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ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
               Last Life Shift In Davao Philippines


             フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
                   「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  
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つもと 同じ時間に 目が覚めると
昨日 刈り込んだ芝が まるで緑青を 吹きかたよう
おまけに青空 なんという光! 新年の朝
ダバオに もっとも いい風が 吹く 1月
自分は 朝から 酔っぱらい
風が 体をなぶる もう この風 以外
なんにもいらない そんな気分に させる

2018年は
国を動かす人たちが 繰り返し ウソをつき
国民からの問いかけに 答えず はぐらかし
やがて 世間が 忘れてくれるのを 待つ
そんな 態度を 何度も見てきた

そうした 政治家や官僚の様子を 見て
「そういうもんでしょ」
隠し事くらい あるんじゃないですか・・
そんな〜 ダメだ 善悪に 鈍感になってしまえば
彼らの悪事に 加担したに 等しくなる

若きも お年寄りも 
日本中 みんなが イライラしている
普段なら 我慢できることが 我慢出来ない 

喧嘩や悲惨な事件を 引き起こす

何事にも とらわれ過ぎず
自然なままに生きる『無為自然』

現実は 汚く見えるもの
そんなものに 嫌悪を示すより
善と悪の間に「仕方ないが」ある  いいか・・
だから 他人より 自分の事に集中しろ
自分の結果を 出す事に 専念したほうが いい
となる 

はたして それじゃ 世の中 治まらない だろ

あらゆるものが 汚く見える現実を
「そんなもの」と 片付けずに 
食らいついていく人に 救われている

家族も家も想い出の日々も 一夜で なくした
そんな経験をすれば 人間 どうかなってしまう
被災された お年寄たちは まだ 暗黒の中に居る 
苦しいだろう 辛いだろう 泣いただろう
悪い事なんかしてない 自分が なんで 神様

予期しない 悲惨な できごとに 
打ち勝つような 強さ 人間は 兼ね備えていない
悲しみは 悲しみのまま
悲惨さは 悲惨さのまま
被災者らの生活に 存在し続ける

これからを 生きる希望なんか 持てない
現実を認め 進むしかないのだろうが
「再び生きる」道のりを 
前に 進むことは むずかしい



 

お雑煮 食べられた だろうか
身を粉にして 支援に働いてくれる 人々
地元議員は 被災者の家を 訪ねているか

人間的な観点を 封じて しまうと
社会内のまとまりが 崩れ
その構造が「脆(もろ)く 不安定に」なる

景気の問題の方が
優先 重視されている現状を 見るにつけ
政治家たちの想像力の欠如に 落胆している

東京から 離れて生活して
自分には 何も出来ないから
せめて 被災者の気持ちを 忘れず 
心配りだけは いつも 持ち続けていたい

ごきげんよう 
みなさんの心と躰 お変わりありませんか
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
過去の yahooブログのアドレスは 以下です 

https://blogs.yahoo.co.jp/konobukonobu2000/18642110.html  
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の子に 叱られたい!

「ボ〜っと 生きてんじゃねー!」と 一喝

でも 19年・・
そんなに ボ〜っと 生きられるのだろうか

身辺が 不安で ボーッと生きられない
未来に 不可避が 待ち受ける
それが やってくると わかっていながら
人々は 災難を 避けることが できない

西日本を豪雨が襲い 大阪や北海道の大地が揺れ
尊い命が 奪われた 南海トラフは いつ動くのか
首都直下は いつなのか といった 不安は 尽きない
やはり 怖いのは 地震

現実の社会で
フィクションを 上回る災害が 起こることは
十分に 考えられる 生きることは 儚いものなのか
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めどなく 流れ去りゆく 暮らしを 振り返り
シャンと 背を伸ばして 歩いてゆこうと
前を向く 大切な“折り目” が「お正月の値打ち」

正月の空から消えた 凧(たこ)揚げの光景
寅さん映画の中に 青空に舞う 奴凧を 見て
懐かしさで 胸がいっぱいになる人も いるだろう

凧 コマ 羽根つき すごろく
消えて久しい  かつての 正月の遊び
福笑い 輪郭だけ描いた「おたふく」も
いつのころからか 消えていった

いつもと 違う思いで 違うものを食べ
余所行きの言葉でメール 新年の挨拶した 後
とくにすることが ないのは いつもと 同じ
「ヒネクレ」て 普段どおりにする

 

