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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines
フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語

「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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政府は「人生100年時代」とか
「高齢者が 活躍する社会」とか
耳当たりのいいことを 言っているが
みんなが 何かしら 安心できない老後に
イライラしている
高齢者を ないがしろにする
荒廃した 人間関係とモラル
まず なんとか すべきことは
「老人を敬う」ことじゃないか
この事に 予算は いらないのだから
殺気立つ通勤時間 少年から中年まで
他人なんぞ 眼中にないが ごとき 車内の態度
スマホ片手に 自分の世界にのめり込んでいる若者
混雑の中 大きなリュックサックを背負って
ズンズン人を押し分け 中に潜り込むサラリーマン
昼下がりの車内では 高齢のおばあさんが
杖を持って 布袋を片手に 立っていたのに
「優先席」シートの 若者は
マンガを 読みふけって 席を譲ろうとしなかった
それは 全く知らない 他人だから 無視できた?
本気なら 大きく「老人席」と 表示して
優先されるべき象徴として 文字を使い
合わせ 弱い人たちのことを 認識させるのが いい
いや そもそも 高齢者を 敬う気持ちがあれば
全シートが「優先席」の はずで
年寄りが 乗ってきたら 若者は
スッと立ち上がって 席を譲るのが 敬意だ
それを 培ってきたのが 日本人の品位だろ
威張るなよ 年寄り そう言いたいんだろ
品位を失くした人間は 日本人じゃないよ
懐古趣味だと 品位など 関係ないと言うか
それを 関係ない事だと 言うことになれば
世界を相手に 突っ張らなければならなくなる
裸の経済国 それで 闘って 日本は 勝てるか
あらゆるもの
生活に至るまでの科学化 合理化が なされた
戦後 米国の持ち込んだ 合理主義のおかげで
日本人の美徳が 消えた様な 言い方をする
けれど そうじゃない
みんなが『楽だ 楽したい』が 大きいと思う
何も 考えないのは『楽』なんでしょう
日本では「公共性」を 維持することに
失敗したと 指摘されている
日本だけじゃ ないですけども・・ね
自由や平等 他者への敬意に裏打ちされる
民主主義というシステム 奇奇麗毎では
ことが 治まらなくなってきた
内政に専念 する年だろう
先に 見える日本の絵姿は
「成長を 放棄した日本」では なく
「人にやさしく 環境にやさしく 地方にやさしい」
全く新しい 成長の姿を見せる 夢の国日本に ならないと
そこに向かうのが 真面な方向だろう
新年を迎えて そんなことを考えると
少しは 明るい気持ちに なれるのだが
若い世代は とても賢明だということに
ワクワクしますね 大いに 刺激も 受けている
もちろん 自分も そのなかに入っていますよ
ごきげんよう
みなさんの心と躰 お変わりありませんか
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
過去の yahooブログのアドレスは 以下です
https://blogs.yahoo.co.jp/konobukonobu2000/18642110.html
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「おはようございます」
「こんにちは」という 代わりに
「ごきげんよう」と 挨拶している
いつも 機嫌よくしていることが
相手を気遣うマナーだと 思って
上機嫌に 振る舞おうとすることは
それをする人にとっても 大きな力となる
どんなに 疲れていても ニッコリ微笑むことを
心掛けてみれば 沈んでいたエネルギーが
自ずと 高まってくる
笑っている人が ダバオには 多い
東京に帰ってみると
街中を 歩きながら 笑っている人が
少ないのに 気付きます
ダバオで暮らす 理由のひとつに
細胞を 入れ替える 身体の修復です
東京での生活や仕事で 何かが 壊れてしまって
それを 修復させるため と 笑顔で答えている
70歳まで 働けるようになって よかったですね
