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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines

フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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面食らったなぁ〜 もう おかしかった
拘置所職員が 一緒にゾロゾロは 失敗だったね
うまくいってたら 傑作だった
青い帽子に 作業服の小柄な男
オレンジ色の反射ベストを身につけ
顔を覆うマスク うつろな目つきで
拘置所の玄関から 作業終わったよと 外に出た
背筋を伸ばし ゆっくりした歩みで
止めてあった車に 近付く ニッサンでは ない
塗装会社のスズキの軽ワゴンに 乗り込み
拘置所を後にする
迎えにきた 弁護士の黒いワゴンは
報道陣を 引き付けるように
まだ 玄関に横付けされたまま 止まっていた
そこまで やってのけたのなら
完璧に仕上げて 日本中 大笑させて 欲しかった
帝王から建設作業員へのゴーン劇場
ゴーン保釈の様子は 全世界に報道された
外国人は 作業服を「囚人服」と 見たかもしれない
あんな格好させられて ゴーンのプライドを 傷つける
日本の司法は けしからん という 世論操作だったのか
そこまで考えた 演出だとすれば さすが と うなるが
作業服姿は タイや工場で働いていた
初心に帰っての 意思の表れか
であれば「足るを知る」知ったことになる
再就職先は インドか 中国か
平成最期のドタバタ舞台
美空ひばりが亡くなり 始った うつろう平成
参院選で 土井たか子率いる社会党が 大勝利
細川内閣成立 次いで 村山内閣
阪神淡路大震災 地下鉄サリン事件
山一証券自主廃業 鳩山内閣成立
東日本大震災 原子炉爆発
自公が政権奪還 熊本自身
世界では 天安門事件 ベルリンの壁崩壊
湾岸戦争 米国同時多発テロ イラク崩壊
リーマンショック トランプ当選
恐怖と怒りに 突き動かされ
人が 何を考えているのかが わからない
薄気味悪さを 強く感じていた
平成を 安っぽい言葉で 語っては いけない
あまりに 切なく 暗かった
後味の悪い 平成の協奏曲が 終わった
いい事が ひとつもない 災害にも 見舞われた
心配事が 尽きなかった 鎮魂の30年
「平成」の 終わりと
次の時代の始まりを 意識する 時が来た
元号は 人為的な 時間の区切りに すぎないが
次の30年以内には 南海トラフ大地震が 起きる
次なる天災への安全保障 どうなっているのか
防災復興庁の創設への声もないが・・ 大丈夫か
渇して井を穿(うが)つ という
喉が渇いてから 井戸を掘ることを指し
慌てて取り掛かっても 間に合わない 例え
皆さん ごきげんよう
乾季で どこも かしこも カラっから
あなたの心と躰 お変わり有りませんか
「老休移住生活者」ヤン爺です
今日も ダバオにいます
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半チャーハン 大盛りにしてね
勤め始めた 職場近くの 中華料理店
店内は 時代を 先取りした モダン・デザイン
オープンキッチンを カウンター席が 囲う
厨房のライブ 音と香りとが 入り混じり 空腹を誘う
ランチは もとより 夜の宴にも 頻繁に利用した
酒もツマミも 更に シメも 1店で 自由自在に治まる
中華 いろんな料理を シェアできる 飲めや 食えやの宴
「〇〇の反省会」「〇〇の打ち上げ」「〇〇のお祝い」
今時なら「梅は咲いたか サクラは まだかいなの会」
何か 理由をつけては 小宴会 そして大宴会が 催される
店内に ひとつだけある 円卓が 我々の満漢全席
え〜 宴もたけなわですが この辺で 仮締め・・
幹事長の言葉が 厳かに伝えられた
係長 シメのオーダーか? 耳にした
おやじさん「半チャーハンの大盛り」
正式には「ラーメンと半炒飯」の セットだけれど
かわE 総務課の女子社員が
「私 少しだけ チャーハン食べたい・・」なんて
係長に ささやいたもんで
「半チャーハンの大盛り」の 注文に なったようだ
「半炒飯の大盛り」って
「普通盛りのこと?」と 疑問を 持ちながら
それなら ただ ラーメンと炒飯セットで いいのに
どんな モノが 出来上がったのか
席が 離れていたので 分からずじまい
だけれど 気になって 記憶に残った
「半チャーハンの大盛り」って 裏メニュー?