フィリピン人も 何事も 無かったように
二日には いつもの 世間に戻っていた

時間に ケジメを つけようとすることも
ケジメを つけないで いようとすることも
どちらにしても やっかいなことだ

「今 何時?」

「そうね だいたいね」という 掛け合い

紅白 有無を言わさぬ力技「サザン サスガ!」
バカ騒ぎの時だけ 何もかも 忘れていた
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つも ぼんやり うつら うつらしている
夢と現(うつつ)の間を 行き来しながら
若き日に帰ったり 幻想の世界を
自由に 動き回ったり している

異国での暮らしの 細々したこと
一生の間の ほんの束の間の時間
南の島で 自分は 自由でいられる

自由も大変 ひとりで 生きる
内部からの 襲撃にたいして 衝撃を弱める 
クッションの 何ひとつ ないこと

「一人暮らしだと 気が病む」

「好きな人と 会うのも
   定期的に入れないと 死ぬ」

愛され いたわられていると感じる
昂揚した日も あれば 気分が 沈んで 
ベッドから 這い出せない 日も ある

かっと しながら かんしゃくの発作は
狂気や 病気への安全弁では なかろうか
そんな事を 考えたりも・・

喜びも悲しみも 色濃い
乾いて 小さくなっていく 体
今も 時折 うなされる 
鮮烈な過去が 刻まれている

心の嵐が どんなに 辛かろうと
その嵐は 真実を たくわえている
時には 気持ちのふさぎに ただ耐えて
それが 明るみに出てくるのを じっと待つ
気が 要求するものを 見つめるほかは ない

抑鬱の原因よりも それに 耐えて生きるため
この勁(つよ)い 孤独な こころと
真のコミュニオンを 持ちたいとも 思う

やっぱり 自分で 自分を 励ますしかない

「おまえ 何やってんだ
   そんな 暗い顔してる場合じゃ ないだろ」
南の島で おまえは 恵まれてるんだ
大丈夫 絶対大丈夫だから 笑え 笑え 笑えって

そうやって 自分を 勇気づけ続けて いると
だんだん そういう 自分になっていくんですね
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をとることは 思慮が 豊穣なること
深く 自分を 愛でることが できること
自然に 身をゆだねる自由を 得ること

七十を越した歳である 自分を 労り
いまだに生きて 夢だの 恋だのと関わりあい
心のバランスも保ち まだ まだ
生きるを 感じとっている

だがね ヤル気は 削がれ
肉体的な凋落の いくつかは
気にならないことも ないけれど
付き合って みれば 気にならない
自然体で 受け入れるしか ないものだから

自分の生き方なんて 小さいもんなんです
「なりゆきに」任せている
身の丈に合った 生活をしていれば 無事
関わる人びとと 利害関係を 持たない
利害関係で 物事を考えると
どこかで 不純になってしまう
嫉妬 高望みしないも 一緒



 

元号が 新しくなるからといって
あるべき 人間の姿が 国が 変わるわけではない

日本も老いた
もはや アジアで 抜きんでて 豊かな国ではない

企業の 高収益の一方で
「品質不正」が 相次ぎ
経済の基礎体力をあらわす 潜在成長率も 

大きくは 上がっていない

現政権は 様々な「成長戦略」を掲げてきた
だが 新産業の創出や 生産性の向上は
市場の競争のなかで
個々の企業が 達成するのが 基本
一国での 計画経済が 成り立つかのように
過剰な期待を寄せても 空回り しかねない

政府の役割は 民間経済の足場を 整えることだ
その際 重視すべきは 経済の基盤となり
経済活動を通じて目指す「社会のあり方」

経済を 外に開くからこそ
どんな社会を つくるかという

構想力が 一段と求められている

内を見れば お百姓が 一番偉い

腹いっぱい ご飯を食べさせてくれるんだから

そこに 笑顔が こぼれている

茶碗に 米粒なんか 残せば 罰が当たる

生き方って 問われれば 小さく生きる
老いて 健康で 生きてるだけ だからなあ
でも それこそが 代え難く しみじみ 有り難い

今となっては
明日も 朝に目が 覚めれば いいなって
ほら 人間って 目が 覚めてみないと
何も わからないでしょ
目が覚めてみて 生きてることを 実感してる

「長く生きる」のが 目的ではない
「よく生きる」のが 目的なのです



 

現在と過去が 現実と幻想が そして老人と南国
世界が混然でも 19年を 最後まで 懸命に生き切りたい


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