安倍総理 あなた バカなこと 言っちゃいけないよ
みんなが 望んでいないことばかりを 進めちゃ だめ
60歳定年にしました 長い間 ご苦労様でした
お金を たっぷり使って頂いて
存分に 余生を 遊び暮らして下さい
そんな 日本社会にするのが あなたの役目だろ
正月気分を まだ 味わいたくて
小粋にお洒落した 旦那が
ほろ酔いで 寄席に行く 隠居の特権
ジイ様たちが 頷いたり 笑ったり
黒豆を こっそりつまむ話など
いかにも 新年らしい 江戸庶民の風物
江戸の旦那衆が 猪鍋を食う話だったり
火の用心の 夜回りをする合間に
こっそり酒を飲み 鍋を煮る
一膳しかない箸で 順番につつく様子が
また うまそう・・
そんな 平和で 老後不安の無い世の中に しておくれ
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その店「O」は 神田にあった
現役の頃 冬場に訪問回数が 増えたものだ
カキフライとカキのソテーが 一緒になった
「カキミックス」なる メニューが たまらない
時代を醸す 小体な店で オヤジさんも また 老いた
閉店するということも あって 客で混雑する中
昼の11時ごろから 30分近く並んだのを 想い出す
もう食べられない 後悔したくなかったからね
行列 日本では お馴染みの光景だが
ダバオで 行列のできる 評判の店?
そんなの知らないし 無いんじゃないか
あ! エコラン・SMモール内の
しゃぶしゃぶ 食い放題の店では
店外で 待つ人たちが いた
あれは 従業員の客さばきが 下手で
ただ 無意味に 外で待たされていた だけ
今年も「おいしい」「楽しい」
「気持ちいい」時間を 見つけていきたい
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水道料金を払い終え ガツンと 腹が減った
いい雰囲気に 賑(にぎ)わう 店内
好的店主のいる 店からは
笑顔と美味しさが 溢(あふ)れてくる
席に着けば 小皿たちが 勢揃いする
突き出しといえども 手を抜かない
「うまいものを 食わせてやる」
意気込みと探究心を ヨシ来いと
箸を 伸ばす 冷たいビールで 口を洗う
店の名刺替わりの 小皿たち
この 酒のお供だけで 飲み助には 充分・・
そう ここは たまに通う 韓国料理店
メインが来るまでの時間 退屈させない
ビールと小皿の前菜宴 舌が喜び 大狂乱舞
いくつかある 今日のおすすめ
どれも 誰もが 好きな ごはん お替わりの料理
いつ来てくれても うまいもので
客のお腹を 満腹にして あげたい
食事の時間を 満足させたい
好的店主の 客への思いやり
店と客 口福な時間が 共振している
ダバオ市内は さほど 広くない
名だたる国の 料理店がある 中華は 無論
イタリアンもしかり フレンチだって
シーフードを使った
回転寿司が できたら 素晴らしい
何回か 下見して 心待ちにしていた
レーンも整い 開店までの 準備が 全て整った
ところが 何故か 開店しないまま 閉店
そんな 残念な寿司屋が あった
満喫している 韓国料理店だが
この店の名は 読めない ハングル文字
MATINA アテネオ校舎 並びのビル1階
いつも ニッコリ迎えてくれる 好的店主
70半ばだろう 白髪で 長身の韓国人紳士
日本人と間違える 日本語を ペラペラ喋る
今日は 何にしようかと
メニューを開くのは 毎度の楽しみ
これなに 中華?
従業員 分かりません
「麺皮」は
幅広麺を 大きくカットして 揚げて
スパイスと塩を まぶしたもの
開胃には もってこいの 一品です と 好的店主
これが あったら
その日は 幸運のはじまりと 言います
そして 叉 メニューを いったり きたり
食べたいものが 多く
外せない皿も いくつかあって 迷い皿
細く切ったじゃがいもを 酢で さっと炒め
ごま油と唐辛子の香りを効かせた 一皿
季節はじめの 若いタケノコのような食感で
淡く瑞々(みずみず)しい 風味は
ビールと相思相愛 頬(ほお)が 張る
もうひとつ 注文したのが
そば粉の入った麺 夏の家庭料理だそう
茹でて 水にさらした そば粉入り麺
つるっと しているけれど
噛み切ると小麦粉だけの麺とは 違い
口の中で ほぐれるのが 早く
その際に そば粉が ほのかに香る
そこに 唐辛子と白胡麻の香ばしい香り
葱と酢が 相まって いつだって 食べたい 一品
最後に ご飯が 食べたいと言ったら
メニユーには ないけれど
豚キムチチャーハン よかったら?
