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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines

フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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SMモールで 日本種のキュウリを 手に入れた
塩揉みし 包丁の背で叩いて 一口大に
塩 醤油 少々を入れて 味を ととのえ
ニンニクのみじん切りを キュウリの上にのせ
煙が出るまで熱した サラダ油を ニンニクの上にかけ
ゴマを ふりかける
「キュウリのニンニク和え」 ビールに ピッタリくるかな・・
さぁ どうぞ つまみながら 飲みながら 話し しましょう
ごま油 垂らしてくれって あぁ それも いい
あとで 小腹が空いたら 餃子を 茹でようね
政官の不正やウソとは まったく違うんだが
人間は 隠し事ができるから 楽しいんだろ
ひそやかな 楽しみというのは だれにでも ある
自分の行動を すべて 大っぴらにしたい なんて
そんな事 思う男は いないはず 女には 同調のふりして
あとの本音を 隠してるもんだ
日本で 人手不足だとか 騒いでいるが 本当なの?
活きのいいのが ゴロゴロしてる じゃないか
若くて血気盛んで 暇を持て余して 渋谷あたりで暴れたり
アイドルを 追っかけたり 引きこもっちゃったり
PCやスマホで 遊んでいる 無職とか 高校生 大学生とか
キツくて 安い職場では 働きたくないって バカ言ってる
選り好みして 働きたくないだけだろ
フィリピンの若いのと 同じ ただの 怠けもん
「企業に 勤めなければ ダメ」
「サラリーマンにならなきゃ ダメ」
「そこから落ちた人は 落伍者」そうじゃ ないよね
変な宗教に 罹った人のような 洗脳を
解いてあげないと いけない
いや 若い人は 知ってるし 分かってるよ
これからは 大学で学んでも
「新卒さん いらっ しゃい!」とは ならなくなる
企業は「戦力」「技術能力」選りすぐりを 求めている
卒業後 2、3年は 自己研鑽して 起業出来る者は する
「好きなこと」+「それができる専門性」が 人生の軸を つくる
自分が 身につけた技術を 買ってくれる企業に 就職しても いいし
海外に出て行っても いい
自分の未来に 時間をかけても なんら 焦る事は ない
一方では 今 若い人の 感覚において
妻と子どもと 自分が 食べていければ 成功だと
そういう意味での まぎれもない 成功者が いる
金じゃない充実を 面白がっている 若い家族たち
希望の無い社会に 立ち向かっていく というよりも
ひらりとかわし 個々の生き方を 家族で 追求してる
港町の 地元に戻って 仕事を 見つけたり
奥さんは パートで 近所のスーパーで 働いたりして
週末には 仲間を誘い 家族とキャンプに 出かけたりしてる
そんな人たちは 都会生活で ふと 気付いてしまったんだな
曜日の名は 自然と触れ合え そう 伝えてる・・って
あの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の 出版から
たった 40年しか たっていないのに この有様の日本
漸進主義的で 抜本改革が 進まず もがく 30年だった
堺屋太一さんが 亡くなった 団塊世代が 終わった
日本は 米国発のGAFAなどの 巨大IT企業に
2周も3周も遅れている さぁ どうすれば いいのか
『日本には 何でもある だが 今 希望だけが ない』
バブルのころ 背伸びして 六本木のバーで 飲んでいた
深夜に 泥酔した男が やってきた 同じ 団塊の不良
男は 酒を注文すると タバコをくわえ 片方にグラス
片手にフエルトペンを 持ち トイレの壁に 絵を描いた
味のある エロいが 浮かび 上がった
バーのママは カンカンに 怒っていたが
男は 絵を眺めながら 満足そうな顔を していた
素人の悪戯では ない とても 指の美しい男だった
当時 そんな 訳の分からない男が ゴロゴロしてた
