 
でも 全然 気持ちが 晴れない
苦しく どんどん笑えなくなっていった

死ぬな 命を捨てるのは もったいない

毎晩 ひとりで酒を 飲み
やがて 人を避けるようになる

明るくて お酒と 食べることが 好きな
ホールスタッフの女性 ジェシーに 惹(ひ)かれた
朗らかな彼女に ある日 会話の流れで
「うまいところへ行こう」と 誘うと
笑顔で うなずいた



 

料理は 誰かと食べるほうが 断然おいしい

偽、悪、醜、悲、苦で あるにしても
他方では 真、善、美、喜、楽でもある

完全は 
更なる変化の あり得ない状態での 静止
死ぬほどの退屈 死の静寂でしか ない
その先に 人間的意味は 全くない

人間は 不完全なもの その意義なるもの
不完全なるが 故に 躍動が ある

悪の裏に 善があり 
不幸の裏に 幸福があり
悲しみの裏に 喜びがあり 
矛盾の裏に 論理があり
醜の裏に 美がある

皆さん ごきげんよう
あなたの心と躰 お変わりありませんか
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
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たちの生には
さまざまに 多様なものとの関係が
重く 折りかさなっている

身体の 複数のリズムとの関係
使っているモノとの関係も また そう

多様な関係には
いま 生きている 他者との関係だけが
含まれるわけでは ない 
過去や未来の「不在の他者」たちとの関係も ある

そうした 相互性のあるはずの関係が 今日
いたるところで 絶ち切られる「相互遮断」
「排他的応酬」が 支配的に なった

切り離されようとしている関係を 結び直し
対話的なものに向けて 再編しようとする 試み

「途中」「冗長」あるいは「余韻」など
無駄のように 思われる ものこそ
多時間的な 充実を 導いているのだから

私たちの生は 何か 単一のものに
閉じ込められるようには できていない
記憶すら「独りのいとなみ」では ない

相互に依存しあえる関係こそ 自立を支えている
無理やり閉じてきた「間(あいだ)」を
どこで どう開いていくことが  できるのか
思いを 巡らし 濃霧の中での方向感覚を 
見つけ出そうとしている
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ともと 赤の他人だった
何の 思い入れもなかった 女と
時間を ともにすることで
大切な人だと 考えるようになってしまう

あらゆる 人間関係は
この構造で 成り立っていて
女への 思い入れの深さによって
女を愛していると 実感したり
その女が いなくなったことで
寂しさを 憶えたりしている

男にとって
女は すべて「容れ物(いれもの)」で
喜びも 悲しみも 自分の想いも
その女に 注いでいる

一方で
女から見れば 何の価値も ないもの
たとえば ハーレーダビッドソンが
男にとっては 唯一無二の親友に なったり
そうしたモノを 生涯手放さない男が いる

男は 想いを たくさん詰め込んだ
女やモノに囲まれ 生きる

あなたが どんなに 目を凝らしても
外側しか見ることのできない 女という存在
いつも 勝手に 想いを注いで
そこに 何か 大事なものが あると 

思い込んでいる

自分も そうだ その 勘違いの営みこそが
人間のもっとも 愛しい部分

誰かと 一緒にいようが
孤独から 決して逃れられない 生き物が
誰かを 愛して 関わろうとする中で
積み重なっていく 様々な感情

そうした「感情の蓄積」
その中にこそ 人間という生き物の
奥深さが 隠されているのだと 思える



 

「妻の顔色ばかり うかがってしまう」
「妻から 逃げたい」という 日本の夫たちが いる
家庭に 女に 平穏を取り戻す もう 諦めたかの ように
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いのか??」男と女の出来事 
誰もが フィリピンで 戸惑う

所有とは「使っていなくても 自分のもの」その観念
物だけでなく 人にも 適用されたものが「結婚」だろう

こうした 所有概念を 受け容れていない フィリピン女
だから 彼女らは セックスレスの意味を 理解できない
セックスレスで 家庭内別居状態のクズを 軽蔑している

フィリピンは 一夫一妻だが
2年余りで ダメな男であれば 変える女が 多い
男が 逃げたと言うが  追い出していた
生涯2~4回? 男を変えるたびに 子が 生まれます
家族の中に 男親が違う子供たちが 普通に含まれる

私 結婚は・・
自分の人生に 飽きないために したんだけど

女は 竿師を 導きの糸にします
竿師は 単に竿(チンポ)で
女をコントロールするだけに 見えます
女の視座からも 見なければなりません
女にとっては 竿が 気持ちいいからでは ない
夢を見ることが できる  そう 瞬間疑似愛
竿師とは チンポに加えて 夢を咥えさせる 存在

