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ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
               Last Life Shift In Davao Philippines


          フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
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うあってほしい 相撲取りのイメージ
勝手に 稀勢の里に 投影していた
みんなが 日本人横綱に 深酔いしたのが 
あだに なったものか・・

力士への 思い入れ
相撲は不器用 言い訳もしない 余計な事は 喋らない
それが 引退会見では 理路整然と 自分の言葉で語った
内に秘めたもの 愚直さが じわり 伝わってきた

胸や腕の大けが 上半身に 力が 戻らなかった
先場所と今場所は 下半身の粘りが なくなった
もう 相撲を取れる体じゃ なくなった

同じような雰囲気を持つ力士 貴景勝
愚直に突き 押しで 番付を 上げてきた
言動を見ても 相撲一徹を 感じる



 

稀勢の里 今後は 親方・荒磯を名乗る
「ケガのない力士を 育てたい」と ぽつり



 

左大胸筋のけがを押して 出場し 
勝ち取った逆転優勝 稀勢の里 強かった
贔屓にしてきた 横綱 牛久の英雄

エビチリと麻婆豆腐が 大好物だった

自分は 七十を 越えた歳になって
初めて 人として 守るべき道を 
稀勢の里から 教えられてしまった
これまでの 自分の所行が 情けなかった
しおらしく「夢酔独言」の 反省を している

ごきげんよう 
みなさんの心と躰 お変わりありませんか
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
過去の yahooブログのアドレスは 以下です 

https://blogs.yahoo.co.jp/konobukonobu2000/18642110.html  
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ィリピンの裏側では 麻薬 人身売買が 横行し
売春 賭場はおろか 誘拐や 殺人が
日常茶飯事のように 行われる 魔の都市

陽に焼けた看板や スパゲッティ化した電線で 
フィリピンの都市は「ぐちゃ ぐちゃ」
ダバオという街の表面も 混沌として 美しくない

都市生活の基盤は
〈人〉によって支え 守られている
「保守」の こまやかな目配りが
フィリピンの街に 現れるまでは
この国の 美しいものが 美しくは 映らない

フィリピンとの出会いは 楽観と情熱だけ

フィリピンの都市整備 都市計画は でたらめでも 
スマホ命 道端で保守修繕する人の技術が すごい
やるもんだな オイ 完璧だよ スマホの命 整備している

老いた躰を 保守するのは 自分にしか出来ないこと
歩けるだけ 歩く 苦しくなったら 休む 叉 歩く
歩けなくなれば 終わってしまう 

悪役を演じていた 若き日も
異国の暮らしに寄り添う 老いの日も
目の前にある 生きるに「本気」で 向き合う
そうじゃなければ とっくに 死んで いただろう
「面白く真剣に」「くだらないけど正直に」

「人生は 思い通りにいかない」
「なるようにしか ならない」という 諦観
手を抜くとか 人任せにするという事で なく
長い人生 思い通りに いかないことが 当たり前 ならば
それと どう 折り合いを つけながら 仲良くしていくか
自分の頭で 考え 生きていくしかないのだと 思う
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マホなしでは 一日も 生きられない 人たち
人づき合いも 調べものも 買い物も スマホで こなす
使う人の全情報が 小さな機械に 仕舞われている

その情報は ネット上でも 保管され
一歩間違えれば 多くの人に のぞかれてしまう
悪知恵のやからが いれば いたずらや 犯罪に
巻き込まれる



 

知人の女性に 電話をかけた それに出た男が
知人が 落とした スマホの 拾い主であることを 知る

その男は スマホを 届けてくれ
無事 知人に 戻された

ここまでなら “ちょっと いい話”

その拾い主が ただの 親切な人では なく
この男が「悪知恵のやから」だったら

その男に とって
誰かのスマホが 手に入った事は
誰か のみならず 
誰かとSNSでつながった 人たち
すべての情報を 手に入れた事になる

さらに 悪いことに 
男は 写真を バラまくぞ
情報を 露わにすると 脅しをかけてきた

スマホを 使う人になら
誰でも 起こりうる こと こんな話しを 知れば
スマホのロック機能を 何度も確認してる あなた
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ールと通話 携帯電話の普及期には