この男 かっこいいなっていう 感覚は 大事
単純だけれど 色んな意味を 含んでいる
男が センスを磨くには 知性しかない
かっこいい 男って 自分を よく知っている
それに おごることなく 世の中 全体のことに
知性的に 向き合って 周りのことを 理解して 整理して
判断している
自分の考えを 周りに巻き込まれずに やり通す 大人
おなかが 出ていても かっこいい男って いる
これまで やってきたことや 人間性が 滲み出ている
その意味を 実感しない限り かっこいい男には なれない
かっこいい男というのは 独自のものを 持っている
そうそう 地元 港町に帰った 家族の話しを してたんだ
曜日の名は「自然と触れ合え」その 話しだった
若い家族は 月を見る 火をおこす 水と遊ぶ 木に触れる
土を踏む 陽光を浴びる その喜びを 手にした
満員電車で コンクリートのビルに 通い
プラスチックのパソコンを 操作して
「金」を 稼ぐばかりに 疲れ 心が 乾いてしまった
もう少し「金」曜日を 減らし
意識して 自然と触れ合ったほうが いいんじゃないか
そうして 若い家族は 郷里に戻り 現実に生きてる
本来の 実力以上の生活というのを 求めていれば
いつか 疲れきって 破綻する
人手不足の日本ってのは あれは 嘘だよ
多くの 訪日 外国人客を もてなすため
ホテルで働く 表方も 裏方も また 外国人
外側の土地建物だけが 純粋日本
中味は 外国人客と外国人労働者
ベトナム ミヤンマー インドネシア マレーシア
フィリピン 中国「在留外国人研修生」という 偽りが 働く
日本側の 安く使いたい その魂胆は 変わらない
誰も 何の違和感も 持たない 外国人の労働風景
受け入れ対象 9カ国のうち
最も 英語が 堪能といえよう フィリピン人
日本にも 英語力を 求められる仕事は ある
英語が 堪能な フィリピン人労働者の ニーズは
世界で 見つけることに 困難は ないだろう
おかしいんだよ 出稼ぎの国 フィリピン
高い失業率なのに 気が付けば 足下では
中国人労働者が溢れ 国内での職を奪われている
そして 東京
人口は 1300万人から 1600万人に増えた
増加分は すべて 外国人だった
東京オリンピック後の不況 中国経済の停滞
五輪開催費用を 回収するため
会場は 民間に払い下げられた
ショッピングモールや タワーマン 大学などに 改造される
その工事に 中国からの偽装難民が 従事していた
中国の断末魔 数百万人の難民が 日本に押し寄せる
欧州で いまおきていることを
対岸の火事として 高みの見物ですか
明日は 我が身という警戒心は まったく稀薄
移民に職を奪われ 賃金が さらに下 がる
自分の問題として 移民問題を 真剣に考えれば
ナショナリ ストの主張が 正しいという事になる
一度 新大久保駅でも 高田馬場でも 下車されて
目の前の イスラム横町だけでも 視察されれば
日本人は 既に 少数派だと お解 りになると思う
ごきげんよう
みなさんの心と躰 お変わりありませんか
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
過去の yahooブログのアドレスは 以下です
https://blogs.yahoo.co.jp/konobukonobu2000/18642110.html
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日曜に 想う
フィリピンは 英語教育で 救われてきた
今 黒船以来の危機に 直面している
これまでの 英語教育は 役に立たない 大衆教育
エリートを作る 実践英語に ギア・チェンジ の時
バベルの塔 今なら 建設できるかも・・
旧約聖書によれば 人間は 天に届く塔を つくろうとした
それを 阻むため 神は 一つだった言語を バラバラにした
共同作業が 無理になり 建設は 挫折した
コンピューターを使った 自動翻訳
いっしょに働くための コミュニケーションは
翻訳機能に頼れば できるようになった
神の怒りを かうだろうけど
開発された 音声翻訳アプリは
スマホなどに 無料で ダウンロードできる
