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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines

フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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なにが「危ないので 白線の内側に下がって下さい」だ
命が おしければ 誰だって下がるだろう
命が 惜しく無いヤツは 死ねば いいんだよ
だれも 責任を とりたくないからだろ
毎日 何百回も それを 言ってる
JRは なんの疑問も 感じないのか
海外で 自分は 確信を持った
「あなたの責任において
このエレベーターに乗りなさい」の 表示
訴訟社会において オーナーが
ややこしいことを さけたいからだ
そこにある 意味の矜持を 感じた
この考えの基本は なんとなくわかる
何度も断っているが 自分は かなりのバカ
そこらじゅうで 頷いている 友人 知人や
おね~ちゃんの姿が 見える
「ばっかじゃないの」
そう 言われることが 日常茶飯事
自分を中心に 自分を できるだけ曲げずに
正しいと思ったことは 正しい
自分が やりたいと思ったことは やる
その上で 話をする そういうことで
これからも このままで 生きて参ります
「ばっかじゃないの」の ひとことで
自分は「慮外者(りょがいもの)」となり ダバオに
ここでも 何言ってるか わからないバカ と言われた
ダバオに来た頃 たぶん 鬱だったと思う
なんだか 全部 なにもかも 嫌になっちゃって
もう どうでも いいやって・・
35年ほど 休肝日のない生活をしてきて
鬱状態で ダバオに漂着し その酒量が増え
体調が悪化した 眼も 肌も真っ黄色
臨月の妊婦のように 腹が膨れた 歩けない
死神から よばれた すんでのとこで
追い返された
常識や価値観から 外れた 自分の様な偏屈者を
優しく 笑いながら 見守っているという 価値観がある
そこには 差別も 多少は あるかもしれないが
多くは区別だ「あっちの世界の人」として
集団と違うことをする自分を わけ隔てる
普通の人とは 棲み分けられている
フィリピンで 詐欺や強盗が 頻発すれば
「これだけ言われているのに まだ騙されている」
『愚民』への フィリピン人の嘲笑と
タイトルまで ちゃんと考えてあげて 書いている
国を出れば もっとシビアなところで
自分を 護らなくては いけない だが そうしない
そんなもんで とられる命なら 消されれば いい
死ぬこと以外 かすり傷だって 慰めても いいか
誰かが「それ おかしいんじゃないの?」
もう一歩 踏み込んで「バカに 媚びすぎじゃない?」
そのひとことが 文化文明を 維持していく
敢えて 言っておくことにする
ごきげんよう
みなさんの心と躰 お変わりありませんか
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
過去の yahooブログのアドレスは 以下です
https://blogs.yahoo.co.jp/konobukonobu2000/18642110.html
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まだ まだ 食べられるぞ 頭は 言っているのに
胃が「そこそこに」と 音を上げることが ある
そばを頼んで 天ぷらもと図に乗って 揚げ句に残す
心得た店員が 天ぷらを 持ち帰れるよう
容器に詰めてくれる 気配りが 嬉しい
フィリピンで 持ち帰りは ごく普通
最近 ようやっと 残飯扱いに せず
料理に合わせた容器が 用意されて
奇麗にパック詰めしてくれる店も 出てきた
そんな 持ち帰り場面に
来年の10月 日本で 面倒が 起きる
土産用のパックなら 税率8%
食べきれず パックに詰めて帰るなら 10%
店頭で その食べる気構えを 問われる
マクドは 今でも 店内か 持ち帰りかを 聞く
増税後も 混乱せず 接客できるだろう
いや! やっぱり 店内で 食べていこうと
袋を持って Uターンしたら 追い出しを くうのか?
増税の ほとぼりがさめるまで「軽減税率」
国民を欺く 見え透いた 参院選挙対策手口
バカだから こうした 幼稚なことをする
こんな場面も でてくるだろう
高速のサービスエリアに おいしそうな おにぎり
店内は 行楽客で満席 ならば 外の芝で 食べようか
それとも 車中で ほおばるか
「中で食べますか 家で食べますか それとも・・」
食券機が 聞いてくれるのか アホか!
