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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines

フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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イカとタコとは どう違う?
骨は ないけど イボ(吸盤)は ある
足は 多いし 墨(スミ)も 吐く
2本足だったら 火星人だべ
たこ焼きも 好きなら イカそうめんも 大好き
ダバオに イカ焼きは あるけど
TAKUYAKUに タコは なし
それで イカとタコ どっちが 好き?
そりゃ 何ちゅうても イカだべよ
イカそうめんも するめ焼きも
タコでは できないっしょ
アホか そんなら イカで タコ焼き作れるかっつ〜の
酢ダコも ゆでダコも イカでは ムリや
なんで 田舎風関西弁の 喋りになってるんだ
イカは 墨(スミ)や 腸まで すべてが 使える
イカ墨パスタや イカ墨ライス イカの塩から
タコの墨は ただの 生ゴミやんけ
おまけに タコは 脳みそが 無いから
腹減ったら 自分の足 食べたりして
きぃーっ「脳あるタコは イボ隠す」を
おまはん 知らねのけ
ごひいきの 食べ物喧嘩には きりがありません
でも イカとタコの 決定的な 違いは
これでないかと 思うんよ
イカは 空を飛べるけど
タコは そうはイカない
なぬっ トビウオじゃ あるまいし
イカが 空飛んでたまるか
外洋のイカは 飛翔するんです
イカは 高圧の水を吐き出し 海から飛び出し
ひれと腕の間の膜を 広げて 揚力を獲得
最高時速 40キロメートルで 滑空
捕食者から 逃げるためと みられている
ごきげんよう
みなさんの心と躰 お変わりありませんか
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
過去の 「ダバオ・スタイルmagazine」は 以下です
https://blogs.yahoo.co.jp/konobukonobu2000/18642110.html
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「一夜干しって ほんとに 干して作るんだね
どこで でも できるなんて びっくりだよ」
彼は うまそうに 鯵をむしり 目を丸くした
視線の先には 小庭に つるされた 青いカゴが
ときおり ユラユラ風に踊ってる
都市と繋がる 海辺の街
都市は ビーチタウン ダバオとセット
センスのいい 大人たちは
都市と海辺を 行き来しながら
人生を 豊かなものにしている
ろくでもない 場所から
ひとり 逃げ出したことが あるだろうか
誰の手も引かず 誰にも手を引かれず
肌に 貼り付いた しがらみを
その皮膚ごと 剝がすように 捨ててきたことは
あるだろうか
自分は ある
そのとき 逃げ出すことが できたのは
自分の才覚や 努力のたまもの だろうか まさか
偶然だ 奇跡みたいな 偶然だ
どの年齢で どのような能力を 発揮するか なんて
偶然以外の 何だと いうのか
だから 逃げ出した あと 自分の生活は
不当に 恵まれているのでは ないかと
ずっと 感じているし
逃げた自分に 石を投げたくなる
人の気持ちも 想像が つく
「逃げ出す者 出て行く者 取り残される者」
それが 繰りかえされる
逃げ出すことで 人生を獲得する者
逃げ出した先で 残忍な人間に 変じる者
逃げ出し着いた土地で 朽ちる者
誰かに 逃げられたことで
内面を 大きく損なわれる者
誰かが 逃げるのを 助けてやろうとする者
逃げた者を 許す者
逃げ出した者は 罪悪感を 持っている
自分が ずるをしたと 思っている
年とって・・ 逃げ出す前の 人生が
遠く おぼろな 記憶に なっても
自分に起きた奇跡を 許容することが できない
でも そんなのは 奇跡なんかでは ない
誰にでも 起こりうる ありふれた救済
あるいは 奈落への入り口
ダバオに来て 1日が 全部 自分のものに なった
心の底から 落ち着いている
それに 慣れないから かえって 戸惑ってしまう
今 最高なのは ダバオと自分には
楽しめる自由が あること
年を取るということは
自由になる ということかも しれない
海と山に恵まれた ダバオ
心地よさを大切に 自然体で生き 暮らす人たち
だから 引き換えに貧しいのか いや 小欲な だけで
貧困の中に 幸せを生み 見い出している
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多くの団塊人たちが
高い家賃を払って 東京に住み
慌ただしい 毎日を送り
そして 今 老後の心配をしている
自分は この人生で 何をしたかったんだろう・・
今更だが まっとうな 自分らしさって なんなんだ?
