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           ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
              Last Life Shift In Davao Philippines


             フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                   「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
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も押しつまった
昨年 12月29日 ダバオの大地が 突然 

横に大きく揺れ 家が ミシッと 不気味な音を立てた
これ 唯事じゃないぞ 持ち出し袋を 身に引きつけた
初めて経験する この地での 大きな地震

震源は フィリピン南部 ミンダナオ島沖で M7
ダバオ湾を望む 海まで1分の所に住んでいる
海抜は 1mぐらいだ 津波を 怖れた
数分たって 津波警報が 解除された

1月7日には インドネシア付近
モルッカ海で M6.6の地震が 起きている
ともに フィリピン海プレートが 活発化
プレートの南端が 動いた 

昨年12月以降
南海トラフが 直接動いたとみられる揺れ
1月8日と9日の 種子島近海の地震は
同じく 南海トラフの端が 動いたもの
8日の方は M6.4と 規模が 大きかった
南海トラフの動きが 日に日に激しくなっている

1月3日に起こった 直下型の熊本地震 M5
南海トラフ地震のような プレート境界型の
巨大地震が 起こる前には 直下型地震が 頻発する

南海トラフは
「フィリピン海プレート」と
「ユーラシアプレート」が 接する
4000m下の海溝で もぐり込み 跳ね上がる
日本域では 駿河湾(静岡県)から
日向灘沖(宮崎県)にかけて 存在する
プレートは フィリピンにまで 続いている
 
大地震が来る事は 分かっていながら
みんな 何も 出来ないでいる
習い性で 日本人は まだ何とかなると
考える人が 少なくない

五輪で 騒いでいる 場合じゃ ないと 思うが

結局 ほらみろ 金まみれの招致 邪悪が 現れた
小さな五輪だって 呆れる 国民が なめられている
新国立競技場 この巨大な円形競技場
見ると まるで コロッセオです
2千年前のローマ人が 見たら 驚いただろう
完成後の維持費 毎年  数十億円以上 全て税金
五輪経費の大膨張

開閉会式 二日間のこと 東京ドームで いい
収容人員が? 五輪は 経済の祭典か
金儲けしか 考えていないから 全てが ゆがむ
お・も・て・な・し 五輪 金まみれの うそくささ

政府が 地震危機に対策できないので あれば
自分の身は 自分で 守るしか ない
キャラメルは 非常食 力尽きても 1粒あれば

そこから 300メートル分は 前に 進めるはずです
いざというとき 助け合いは大切だけれど

人を助けるにも 自分を 自分でなんとかしなくては

するってぇと 何かい?
日本が 大地震に見舞われれば
海外に住む 我々の年金振込も停滞するってか
日本ごとだけでは 済まされないって ことか

地球のひずみに 生きていれば 同じ危機に巡り会う

ごきげんよう 
みなさんの心と躰 お変わりありませんか
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
過去の yahooブログのアドレスは 以下です 
https://blogs.yahoo.co.jp/konobukonobu2000/18642110.html  
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め人の 頃は
稼いだ金の多くが お酒に消えていた
2、3軒飲み歩く はしご酒 
週に3、4回 繰り返していた時期も あった

「どうしても まっすぐ家に帰りたくない日」

とにかく このまま 家に帰りたくない
そんな時は ちょっとだけ どこかに寄って
一息つく そんな日が あるもんです

その「どこか」は 日によって違っていた
バーだったり 古本屋だったり 雑貨店だったり
いろいろだけれど 共通しているのは
ちょっと「どよん」とした 時間が 

ゆっくり流れているような 場所

今は ダバオに住む 隠居ジジイだが
やはり たまに そういう時が ある

用があって 外出し すべての用事が 済んだ
でも このまま すぐには 帰りたくない
どこかで 少しだけ クールダウンしたい
そう思って この辺りで どこか ないかな と 

とぼとぼ歩きながら 探した

街は 夜だというのに キラキラしていた
ご飯屋から 漏れてくる声に 安らいだ

ホッと息抜きができて なごめる場所
酒呑みの 勘働きがあれば 見つかる
どれ おそる おそる店に入って 座ってみる

 

お邪魔するよ

すると どこからか 声が聞こえてくるのだ

あんた 姿勢悪いね ホラ ちゃんと背筋伸ばして
60代半ばか 後半にも見える おばさんが いた

よけいな おせわだ ババア

まさか ここで 煙草吸おうなんて
思って ないだろうね? 