1円や5円に 対応する券売機は 世の中にない どうする
中小店舗で
カードで 買い物すれば 税率5%
だが 年寄りは 現金払いだろ 満額徴税10%
中小店舗とは どの店のこと? わからんな
コンビニ団体が 我々は 中小店舗では ないと
怒りを 爆発させた
そんなに 細かくすれば
線引きする人 食品メーカー 売る商店も 買う客だって
みんなが 困る そんな事 眼中にない 平和だね
政府は それが バカげた事だと 思って いない
見てろ 現場では お客の罵声で 大混乱するから
物価が 安い国だったら 消費税を多少上げても
国民の生活には それほど影響は でません
だが 今 貧しいフィリピンの庶民が
すざまじい 物価上昇の中 12%の消費税を 払っている
ですが 年寄りには 格別に優しい
免税やシニア割引で 買い物や外食が できる
デフレでも 日本は 世界有数の物価高の国
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稼いだ金から 自分のためだけで なく
誰かのためにも払う それが 税
税は 強制的に取られる
同じ社会を 生きる人ととして
「痛みを 分かち合おう」
その気持ちが なければ 税は 成立しない
生きている限り
勤め先が 突然倒産したり 急病を患ったり
重い障害を 背負うリスクは
誰にだって 避けられない現実
そんな時 自尊感情を維持して
健康で文化的な生活を営める仕組みを どう作るか
その事に 近代市民社会は 税で知恵を絞ってきた
『自己責任』この言葉が
簡単に 使われ始めたのは いつからだ
自己責任は 社会の知的努力を 放棄する 思考停止
『自己責任論』を 語る人たちは
自分自身が 路頭に迷う日が 来るかもしれない
その事に 想像力を 欠いている
税金なんて 払いたくない 税の痛みが つよい日本人
同じ社会を 生きる人ととして
「ともに生きる意志」を 持てなくなった 日本社会
大丈夫かな 危ないところに きている
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消費税を 8%に 決めたとき
社会保障と一体改革 ということだった
消費税を 上げなければ
社会保障が 崩壊するような言い方を 政府は した
まさしく 国民を 脅迫した
そうして 消費税が 上げられた
もらえる年金が 増えたんですか
医療費の自己負担が 減ったんですか
介護の自己負担は 軽減されましたか
全部 逆だった
消費税は こうして 国民を だます道具にされた
国民を脅迫し 嘘をついた政府を 庶民は 支持した
だから 国民は 沈黙しているのか?
マクロン退任しろと フランス国民は 怒り行動した
デモに参加した パリ郊外に住む 年金生活者の
メレ・ダニエルさん(70)は
「私の年金は 家賃が 払えない
48歳の娘の仕送りに 消えていく
大統領は 庶民の惨めな暮らしぶりが
分かっていない」と憤った
別の 年金生活の女性(70)は
「フランス全土が 怒っている
私たちは 団結している」
死者を出す 激しいデモを行い 燃料税は凍結された
デモの真意は 富裕層への優遇措置に 怒っていた
「これまで 沈黙していた
何万人もの人々の怒りが 全国で表明されている」
電気とガス料金の値上げも この冬は 見送られた
デモを続ける意向を示した 黄色いベスト運動
低収入の改善を訴える農家
大学入試改革に反対する高校生も デモに加わる
正しくないものは だめ 運動は 広がりを見せている
自分に言わせれば 日本の消費税は 不義の子です
10%への引き上げを 延期すれば いいんじゃなくて
中止 廃止に しなければいけません
目的である 社会福祉に 使われていない
法人税は 89年からの累計で 255兆円が 減税された
この間の 消費税の税収は 合計282兆円
消費税分が ごっそり 法人減税の穴埋めに 回った
消費税を 上げるならば
その前に 法人税を 改めるべき
大儲けし 巨額を内部留保する 大企業が
ちゃんと 税金を 払ってくれれば
消費税は 要らないのです
三井住友フィナンシャルグループは
1480億円の利益に対して 納税額は 300万円で
ソフトバンクは 790億円に対し 納税額 500万円
抜け道を かいくぐった税 怒りが 込み上げてくる
日本の 富裕層 金持ちたちは
米国の金持ちの 半分以下しか 税負担を していない
日本の金持ちが 米国の金持ちと同等の
所得税負担をすれば 40兆円の税収となる
今よりも 24兆円もの増収です
現在の消費税の税収は 17兆円です
10%に引き上げても20兆円にしかなりません
日本の金持ちが アメリカ並みの所得税さえ払えば
消費税増税の中止どころか
消費税を廃止しても おつりがくる
「誰でもわかるような やるべきことを 実行できない」
それが 今の日本 そして その象徴が 消費税なのです
米国に 消費税がないのは なぜだかわかりますか?