文字や音声を 即座に 外国語にしてくれる
英語や中国語ばかりか ベトナム語や 他
31の言語で ふつうの会話なら 翻訳可能
日本では 医療の現場でも いまや 必須
ほとんどの 都道府県の救急車に 装備されている
日本で暮らす外国人が増え 救急搬送も急増中
症状を 日本語で 訴えるのは むずかしい
救急隊員に いくつもの 外国語の知識を求めるのも 無理
そこで 威力を発揮する 翻訳アプリ
役所の窓口や交番など 出番は 増え続けている
翻訳機は 国際詐欺の格好の道具にも なった
日本は 移民社会に かじを切った
外国語は これまで エリートの道具だった
生活でも 仕事でも そんなこと いっていられない
ふつうの人も 外国人と 話さなければ ならない
しかも 英語だけで すまない アジア言語の理解も 必要
日常的でないものに ぶつかったとき
即座に 応用がきくということ それが 教養
磨かなければ
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自分も 英語が 苦手
観光ビザを 更新しながら フィリピンに暮らす
若い女を はらませ ダバオに 潜伏していると 勘違いした
そりゃ〜 とんでもない 誤解ですよ
観光で 滞在できる期間は 最長3年
期限が切れる前に フィリピンから 外国に出る
そして フィリピンに戻り また 3年を 過ごす
ですから 海外旅行は 生活の一部
その都度 気に入った 近場のアジア諸国を
ぶらり ふらり回遊するのを 楽しみにしてきた
長く海外旅行に 出ないと 窒息しそうになる
なーんにも しないで
ビーチか ホテルのプールで 冷たい飲み物を 置いて
一日中 本を読んで過ごすのが 最高の贅沢
そう信じて 気に入りの本を 持って 出かけても
実際には ちょこまかと おいしいもの
珍しいものを 探して 動き回ってしまう
いつもながら 悔やみながら フィリピンに帰る
英語 生活上 使わなければいけない場面は ある
意思の表明と Yes Noさえ使えれば 何とか なってきた
どうしても必要な時は 事前にセンテンスを 作文してから
満を持して話をする これでは 会話という レベルには 達してない
英文法を 知らないで
英語を話す外国人は 周りに たくさんいます
自分が話す英語 何が悪いと 堂々と使っている
ところで 先日 ダバオに暮らす 知人に
「最近 英語 しゃべるようだ けど
勉強したの?」と 聞かれた
たしかに 言われてみると 何も考えずに
豪州人と雑談していた 以前だったら ありえない事
勉強してなくても 考えてみると
思い当たる変化が いくつか あった
フィリピンで 15年以上も 生活してるのに
現地のビサヤ語も 公用語の英語も 苦手
長く居ようが 自然に言葉が 身に付く事は ない
そりゃ 少しなら なんとか会話は 出来ます
電話なんて もってのほか 避けられるものならと
極力 通話しないし 電話に出ないで 生活してきた
フィリピン ダバオでは 英語を 喋らなくても
ビサヤ語が 片言でも 生活は 出来てしまう
スーパーや お店で交わす会話は
「Hello」「Thank you」の 2つあれば 用を足せる
もし 何か 話題を振ってきたら 笑顔で 受け流す
こうすると 相手も「あ 通じてないなぁ」と
気を使ってくれて それ以上 会話は 発展しません
何故 英語や現地語を勉強しない?
面倒くさかった シンドイ思いをしてまで 英語を話す
ヤル気が 沸かなかった
よく「人に興味を持てば 喋れる」と 言うが
「喋れないなら 無理せず 喋らないで いい・・」と
人に 興味を持つことすら 面倒くさがっていた
だから 一層 しゃべれなくなり
人にも 興味を 無くしていく
英語が いつまでも しゃべれない
少し前 隣に オーストラリア人が 越してきた
年の頃は 46ぐらいか 知的でハンサムな 壮年の男
奥さんは 中年の何処にでも居る フィリピーナ
彼は 毎日 朝の珈琲を テラスで 楽しんでいる
奥さんが 自分と 顔会わせるたびに 珈琲に誘う
遠慮しないで 主人の話し相手になって
ドリップ珈琲が 香り高く 誘惑された
彼は 天体に興味が有り 専門的で 詳しかった
