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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines

フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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「自分の時間と お金は 自分のために使う」
年頭の 題目だった
若い頃から 人間として弱く 愚かだった 過去
弱い自分も どんと来い 完璧じゃなくて いい
いつしか このままでいい このままでいこう
生きていれば 苦難や葛藤は 付きものだもの
そんな場面に 直面したとき
自他を傷付けず 打開策を図ることが 大切だとし
結局 それで 競争からも 脱落していった
孤独と苦悩 自分らしく生きる
自分を 成し遂げる そのよりどころは 何か
他人から どう見られているかは 気にならない
そして 日常と向き合ってきた 鮮明な事実
極めて「私的」な 行為
人間が「苦悩する 姿の美しさ」も 知った
人間には そんな 普遍的な 魅力がある
人に やさしくしたい
でも ときどき そんな事に 目をつぶっちゃって
自分のことだけ 考えてる
「あいつ やさしい人間だった よな」
そう思って もらえるような 他人への添いかた
例えば 女の人が
どんどん やさしく なって いったときに
すごく 色っぽい女に なるんだろうな と思う
自分のためには 一人のほうが むしろ 気楽
「人は 独りで死ぬ」と 実感できれば
しっかり 生きられる
死ぬまでに 美しくなりたい
執着を 一切捨てた中で
地上に すぽーんと いて
肩の力が すっと抜けて
存在そのものが
人が 見た時に はっと息を飲むような
人間に なりたい 形に出てくるものでは なくて
心の器量
特別な日 クリスマスが 終わった
「クリスマスは イエス様が いつ 再び
私たちの元に 戻ってこられても
私たちは 準備できています」と 祈る日です
フィリピンの司祭が 諭した
カトリック教徒にとって
ミサに出るのは 当たり前のこと
神様に 何かを お願いする
そのために 祈るのでは ない
健康で いられたこと 家族が みんな 元気なことを
神様に 感謝しているのです
そう フィリピン人に 教えられた
年末になると 日本での記憶が 鮮明になる
そばが 恋しくなるのは 日本人の さが
店内で ほんの少し 後ろめたさを 感じながら
昼酒を 飲む 天ぷらを揚げる音を つまみに・・
まず ビールを頼む ぐいっと 飲み干して
そばが 運ばれてくると 冷酒を 注文する
深い酔いを 楽しむため
料理には ほとんど手をつけない
板わさ 焼きのりを ちょっとつまんで
おかわりの 一本を注文 この快楽 なんと 言おうか
ごきげんよう
みなさんの心と躰 お変わりありませんか
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
過去の yahooブログのアドレスは 以下です
https://blogs.yahoo.co.jp/konobukonobu2000/18642110.html
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自分で できることは 自分で やる
ならば 異国での事故 大抵は 防げる
年収 100万円で 暮らしていても
自分には 貧しい感覚は ない
でも 1袋100円だった ジャガイモが
130円に なっただけで ビクッとします
お金が ないと 制約条件になる
住む家が なかったり お金がないために
満足な教育が 受けられなかったりすると
人生の可能性を 狭めてしまう
この国の大統領が「大久保 利通」の ように
新しい国作りに 全国を 奔走している
ドテルテ 同い年だから 自分は 西郷どん の 気分に なれる
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おせちは いらないんですけど
みなさんは もう、年末年始の
食料備蓄を すませましたか!?
