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ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
          Last Life Shift In Davao Philippines

           
       フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
            「団塊 百年の孤独 老いの抗い」  

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刻 車のテールライトと夕日が
ダバオの街を あかね色に染めていた
日中の肌をさすような 日差しや暑さから
解放された人々が 通りに出はじめている

どこからか かすかに ダバオ湾の穏やかな波の音と
ギターの音楽が 響いてくる
思いおもいに 夕方の時間を 楽しんでいるようだ
明るい時間とは まったく違った ダバオの夜の景色
街の気配が 刻一刻と変わる様子に 見飽きる事が ない



 

白玉の 歯にしみとほる 秋の夜の酒は
しづかに 飲む べかりけり
何事も 軽やかに楽しむのが 自分流

ごきげんよう 
みなさんの 心と躰 お変わりありませんか
ヤン爺です 今日も ダバオにいます
過去の yahooブログのアドレスは 以下です 

https://blogs.yahoo.co.jp/konobukonobu2000/18642110.html  
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今『おひとりさま』が 珍しくなくなった
かくいう 自分も 独り暮らし
親子 夫婦 家族が ともに暮らさない姿が
一般的に なっていた

人間嫌い なんて事では ないのです
むしろ 限りない人間好きの 業の深さから
おひとりさまは もたらされた のかもしれません
人間が苦手」と 言いながら

やっぱり「人間」が 好きなのかな

日々の食事は 大抵 自炊の ひとりメシ
自炊が 面倒なときは ひとり ぶらり 外食に出る

独りを 嘆くこともある「嘆く」と いうのは 
残念に思ったり 悲しんだりすることです

笑いにも「人を笑う 笑い」と
「己を笑う 笑い」の 2種類が あるように
おひとりさまは ふた通りの 生き方をする

一つは 世を怨み 世間にすねて暮すタイプ
いじけるってのを 趣味にしている

もう一つは どんなときにも 不平を 言わず
つとめて 明るく生きようとする
むろん 明かるく元気に暮らす方が いいが

明るさの有難さを 知る人は 闇を経験している
長いあいだ 暗闇のなかにいた人は
パッと 射しこんできた 一条の光に 希望を感じ
心から 感激することが できる



 

光を 光として 感じるには 深い闇こそ 必要
その意味で 現代は「夜の時代」では ないか
しかし 嘆く必要は ないだろう
夜のあとには 必ず 朝も昼も訪れる

ドラマでも 主人公は 
前向きでいることに 疲れていく
明るくて ポジティブなことは 素晴らしいのだが
根暗には 根暗の効用が あるものです

「おひとりさま」の 生活を
楽しんでいるように 見える人でも
世間から 疎外されることに 恐怖を感じてる

「世間」とは 
現在 および将来 あなたと関係がある 
または 関係が うまれる人のことです

「社会」とは 
現在 および将来 あなたと何の関係もない 
また 関係が うまれそうもない人のことです

「世間」とは 共同体を 尊重する考え方
「社会」とは 個を大切にする考え方

日本人の身体には「世間」の ルール
「世間」の 考え方が 染み込んでいます
お中元やお歳暮も そうです 引っ越し祝いも
「先週は ごちそうさまでした」と いう 言葉も
「いつも お世話になっています」と いう 挨拶も
すべて「世間」の 考え方です

現在 私達は
「中途半端に 壊れた世間」に 生きている
壊れ度合いは 所属している所によります

老人施設の様な 安全地帯で あっても
余生を 楽しんでいるか と 思えば
そんな姿は 見当たらない 施設は 

すっかり壊れた 世間だからです

「みんなが 俺を どう見てるか」

孤高に憧れつつ そう格好よくも いかない 
小市民的な展開を むしろ愉しむ風だ 
小さなことに 悶々とできるのも
おひとりさま ならでは でしょうか

自分は 一人飲み ダイジョブ派だから いいけど
一人で 食堂にでも 入ったりすれば
普通は みんな『さては 友達が いないな』と
思われやしないか オドオドしてますよ
誰も あんたのことなんか 見てないのにね

その 一人の時間が みんなの間に あってこそ
おひとりさまの妙味も また 生まれてくる
わざわざ 手帳を見て 寂しくない演技を したりね
一人なのに 一人じゃないから 面白いんです
そんな孤立とも 孤高とも 全く違う世界を 堪能したい

孤独の達人は 

大勢の人に囲まれて死ぬか 一人で死ぬか 

そのことと 幸福とは さほど関係ないと 思ってる

あなたは どんなふうに おひとりさまを 考えるんでしょう
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ィリピンは 中国との取引に応じた
目先のカネのためには 領海のことは 棚に上げた
習近平は 得意満面で マニラを訪問し
巨額投資を 打ち上げ た
スカボロー岩礁については 触れなかった
引き続き 習近平は オイ ル・リッチの王国
ブルネイ訪問に 旅立った

「お金」じゃない 
幸せのカタチなんて あるんでしょうか?  