「あめ あめ ふれ ふれ」初老の傘屋 作業場の鼻歌
雨が降ったら 傘屋は 儲かるのか という問いに
傘を作るのには 二ヶ月くらいは かかるので
いくら降っても 間に合わない と 職人は 答えた
でも 儲け話とは 別に 雨には 降ってほしいらしい
「人が 傘を差しているのを 見るのが 好き」だから
同年代の職人は こうも言う
「僕は 傘屋で 幸せです
雨が 降れば 嬉しいし
晴れ上がれば 気持が いいし
どんな天気でも 楽しく過ごせますから」
働くことに対して 労苦なら ともかく
どんな時でも 楽しく過ごせる仕事だと 言った
高級品となる 手仕事の傘と人生を 歩いている
心底 びっくり「この人 なんか すごく いい!」
老け顔になったが サッカーの 三浦知良選手も
最年長のプロ選手として 試合を 楽しんでいる
サッカーと人生が イコールな人だ カッコイイ
人は 予想した通りの流れから 外れる
うれしい 裏切りのような人生に
おかしみと幸せを感じ 楽しんでいる
本来の姿や 普通が「ちょっと ズレている」
嬉し 恥ずかし 無邪気なのだから かなわない
ドキドキ ハラハラするような 生活でなく
落ち着いて 心静かに生きる
そうした 日常を選ぶ 人も 増えている
起業して 一発 当ててやる
そのような人も たくさんいますが
それとは 対極的な人生を 好む人が
同じ社会に 共存している
こうした状況は これまでの日本には なかった
何しろ みんな同じ というのが 日本の伝統ですから
鏡に映る 自分の老け込んだ 顔を 見て
このまま 東京にいては ダメだ
惰性で生活し 老いて 死ぬのは よくない
そう 気づいていた
醜いくらい 窮屈 空気を読むとか
老後のことまで そつなく考える といった
「さめた人間」が 溢(あふ)れる時代
「仁王立ちになって」立ち はだかれ
老いて 遠吠(とおぼ)えにも 聞こえようが
世の趨勢(すうせい)から 身を外し
自前の道に そっと 踏みだすのも
立ちはだかりの 一種だろう
「ものわかりのよさ」こそ
我々が 駆逐しなければならない 最大の敵
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デッキチェアに座る 海パン姿の老人
鈍い色をした海を 長い時間 眺めている
タバコの煙が 背後に 飛ぶように流れる
聞き取りにくい声で 日本の話しを すればと・・
高齢者における 持ち家率は 高い
年金額が 充分な人など ほんとに 少ない
賃貸で 年金暮らしの人に 家賃負担は 重荷だろう
欧米各国には 家賃を補助する
公的な住宅手当制度がある 日本では 未整備
各国の家賃を 比べても 日本の家賃は かなり高い
都会では 質も低いから 見かけ以上に 割高になる
東京で 8〜10万円する賃貸住宅
ダバオでは 3万円程で 借りている
住むという行為は お金が かかることに加え
物件探しなどの 情報収集 物件の所有者を はじめ
周辺との関係調整 居住空間を整え 維持するなど
「居住サービス」も 伴う
不動産業が 担ってきたのは そのなかの ごく 一部
ダバオに 不動産屋も 引っ越し業者も ありません
ここでは これら 全ての事を 自分で 賄います
戦後 日本では 自分で 家を持つことが 推奨された
家を持てない人が いても 親族が 住まわせるか
企業が 社宅を提供したり 家賃補助手当を 出したり
会社が 福祉の一部を担い 私的に 解決してきたのです
連帯保証も勤め先の企業が カバーすることで
その頃は 問題が 顕在化しにくかった
いまは どうだろう
単身の高齢者が増えて 賃貸住宅に 入ろうとすると
ハードルは 保証人です 頼める人が いない
空き家は 大量にうまれている
足りないのは 居住者の信用を 補完する
人と家の間をつなぐ「居住サービス」でしょう
更に 老いた単身者に 日本の家賃は 高すぎる
自分の意志で「住みたいと 選んだ土地」ならば
多少高い家賃を払うことにも 意味が 出てくる
選んだ地が 地方なら 都会より かなり安いから
不平不満も 生まれない
年金や稼ぎが それほど 多くなくても
無理のない支出で お金の やりくりが 出来る
いきいきと 過ごせていることを 実感できる
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鯵を食べおえて 彼は 言った
