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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines

フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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生きるか 死ぬかという
すさまじい目に遭った人々は
この一週間 TVを つけなかった
黒っぽい津波でした くさかった
生きてきた半生を すべて消し去った
いまだに 生きてても 仕方ないと
どこに 怒りをぶつけていいのか
そんな時 親友が 声を掛けた
「時が癒すと言うが 実際は違う
気休めに過ぎないが・・ 痛みには 慣れる」
そう前置きをして
「いい知らせと 悪い知らせがある」
悪い知らせは 君が決して 元には戻れないこと
娘の死を埋められるものなど どこにもない
いい知らせは 事実を受け入れ 苦しめば
娘と心の中で会えること
娘がくれた愛も 喜びも 憶えていられる
痛みから逃げちゃダメなんだ
逃げると失う 娘の思い出すべてを
ひとつ残らずな 最後の笑顔まで 消えちまう
とことん悲しむんだ 共に生きたいなら
この言葉に 被災者の胸が 張り裂けそう
他人には 窺い知れない 苦しみが・・
阪神大震災は 老朽化した木造家屋が 倒壊して
多くの人命を奪った
東日本大震災は
大津波が 沿岸部を襲っただけでなく
罪深い 原発事故も引き起こした
南海トラフ沿いの
東海 東南海 南海の震源域が
一斉に動いた 1707年の宝永地震
発生の49日後には 富士山が 噴火
次に起こる 大規模南海トラフ地震
最悪の事態は 考えたくもないが・・
ダバオに津波が 到達しないとも 限らない
震源プレートは フィリピンにまで 続いている
「まさか そんなことは 起こるまい」
原発事故の被害は甚大 後始末は 困難を極める
そのことを 身をもって知る 日本は
原発に頼らない社会を めざすべきだろう
子供でも分かる話し アベは 分かろうとしない

皆さん ごきげんよう
あなたの心と躰 お変わり有りませんか
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
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若い頃から 働きたく なかった
いやで いやで 早く 隠居したかった
だが 金が無ければ 生きられるはずも ない
退職後の20年 もう 1回の人生 どう生きる
やりたい事なんか ない ダラダラしたいだけ
オレ流を 探すとしたら どんな道が あるのか?
日本が 面白くなかった ことも あった
自分が そのとき 置かれた状況のなかで
どうすれば 今より ハッピーに なれるか
お金のために 働く必要は なくなった で どする
最低限の年金だけで暮らす どうやれるか 考える
考えるだけじゃ 何も変わらない 実行した
「10年後では できない
今しか できないことを これからやる」
気がついたら ご褒美 年収100万円で
生活できるように なっていた
海外生活は インフレで 円安だし
昔より お金がかかり 今では
日本と たいして変わらない と 言われる
確かに・・ でも
そのように 思う人は
生活の コスト管理が 出来なかった人
そんな人が 海外に出て行った だけ
それで 日本に帰ってしまってからの コメント
コスト管理の できてる人は
今でも 海外生活を 続けている
自分が 実践する 海外隠居生活は
生活を労働に頼らない 年金生活
知らないことを 腑に落ちるように
生活体験を 書いてみた
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朝 7時には 起き