カルロス・ゴーン容疑者(64)
悪いやつ だったんだなぁ おまえ
すっかり だまされましたよ
そんなに 金 いるか?
やるんだね あんなに偉くなったら やらないよね
『その金 何に 使うんだよ』って・・ 
日本企業が コケにされた
大企業が 恥をさらした 大反省もんだ

『金が欲しい』以外に

何の動機もない 大阪万博の開催が

どのような 悲惨なかたちで終わるのか

開催後に残るのは 廃虚だけ

長きにわたって 負債に苦しむことになる

 

決まった瞬間に

反対意見が なかったかのようになる

自分の意見より 空気に従順なことが

大切にされることに 怖さを感じる 

宝くじに当選して 幸せになった
そんな話しも 聞こえてこないし
金って なんだろうね

品がないから 金の話しは するな
金の話しを すれば 卑しいヤツと 言われた

人や企業や国は 

おのおのの 信用を 基準にして
それぞれの価値が 決められる 
紙幣や貨幣 お金は その価値数値の 
代理的な 役割を果たしている

国に 信用が無ければ 紙幣は タダの紙くず

お金とは 信用のひとつの表現形態
お金を たくさん扱っている人は
信用とは 何であるかを 理解している

 

最たる例は 借金を抱える人だ

「自分には ビジネスで 多額の借金が あります」
そう言われると 世間では 
ネガティブなイメージで とらえているが

逆に 高く評価できるのです
その人自身に 借金の金額分の信用が あったから
お金を 借りることができた

じゃぁ お金じゃない 幸せのカタチとは?
言い切るなら 生活を 楽しむことだ
自分が 楽しんでいると 自然に 人は 集まってくる
面白い知識や経験 人間関係が 蓄積されていく
「この人になら お金をかけても いい・・」とか
「一緒に 苦労しよう」と 思われる
個人的な価値が 信用につながっていく

世の中を 見渡すと
「いくら 貯めるか?」
「どれだけ お金を増やすか?」
「何をして 稼ぐか?」と いった ことばかり
「どう 信用を 生みだすか?」とは 考えていない

人生で 一番大切なのは お金だと 自分は 思ってた
お金が あれば 欲しいものは たいてい手に入る

20代の頃は あまり実感は なかった
30歳で 結婚すると お金が 必要になり
40歳になると お金に執着し 暮らしていた 
50歳を 過ぎた頃 金に対する考えが 大きく揺らいだ

大事なのは お金ではなく
「自分自身」なのでは ないか と・・

自分が 若い頃の昔とは 異なり 今は 
簡単に 食べていくことが 難しい時代
社会では 中流という言葉は 死滅していた
みんなに 金が 廻らなくなったのだ

今 自分がいる フィリピンは 貧しい途上国
それでも そうした人たちの顔に 悲壮感は ない
お金が ないのに なんで そんなに笑顔なのか? 
その理由が 知りたくて 彼らに聞く

確かな口調で 言い切った

 「今が 幸せです」

なんで! そんなこと言われても 頷けない

朝5時には 起きて 朝ごはんの用意をし
掃除 洗濯をしながら 子供を学校に送り出す
男は 仕事に出掛けていく 
残った家族は 10時頃には 一休みしている



 

夕方5時ころには 子供が 学校から帰ってくる
夕食を作り 何事も無い 一日の日常が 終わる
家事も あるいは仕事も 女が がんばれば 済む話
女は 強い そこは 日本もフィリピンも 同じだろう

日常は  家事 仕事 子育てと 余裕のない毎日
経済力より「好きなこと」を 
経済力より「楽しさ」を 追う生き方
生活原理は 極めてシンプル
どんなときも「好きなことをやる」
どんなときも「楽しむ」が 優先順位となる

生きることに 
最低限必要な お金は 稼ぐけど
それ以上は 要りません

子供が 成人するまでに 3000万円かかる
日本の 子育てに伴う 莫大な お金
どうやって 工面しようと しているのか? 