ここで 飲食しても いいことになってるけど
飲み物は ビールだけしかないけど 飲むかい
食べ物は うちの商業施設で 買ったものなら 許す
食べかす こぼさないで ゴミは 持ち帰ってね

こうるせえ ババアだな 子供扱いかよ

ショートの白髪 口には赤い紅
若いころは さぞモテたであろう
恐る恐る年を尋ねると「70も 半ばよ」と きた
いやいや これは お若い
そんな人に 出迎えてもらいたいんだよ

どうにも 居心地が 悪いぜ
結局 五分と座っていられず
こそこそと 離れてしまう

そんな ピッカピカの 商業施設の 一画にも
ひっそり してるところが あったりする
ちょっと 奥まった場所で
周囲からは 目隠しされたように なっていて
やはり「どよん」と 停滞した空気が 流れてる
「へえ いい クスミじゃないか」と
感心させられるような 店が あった



 

サクっと 食べて飲んで 
仲間が 一緒なら 腹を割って話してという
そんな 使い勝手の店 飲み助には 当然必要
そこには 居眠りしているジジイや
ペットボトル片手に 悩み事 相談をしている
女の子が いたり・・
いやいやと言いながら つい三杯 四杯と
飲んでしまう まさに そんな店



 

人に「ここに居てほしい」と 考える店と
人が「ここに居てもいい」と 感じる店とは 別だ

「居てもいい」と 感じる店は
なんとなく どこからともなく 人が 集まってきて
つい長居してしまう 世間の目を 気にせずに済む


ちょっと 隠れ家っぽい店
古くからある 車の入れない 狭い横丁なぞは
その最たるものだ そういう店には
時間の蓄積がある 人々の営みの歴史がある

人気のあった居酒屋が 新しい店舗に移ったら
雰囲気も味も 変わってしまい 客が 来なくなった
よく聞く話しだ 人は やはり特定の店に 
時間の蓄積や 土地の記憶を 求めている

このごろでは 最初から人が 集まることを
目論んで あえて新設の「横丁」なんかも
作られていると 言うんだ けれど
「こういうのが 好きなんでしょ」と いう
下卑た狙いが 透けて見えてしまう 
作為を感じる店に 人は敏感だ
流行らない店は そんなところだ
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天荒な生き方に 憧れたりもした
ジゴロになりたい と 夢見たり

めちゃくちゃ お金を使っていた 時は
お金が あって それを 好きに使うことこそが
自由だと 思い込んでいた

ところが お金が なくても やっていけると
こっちのほうが よっぽど 自由で

自由であることの 解放性を 知ってしまう
いつの間にか お金への しがみつきとは 違う
ステージに 突然 立っていて
調子に乗って 会社も早期退職 辞めていた

自分の心の声に 沿うことで

行動が 規制されなくなり 楽しくなる

そんな状態が 幸せなのかなと思う

お金のない日々を 経験すると
安定した暮らしが できるっていうことが
大事っていうか かけがえのないこと になる

破天荒なものに憧れる 性分ですが
それを防ぐ 何かが 作られていった

「飯が食えて 暖かいところで寝られたら それで幸せ」
10年以上も前 ダバオで ひとり暮らしを 始めた

異国に暮らす人なら よく分かると思います
座学だけを 続けてきた インテリよりも
異国では 何十倍も 人間力を 必要とされる
その 自分の生き方に 納得できるかどうか・・
そして 自分の生き方を 自分で 否定しない


小庭のある 平屋の貸家 家賃2万円 
2寝室 バス トイレ 台所のドアを隔てて 居間
テレビ 長椅子 食卓だけを 置いている

 

網戸があり ドアーも窓も 開けっぱなし
部屋にいながら 自然と一体 自然空調 深呼吸 
長椅子に座って ぼーっと することが 多い
心と身体を 休められる家 心を圧し潰さない場所

本が 積まれたスペース以外は 片付いている
台所は 広い「料理は するほう」だから きれい
命をつなぐ食 現地の材料で 和食の生活
ご飯は 3合炊く 1合で炊くより おいしい
ご飯も おかずも 一度に 二三人前 作り
タッパーに小分けして 冷蔵庫 冷凍庫に保存