「黄身の味噌漬け 作れる?」
「おー やった〜 じゃ 出来たら 連絡くれる」
黄味の味噌漬け 彼は 共感していたが
これまで 食べた事が なかった
母ひとり 子ひとりで 育った という 彼
同時代の団塊人です 母親は 他界している
保険外交員の母親が 忙しく 出来合いの総菜ばかり
だから 何を作っても 無条件で 喜ぶ
「おいしかった」も
水を 飲むみたいに さらっと言える
卵の黄身の味噌漬け 贅沢で うまい
みりん少々で のばした味噌に
黄味を潰さず 埋め込んで おくだけなのに
酒のつまみに 出しても ご機嫌になれる味
晩酌を ちびちび やる楽しみが ふくらむ
彼との間に 食の知識の差が ある
それは 意識の差ともなり
抗(あらが)い がたい もどかしさが
感情の波間に 蓄積される
だからって そんな事 大した問題では ない
悪いヤツじゃないし 優しい男だ
長く付き合うとと 遠慮が なくなる
わかってもらおうなどとは 傲慢と承知している
人は そう簡単には 変われない 彼も 自分も
だからと いって 自分の我慢を やりすごした
付き合いは 続かないだろう
なぜ そんなにやさしい と 身を乗り出した自分に
「体力が あるから」と 彼は 笑った
「頭」より先に「体」が ある彼だった
自分は 訳が分からず えっ! という顔になる
心のことを 聞いたのに
体です という答えが 返ってきた
とにかく丈夫で ひととおりを 終えたら
他の人のことをする 余裕が できる
体が 弱い人は 自身のことで 力を使い果たし
気持ちがあっても 他の人に働くのは むずかしい
だから やさしさって 言われれば 体力です
それで あなたに 食べる事で 我が儘いってる
そうか「この人は 大丈夫」
自分だけを 考えてる時って そう深くは ならない
ある存在が 付け足される時 人は 心にもぐりこんで
相手に対する 感情の飛距離を測ったり
小さな後悔の中で 気持ちを整える方法を 見つけている
彼も自分も 若くない
だが 誰かを 思いやり 働ける体力は まだ ある
本人が ダメでも
そばにいる人が すっくと立つと 元気が 出る
大丈夫って ほら「丈夫」が 入ってる
小庭で 赤やグレーの Tシャツが乾き 風になぶられる
台所に立ち 米粒が こびりついた 皿を 洗う
ダイニングテーブルに座り 珈琲を飲もうとした時
電話が なった 「konnichiwa」快活な 月曜日の声
「genki?」明るい笑いを 伴っていた
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フィピンに居る 日本人に 我慢を 強いる
冬の日本食 食べられないん だから
生唾を飲み込むしかない いじめのような 料理
今 したいこと 食べたいこと 恋しいこと
寒い夕暮れに なじみの レストランに入って
ビールと牡蠣(カキ)フライを 注文する
この店には 三個の牡蠣フライと
五個の牡蠣フライという ふたつの選択肢が ある
とても親切だ そのうえ フライには
三陸産の大きな真ガキを 使う 贅沢ぶり
生ガキも 用意している これは うれしい
運ばれてきたカキは 15cmほど あろうかという
ビッグサイズで 一口では 食べきれないほど 大きい
プリッ プリ クリーミーで 旨味も濃厚
カキフライへの期待が 増してくる
冷たいビールと レモンを絞った 生カキで
一杯やりながら 油の跳ねる音で 待つ時間
ゆっくりで いいぞ いい色に 化粧してな
いや 早く はやくしてくれ 待てない 気分の交差点
「は〜い おまたせしました」
まだ 湯気が 上がっている
箸で 衣を ぱりっと ふたつに割ると
その中には 牡蠣(カキ)が 当たり前だが
あくまで 牡蠣として 存在している
揚げたてのカキフライは 塩 レモン ソース
ピクルス入りの タルタルの中から 好みで味付けする
皿の端には マスタードで オールキャストの揃い踏み
熱い サクサクを ひとくち ハフ またひとくち
ビールで 火照った口を 冷やす 落ち着こう
おいしいに 決まってる またひとくち
蒸し焼かれたような 絶妙な ふっくら加減
付け合せの 千切りキャベツ ポテトサラダも完璧
静かに流れるBGMは
ずっと ビートルズ なんて 口福 万歳三唱!