窓を全開にして 空気を入れ替える
そこから 一日が 始まる
冷たい水で 顔を洗って
月 木は ゴミ出し そして 散歩
寝たい時に寝て 起きたい時に起きるで いいが
隠居だからって ぐうたら 寝ていられません
もう 会社が 生活リズムを 決めてくれない
自分で メリハリを つける
コーヒを 飲みながら
「今日やること」を 頭の中に入れる
どこにも 代役は いない 自分で やらないと
何事も 収まらない
そして たまに 第三国へ旅行・・
海外生活 可愛い現地の彼女も できる
「生」と「性」が 不可分で あるということ
何歳になっても 一緒に遊んでくれる
年下の人が いるって 財産
年下で 自分と遊んでくれる人は 貴重
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自分について ざっくり
約15年前 永年勤めた会社を 早期退職
東京郊外の 小さなアパートに住み
進学塾のバイトで 細々食いつないでいた
60歳前で 年金も まだ 受け取れない
投資などの「不労所得」も ない
ITを使って 収入を得るほど 頭脳は 働かない
年収100万円で「平気で 暮らして」いた
ですが 生活を 維持するだけで 精一杯
歳をとってからの 余裕の無い生活に
だんだん バカバカしくなって
その生活スタイルを ガラリ改め
ハッピーに生きるには どうするか
ぽっかり空虚な顔をして 鉛筆を転がしたら
目的地へと 運ばれていく自分を想像していた
心許ない気持ちで ダバオ空港に降り立った
此処に移り住んで まだ 20年未満
確かめきれていない 知らない事の方が 多い
日本人と違い フィリピンの人々の躰には
あらゆる民族の血が 入り混じっている
鼻にかかった 甘い声を出す女性に出会うと
頭の中で 警報機が カンカン鳴り始める
実生活で そんな声を 出すわけが ない
声色を使い分ける 演技派に 違いない
そう思っていたが ダバオに知らされた
普段から 甘ったるい声を出す女性が
本当にいるのだ だから まだ まだ未知の異国
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これまでの 話しをすれば・・
東京にいたときと 変わらない生活を している
だが ギリギリの バカバカしさは なく
お金にも 心にも ゆとりを 得ている
生きていくに 最低限の年金を 受け取り
ダバオ郊外の住宅街 一軒家の貸家に住む
NHKや映画を見たり 本を読んだり 散歩したり
外出して 滞在ビザの更新 電気水道の支払い
食材の買い出しなど 家事を こなす
環境を選ばない生活に 順応できれば
環境が 変わっても 自然に溶け込める
見えないものには お金を かけない
ただ 直接肌に触れる タオルなどは
少し奮発して買い揃えている
肌に触れた時の 質感や肌ざわり
あッ これいいな というような 快感の対価
「ダバオ隠居暮らし」1カ月の生活費
家賃2万3000円 食・備品費6000円
水道光熱費5000円 WifiとTV代4000円
合計3万8000円 あと なんだ かんだで
5万円ぐらい かかっている
携帯は ガラケーで 通話とメール
使う分だけ そのつど 60円とかを 前払い
PCのネット環境は ケーブルTV会社と契約 接続
FBのメッセンジャーを 使うには 遅くて不便
他社を選択しょうが みな同じ
市内では 近年
新しいレストランやカフェが オープン
料理の味はもちろん 雰囲気やサービスの質
いい感じに なってきている
中間層の増加とともに 外食する人も 増えて
フィリピン料理をはじめ 中華料理や洋食など
バリエーション豊かなメニューに 出会える
気分のいい店で マナーが 悪い客が いるなど
公共文化満足には いま 一歩
多くの店で 老人割引20〜30%を 受けられる
どんな場面でも 老人を支え 優先してくれる
居宅は 市内からは ジプニーで 30分の距離
目の前は ダバオ湾の海 裏は アポゴルフ場