珈琲に誘われる度に 彼の お喋りを 聞いていた
家の犬が ソファを 壊したとか
奥さんが ものすごい勢いで 椅子から落ちたとか
そんな会話を 珈琲につられ 聞き続けていた
そうした 会話の場にいると
不意に コメントを 振られることが ある
相手も 別に気の利いた一言なんて 求めて いない
「転んじゃった」「大丈夫?」とか
「新しいフライパン買った」「何に使う?」とか
この「一言コメント」が
ターニングポイントだった
一言コメントに 馴染んでくると
少しずつ 会話に 入れるように なった
会話の流れに 相槌を入れたり 感想を挟んだり
話題に乗っかる 一言コメントを 出すだけで
会話らしくなってくる
そのコメントにも 慣れると 欲が 出てきた
自分が 試したのは「大喜利」でした
話題の流れで ちょっと 笑いを 取ってやろうと 画策
ハイレベルな 大喜利では なく
何となく ウケるかも? 程度の コメントを 投げる
ウケなきゃなんて 考えません
ウケれば OK スベれば ドンマイ
文化のズレで ウケるという 棚ボタも含め
英語が 飛び交う場所を 楽しむことが
少し 出来るようになっていった
味をしめた自分は 他の場所でも
「一言コメント」作戦を 頻繁に使った
以前は 避けてきた場所が
一言コメントという 武器が 手に入ったことで
苦痛の場では なくなった
会話に参加すると その人の 日常が 見えてきます
新しい車を買っただの 週末に 彼女とケンカしただの
一見 どうでもいい情報が ジャブ ジャブ入ってきます
すると その人に 興味が 沸いてくる
新しい車は どこのメーカーを 選んだのか
彼女とは 仲直りしたのか? など
誰かの情報を 得ると 更に 突っ込んで
話を 聞いてみたく なるものです
これが 人に興味を持つって ことでした
以前は 英語の飛び交う場所から 逃げていた
知人の情報すら 一切 入ってきません
自ら遮断していた そうすると 人に興味が 沸かない
英語を 使わない生活に 慣れてしまう
英語の場所に 居座り 情報を仕入れ
人に興味を 持つように なれた
ここまで来て やっと 人に興味を 持つことが
英語を喋る 意欲に繋がると 実感できた
性別も 人種も 世代も違うけど
言葉が あれば 仲の良い友達になれる
それでこそ 自分が 生きていけると
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誤報が あった
大坂なおみ選手の スポンサー 日清食品の広告を めぐって
肌を 白く描いた アニメーションが ホワイトウオッシング
では ないか と 問われた
「なぜ 多くの人が 騒いでいるのか 分からない」
日本の 一部の報道は 大坂選手が こう語ったと 報じた
しかし 実際に 大坂選手が 発言したのは 全く逆で
「なぜ 多くの人が 問題にしているのか わかる」
と コメントしていた
ホワイトウオッシングとは 肌の色を 白人に 近づける行為で
人種的な問題を はらむ 極めて繊細な 問題
彼女は この問題に 明確な意識を 持ち
それを スポンサーにも 伝えていた
そして BBCなど 欧米のメディアは
その言葉を 正しく報じている それが 普通だ
なぜ 日本メヂィアは 誤報して しまったのか
日本のスポーツ記者は 社会問題を 避けようという
意識が 働くのでは ないか そう思われても 仕方ない
また 日本の記者が
日本語で 質問するのは 仕方ないとしても
会見で「日本語で お願いします」と ねだる記者の姿は
不快を超えて 滑稽であった
流暢な 英語で答えるか
語彙が 限られて いても 日本語で 話すのか
それを 選ぶのは 大坂選手だ
大坂選手が 欧米のメディアでも
高く評価されているのは 記者会見での 受け答えにある
「humble=つつましい」と 注目される
常に対戦相手への 敬意を忘れず 自らを 低くおいて語る
その姿に 世界中の人々が 共感を覚えている
そう感じている 日本のファンも 多い
大坂選手の 日本語の受け答えは どうしても
とぼけた感じの 言葉足らずな ものに なる
英語で答える 大坂選手の姿とは 異なるものだ
それを 強調することに 意味が あるのだろうか?