「難しくなんか 考えないですね」
贅沢しなければ お金は そんなに必要ない
なんとかなるよ うん そうするしかないでしょ

何より 子供が 生まれて うれしかった
家族が 大好きです 楽しいんです
給料安いから 毎日 忙しい 掛け持ちで仕事もする
友達に『俺 いつか過労死するかも』って 言ったら
あんたは 好きなようにしか してないから
「過労死なんて しないよ!」って 笑われちゃった

彼は ずっと この調子だ
世間のモノサシなんて どうでもいい
それより 自分の好きな 楽しい暮らしを
何より大切と考えている

「やりたいこと」やって 楽しんで
「好きなこと」に 対して 夢中になれる
生活は 自分で こうやると決めたことでしょ
だったら グズグズ言ってないで やるしかない!

その言葉には 筋が通っていますよ だけど

自分には そんな生活
暮らす度量が ないから 無理ですとか
やれる人にしか できない事です とかって
言い返されることも あるんだけど

暮らしへの度量なんて みんなが 持っているもの
自分が どんな度量を持っているのか 知らないだけ
度量が ないから 協調性に我慢して 

嫌な事を 受け入れて 生活していくなんて 

度量の探究を サボってる 

お金の無い 暮らしの中にも 幸せのカタチが ある
とにかく そうしたいなら やってみる
体験でしか ワクワクする 楽しい何かは 見つからない
言うなれば 暮らしの「ノリの良さ」かな

そんな生活 やりたいと思っても
なかなか はじめの一歩が 踏み出せず
ほとんどを うやむやにしてきた 自分なんかは
いつしか やらなかった理由を「お金が ないから」
そうした 常識的な価値観で 補強して
自分を 納得させていた

それに 自分が 一歩を 踏み出さなかったのは
失敗して 生活への自信を失うのが 怖かったからだ
理論武装して 現実逃避していた

つまらん あんたの考えてる事は つまらん
面白さが 楽しさが 通じないかぁ

金が無くても カッコいい生き方は できる
なぜって? あんたは 聞くけど
幸せのなかに 物語なんて ない
都合のいい辻褄(つじつま)合わせは
戴(いただ)けない 嫌な事は するなよ

お金のない人たちが 自由に 生きてる
ホームレスでも ない
特別な生活技術を 持っている者でも ない
普段から 明るくて ニコニコしてるから
すごく楽天的に 見えるんだけど
裏では いつも生きることに 緊張している
好きに 生きるって ことは 
楽しく生きることに 真剣なんですね

こんなに 人間の生き方や暮らしに

格差あり過ぎの 差別社会の あらゆる矛盾にまみれ

トチ狂った家族殺人や無差別殺人ばかり起きている

メーカーの 技術のごまかしが 進歩か

政治家は 退化するばかり

最低な ことばっかりだ

どうしようもなく「不幸」で「不憫」な

未来しか見えない社会
 

好きなことを やりながら 楽しく生きるコツ
彼に もっと 聞いた

『このライフスタイルは カッコいい』と 
自分が 思えることを できるところから やってみる
やれるところから やれば いいんです できるって
全てを なげうってやるなんて 無謀は 必要 無い

ですから 何歳からでも やれる
例えば 会社では 小さくなってるけど
自分の時間は ギンギンに大型バイクで 走ってる人
定年間近 突然 素人が 漁師になっちゃった なんて人
そんな 50〜60代とかって カッコいいでしょ

自分は 思わず 彼に フーテンの寅さんか
「それができれば 誰も 苦労しないよ」と 
悪たれを ついた

すると 彼は 笑顔で こう続けた
電車の中で「お年寄りに席を譲る」

そんな感じ かなって
「譲ろうかな どうしようかな

  この人 60歳かな 70歳かな」と 考えていたら

もう譲れない ダメですよね 

お年寄りを見たら すぐに パッと立って譲る

そういう潔さが 大事なんだと思う

「行動しようか どうしようか」と 悩んだり

グルグル迷ったりすれば もう なにもできない

自分で 自分の生き様に シビれるってことです
音楽に のめり込んだり 別に なんでもいいんです
家族だって それぞれ 好きなことは 違うから
好きなことをやってる時は 楽しいじゃない
寝る間も惜しく 夢中になってるもん
それだけのことなんです で 始めたら 人に話す
それだけで 自分の表現になる