空港までは タクシーで 1時間 (500円)
小庭のある貸家は 家具付きで
エアコン付き2寝室 台所 居間 浴室
「こんな物件を 東京で借りたら いくらか」
「4倍」ぐらい するだろうか
不動産屋は ない 自分で探し 家主と交渉
外国人でも 賃貸保証人など 要らない
日本人は 奇麗に使うと 歓迎される
保証金は 家賃の二ヶ月分を 前払い
退去前 二ヶ月分の家賃に 充当させる
老人には 東京よりも 借りやすい賃貸住宅
食材は 市場やスーパーで 調達
野菜は 市場が新鮮で とにかく安い
日本食も 現地のモノを工夫すれば いい
独り身の自炊 食費は いくらも かからない
好きなビール 小瓶 (60円)
ガスは プロパン 半年使えて 1600円
鉄道は無い 交通費は かなり安く
タクシー初乗りは 90円
乗り合いのジープは 市内まで30円
住宅内は 自転車タクシー 25円
近郊の町村へは バス
円安 インフレとは 言え
東京で 暮らすより 生活コストは 低い
それで 全てを 納得してる わけじゃない
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生活を「衣食住」で 分けてみる
「衣」は 大きな変化が あった
外出には ベーシックなもの 数着
部屋着は 程度のいい古着が おもしろい
暖かいので 手持ちの服が 極端に減つた
「住」について 不満は ない
人が 家でやることは どの国でも 一緒
食事・排泄・入浴・睡眠
バスタブは無い 洗浄便座も無い
贅沢を言えば キリがない
ポツンと 一人暮らす
近所と 深い付き合いは しない
人間関係で 悩まされる事は ない
亜熱帯の地でも 変わらない食生活
食中毒には 細心の注意を 払う
朝は 珈琲にフルーツ
昼 夜は 野菜たっぷりの料理
気分・体調に合わせて
量や味付けを 変えられるのが 自炊の利得
市場で買う マンゴーや 季節の果物
千疋やで 1個1000円する マンゴーが
此処では 3個100円で 買える
ダバオに引っ越したら
生きやすいのでは ないか
移住する前は のんきに考えていた
いいところも たくさんある
物価は まだ安いし 人々は くったくが ない
果物は おいしいし 同調圧力も ない
日本や 日本人に対する理解も 浸透している
しかし いざ住んでみると
ダバオの暮らしづらさが ある
全てのモノ毎が スムーズに 進まない
それでも 入管などは 業務改善された
真夏は 死ぬほど暑い
夏になって 初めて気がつきますが
厳しい暑さを避けるためには お金が必要
電気代を節約するには
日中は 涼しいモールなどに 買い物がてら
非難するしかない
睡眠には 必要不可欠 夜だけ 冷房を使う
ダバオに越してから やっている こと
「年収100万円で 自由に生きる」
その生活は できていると 一応は 言えそう
もっと 長く住んでみないと 説得力が ない
観光ビザで 3年間 滞在できる
ビザが切れる前 近隣の外国に出て また 戻ってくる
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母国日本 全てに美しい国
その国を 醜くぶち壊す指導者に イラつく
日本は 狂いはじめた 無性に腹立たしい
社会は ますます世知辛くなって
退職したら 我が暮らし 楽にならず
老い先に 明るい展望は 見えない
生活実感も メンタル面も
ジワジワと下がり続けている
不寛容に引きずられる自分に ハッとする
経済的に不充分でも せめて
ちゃんと休んで よく寝て
リフレッシュすることが 人間には 必要
社会に限りなく 属さないで 生きてみたい
この事で 誰かに 否定されても いい
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何者でもない 自分が
唯一堂々と 自己主張できるのが
100万円の ダバオ隠居生活
どうですか?
みなさんは どうしてますか?