「個人電話を携帯する」みんなが 欲した

携帯電話が 一通り行き渡ると
製造側は 最先端のマーケティングを 駆使して
客の要望を 聞き それを 新しい形に していった

その結果 各社横並び 色は 色々あれど
携帯電話は 二つ折りになって
上が画面 下がキーボードとボタン
何処の会社も 同じ様な形になり 行き詰まった

そんな時 iPhoneが 登場
今までの携帯とは 全く違った形 新鮮な姿
iPhoneは 一気に市場を席巻し
携帯電話の 基本的な 形となった

そんな iPhone
マーケティングを駆使して 作られたのでは ない
スティーブ・ジョブズが お茶と上等な お菓子を
もぐもぐタイムしながら 決めた
「では ジョブ判定で!」と かます
デザイナーの太鼓持ちが
「あッ じゃ それ 私もミートゥーで!」
「ジョブさん ハンパないって!」なんて 感じに
軽口で 乗っかり おっさんずラブ状態で
 iPhoneは 製品化され誕生した 楽しそうだ

「俺 これ カッコいいと思う」
「俺 これ 欲しい!」を 形にした

「好きか」と いうだけなら
「感性」で いいでしょう
心に響くか どうかで 判断されるだろうと・・

徹底的に シンプルにこだわった
徹底的に デザインにこだわった
徹底的に ディテールにこだわった
この気持ちを 具現化した iPhone

最先端のマーケティングを 駆使して
「世の中の正解」を 求め続けた 携帯電話は
市場から 撤退していった スマホ時代の到来だった

携帯とiPhoneとの違いを 生んだ ひとつのこと
自分目線か? 他人目線か? 

携帯各社は 「正しい」と 言われている
マーケティング手法を 駆使して
世の中の 多くの人が 欲する 最大公約数 
世の中の人の「正解」を 製品化してきた

正解×正解   一見 大正解になりそうな予感だが
この組み合わせは 何処の会社も 同じ製品を作る 現象を生み

差別化できず 安売り競争の道へと はまり込んだ

かたや iPhoneは
スティーブ・ジョブズ たった1人の正解から
端を発した製品 ジョブズの美学を 形にした
そこに 他人の意見は なかった

そのiPhoneにも 陰りが指し初めた
スマホに とって変わる新しい製品が 出るには
もう少し 時間が 掛かりそうだが・・
「折りたたみスマホ」タブレットとスマホの融合
実用性と美しさを 兼ね備えている さて どうなるか?

失敗の責任を 取りたくないから
「安心・安全な製品」を 作り 好きを 隠す
「好き」を 表現する製品で モノ作りの可能性は 開花する

部分部分は それぞれうまく 組み合わさっているのだが
それが 全体として どのような 絵柄になるのか
想像できる者が 日本人に いなくなって しまった
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マホやネットより 人と人が 直接繋がる 肌触り

団塊人は スマホなどない時代に 青年期を 過ごした
一歩 外に出れば 相手とは 連絡が 取れない
駅の掲示板に 先に行くと 書き残したり
喫茶店で 待ち合わせれば 店に電話を かけ
待ち人を 呼び出してもらう
そんな方法しか なかった 

不便だったからこそ 感激することも あった
会いたい人と 約束の場所で 無事落ち合えた
そのときの嬉しさは 今も 忘れようが ない

〈手が好きで やがてすべてが 好きになる〉
「本当は 手じゃなく 声だったのよ」と ご本人

声は 教養や性格 生きざままで表す
話を聞くとき 相手の見た目や 話しぶり
何より 話の内容に 意識が向くが
声そのものに 耳を澄ましたら
その人の 本質に 近づけるかもしれない