ごみ箱の中身が 少量でも 
ごみ収集日には ごみを 必ず 出している

靴は 3足 部屋着は 古着屋で調達
外出着だけは 新品を揃えている
身なりを 清潔に保つ 清潔でない人は
人が 信用してくれませんからね
 
ケチだ ということも あって
モノは 一度使い始めたら できる限り 活かして
最後まで使い切って 終了「始末」させてあげる

ふきん 4枚を 交代で使う 
破れれば 雑巾になってもらう
ボロボロになるまで 働いてもらい
双方納得のうえ お別れする
モノは 使い切らねば 全うできない
人だって 生ききらねば 成仏できない

少なくした 台所道具 だって 
そのモノがある場所 モノが 置かれる場所
道具として 活かされない場所に あったら
うっとうしいだけで 探しモノ時間も 増える

自然 モノを持たない 買わない生活
部屋が すっきりして 掃除も簡単 
なにより 気持ちが せいせいして いられる
30年後の人が この記事を 読んだら
なに 普通のこといってんの?と言うに 違いない

ダバオに 引っ越し業者など ない
いつでも 身軽に 引っ越しできるために
生活に最低限のモノだけで 暮らせば 便利

超最低限のモノで 暮らす というと
ストイックと 思われるかもしれないが
そんな 大変なもんじゃなく むしろ 楽

全力で取り組む生活は 無理だから
『何を 大事にするか』優先順位を つける 

年を とるにつれて
行動も暮らし方も おのずと変わっていく
『いま』を 暮らしやすいように 整えていく

日常生活において ドラマで よくあるような
劇的な展開が 起こることは そうそうない
すぐに 忘れてしまうような  世間のニュースに 
一喜一憂したり 牛久の英雄 稀勢引退残念とか 
子どもの頃の思い出を 懐かしんだり
何も変わらない 日常を 過ごしている



 

家の前で 大家のおばあさんに会ったので
『こんにちは』って 挨拶して
土産で 頂いた ふりかけが あったから
あげたんです

そしたら 大家さんは
私には あなたに あげられるものが ないから
今度 うちに来たら 娘に料理をつくらせるって

『また 遊びに行きます』って ごまかした

これまで『この子なら』と 思う女も いた
ところが なぜか みんなダメになる 
理由は わかっている

本当の独りを 知った

自分は ひとりである ということ
テレビを つけなきゃ 全くの無音
一人ぽっちで 生活する者に 必要なもの
それは 艶歌 演歌 縁歌
島津亜矢 おまえも がんばれよ

あなたにとって 理想の暮らしとは? 
もし そんな事 聞く人が いたら

ジジイである できるだけ 単純に暮らす
人は 価値観が 違います それぞれ ですが
「心 豊かな生活」への フルモデル・チェンジ

二度と やってこない 今日という 一日
だから 何かをしなくちゃ いけない と言う事 じゃない
ぼ〜ッと 過ごしたって いとおしい
何もしないで 過ごすことの 豊かさだって ある

今の暮らしが まあまあ理想の暮らしです
平熱の恋 笑顔の女が 傍に はべってくれて
一緒に料理し 一緒に飲み食べ笑う 眠くなり 寝る
そうなれば 最高の暮らしです と 強弁できる

誰かを 幸せにするために 生きていれば 
誰かの役に 立てるかもしれない
女・子供が 不安がっているときは
『大丈夫だ』と 言ってやる

こうしないと いけないと 思い込んでたものを

いざやめると 大丈夫だって 気づく 強さがある

自分が 納得できる生き方
その納得を どう得るかという 事で あって
お金で得たい人は 金持ちを 目指せばいいし
そうじゃないところで 得たければ 
そっちで 得れば いい

私達は やったことより
やらなかったことを 強く後悔しています

自分は 飯が食えて 暖かいところで 寝られたら
それで いい さらに お酒が 飲めたら 言う事無い
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1月 悪くない 強い季節風が 吹き渡る
二日間 曇り空が 広がった 
涼しいを通り越し 肌寒い ダバオ
昨夜は 雨が降ったのだろうか
地面は ジワっと濡れていた