もし 同時代団塊人が
そうかもしれない と思ったら
日本のイライラを 解消する方法の ひとつ
「日本に対する怒り」を
自己表現の 基本にするよりも
「何かを 好きである」と いうことを
自己表現の 基本にすることの ほうが
精神衛生上も 人間としても はるかに素敵
地道な道 歩き続ければ いい風景が 見えてくる
イライラを取り 気持ちいい風が 身体を吹き抜ける
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フィリピンを まるで 知らない方が
興味を持って 拙宅を 訪ねてきた
想像していたのと 全然違う環境 そして雰囲気
というのが 率直な 第一印象のよう・・
覇気に欠ける
シオシオな 世捨て人のような ジジイなのかもと
イメージされて きた かもしれません
自分は なんというか 少し元気ぶってる
じいさんと呼ぶには ためらわれる 外見だろう
日本から来ると この暖かさと 微風が 快感
のんびりした時間 なんとも いい
ダバオ空港から出て 外気にふれ そう思った
そして この街の匂い・・
東京人の目で 若槻さん ダバオを 見てみたい
団塊の同年代 いい風が吹く午後 拙宅のテラス
打ち解け 話しをした 対話する事で 自分も気付く
僅かな年金を 受け取れるよう になって
はじめて 求める生活を 探り 好きにやってる
生涯仕事より ぐたぐた隠居を 生きる
暮らしに 潤いはあっても お金に 余裕は 僅か
──お一人 でしょ
1日の食生活 どうしてるんですか
え! そんな事が 気になって たんですか
朝ごはんは フルーツと珈琲 そこに パンケーキ
フルーツは パイナップルや マンゴー バナナ
近所の市場で 買ってきたものです
──ダバオ産のフルーツ そう 聞いただけで
おいしそうです
熱帯で採れたものを
その土地で 熟れたのを 食べる
こんなにも おいしいのかと 心からそう思う
市場で売られる フルーツにせよ 野菜にせよ
その土地の その季節のものは 元気です
色を見ただけで こっちも うれしくなる
夏野菜の 鮮やかな色だって
野菜が「夏が来てうれしい」って
そんなふうに 野菜と会話しながら
買ったり 食べたりしてるんです
日本では 食べられない ドリアン
果物の王様 食べて 帰って下さい
──お昼ごはんは どうしています?
昼食は パンか 麺類で 簡単に済ませる
おそばかうどんを 気分で選びます
冷やしてざるに 暖かいかけに
そして 夕食の仕込みも この時 済ませてます
お昼を食べたら また 自由時間がやってくる
東京でなら 図書館で 本を借りたりしてました
持てる200冊の本を 何度も 読み返してる
好きな本は 知識や情報が 身につく本よりも
毒にも 薬にもならない 役に立たない 本ばかり
──夕飯では 何を?
根掘り 葉掘りですね
カットしておいた野菜を パンに挟んだ
ハンバーガーは よく作ります
そうして ビール飲みながら
7時のNHKニュースを チェック
日本の缶詰に 期待してるんです
腐らないから 船便で 大量に輸入できる
店頭ロスも ありません
あの 日本の缶詰が 日本価格プラスで
ダバオで 手に入ったら
ご飯炊いて みそ汁作るだけで 食生活は 整う
フィリピン人にも 大人気
誰か 缶詰専門店 開いてくてないかな
──毎日 同じようなメニューを
同じように食べている
毎日 同じものを 食べているといっても
ストイックに 全く 同じモノでは ありませんが
食事の喉の通り具合とか お腹でのたまり具合
それで 体調の変化が わかりやすくなる
「ちょっと 疲れているのかも」とか
「風邪気味かもしれない」って
すぐに 手当できる
──一食事の枠組みを 作っておくと
体調の変化に 気付きやすくなる
面白いなあ
そうです イチローさんは
毎日 昼に カレーライスを食べている
きっと 同じ味 同じ分量を 同じ器で
同じ時間に 食べているのだと思う
それで 養った 体調変化を感じ取る 敏感さを
コンディション維持に つなげている
その気持ちは わかる気がします
──外食は しないのですか?
その時の気分で 外食もします
女の子誘って あの店の あの料理
好んで行っている お店も 数店有る
先日なんか 新メニューを 見つけた
ソフトボール大に焼き上げた フランスパン
上部を蓋のようにカットして 器にする
中に アサリのベシャメルスープを 満たし
蓋を元に戻して 熱々を 出してくれた
肴としてのパン スープ ビール ポメロサラダ
──食事を 楽しむことに対して
さほど 興味がないのでは?
そう思ったんですが
どうして ですか?