自分は 少しづつ・・
独り暮らし 心の内に
幾人もの「自分」の 声が あふれる
新年 そうそう 道端の食堂で
三打席なんて 悲しすぎるからね
無事に 年を越すには
周到な準備が 欠かせない
三が日に「9打席連続 魯肉飯定食」を
本格堪能するため「八角」を 仕入れた
誰も 気づかないだろう 豚づくし三昧の正月
「それだけじゃ 飽きるだろう」って
そうだ なぁ〜 じゃあ カツカレー と
鶏の唐揚げを ベンチ入りさせるか
いや 強打者 鍋か それも モツ鍋 一発逆転打
焼き肉のタレと めんつゆでスープを 作り
具材は 白菜 豆腐 鶏モツ 単純さが いい
ぐつぐつと煮えた鍋を「あち あち!」と 言いつつ
フーフーして食べる 冷たいビールが うまい はず
正月 ホームラン級の醍醐味
ないと 困るわけでは ないものの
手に入らないから 想い出せば 辛い
どんぶりの隅に その姿が 見えると
何とは なしに 安心感を覚える メンマ
味も見た目も 地味ながら 歯ごたえは
ほかの食材をもって 代えがたい あぁ〜
お願いして ないのに 年齢の重箱
いつまでも おいしいと 思えるものを 食べたい
健康なときは より健康に
そうでないときは それなりに 元気に
そんな料理に 助けられたい
年末「カウンドダウン」という 単語を使う
プラス思考 マイナス思考の観点から 言えば
「カウントアップ」の方が 何か 理にかなう
何でも アップの方が ワクワクする気が する
目標に向かって カウント スタート
少しずつ努力して「0」目指して 浮上する
「0」に ゴールしても 止まらず 通過したら
どんどん 上に向かっていく イメージ
「カウントアップ」・・
「亥」は 上に向かって求める 意味
今まで 下に伏在していた 活動エネルギーが
いろんな矛盾 抑圧を 排除して
上に発現するという 文字
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もう 常識的にも 社会的にも
日本には 帰れない だからと 言って
どこまでいっても フィリピン人には なれない
日本人でも フィリピン人でもなく
「自分は 一体 ナニ人なんだろう」って 時々 思う
フィリピンに 暮らしたって
和食だし TVは 日本チャンネル
新しい日本文化にも 触れている
知人も90%日本人で 英語は 不十分
日本人には 間違い ないのだが・・
20年 30年を越える 在留者の中には
「日本には 怖くて住めないね」と
自虐的に 笑う人も 少なく ない
日々 フィリピンが 楽しそう
堕情で エキサイティングな街で 起こる
日常の 何気ない ことまで・・
あるいは そこで 今
生活している 自分自身に 対しても
「心から エンジョイしているよね」って
よそ様には そんな風に 映っている らしい
日本にいる 同世代には 経験できないこと などと
嬉しそうに 笑顔で 話しを していた
15年も経てば その笑顔は 確実に消えている
ちゃんと ムカつくことが できる
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60代後半か 太ったおばさんが
ニコニコ こちらを 見ている
なんとなく 眉を上げて 挨拶すると
人懐っこい素振りで「日本人?」
話しかけてきた
「はい」と 答える
おばちゃん いきなり「そおなのぉー♪」と
どぎつい化粧の顔を 崩し 握った手を 強くふる
そして 軽くハグしにきたので 身を引いた
銀行で 円の払い出しを 待っていたときだ
「日本の人と話すの 久しぶりなの!」と 興奮
「アタシ 札幌で 働いていたの」
「サッポロビール工場ですか?」
「なにいってるの ちがうでしょ」
在日18年だった と しても
日本社会に 深く入っていたわけでは ない
仕事がら 話す相手は 日本人だったと 言うだけ
それでも 18年という歳月は 短くない
知らず 知らずのうちに この人の中の
「日本」が たま たま 出てきてしまった
自分が 日本に 一時帰国するとき ・・知人が
親しい人にも ハグは しちゃダメですよ
コンビニに「こんにちは~」って 言いながら
入っていくのも ダメです
映画館で 前の座席に 足かけちゃ ダメ
電車内で 大声で しゃべっちゃ ダメですよ など
このあたり 出掛ける前に 必ず 注意される
会話の途中で 英単語を 入れないようにする
これ ばっかりは どんなに 気をつけても
無意識下なので 気をつけようが ない
日本人との 日本語の会話の中で
英単語を混える人を「ルー大柴か・・」と
むしろ 揶揄する側だった 自分が
どうしても 英単語を 混ぜ込んでしまう
自分の中の フィリピンが 現れてくる
自分が 鎖国を していた
今 誰もが 移民になりうる時代
国家という 枠組みへの 疑いが ある
でも ひょう ひょうとしていて 悲壮感は なく
遊び心たっぷりに 複数の言語が 自在に行き来する
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今となっては 東京の満員電車で
静かに耐えることなんか できなくなっている
フィリピンに対する 憧れも 消えつつ
だから といって 東京に馴染むことも
どんどん 希薄になっていく 結果 冒頭の
「自分が ナニ人か わからなくなるんだよねえ」
でも こうも 思う
フィリピンの本当の凄さを バカさを
日本人の 感性のまま この国の本物の深さを 体感し
文字で 口頭で 日本にいる 日本の人に 伝える
それは 観光として 来た人や
短期滞在の留学生では なかなか 難しい