賄い飯なのだろうか
「夏向き」の チャーハンだと言う
辛いですが 健康に良い
南国のの暑さにも勝つ 元気が 出ますよ
「豚キムチチャーハン」いいじゃないか
ほんのり赤く きれいで
ピリ辛の奥地 キムチの香りが・・
想像したら 腹を「ぐーぐー」いわせた
キムチの旨味は ごはんに移植され
旨味高い 美味しさに 変わっていくのだろう
キムチの「乳酸菌」が やさしい
そして 唐辛子の「カプサイシン」が ガツン
免疫力が ぐんぐん
待ってました パラりフワッが 来ました
ひとくち ほうばる ニンニクが 効いてる
納得 これを食えば 暑さに勝てる
勝手にシンドバッド 初顔合わせ 虜になった
ダバオ アレンジの韓国料理たち
南の島で 内陸の味を楽しめた
これも ダバオの魅力のひとつ
あ〜 食った 飲んだ ご馳走様
個人経営の料理店で
従業員に 任せっきりの店
好的店主が 目配りしない店は
いつしか廃れ 閉店しているのが
ここ ダバオの 常
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人が 定期的に通えるのは
25箇所までしかない という
家や食事をする場所など
いろんな場所を含めての 25箇所
新しい場所が 出てくると
25箇所のリストから 削除して
追加される ということなのだとか
商売をする人からすれば その25箇所に
いかにして 自分の店を 入れてもらうかが
肝になってくる
自分も いくつかのお店に 定期的に通う
飲食店だったり 物販店だったり
お店の形態や扱っている商品は 様々ですが
頻度の差こそあれ 無意識的に通ってしまう
「なんとなく」その店に 行く
でも 必ず 何かしらの理由は 眠っています
「家から近い」のような 単純な理由もある
顧客がいなければ 店は 立ち行かなくなる
常連顧客に なってもらうためには
もう一度 足を運ぶだけの 理由が
客に なければ ならない
店主やスタッフが 快く迎えてくれる
必ず 新しい商品やメニューが ある
自分の顔を見たら 気づいてくれる
静かで 居心地が 良い
など 相応の理由が 見えてくる
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快適な天気の中に そよ風を感じ
キラキラとした太陽の恵みが こぼれてくる
BBQの香りを 楽しみながら ワインを飲み
小さな庭を 眺めている
ダバオで 何もしないで 過ごせば 感じる
日陰の木漏れ日とそよ風
酒と女 ブルース・ジャズ
大切な人との安心した時間
行うのは ただ ただ生きるための活動だけ
自然を感じるだけ 食事だけ 寝るだけ
安心感を得るだけでも 幸せな事ですが
これらが 同時に 幾重にも折り重なった
ハーモニーを「何もしない」と言う ことで
しっかりと 享受できたら・・
得も言われぬ 心持ちにつながった
これこそ ジジイたちの 南の島での 余生休暇
カツカツの生活から 抜け出したいとも思う
べつに お金が たくさん欲しいわけでは ない
自分は 十分しあわせだ
それ以上 望まない そう思えれば 早いのに
人間とは どうして そう なれないんでしょうか
自分は 頑固 軽々しい時代の風潮に流されず
独自に定めた 老後の頂の高みを ひたすら目指す
でも 始末におえない 普通のジジイでありたい
共振してくれる方が いるかもしれない