不公平だからですよ
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消費税について もう一度 考えてみた
政府は 来年 10月から消費増税を 表明した
世論は ほとんど 反対しませんでした
今となっては 消費税について 文句を言う人は
あまりいません 新聞でさえ 社説で
「消費増税 やむなし」と 書いた
なぜ 国民は 素直に受け入れてしまうのか
消費税は 欠陥だらけの税との認識が ない?
税金を専門とする学者の多くは 反対している
日本人というのは
根の部分で 国の指導者を 信じ切っている
指導者の悪口を言ったり 叩いたりするが
「まあ 少しくらい 悪いことをしても
ちゃんと 国のことを やってくれている」
そう思って いるようだ・・
「大衆は 侮蔑されたがっている
支配されたがっている」という
ヒットラーの言葉が 真実味を もってきた
二世議員 タレント議員ばかりの政治家が
専門性を要する 税金のことについて
研究もしない 適切な対応が できるわけは ない
財務官僚は 目先の安易で無節操な
安定財源のことしか 考えていない
財界は 自分らの利益の事しか 考えない
国の指導層の中で 国の将来のことや
社会全体のことを 考えて
税制 財政を制度設計している人など
誰もいないのです
今の日本の現実を見れば それは 明らか
少子高齢化は 50年前から わかっていたこと
待機児童問題は 20年前から 国民の大問題だった
です が 何十年もの間 誰も適切な手を 打っていない
国の行く末を 揺るがすような 大問題が
半世紀以上も 放置されてきた
「社会保障のため 消費税は 不可欠」の ウソ
消費税が 創設されるとき
「少子高齢化のため 社会保障費が 増大する
そのため 消費税が 不可欠」と 喧伝した
でも 消費税は 社会保障費などには
ほとんど 使われていない
では 何に 使われたのか 繰り返すが
大企業や高額所得者の減税の穴埋めに 使われた
消費税導入前と 現在の各税目を比較すれば
一目瞭然 国が 公表している
誰もが 確認することのできる データから
それが 明確にわかる
消費税が 導入されたのは 1989年
その直後に 法人税と所得税が
あいついで 下げられた
消費税が 3%から5%に引き上げられた 1997年
その直後にも 法人税と所得税は あいついで 減税された
対象となったのは 大企業だった
所得減税の対象となったのは 高額所得者でした
所得税の税収は
1991年には 27兆円以上あった
2018年には 19兆円になっています
法人税は
1989年には 19兆円ありました
2018年には 12兆円になっています
所得税と法人税の税収は
この30年の間に 約15兆円減っている
一方 現在の消費税の税収は 18兆円です
消費税の税収の大半は 所得税と法人税の
減税分の穴埋めで使われていた
消費税によって
社会福祉で使えるようになった財源は
わずか 3兆円に 過ぎない
なのに なぜ 世間の多くが
消費税に 疑問を持っていないのか
来年 消費増税は 決まっていますが
更なる 法人税の減税が 検討されている
消費税の増税分が どういう使われ方をするのか
火を見るより 明らか
消費が 細りつづけて
格差が 広がる 日本の現状を 見たとき
課税すべきは 消費では ないことが 分かる
日本の個人金融資産は 1,800兆円を超えて
今なお 激増し続けている
その資産の多くは 富裕層が持っている
この 肥え 太った 金持ちに
ちゃんと 税金を払ってもらう ということが
まず 日本で 第一に 考えなければならない 税制方針
物価が ものすごく 低い国だったら
消費税を 多少上げても
国民の生活には それほど影響は しません
物価が ものすごく高い国 日本だったら
消費税を 上げたならば たちまち
国民生活に 影響する
で 日本は 物価が 高いでしょうか 低いでしょうか?