──ちがうんですか
果物なんか 切って食べるだけでも
本当に おいしいし
野菜なんかを 見ていると
人間の想像力を 超えているなと思う
白菜は むいても むいても 中身がない
発想が ぶっとんでますよね
誰が考えて作ったか 知らないですけど
食べるだけじゃなくて
買い物に行くところから 楽しい
自分のことを 快楽主義者だと 思ってます
──『ミシュラン』の 三つ星レストランとか
興味ありませんか?
興味ないし 行きたいと 思ったこと ない
高くて 希少な食べ物でも おいしくなかったら
お金の無駄だし・・ と 言っても
食べたことが ないのに
こんなことを言うのは 筋違いかな
まあ でも 今の食生活で 足りているので
誰かが おごってくれるなら 行っても いい
それくらいの感じですね
──それを 期待も していない
期待は してませんね
まわりにいる グルメ的な人たちと 比べて
自分は 味覚が ざっくりしていると思う
世の中にある 8割のものは おいしい
グルメの人たちを 見ていると
おいしさの要求度が 青天井
──求め過ぎということですか?
すごく高みを 求めるし
そのおいしさに 出合った時に
オーガズムに 達しているかのような
表情を 見せますよね
自分は だいたいのものは おいしいと思う
けれど 感じられる おいしさの 奥行きは
浅いのかもしれない
──食事に限らず 絶頂の度合いって言うのは
それを 求める 個人のエゴで
執着の強さに 比例すると思うんです
あたたのように 執着を減らし
生活を 定められた範囲における 最小限に
していこうとすると
おのずと 絶頂は 感じにくくなる
そうかもしれないですね
毎日 静かに幸せでは あるんだけど
その グルメな人のような
身もだえするほどの おいしさっていうのは
感じたことは ないんです
──そういう「身もだえするようなおいしさ」って
欲しくならないですか?
起伏のない幸せも いいと思うのですが
話は ずれますが
「最近性欲が少なくなってきた」って
20代の頃なら 食の絶頂とか 性的な絶頂を
求めたいと思っていたかもしれませんね
でも 老いて 性欲が なくなったあとに
自分が どうなるのかには 興味あるし
性欲は 無くならないのかもしれないし
いくとこまで いってみないと 分からない
はじめての 老いだから
──どういうことです?
性欲がなくなった時に
自分に どんな変化が 現れるのかとか
自分を対象に 自由研究を やってる感覚
自分が 何か 変わるのかなって
──「人生実験家」と 言うか
老いを 生きていくこと 全般に対して
自分で考え 行動し その結果を 検証して 次に進む
ということを 繰り返してきたんですね
生活のあらゆる物事 側面から
面白みや 快楽を 見出せる 生き方上手です
日々の変化って 小さいから
自分では 気付かないもんです
でも 60と70は まるで違うもんだった
自分は 最期まで 快楽主義者で貫き通したい
──身体と相談しながら
快適な生活を作ろうとしてきたら
結果的に 必要最小限度の生活になった
ということなんですね
「いかに快適か」を 追求していくと そうなった

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──自分にとっての幸せ 本当の欲求が
ぼんやりしている人や 幸せの度合いを
収入の多過に 無自覚に置き換えている人は
少なくなさそうですね
そこを冷静に見つめたうえで
トライアンドエラーで 少しずつ自分にとって
快適な方向に変えていくということですか
自分で なんとかするしかない ですから
──その原因が わかったら 行動する
自分にとって 一番やりやすいところから
手をつけている
──それを積み重ねていくと
結果として自分にとっての
ハッピーライフの形が 見えてくる
それは 一歩を踏み出さないと 見えてこない
ハッピーライフの 完成形なんて
最初からは 見えないですよ
お金のことで言えば、東京での暮らしが
バカバカしくて よもや ここで
年収100万円の ハッピーに 帰結するとは
思っていませんでした
やり続けて 始めてわかることです
でも 完成した形なんて ないと思う
──今は ダバオに住んでいますが
もし 東京に帰ってきたら
現在の年収100万円で 快適な生活が
送れると思いますか?