よもや 日本語で 答えない選手は 日本の選手ではない
そう 思っているのでは あるまいか
名実ともに 世界のトップに立った選手に
いつまでも「日本」と 騒ぐ必要も ない
ジョコビッチやナダルを 国籍で考えるファンは いない
これまでは 仕方ない
これからは 日本人か どうかでは なく
プロテニスプレーヤーとしての
大坂なおみ選手を 応援したい
英語に 興味のある スポーツ記者は
ぜひ「一言コメント」を 引っ提げて
「英語の飛び交う会見の場」に 飛び込んで みてください
最初は 単語でも フレーズでも
カツ丼の 話題に乗っかるのでも いい
英語で 笑いを取るに チャレンジしても 面白い
文化が違う人の 笑いのツボも 分かりますし
適当なギャグや フレーズを 真似ても よし
実際には フォローでも ファーロウでも
どちらでも 良い 自分が 言いたいことを
正確に 表現出来る力を養うのが 肝心だから
発音が 正確であるのに 超したことが ないのは
言う までもない
英語圏で 生活していれば 黙っていても
喋れるようになる というのは 大きな間違い
ましてや これだけ 便利な世の中です
放っておけば 何年でも 喋らずに 生活 出来てしまう
英語を しゃべらないのも 選択の1つだろう
ただ 「想い」だけは 自分の口から 伝えては どうでしょう
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全然 ワクワクしない 日々を 送って
人生が 終わっちゃうほうが よっぽど 怖い
お腹・・ 空いてこない すぐできるから
餃子を茹でて いっしょに 食べよう
ほら 餃子が 鍋底から 浮き上がってきたら 茹で上がり・・
餃子は エロいね エッチな 食いしんぼう
湯気を ふわりと立てた つややかな白い肌
つるりと滑らかな 皮のきめ
歯にめり込み 押し返すように からみつく 皮のたくましさ
あんからあふれ出る 熱々スープ
かむ喜びを生む よく練られた 肉あんのうまみ
水ギョーザって キスに似ている
最初は 慎重に そおっと 口づける
てらりと輝く白い皮は 唇に優しく触れて 通り抜け
上顎(うわあご)に 身を寄せる
すかさず かめば 熱い汁が ほとばしり
口内を 流れていく
よくよく練った 肉のあんは たくましく
歯を喜ばせながら 滑らかな皮と舞って
舌を 抱きすくめる
その時 ほのかに甘い香りが 漂って 鼻奥に登っていく
小麦の香りなのか? 肉のつぶやきなのか?
唇 舌 歯 歯肉 上顎 鼻腔(びこう)
水ギョーザは すべてを 捉え
すべてに 甘えて 甘美な 切ない思いを 残しながら
喉(のど)へと 落ちていく
水ギョーザ この エロいが 口福
なにを ぶつぶつ 能書き言ってるんだ
つややかに輝き さあ 早く食べろ 食べてみろって
そう ギョーザが 誘ってる じゃないか
箸で つかむのも もどかしい
タレにつけ 口に運ぶ
ハフハフと熱さに 気をつけながら 口に入れ かむ
ハフハフと 息を弾ませながら くっとかみ締め 目を閉じる
ギョーザの皮が弾けると 歯は 柔らかな 皮に包まれ
舌には 熱々の汁と 野菜や豚肉の甘みが 流れ出す
ふわり つるりん もちもち じゅわり ああ いい と 吐息
水ギョーザ 茹でたてを 誰かと食うから うまい
おいしさが 脳内に響き 体の芯を 貫いて
「あぁ いま ギョーザを 食ってる」実感が 駆け巡る
目まいを 感じるほどの うまさ
「食べる女は エロい」うん 知ってた
唇は 舌は 口腔は ラビアのトリスのヴァギナの代替だし
潤み呑み 上気し吐息つく仕草は そのまま行為を 彷彿させる
食べる様子は いたす様子 食事は 色事に通じる
たべるダケ そういうオトコ心を 射抜く
食べてるシーンが もの凄く えっちい
食べる女は 完全に イッちゃってる 顔してる
女と食べる共感覚を セックスの前戯に なぞらえる
バブリーな 残り香と ともに 食と色の関係を再認識
人は おいしい食事で 元気になり
いいセックスで フレッシュになる
オンナの食と性が モチーフの『食べる女』
あたりまえのことを 生々しく伝えてくれる
餃子が スイッチとなり ムラっとくる『餃子の女』は
パブロフの餃子やね
吉本ばなな『キッチン』の食事は 明らかに性行為の代わり
食欲は 色欲に一致する