日本は デフレで 物の値段が 上がっていない
すでに 世界一 物価が 高いので
なかなか そう簡単に 物価が上がらないのは
当たり前です
今の日本経済で 問題なのは
デフレという 表面的な数値のことでは なく
収入が 上がっていないのに
増税ばかりが続き 消費が 先細りしている
それが 経済全体に悪影響を 及ぼしている
国民生活の
実態を踏まえた税制 財政にしなくては
日本は いつまで経っても 閉塞感から抜け出せない
消費税は 格差を広げる税金
消費税の 最大の欠陥が 格差を広げる
なぜ 消費税が 格差を 広げるのか
消費税は 消費したときにかかる 税金
人は 生きていく限り 消費をしなければ ならない
「自分は 貧乏だから 消費しない」
そういうわけには いかない
貧乏人ほど 収入に対する 消費の比重が 大きい
貧乏人は 所得のほとんどを 消費に回さざるを えない
年収300万円の人は 300万円を 全部消費に使うので
消費税を 24万円払っていることになる
300万円のうち 24万円を払っている ということは
貧乏人にとって 消費税は 所得に8%課税されるのと
同じことなのです
金持ちは 所得のうち 消費に回す分は 少ない
所得に対する 消費税率の割合は 非常に小さい
1億円の収入がある人が 2,000万円を消費に回し
残りの8,000万円を 金融資産に回したとします
この人は 所得のうち
5分の1しか 消費に回していないので
所得に対する 消費税の課税割合も 5分の1です
所得に対する 消費税率は 1.6%で 済ませる
これを 普通の税金に置き換えれば
どれだけ 不公平なものかが わかる
貧乏人は 所得に対して8%
金持ちは 1.6%しか 税金が 課せられない
となれば 国民は 大反発するはず
それと まったく同じことが 起きている
それが 消費税の 理解の仕方でしょう
「消費税を 払いたくなければ
消費しなければ いいだけだ」
などと いう人もいます
でも それこそ 意地悪で 現実離れした話
人は 消費しなくては 生きていけません
そして 所得が 低い人ほど「消費をしない」
そんな 選択肢は ありません
貯金をする 余裕が ないから
収入のほとんどが 消費に充てられている
貯金という 逃げ道のない人を狙って かける税金
それが 消費税なのです
税金には 本来 所得の再分配の機能がある
所得の高い人から 多くの税金を取り
所得の少ない人に 分配する という機能です
経済社会の中で 生じてしまう 様々な矛盾を
それで 是正しようということです
でも 現実の消費税は 所得の再分配と
まったく逆の 機能となっています
今回の 消費税増税において
軽減税率というものが 採り入れられる
だから 所得の低い人にも 配慮している
その体は 取られていますが
食料品などが 2%だけ 安くなる
チャチな 軽減税率では モノの役に立ちません
ヨーロッパの 間接税は 生活必需品は 非課税
国民生活のことを考えた 税制に なっている
もし 消費税が 税収の 柱になっていけば
お金持ちは どんどん金持ちになって
貧乏人は どんどん貧乏人になります
これは 理論的なことだけでは ない 現実です
思い起こしてみてください
格差社会と いわれるように なったのは
消費税導入以降の ことです
消費税導入以前
日本は「一億総中流社会」と 言われた
格差が 非常に少ない 社会だった
国民全部が 自分たちのことを
中流階級だと 思っていた
貧しい人が いなかった ということです
格差が 広がったのは
消費税が 導入されてからです
格差社会には いろんな要因が あるので
消費税だけの せいには できませんが
大きな要因であることは 間違い ない
税の専門家は 消費税を 導入すれば
貧困層が ダメージを 受ける