好きなことをやって

「結果が出る人」と「出ない人」がいると思う
たとえば イルカショーの 仕事に就いて

「イルカの何とかちゃんが ここをくぐります

  ピョン ザッパ~ン」みたいなことを やっていたら

私は とても 幸せだったけれど

人生の成功には 飼育員の成功には 繋がらなかった

金儲けできなかった それで いいんだと 思う

好きなことだからといって

上手にやれるとは かぎらないから
ハマらなかったら 別の好きを 見つければ いい

その人が その人らしくなるのを 手伝いたい
『身の丈暮らし』の 楽しみ方と いうのかなぁ
暮らしが コンパクトに シンプルに なっていく
定年後の暮らしを考えている方にも あてはまる
誰にも 心の内にある 好きに生きる

あなたのように 異国で暮らす人にもね

時代から 常識から 身軽になったほうが
これからを 自由に 生活できるんだろうと思う

車を手放し 駅に近く スーパーの隣
安い賃貸に 引っ越しするだけでも
面白い事が 見つかる
そんな所を ゆっくり 1年くらいかけて
楽しみながら 探せば 楽しいが 始る

人間というものは 答えが ないよりは
誤っていても 答えを与えられることを 好む
だから 常識に従ってしまう

常識という殻を 抜け出すこと
あまり難しく 物事を考えず まずやってみる
好きなことを しながら 楽しく生きる コツ
どうやら そのあたりに 彼が 言うところの
お金が無くても 幸せのカタチが あるようだ

彼と家族は いつまでも幸せに暮らしました で おしまい
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の前で起こっている それぞれの暮らし
 

多くの問題を 抱えているだろう 彼だが
あえて日常に 変化を求める 正に大人の悪餓鬼だな
楽しい思い出と 夢を身につけていた

家庭を持ちながら いつも 自分勝手だが
約束の時間に 遅れた事は これまで 一度もない

自分の価値観を持っていて それを 譲らない
人への敬意や礼節を 大切にしている
世の中の常識に 寄りかかることなく
自分の 好き嫌いで 生活を 選ぶ
未来にわたる生き方に 夢を抱いている
彼が いとおしむ暮らしが 浮かび上がる

実在する 知り合いの 彼
素直で やると決めたら 徹底してやり抜く
すごい 行動力を 発揮してる
自身のキャラクターに添う 暮らしぶり

自分も そんな暮らし を!と 思わせる 
魔力のようなものが 滲み出している
人の気持ちを 高揚させる 自分は 感じていた

そんな暮らし 独自性が ありながら
奇をてらったところが みじんもない
他人に向けて 誇るというより
自分に向けて ひそやかに 嬉しがる気持ち
誰もが 持っていると 思いながら
そういう彼の 視野に入る 楽しみなことが
彼の サポーターになっている事が わかる

彼が 目指してきた 
金を持たなくても できる 生活技術が 
楽しさに 幸せに つながっていた
究められた技が 楽しさを カタチづくっていた
幸せの精神性を 彼の生活が 体現している

まさに そんな価値こそが 

大事になってきた時代
なんか 少し ワクワク すっきりしてきた

何に対しても 何事にも 興味を持つ
目の前にあるものに 興味を持つことは
好奇心旺盛で 精神的に若々しくいられる

人は 年を重ねると 何事にも おっくうになり
気力も意欲も衰えてくるが それでは 面白くない

好奇心ですよ 好奇心って 
大人になると 薄れてくるでしょ
なんで カレーマン(饅頭)って ないんだろう
なければ ないで 普通 諦めちゃうけど
どんな 味がするんだろう そう思ったら
そんなの 作ろうと思えば 

誰でもできるんだよね
なのに なぜか やらないんだな みんな
と 言っても 誰も ためさないだろうけどね

彼の暮らしには 

お金が無くても 幸せのカタチが あった
自分も金が無い 真似してみるか 


人間のことは 

捉えられないなあと 思う

どこかで 人間の本体を

捉えられると 思ってやってきたんですが

長い時間を かけてようやく 分かった

 

人間 誰しも 言葉にならない 

地下世界を持っている

隠された意識 あるいは隠れた意識

そういう 計り知れない 世界がある

自分も捉えられない 他人も捉えられない

何とか 捉えようと もがくんだけど

おそらく どこまでいっても

捉えたつもりに すぎないんでしょう

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