それで おやじさんも なんだ それって
聞き返さなかったものか
秘密の 不倫カップルメニュー だったか
逆のパターンで
「チャーハンと半ラーメン」というのも ある
もし「チャーハンと半ラーメンの大盛り」って
注文があったら どうするのかな? なんて
くだらない 心配まで・・
半チャーハンの大盛りの値段?
不倫価格だ 高くつくだろうよ
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食欲旺盛だった
駆け出し会社員の胃袋を
安く満たしてくれる 中華食堂
老酒も五香粉という調味料も ここで 教わった
「あの店 閉店する」
昔 一緒に働いた 同僚で宴会仲間
オクラの若林さんが PC電話で 知らせてくれた
噂を聞いたら 尻が落ち着かなくてな
40年ぶりに のれんをくぐった と 話し始めた
若林 憶えてるか
テレビCMで「いつかは クラウン」という
キャッチフレーズが 妙に 気になっていた あの頃だろ
あの店は 平成が幕を開ける直前の 秋 開店した
当時 会社の近所には 料理店が 少なくって
社員みんなが 店のオープンを 持ち望んで いた
そうだったな〜
店構えは ダレが 見たって 中華
派手で ケバケバしい 極彩色だった
で 若林 行って見たんだろ どうだった?
店は すっかり 色あせ 年季だけ入ってた
壁一面 多彩なメニューの短冊は そのまま
それが 見事に黄ばみ 思い出 あのまんま
おやじさんも 今や 70過ぎだもんな
奥さんは 元気だったか?
だいぶ前に 亡くなったそうだ
バイトも 長続きしないし
募集しても 集まらない
だろうな・・
それがね 常連客だった 近所に住む 未亡人
フィリピン人らしいんだが 手伝ってくれた
それで これまで やってこられた
ある時 内緒の誕生会が あの円卓で あって
そのフィリピン人 テーブルに 行って
大声で「サプライズのケーキ いつ出しますか?」
やっちゃった 宴会 台無し ぶちこわした
でもって その人も 国に帰ってしまったからね
おやじさん いよいよ だなって・・
最期の注文 中華丼とビールを たのんだ
店全体を 眺めながらビールを 飲んでると
気分は すっかり あのときのまんま
料理の見た目も味も たぶん変わって ない・・
できあがった
そのボリュームに 思わず うなった
出てくるまで すっかり 忘れてた
そうだった この店 大盛りの様な 普通盛り
レンゲが 止まった
あの頃は ペロリだったのになぁ〜
自分も この店も老いたな
「町中華」と 呼ばれる 庶民の食堂
個人経営の店が 姿を消しつつある
駅前のファミレスが 多様化する中
常連客だけ 相手の 中華料理店
日夜 重い鍋を振る仕事
老いた店主では もう続かない
平成という 30年間は
若い料理人が 独立して店を持ち
老いて閉店するか どうか迷う
その年月と 重なっていた
店を出るとな
閉店の張り紙が 目に留まった
隅に小さな文字で「また お会いしましょう」
店主の追記が あった
若林よ もしかして おやじさん 中華止めて
「注文をまちがえる料理店」でも やるつもりか
オーダーしたのと 違う料理が 出てきても
客は 文句を 言わずに 食べる
鯖の塩焼きを注文したら 焼きそばが出てきて
「食べたいものが 完全に読まれているッ!?」
なんでだって 驚き 完食する
「認知症」の 方が ホールスタッフのため
多少のミスは 大目に見てねと いうこと
カレーうどんを食べたあと 頼んでない
カツカレーが 出てきてしまったら と思うと
胸焼けしてくるけどね
「ゴハンが 出てくるだけで ありがたい」
平成の バカ騒ぎの裏に漂う 不安と変化
我々の青春も あの店と共に 消えていく
何とも言えない 終わったな その気分
自分が 年取ったの 忘れてるんだもん
西暦と元号を併用している国は 日本だけ
新元号の 幕が 上がれば おやじさんにも
心機一転 気持ちの変化が あるかもしれない
世界は 5月1日の前後で 何も変わらない
「一つの時代の終わり」
転換点を意識するのは 日本人だけの心理
新元号 自分にどう覆い被さって来るのか
海外を 旅していると
どこにも チャイナタウンがあり
中華料理店が 存在する
まさか?というような
ヨーロッパの田舎町にも ある
ここダバオも 例外では ない
真面な中華料理を 出す店がある
海外にいる時間が 長いと
和食が 恋しくなることも あるが
日本料理店は 大都市以外には 少なく
仮に 見つけたとしても
実際には 現地人が やっている
日本料理ということも 多い
「京都」や「東京」など
日本の都市名を 店名に使っている
和食のレストランの多くは 残念だが
日本料理とは 名ばかり
世界のどこでも 生きていく たくましさは
孤立した島国 日本で生まれ育った 我々と
他国へ 陸続きで行ける 大陸育ちの彼らとの
差なのだろうか?