土砂投入に抗議する 沖縄県民の 憤りの声
全米オープンで 優勝しながら 謝罪の言葉を口にした 

大坂なおみ選手の涙声
山中で 幼い子の小さな声を 聞き逃さなかった
ボランティア男性の朗らかな声

いろんな声を 聞いて 声音を憶えている

スマホから聞こえる声を 瞬時に聞き分ける
あなたの耳には どんな声が 残っているだろうか

メールで 用事を済ませることが 増えた
久しく 声を聞いていない友に 近々 電話をしてみようか
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士が スマホで 通話していると 
顔が 大きいせいか ガラケーのように 小さく見える

相撲は どうして「国技」なんだ
誰が 決めたんだ 法律で 定めているわけでも ないし
「国技館」で 催されるから 国技となったんだよ
また そんな いい加減なことを まったく もう・・

相撲のややこしさ 不思議は その大食いが 原点
あらゆる時代 文化 なんでも バリバリ食って吸収
したたかに 今日まで 生き延びてきた

相撲は 古くは「素舞(すまい)」
神に礼し 邪を払い 鬼を追う 舞踏だった
相撲の基本である 四股は 足で大地を 踏みつけて 
地下の邪鬼(醜=しこ)を 払う呪術
 
「素舞」を 舞う者は 神の媒体
巨大であれば 神が宿りやすいと 考えられた
ここに 力士の祖・チカラビトが 誕生する
かくして 相撲は「神事」と なった
 
「素舞」が「相撲」
「あいうつ」という格闘技に 変身するのは 必然だった
チカラビトは そのまま 強力な兵士と なるからだ
相撲の原型を 作り上げたのは 天皇家だった
日本を統一した 天皇家は 全国のチカラビトたちを集め
東西に分け 相撲をとらせた
 
彼らは まず 戦士姿で 登場するが
天皇の前で武装解除 ふんどし姿で 戦った
各地の神が宿った チカラビトたちの 服属儀式

相撲は 自ら勝手に 国技と名乗りはじめた
裕仁親王(後の昭和天皇)は
1925(大正14)年 大相撲を台覧し
その拝領金で 摂政杯が 謹製された
異形のチカラビトが 権威より正当性を 得た

チカラビト 力人の体を作り維持してきたのが 
力士ごはん「ちゃんこ」という 独特の食文化
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士が 食べる料理を 総称して「ちゃんこ」
「ちゃんこ」の語源には いくつかあって
ちゃんこの〈ちゃん〉は お父ちゃんで 親方
〈こ〉は 子で 弟子を 表してる

あらゆるスポーツ 格闘技において
「食生活」の充実は 不可欠 中でも
体重と体格が 強さに 直結する力士は
自然と大食漢になっていく しかし
嫌いな物を 無理やり食べても 箸は 進まない
口にする食材に 興味を持ち 調理を愛することも
力士の強さを 支える

食べるが 体を作ることである 力士
たくさん食べてもらうために 部屋のちゃんこは 工夫された
部屋ごとの味が 出汁に にじみ出ていて 興味深い



 

強豪力士が 育つ部屋には 必ずと いっていいほど
優秀な ちゃんこ長がいる 相撲は いま ひとつでも
ちゃんこの腕を買われ 尊敬を集めている
力士の強さとは 本人の資質だけでなく
毎日の食事を 気づかってくれる
環境が あってこそ 伸びていく

「ちゃんこ鍋」も 時代とともに変わってきた
親方の出身地によって 部屋の味が 決まる事もある
北海道出身者が多い部屋ならば 力士の家族から
北海道の名産が いろいろ送られてきて
鍋は もちろん 他に食べる料理にも 影響してくる

曙とか ハワイ出身の力士が 入ってくるようになって
「ちゃんこ」の具材も 外国力士に合わせ 試行錯誤
「ちゃんこ」に ソーセージを 入れる 画期的試み
魚肉ソーセージからは いい出汁が 出た

面白いのは〈イカのちゃんこ鍋〉
タレは マヨネーズのみ 煮上がったイカを
どんぶりに入れたマヨネーズに からめて食べる
不思議と マヨネーズの味が しない
乳化して クリームっぽくなって イカのうま味が
グンと引き立つ 不思議な おいしさだという
味が想像できないけど なんかうまそう