当初から 言われていた
消費者の節約志向が 続いている
若い人が 将来や老後への不安を抱く
スーパーでは お買い得品への反応が
依然として 強く出ている
誰も 賛成していないが 反対もしていない
今 日本国民は 天国の一番下に いるのです
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自由 愛国心 人権 これらは「普遍的価値」
どの国でも 重要だと 大事にしている
普遍的な価値を
分かちあうことが できない国民は 利己的で
それぞれが 孤立した ただの「人間の群れ」
財政は「共同行為」
生きること 暮らすこと その目的のために
人びとは ともに税を払い ともに未来の安心を
形づくろうとする 国が それを具現化する
逃れられないのが 税金
強い人 体力が ある人が 大きい荷物を持つ
そうでない人は 軽い荷物に してもらう
もっと 体力がない人は 持たなくてもいい
困っている人の荷物は 持ってあげる
それが 社会の仕組みで 税の基本
消費税を 国の軸とするならば
徹底して 税で 安心社会を 作り上げる
子育て 教育 医療 介護 障がい者福祉
国民が生きる基盤となる
社会サービスを すべての国民に 無償で提供する
税の究極の具現化です 必要な消費税率は 20%
そこに 現れる社会は
病気しても 失業しても 長生きしても
子どもを たくさん産んでも
全て無料で 社会サービスが 受けられる
貯蓄ゼロであっても 不安ゼロの社会
税は
「払う痛み」から
「暮らしの会費」に 変わる
所得に 関係なく すべての人が
安心できる社会が できあがる
貧しい人は 税を払えないが
国から お金をもらって生活する
その生活を 攻撃する気持ちを 持つ人も いない
だれかの 不正受給を 疑ったりする事も ない
人の既得権を 妬んだりする 必要も なくなる
税は 国家の背骨 社会の公正さの鏡
税は 公正でフェアで なければならない
欧米は 厳しい実力社会であると同時に
キリスト教的な 相互扶助の精神が
強固に根づいている
それで 社会のバランスが 取れている
欧米人にとって 成功者が 慈善活動を通じて
弱者を救い上げることを 当たり前にしている
しかし 小泉政権下だった頃の 日本が
競争 実力者会だけを輸入し 相互扶助は 捨て置いた
北欧の人たちは
みんなで 信頼できる 国社会を作った
そのために 高い税(25%)を 払っている
それでも 経済は 成長し
国への信頼度や 個人の幸福度は 高い
生きていく事への安心を 税が 整え支えている
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増税の前に まず 無駄をなくせ
財政再建が 最優先だ
消費税は 貧しい人の負担が 大きい
税をあげれば 景気が悪くなる
政府が 信頼できない
数々の反対の もっともな 声が思い浮かぶ
マレーシアは 今年6月 6%の消費税を撤廃した
そして 大型事業を全て中止 財源を確保した
税は「自分に 恩恵を もたらさない」
税が 「自分の生活の 安心をもたらす」
見えかたは 大きく変わります
一冊の絵本を買うのに 1000円
人口5万人の 自治体が あった
1人が 20円出せば 100万円の税収になる
何百冊という絵本が 図書館に揃う
1000円で 一冊の絵本を
自宅の本棚に かざるのが いいか
20円で 沢山の絵本を 図書館に 揃える方が いいか
絵本を買えば 1000円が 消える
税で すませば 980円を
自分たちの 好きなことに使える
税で 痛みを分かち合えれば
社会サービスの「選択の自由」が グッと広がる
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税は取られるもの 貯蓄は資産