南の島には 青い海 青い空が やっぱり よく似合う
日本に帰ると その景色は 灰色一色

今年も 自らの老いと 向き合う綴り
健康 金 孤独への 不安や焦燥が 集約される
そんな 1年が また 始った

神経質に 健康 健康と 大騒ぎするよりも
ほどほどに 元気 という状態と 笑い合い
手をつなぎながら 歩くみたいな感じが いい

シルバー川柳に
「朝起きて 調子いいから 医者に行く」って
こうこなくっちや いいよ すごく いい 

機能障害が起き いままで 出来た事が
出来なくなる その事のほうが 
命が なくなるより 辛い 
生活の質が 落ちれば 気力もなえる
いつ死んでもいいが 今日で なくても いい

少子高齢化に あえぎながら 没落していく 
かつての 経済大国 日本

「生涯現役社会」悪魔の標語は
長生きしても 生活のために 働き続けねばならない
暗い 現実社会を 指している  切なく 辛く 重い
社会が うば捨て山のようで 情けない 悔しいよね
それは 希望や納得に 基づくものでは ないからです
団塊の仲間が 安く使われ 使いつぶされ 死んでいく

好まないのに 働かざるを得ない 高齢者
少子高齢化は 国家の危機 
既に 80年前から 予想されていたこと
対策は 先送りされ続け 現実になった
自分に できることが あるとも思えない
自分の人生に どう 関係が あるのか
わからないまま ダバオに住んでいる

社会は 悪い方に どんどん変わっていく
福祉制度も なかなか 充実しない
その ひずみに 高齢者は 生きなければ ならない

家も持てずに 職場近くで
車のバンで生活する「バンライフ」
そんな 高齢者の話しも 聞こえてくる
お金が欲しいから 時給が 低くても 働く
その職場も 外国の若い人に 奪われた

年齢なんて ただの記号よ と 強がり
年を 取るって いったって 
得体のしれない 化け物に なるわけでは ない 
何者でも ない 自分だよ 自分 そのまんま
だから 何も 怖がったり しなくて いい

だがなぁ〜  そう言われても 笑顔が でない

奥さんが 他界され
家に1人・・ 夕食は いつも駅前になった
そんな 団塊人が どんどん増えて いるのかも
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が へった
あれだ〜 カレー
ヨシ 今晩メシは カツカレー
バターライスと合わせ ごちそうを食べる



 

トンカツが 揚がる 小気味良い音を つまみに
台所で ビールを ぐいっと 飲み干す
一口カツは 揚げたてに 塩を振りかけて
前歯で ハフハフ スッとかみ切る
肉汁があふれ 豚肉の甘味を 塩が引き立てる



 

さらに 冷酒を 取り出して 深い酔いを 楽しむ

たっぷりのタマネギ
ニンジンとジャガイモの みじん切り
ニンニク ショウガ 香味野菜と合わせて炒め
煮込み充分となれば 市販のルーで のばす

カレーは 耐熱鍋に入れて
最後まで 熱々のまま 食べられるようにした
ぐつぐつと 煮立ったまま アッチ チッチ 郷ひろみ
食卓に運んだ カレーは 辛さ控えめ
野菜の甘みとコクで 豊潤に なってる はず



 

脂身の甘みが強い 豚のカツ
かんだ瞬間は サクサクで
その後に うまみが 口の中に 広がってくる
舌が 久しぶりだと よろこんでいる

カレーを 目の前に サラダを食べる
バランスを 大切にしながら うまい うまいって
無敵の味わいで 食べる人は 元気になれる
そんな 一石二鳥のカレーに ひとり ほっこり
うまかった 恐るべし カツカレー

バターライスは カレーの旨味を 引き上げる
健康のことを 考えれば やり過ぎだった



 

年齢を重ねても 寝たきりは 御免
いつまでも おいしいと思えるものを
口からたべたいと 誰もが 願う
好きなものを 好きなだけ食らう
「健康なとき」は より 健康に
「体調不良のときは」元気になる 手助け
疲れ気味の心身を よみがえらせる 医食



 

そして もう一鳥 余分のカレーは 
のちに カレー蕎麦に変身
カツは つゆだくカツ丼に 衣装替え 
胃袋の万歳三唱