日本には こんなに 旨いもんが 有る
もう 死んで たまるか
「カキは 横に一緒にいる 人によって
味が違うんだ 前に座ってる 人よりもな」
フィリピンで カキ 無理だよ 無理
いや 冷凍モノだったら あるかもよ
探しモノは 何ですか 夢の中に ウフfu〜
S&Rかなと いざ見参
カキフライも いいが
1人 台所で 作るのなら
これも 無性に食べたくなる「温かいかきそば」
かけそばに 温めたカキを のせただけの そば
これが ばかにできない
誰もが その光景に息を のみ
しばし見ほれてしまうだろう
大ぶりの カキが 3個
かけそばの上で 乳白色の裸身を 輝かせている
ぷっくらと膨らんだ身を 見せつけるようにして
人間を誘う「早く食べて」と 手招きされている
「まだ手を つけないで 私の姿を見て」と
ささやかれている
どうしようもなく 色っぽい 色っぽいのだが
それは あか抜けた 色気
さあ いつまでも眺めているわけには いかない
手を出して 食べよう しかし 色っぽいな〜
カキからと いきたいところだが
ここは そばを手繰ってからいくのが 正道だろう
温かいそばは 乾麺だが すすれば ねちっと弾み
冷たいそばより 甘みを ふくよかにさせながら
心を ほんわりと 温めていく
次に つゆを飲む
めんつゆだが かつお節の香りが 鼻をくすぐる
強すぎず 丸いうまみが 舌を滑るように流れていく
「ふうっ」満足のため息を 一息ついて
さあ 次は いよいよカキである
カキを口に運ぶ でっぷりと太った カキは
冷凍でも 身体に満たした 海の滋養を放出する
ミルキーな カキのジュースが 押し寄せる
しばし 口が利けないほどの 充足感
うっとりして いたいところだが
うかうかしていては いけない
カキのエキスが 余韻として残っている 間に
すかさず そばを手繰る そばのほのかな甘み
品格のあるつゆ カキのうまみが 混然一体となって
一気に カキへの感謝が 湧き上がる
ただ ただ おいしくて たまらないし
作りたくて 作っているのに 家に誰もいない
この時間が 虚しいし 寂しい
自分で 選んだ環境に 辛さを覚えたら
カキフライを 揚げることくらい 好きな行為を
思い出し 料理してみて ほしい
それも 難しければ
カキフライを 食べに行って みるか
え! 日本まで・・
そうだ 文句あるか!
あるに きまってるだろ
もたもた すれば
ああ! この季節が 終わっちまうだろ 急げ 駆け足
カキでなくても 好きなものなら 何でも いい
おいしい料理は あなたを きっと助けてくれる
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話している最中に ふと 言葉に つまる
なんの 話しを してたんだった かな
そうだったと また ゆっくり 話しを 継ぐ
そう その要領と 同じ
「うー」とか 「あー」とか 果ては「おぉーっと」
唸り出し やっぱりダメ すらすらとは 書けなくなった
「つまる」だからこそ ゆっくりと 言葉を整理し
そこから 出てくる イメージや 音律を追う
書く前に「言いたいこと」が あるので 書いている
そう云う わけでは ない
自分が 何を 知っているのかを 知るために 書く
だから 書くものは「説明」です
自分の「頭」にも わかるように
「あのね これはね・・」と 説明する
自分で 自分に向かって 説明している
すっかり 忘れていた事 だったりすれば 楽しくなる
ものを書く それは 知っている事を 正しく 理解すこと
だから 少しでも 毎日 書き続けるほうが いい
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日本のニュースにも フィリピンのニュースにも
絶望する事が いっぱいあるし いろんなことに
うんざりしている
でも 自分の場合は いい映画や アート 料理に触れ
憩える空間で くつろげれば 希望を 感じとれる
年老いて 心から 落ち着き くつろげる
そんな店は どこかに ひっそりある
イキイキ暮らす人たちが 生み出す 丁寧な時間
DAVAO・TIME ここに流れる ゆるい時間
「ダバオの いいもの・いいこと・いいとこ」
知っただけでは 知らないと同じ
実際に 暮らし初めて 知ることとなる
自分を 使った 実験
今日と違う景色を 明日 見たいからね
今やってたいる事が 自分と言う人間を 使って
生活実験をしている そう 考えているから
どんな結果が 出ても 驚かない 全て 自分の身になる
体験からにじみ出た 生活と密着した思想
しかも その思想は 結晶の形で 取り出せる
南の島で試せる たったひとつの想像力を 試す体験
日本人が 思う様に 生きてきた島 ダバオ
戦前からの 成り立ちと共に
どういう 哲学を持って 変遷してきたの かが
真面目に語られる この島
ここ 100年を 想像するだけでも 興味深い
日常的に「想像すること」自体 あまりしていないから
現在の ダバオ在留日本人は 自身の気持ちに 正直に
夢に向かって 行動されてきた結果 今が ある
大変な夢にもかかわらず 夢への歩み方が 軽やか
ダバオ 平和な 憩いの場として
また 人々が つながれる場として
この島は 戦前から 日本人に 愛され続けてきた
人生を 豊かにする ビーチタウン ダバオ
ワクワクしない日々を 送って
人生が 終わっちゃうほうが よっぽど 怖い
ダバオの人は 何が 日本と違うの?
ダバオ人は 皆 自分のことを よくしゃべる
こんなことした 楽しかった とか
他人に 興味がないって いうことじゃなくて
自分は こんな人間ですっていう事を 大事にする
此処では 他人と 比較されないんがから すごくラク
だから 老いを まき散らしては いけない
きれいな言葉を遣い 姿勢を良く 本物の笑顔
清潔さ そんなお洒落には お金が かからない
疲れたね 足を止めて 一杯 ひっかけませんか?
人混みに疲れ
目に映る風景や聞こえてくる音をリセットしたい時
扉を開けたい店に 逃げ込んでいる