子育てや教育 病気 老後のための備えを
「貯蓄による自己責任」で やっていくのか
「税による痛みの分かち合い」で やっていくのか
財政には 国民の命や暮らしを 支えるために
どうしても やらなければ いけないことがある
国民が 税を払って その財源を作る
自分の寿命を 知る事は 出来ないが
平均寿命までは 生きられ と思ってる
だから「蓄え」は「過剰」に ならざるをえない
その分「消費」は「過少」になる
老人に なったら
高齢の自分の子どもに その金が 相続され
貯蓄として また 塩漬けにされる
景気が よくなるわけが ない
税で お金を 社会の蓄えに変え、
人間の暮らしのために 使ったほうが、
景気は 刺激されることになる
税をあげる さげるという話なら
だれもが 後者を選ぶだろう
でも どの税を どんな風に上げ
誰のために どんな風に 使うのかを
考えるとすれば どうだろう
愛する家族
大好きな仲間たちが 生きていく社会だ
ともに生きることを あきらめるのではなく
痛みも 喜びも分かち合う社会 いかがなものか
「財源どうするんだボケ!」
そんな声が 聞こえてきます
さらに 異常なのは
この異常事態に 気づいていない日本人が
あまりにも多すぎることです。
税で賄う 安心社会が 現実に 北欧には ある
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目や耳を 防ぎたくなるようなことが
今日も たくさん起こっていて
世の中が いい方向に向かっているかと言ったら
決して そうではない
そんな状況の中で 自分が できることって
何にもない 何もできないんですよ
異国で 悶々としているだけで
もう 自分にできることは「祈る」しかない
悲しいと思うのは
誰も「時代が いい方向に変わる」って 言わない
新しい時代に 何か期待が持てるかと 聞かれたら
自分も そうだとは 言えない
先頃の 渋谷の ハロウィンで起きたことも
その結果の 一つ 人間が 暴徒化して
何か 煮えくり返りそうな 感じになってる
みんなが 正しく 怒った方が いい
そういうところまで とっくにきている中で
その「怒り方」や「反撃」の仕方として
異国から 日本を見ている
何もできない 自分の無力さに対しても そうだし
人に対してではなく 漠然としたものへの「怒り」
みんなが 一生懸命生きていたいと思ってる
ボケッとしてらんないな そうした気持ちでしょう
ろくでもない奴らが 気にいらない
『腹がたって ボケられん』
抵抗精神を 失わないことで 精神を保つ
こんな政権を 6年も放置してきた日本は
もう手遅れだと思う
メディアも含め、日本国民の責任です
バカが バカを支持すれば 当然 国は滅びます
これからの世界で 考えなければいけないのは
「お金」と「時間」の どちらを 大事にするか・・
時間が 貨幣と同じような 価値を持つことになる
だとすると 人生を考える際に 2つの基本方針が ある
「時間を切り売りしてお金を稼ぐ」のか
それとも「自由に使える時間を手に入れる」のか
人生は「お金を稼ぐ時間」と「余暇を得る時間」に分かれる
自分は 妙に軽薄 変なプライドはなく 逆境も楽しめる
ユーモア感覚もある こうした美点は
兄弟の不和に振り回され 母の介護の尻拭いをしてきた
苦い「修行」からくる
「いいことには へんな おまけがついてくるもの かなあ」
日本は 明治の近代化や戦後の復興で
不可能を可能にしてきた
戦後復興と高度成長を終えたわが国は
その後、目標を失って、漂流しつつも
高度成長期の「会社教」に変わる新しい生き方を
見つけられないできた
「幸せな日本の創り方」盛り上がることを 期待したい