いまだに よく聞かれる 愚問
「フィリピンと日本 どっちが 好きですか?」
「どっちも 嫌いです」
この答えは 長く滞在すれば するほど
強く思うように なった
さまざまなニュースに 触れるたび
今の日本に ちょっと「待った」を
かけたくなることが しばしば
今 日本が 大きな混乱の中に ある
その混乱を 世界の外から 眺め得たこと
その 貴重な経験を フィリピンで している
トイレ 自動で お尻を洗ってくれる
そんな国 他に ないですよ
今の日本で 当たり前のことは
世界では 当たり前 じゃない
そのことを 認識している
同時に 難民キャンプみたいな場所で
どういうことが 起きていて
どういう人たちが 何をしているのか
そのことを 知った上で 日本の豊かさや
どれだけ 恵まれているかを 知る
フィリピンは まだ まだ発展途上
しかし 同時に 新しい試みや挑戦
その試みから 生じうる 失敗をも
一般の人々が 受け入れるだけの 寛容さがある
インテリ ゲイバー 貧民街 風俗
あらゆる場所をめぐり 人と対話する
このような 国状だから こそ
利便性や機能では ない 生活の単純さ
生きることの原点 この場が 心の豊かさを
醸している
生きる「豊かさ」は 一様な ものでは ない
その人 その国にあった 場所が 持つ要素から
滲み出てくる
人間が 自由で 力強く
生きられるための 場所を つくる
豊かさを感じる上で 大切な ことだ
フィリピンは それを まだ 失くしては いない
人は 好きなときに 好きなところで 生活し
働き 学び 友に出会い 子を育て
人生を 楽しむことが できる
人生には その事が 込められている
自分は 外国語や 他文化の人に 接すること
抵抗が なくなっている 此処で 自分の国や
異国社会を 相対化する視点を 身につけた
そうして フィリピンで 日本を振り返る
母国を じっと 見つめている時間 緊張している
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日本政府は
『明日の日本を支える 観光ビジョン』を 策定
2020年には 訪日外国人旅行者を
4000万人に するという 政策を 掲げた
その中味は なんとも ニッポンらしく ない
外国人を 歓迎することは いいと しても
「おもてなし」なのか「おかねくれ」なのか
客を 無理に呼び込むような 態度には 品が ない
まるで いかがわしい キャッチバー
外国人観光客誘致キャンペーンは
せっかくの「オ・モ・テ・ナ・シ」の 精神も
結局は「オ・カ・ネ・ク・レ」なのでしょ と
美辞の下に 本音が 丸見え フィリピーナジャパン
日本に 興味を持って 海外から
わざわざ 大金を払って 来てくれたの だから
日本を 好きになり 帰ってもらう だけで いい
ところが これが
経済という 万能価値観によって 翻訳される
「いくら 金を落としてくれるんですか」と 迫る
実に卑しい姿に 成り下がってしまう
そんな金を 当てにしなければ
立ち行かないほど 日本は ヤバいんですか?
なら 五輪だって 金儲け 金が 欲しい そう言えよ
金なんか 欲しくない メダルより 現金が 欲しい
建前で隠さず 本音を 言えば いいじゃないか
観光関連の一部の業に 携わる者にだけ
利益があっても その周辺の 他者にとって
外人観光客は 大いに迷惑 苦言も聞こえる
宿泊施設関連のトラブルや 犯罪
運転中の法令違反 観光地での非礼行為
不愉快な事例に関しては 枚挙に 暇が ない
まるで クリスマスケーキじゃないか 情けない
営業時間内に売り切れて 品物が無くなると
その分 売り上げが 無くなることを 恐れる
「足りなくなるより 余って捨てた方が いい」
観光客誘致も 容量を増した 五輪新施設建設も
まったく 同じ考え方しか できないのは 残念
ばか騒ぎが 終わり 冷めた日本 どうする気ですか
政府は 直接 金が欲しいと 強引に 入国税を 布いた
現実は「そんなもの」と 片付けては いけない
スペイン バルセロナは 元々 観光地として 有名
オリンピックのマラソン中継で
コース周辺の 名所旧跡が 美しく 紹介された
それ以降 爆発的に 観光客が 増えた
大いに結構 というところだが
その反作用として 日本が 抱えているのと 同様の
観光客問題に 直面した
スペイン政府は 宿泊する観光客に対して
観光税を導入した これを 財源にして
観光地としての 美観や治安を 守るため
必要な種々の業務の 費用とした
使い道が 明確で 正しい税なら 皆 喜んで払う
京都も 同様の事を 考えているようだ
「旅の恥は かき捨て」は 困る と言うのが
オランダ政府 観光客の入国制限を 始めた
観光立国としての道を 歩む
「おもてなしの国」受け身の 心がけ
積極的に 外に働きかけようとする プランには
卑しさが みえる どこかに 嫌味があり 不自然
もてなすことと 媚びることは 全く違う態度
相手に 下心を感じさせない つつましさ
日本の人品 美しさでは ないか
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ことわざに
「それにつけても 金の欲しさよ」が ある
お金がないと どうにもならないと
嘆いている 庶民の様子を 表したもの
執着心は ない
お金があったらという 願望はあっても
悲愴感が ない
お金は なくては 困るが
あり過ぎても 問題が 生じる
お金が あったら こうしたい ああしたいと
夢を描いている時が 人間 一番幸せだと思うが
いかがだろう
人の一生は なぜ こんなにも 苦しいか?