「愛」なき結婚に 起因する 怒濤のトラブルが
「愛のようなもの」を 生み出す事態が 起きる
「愛」よりも「愛のようなもの」の 方が
遙かに濃密で 男と女に 命を賭けさせる

何故なんだ? それを 考えさせられる
日本人の男は フィリピンで背負った 重い荷が 
日本には 既に存在しない 何で有るかを 知った

どの人も 何かに向き合う時間を 大事にしている

にも かかわらず 
どんなに幸せな「ここ」にも
男は「ここではない どこか」を 対置して
それを 希求している 

だから 優秀な「竿師」は
フィリピンの日常を うまく 生きられない
女に縋り付き 全財産を 注いだりします

それでも 男は「ここ」に
「ここではない どこか」を 重ねている
合理では 説明できない振る舞いを 連発する
でも そこには 隠れた合理性が あるのだが
何ら 抑止力には なっていない

所詮は 火遊びに過ぎないとの反論が あり得ます

日本人から見た フィリピンは
単なる「ガス抜き装置」ですか?

実存から 見れば
フィリピンは「男 本来性への帰還」の場
「本当の自分」への 帰還だけでは ない
むしろ「本来の自分」をも 要求される場
社会の軛[くびき]からの 解放も 伴っている

「輪郭のあるもの」から
「輪郭のないもの」への側に 立つことに 
タブーとノンタブー逆転の 眩暈を感じる

南の国 フィリピン女は 本能的に おおらか
日本の女とは 優しさの 骨格が ちがう
心の内を 思いのままに 表現し ふるまう

フィリピンにいれば 織り込み済み 

 

その通り

男にとって 女は 唯一無二の 生きる支え
女も 男の想いを 受け止めて 生きている
たくさん詰め込んだ 互いの思いに くるまり 
それを支えに 男と女は 生きていかれる

うたたねにしろ
瞑想(めいそう)にしろ
不埒(ふらち)なことを いたすにしろ

フィリピンに住む 男には
「ふっと 自分の存在を かき消す 時間」が
必要とされることが まま要る

「行方不明の時間」がね

「アリバイを 作る いわれもないが・・」

携帯電話は鳴る でも 出ない
時の隙間を こじ開けて 男 一人
そこから出て 行方不明になる

男達には 
UFOや超能力を 楽しむ余裕が なくなって いないか

自分を 大切に思うのも いいが
ときに 自分に 厭(あ)きる
自分を チャラにすることも 必要だ
男とは そういう 生物なのだから
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体安置所では 仲間から
「女に 大金を使ったって いつも自慢してたね」と
笑いも 出ました

その死を ひたすら 悲痛なものと 捉えるか 
笑いも 生まれるかは 故人の パーソナリティ次第

若い人の死は 悲しい
「あの人が 何が あったの・・」と 悲痛な思い

「大往生」と 評される 死に方で あれば
葬儀でも 笑って過ごす人が 増えます

自分は 知人や仲間に
平均寿命以下で 死んでも 笑っていて欲しい
生前葬儀で みんなの声を聞く それも面白いか

そう考えると 今まで通り 酒を飲み
バカな文章を 書き続ければ いいのかな と

知人5人が 立て続けに亡くなったことで
新たなる 人生の指標を 得られました
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に関わることが 少ない癌
前立腺癌や 進行が遅い 甲状腺癌などです
60歳以上が 患者の9割を 占める

癌治療を 
行なうべきか 何もしないか
判断基準となる 年齢 75歳

癌検診は 平均寿命が 10年未満の人には 
推奨できない 

癌で あっても 気付いちゃ いけない

生存への メリットよりも
検査の誤りや 検査後の 治療から受ける
デメリットのほうが 大きい
 
日本人男性の 平均寿命82歳を 考えれば
75歳頃は 癌治療を 行なうべきか どうかの
瀬戸際年齢

「手術」「放射線治療」「抗がん剤治療」
高齢者には いずれも かなりハード
元気だった 生活の質は 一変する 

抗癌剤治療では
「75歳以上の 進行がんには 効果なし」と 言う
抗がん剤使用の有無による 生存率
使おうが 使うまいが 

生存率に 差が みられない

抗癌剤の副作用は 高齢になるほど 強く出る
手足のしびれで歩けない 食欲低下でやせ細る
脱水症状で 深刻な体調悪化を 招き 寝たきりに

あなたも 抗がん剤治療で苦しむ 知人・友人を 
何人も 見てきたことでしょう

根治療と 治療しない 

残された生を 天秤にかければ

「治療せず」という 選択肢が 

高齢者には あるのかも しれない

あなたの 身の回りにも いたはずです
何もしなければ もっと 生きられたのに

したばかりに・・ 

「ほどなく お別れです」

誰もが迎える その日のために
私たちは どう生きようか 
周りの人に 優しくありたい 
ただ ただ 優しくありたいと 願う
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なただったら どんな言葉を かけますか?