昔 あまり好ましくない 誰かが 言ってた
「人類みなきょうだい」という フレーズが
思わず口からでた 国連の標語にしたいほど
いい言葉 なんだけどな・・
何とか ファーストとかいって
世界は 兄弟いらないって いってる
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前後深くに 眠らされた 若い女達を 差し出す
波の音高い海辺に そんな 逸楽の宿がある
「女の子を 起こそうとなさらないで下さいませよ」
どんなに 起こそうとなさっても
決して 目をさましませんから・・
深あ〜く眠っていて なんにも知らないんですわ
そう 宿の女主人は くりかえした
眠り通しで 始めから終りまで
わからないんで ございますからね
どなたと おやすみ いたしましたかも・・
それは お気がねが ありません
老人は いろんな疑いが きざすのを
口には 出さなかった
「きれいな娘で ございますよ」
安心の出来る お客さま ばかりに
いらしていただいてますし・・
ノーベル賞作家 川端康成が 描いた
地獄のエロ「眠れる美女」
秘密の宿
会員制のようなもので お客は みな老人
老人が 部屋に入っていくと
裸の娘が 眠っていた
声をかけても 起きる気配は ない
老人は 娘から乳の匂いを 感じた
どこか 甘ったるいような 匂い
しっとりした肌
肌に触れるのは かまわないが
挿入しては いけない
といっても すでに 男では なくなった
老人達が 全裸の若い娘と 添い寝するだけ
老人は この宿に通い
毎夜 違う娘を 眺めながら
かって 自分と関係を持った 女達との
思い出にふける
肌も 匂いも 寝相も 寝息も違う
娘たちに 違いがあるとしたら
ただ それだけ
みずみずしい 娘の肉体を透して
訪れつつある 死の相を 凝視している
熟れた果実の腐臭に似た 芳香を 嗅ぎ 埋もれる
孫を 抱くぐらいだったら
オンナを抱くべきだと 思っているが どうだろう
そうしたくてもできない 人も いるだろう
それくらい 日本は 老人にとって 窮屈すぎる
「眠れる美女」小説世界での妄想
川端康成も 驚くだろう
小説そのものの 自由世界が
現実に ダバオに 実在が横たわる
自由を嫌がる人は いない と 思う
不自由より 自由がいいに決まっている
「眠れる美女」に 描かれる
老人にも 自分にも
人間という生き物の おかしみが ある
あぁ 老いって こういうものだよな
その エロの営みこそが
人間の もっとも愛しい部分
孤独から 決して逃れられない 生き物が
老いても 誰かと交わり 関わろうとする
その中で 積み重ねられていく 様々な感情
「感情の蓄積」が 老いを 丁寧に優しく包み込む
老いに 人間という 生き物の奥深さが 現れる
あッ! 叫ぶ
独り暮らしだから
突然 大きな声を出し 発狂する
老いの危機も へったくれも ない
また ひとつ 大きく笑って やり過ごす
ふっと 記憶の断片が 甦ることが ある
子細な 風景が 繋がっては 叉 消える
遠い過去か 近い過去かは はっきりとしなくなる
毎日 毎日
生きていることが 危機だからね
天気や 気温に左右されて
躰だって ままならない だからといって
酒断ち女断ち 酒も女も まるで興味が ない
枯れた聖人君子 それでは 長生きできない
月は どっちに出てる?
そういうことだって 大切にしたい
たまには スズメの気持ちも 考えてみる
いいジジイは いらない いいやつに ならなくて いい
ただ丹念に 日々のつなぎ目に 気を配る
おこたると 死んじまう そーんな 感じ
休み 眠り 目覚める それだけの
なんでもある ダバオ老休生活の有り様