最近 はやっているのが〈相撲部屋の湯豆腐〉
普通の湯豆腐って ポン酢なんかで 食べるでしょ
卵の黄身に醤油とかつお節とネギを入れ それを 湯煎して 

少し固めた〈黄身ダレ〉に つけて食べる
これが なんとも 絶品!だと言う



 

力士は 美食家 ちゃんこの他
和食 中華 洋食 焼肉まで なーんでも 食べるが

力士それぞれ 食へのこだわりを 持っている
「琴バウアー」で 人気の 琴奨菊は 大の丼もの 好き
夜食用に 佐渡ヶ嶽部屋の名物・唐揚げを 使った
「唐揚げタルタル丼」が 琴奨菊用に 開発された

相撲界のグルメ王と呼ばれる存在が
二子山親方(元大関・雅山)
焼肉への情熱は とどまることを 知らない
常に 新しい美味しい店を チェックしている
焼肉愛は 本物 いつも 大関・豪栄道と ともに
焼肉屋めぐりを 楽しんでいる

豪栄道は  とにかく 肉しか食べない
「しゃべらないで 食べて! 
   火が どんどん入っちゃうから!」って・・ 

栄養補給には「生魚」も 重要視される
美味しく 生魚を食べられる 寿司
後援会や力士同士の交流でも 寿司は よく食べる

勢は ほとんど 東京の寿司屋には 足を運ばない
大阪にある 実家「すし家の繁」だけが 寿司だと 信じてる
勢に とって 寿司とは 自分が 頑張った ご褒美として
口にできる 食べ物
勢が 帰省する 一番の楽しみは 父の寿司であり
相撲を取る気力にも つながっている



 

白米が 口に合わなかった 外国人力士も いる
鳴戸親方(元大関・琴欧洲)は 来日直後
「ご飯の味が まったく 分からなかった」
牛乳を かけてかきこむなど 工夫を重ねてみるが
一向に 箸が進まない 見かねた佐渡ヶ嶽親方は
フランスパンを買ってきて 琴欧洲に 食べさせた
夢中で パンにかじりついた エピソードからは
師弟愛が 伝わってくる

日本食を 克服した 鳴戸親方の好物は
「日本のヨーグルト」故郷 ブルガリア製より 好み
 今は 白飯がないと はじまらないって ぐらい
お米好き 塩辛や納豆を ご飯の上に乗せて 食べるほど

力士は 朝ごはんは 食べず 昼と夜の1日2食
本場所が ない時は 稽古終わりの 昼ごはんは 鍋
夜は 焼き魚とご飯とか カレーライスとか
一般の家庭と 同じようなメニュー



 

本場所中は 夜も 鍋を食べる
土俵が終わって 親方が 帰ってきてから
夕飯時に 反省会がある「ちゃんこ」を 食べながら
その日の ダメ出しなど 親方から直接指導を受ける
部屋でのご飯は みんな 床に座って 食べるんですが
それは 親方が きちんと食べてるか
食卓全体を 見渡すためだとか・・



 

「本場所初日には 必ずあさりとトンカツを食べる
   “あっさり勝つ”のゲン担ぎです」(高安)
「名古屋場所で 必ず行くうな丼は 絶品です!」(嘉風)
「店員は 無愛想だし 店内は 汚いのに 
   通いたくなる洋食屋が あります」(豪栄道)
「貧乏時代に食べた 兄弟子の作ったチャーハンは
   本当に 美味しかった」(照ノ富士)
「カレーは 好きだけど カレーライスは NG
   カレーとライスは 別々に限ります」(千代丸)
「ちゃんこ長が つくった 唐揚げタルタルソースがけを
   丼にすると最高」(琴奨菊)

勝負めし 行きつけめし 思い出めし こだわりめしまで 

食にまつわる 力士めし

「ちゃんこ」の最後は 雑炊でシメ

 クリーミーな雑炊は 至福の味 ごっつぁんでした!