さまざまな煩悩に 悩まされている からか
煩悩が なくなれば 人は 幸せになれる?
では どうやって 煩悩を 取り除けば いいか
それを 教えよう・・
お釈迦様が 最初に 弟子に教えたこと
幾つになろうが 心は いつも
何かしらの煩悩に 悩まされている
あれが欲しい これが欲しい
こうなりたい これはいや あれもいや
あっちに 行きたい など・・
逮捕された ゴーン前日産会長に関する ニュース
興味を持って 見ている
満ち足りた人生とは 何か ということ
逮捕容疑は ゴーンの巨額報酬を めぐる問題
違法行為が あったか どうかは 別として
普通の感覚では 想像も つかないほどの
すごい金を 手にしていた
でも 彼は それによって
「お金持ち」に なれたの だろうか
報酬以外に 退職後も
年10億円の お金を もらうことに なっていた
この契約を 隠していたかが 問われている
彼は 今の巨額報酬だけでは
「足りない」と 思っていた ということ
もっと欲しい と 思っていた
「足りない」って ことは ・・ つまりは 貧乏人?
年収200万でも
「150万も あれば 十分幸せ」と いう人なら
この人は 満ちたりた人生を 過ごしている
でも 年収10億でも
「15億ないと 困る」と いう人は
絶えず 金が足りない 足りないと
不満に思って 生きなければ ならない
で どちらが 幸せなのか
そりゃ 金持ちさ 誰だって 金が欲しい
人の欲とは 恐ろしき もの
逮捕 されなかったと しても
欲にのまれていた ゴーンの人生は
既に 餓鬼地獄であった と思う
ゴーンは 東京拘置所の 3畳一間の空間で
麦飯を食べ 自由に寝転ぶことも 許されない
自由とは 一体 なんなのだろう
世界各地に 豪邸を持っていれば 自由なのか
そんな ことじゃないと 誰もが 知った
自由とは「足りている」と 感じる
心の有り様なのだと すれば
現在の 狭苦しすぎる 拘置所生活において
足りる心を 手に入れることが もし できたら
ゴーンは 永遠の自由を 手にした事になる
その意味で ゴーンは 今
普通の人に出来ない チャンスを
経験しているのかも しれない・・
大晦日は 静かに 行く年を 振り返りながら
囚われた心を 見つめ直し 来る年を迎えなさい
そんな風に 顧みるのが 煩悩を払う 除夜の鐘
自分は 女性に対する煩悩を 払う事が できない
女性は この歳でも 不思議で わからない もの
見極めるまで 女体から 離れられない
それは 現に 今 自分が 生きている事を
確かめようとする 本能となって 体現する
女性が なんなのか わかるまで 研究しなければ
収まりが つかない 女性とは 何かを極めたとき
煩悩は 消え去るのか まったく 分からない
日本人の 宗教観というのは あって ない
仏教徒と言いつつも 何かを 具体的に
詳しく 知っているわけでは ありません
「七味五悦三会」
年の瀬に1年間を 振り返って
おいしかったもの7品
よろこび5つ
出会い3人を語り
今年の良かったことを 思い出す

新しい年の「マサカ!」吉か 凶か
あなたにとって
来年が よい 年で ありますように・・