死を目前にした時
死に向かう人 死を見送る人の間で
交わされる言葉って 何だろう

みなさんに 尋ねてみる
「ありがとう」「世話に なったなぁ」
などが 返ってくるが その後は 続かない

永田さんは どうしても 言わねばならない
市川さんへの ひと言を用意して 病床を見舞う
なかなか 言い出せず 世間話に留まる

市川さんが
「永田さん そこの吸呑(すいのみ)とってくれへんか」
と言い 永田さんは 取る

永田さん ひと言が 言えぬまま 病室を辞す
その時 廊下に「ありがとうー」と 
市川さんの声が 響く

永田さんは 用意した 同じ言葉を 返そうとするが
嗚咽(おえつ)で 言葉に ならなかった

言えない言葉の重みを 教えられる

市川さん 翌日他界



 

元気な 3人での 楽しい雑談 放談に 時間を忘れた
そして あの「ありがとう」の 話しの光景を 思い出した
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を取ると『生きているだけで 幸せ』と 達観し
暮らしている人が 多いのでは ないでしょうか
ダメだ 自分も 同じ事を 時に 口にしたり してるもの

積極的に 老成のふりをする事は 嫌みだろ

無理やり 時代に合わせる?
そんな 必要なんてのも いりません
キラキラして生きなくちゃ なんて もっとゲスだろ

無理して 人生の主役になろうとしなくても
エキストラ側だって いいじゃないですか

足は 衰えたが 口だけは 達者だから
何だか 元気そうに見えるらしくて

もっと 元気な 先輩をみれば 触発される
名実ともに 巨匠といえる 最後の現役映画人
クリント・イーストウッド 88歳

刻まれたしわに出る 微妙な表情は 虚実ない交ぜ
老いて 遠慮がなくなったのではなく
「最初から 遠慮なんてしてないさ」という
気骨と独立心が 光る

いい感じな 老人を 見ることは
周囲の人々にとっても 力が 湧いてくる
その存在だけで 勇気づけられる
とすれば・・  どちらにとっても 
機嫌良く 毎日 暮らしていける

幸せな老い人の 周りには
幸せな人が いる場合が 多いもんです
元気が 広まっていく事を 窺わせる

きれいな老人 というのが 印象だった
これだな と 自分は 思った

複雑な人は むずかしい顔を していない
ディープな人は 七面倒な言葉を 使わない
もっと 学ばなければ という気になった 
それは なれた自分で なんとか やっていく ということ
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理って 食べ手のことを 考えながら作ると
おいしくなる 自分が 食べるものを 作るのとは
どこか 味が 違う

一緒に いかがですかと ジェシーを 拙宅に招いた
トマトソースパスタが しびれるほど おいしくできた

トマトのコクと甘み アルデンテのゆで具合
爽やかなバジル 隠し味とした
特別なことは していません
シンプルな トマトソースのパスタ

シチリアには 貴族階級の出身で
生まれてから 一度も 働いたことが なく
午前中の散歩が日課という 男がいる
自分の今が そうだ ダバオ隠居貴族 
労働で 金を得る事を 必要としていない 

オリーブ油と潰したニンニクを 火にかけ
焦がさないように じっくりと温める
缶詰のトマトに 塩を加えて クツクツと煮込み
煮詰まってきたら ゆでたパスタを加え
ソースと絡めたら 出来上がり

お皿に盛って 薄く切ったバターを そっとのせる
雪のように ほろりと崩れ落ちたバターを
全体に よく絡めて いただきます



 

さぁ! できたよ

ワイン ある?

存分に 冷やしてあるよ

人生楽しんで 何んにも悪くないでしょ?
男と女 パスタとワイン 完璧ね!



 

トマトソース・パスタ ジェシーの大好物となった
我が家の味 遊びに来ると 必ず あれ作って・・ 
たまに 作らないと 味が鈍る

 

簡単ですが 味わい深い 一品 人生の一皿
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