それは 無理でしょう 原資もないし 求めている軸は
あくまで「快適さの」追求に あるわけですから・・
お金の価値が 極度に肥大化し
「収入額=その人の価値」と いうような
極端な考え方が 少なからず 見受けられる
日本において 低所得で あることが
ポジティブに 捉えられることは ない
自分は OECD基準で
相対的貧困圏内に いるにも かかわらず
快適さの中で 暮らせている
世間に 流されることなく
自分で考え 動き 選び取った結果が
「年収100万円での隠居生活」だった
望めば 誰でも ちょっとの勇気と
実行力が あれば 隠居生活が できる
学歴なし・収入なし・語学力なしだって
そんなの かんけいナァーーーーイ
そんなこと 言ってるから
まだ 日本の底辺で 貴重な人生の時間を
浪費するつもりなの?
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──1カ月5万円だと 年間60万円ほどで
生活しているわけですよね
ダバオとはいえ コストが めちゃめちゃ低い
生活費全体で言えば
物価水準は 年々 上がっているが
東京より 今の所 まだ 安く暮らせている
でも 年間を振り返ると 100万円は 使っている
無駄に使う お金が 生活に潤いを 生み出してる
それも 事実です
──「自由な生き方を獲得するには
経済的自立が 大前提?
自立した生活 してないと
自尊心を保つのが 難しいと 思っていて
そこは 本当に 大切にしてる
──日本に住んでいて 年収100万円なら
福祉の対象になる 水準ですよ
生活保護基準以下です
そうですね でも 生活できてるんですよ
この年金じゃ 暮らせないって
2015年に 新幹線で焼身自殺を図った
老人が いましたね
その方の 月収が 12万円くらい あった
それを聞いて 衝撃受けた
それだけあれば 経済的には やっていけると思う
──自殺の原因は お金じゃなくて
人間関係の 貧困かも しれませんね
孤独ですよね 寂しさは 人を 殺しますから
経済的な 貧困で死ぬことは そう そうありません
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お金の不安を なくすことが 目的では ない
生活コストの管理が できた そのとき
自分が どんなふうに 老後を 生きられるのか
という 隠居生活の 実践と 実験の場 ダバオ
それで こんな話しを してきました
「貧乏ということに 気づいていない」としても
「だったら そんな事 知らないままで いい」
貧乏なんかに 気付かなくて いい
金持ちが どういうものか しらないんだから
平気な 顔してろ
私たちは いつも 災害にしても 老後にしても
まだ 時間がある 根拠の無い 過信 そうして動かない
だが 時間は ないのかもしれないし あるのかもしれない
年をとるのは 初めてなもので
どうしたら良いのか 本当の所 自分でも 分からない
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あの場所に行けば
こころも 身体も安らげる と 思える楽園
そんな 安堵感の場所が だん だん 消えていく
潤いも 無くなっていく
なんだ かんだ言っても
人生ハッピーだったか なんて
死ぬ間際に わかること
自分以上に 好きな人なんか いない
青年より ずっと自由に 寛大に
自分自身の愛する能力と 付き合えばよい
『私の中の老い』を 自覚しながらも
『老いの中の私』に もうひと花 咲かせてみよう
『老い』とは 人生の持ち時間の 少ないこと
少なければ 少ないだけ
今まで『やってみたい』と 思ったが
やれなかった それを 今 思い切って『やってみる』
そうして 今日を 生きられれば 少し 楽しい
「老後」とは「今日と同じ明日が来る」
であれば ささやかで 確かな丈夫です
残された道は 一筋
「在りし日への ほほ笑みと
過ぎしことへの慚愧(ざんき)の 念を
全身に秘めて 黙って 歩むほかは ない
おのれの花道の足取りに ゆるぎのないことを
願うのみ
70歳以降の「オレ流人生」人さまざま
納得して生きてるヤツなんか いないよ






