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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines 
フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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美人は もちろん好きですが
どちらかというと そうでもない女性も 好き
10月と11月では 季節の背景が まるで異なる
ヨーグルトとブルーチーズは 全然違う
ブリッ子 聖子ちゃん
体内に住む 魔物との格闘家 明菜 まったく違う
言葉が通じて 二十四時間営業して
腐ってない弁当が 買えるのが 日本
道に迷うかもしれない 財布を取られるかもしれない
たくさんの「かも」が あふれ
そこでは 誰も助けてはくれないのが フィリピン
話をして 食事をして 飲んで付き合っても
美人は その間 あまり表情は 変化しない
そうでもない女性は 付き合いが 深まると
だんだん顔が 奇麗になってゆく
この「変化の瞬間」が たまらない
会えば ハグやチューで始まる
その場の雰囲気に合わせ 愛嬌顔で 笑ってくれる
好意を持たずにいるのが 難しい女性
老い人が起こす フィリピンでの 小さな事件現場
ちょっと 待って下さい 早合点しないで ほしい
老いらくの恋を ススメてるんじゃ ない
どうするんですか・・ 知りません
知りたければ あなたが 自分で 事件現場に 行く
事件現場に 自分の足で 立ってみる
事件現場の においのようなものを
あなたは 肌で感じ 嗅ぎとれるはず
「事件は 現場で起きているんだ!」
もっと もっと 知ってもいい 世界が ある
老いを 生きていくを 考えた時
生まれ変わり 別人になった状況の
そこに 自分の身を置いてみる
何が 老いを 面白しろくするのかを
現場に行く事で 見つけることが できる
現場に行かずとも ネットに頼ろうと思えば 頼れる
そこでは 余計なものまで 混じり合っている
足を使って 現場に赴けば 手触りの違いに 気付く
そんな フィリピンへの 取材姿勢を 持てれば 本物だ
「真剣に 真面目なことを 一生懸命に やるためには
たまに バカなことを やらなければならない」
老いに疲れていた
それを知りつつ 営みを持てるのは
大人の男女だけ だった
相手を労る事で 自分を労る事が 出来た
それで 充分だった それ以上の事は
どちらも 相手に求めていなかった
美人でもない それなりの女性と付き合っていると
ありがとうと しんみりする時が 訪れる
好ましい女性だ トイレの中まで 一緒にいたいと思った
が そんな 微妙な心のニュアンスが
うまく 英語で 伝えられない
しょうがないので
「あなたとエッチが したい」と 言ってしまう
みなさんの 心と躰は お元気ですか
ごきげんよう ヤン爺です きょうもダバオにいます
過去の yahooブログのアドレスは 以下です
https://blogs.yahoo.co.jp/konobukonobu2000/18642110.html
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フィリピンは 出産大国で 1億以上の人が 息をしている
自分は「フィリピン」あるいは「フィリピン人」を
ひとくくりに 語ってしまう が
宗教も文化も言語も 多種多様な この国の印象は
旅人によって 見え方は 大きく異なる
旅する地域によっても 全く違う顔を見せる
昔は セブを グアム ハワイと同じように
どこかの南の国のリゾート そう理解していた日本人
フィリピンだとは 思いもしなかった ようだ
フィリピン人の中には
いい人もいれば 悪い人もいる
賢い人もいれば バカな人もいる
残念なのは 平気で人を騙したり
法外な値段をふっかけてくる 輩が
旅行者が集中する 大都市や観光地にいる
フィリピン初心者にとって
これは あまりに 高いハードル
いくら気をつけていても 万全の備えをしていても
初フィリピンで 嫌な目に遭わなかった旅人は
ほとんど いないだろう
自分にとっての 初フィリピンの印象も
「なんか 感じ悪い国だな」と
この国も 人も 好きにはなれなかった
ミャンマーや ネパールのように
人が優しくて 居心地がよくて
「一目惚れしちゃう」ような 国とは 違う
もし フィリピンが
タイみたいに 旅人に優しかったり
シンガポールのように 清潔だったり
台湾みたいに グルメが 充実していれば
今ごろ わんさか外国人が 訪れる
観光大国フィリピンに なっていたはず
でも そうは なっていない
フィリピンという国は 相変わらずの仏頂面で
「あんた 旅行者?」ふ~ん
別に 来たければ 来てもいいけどさ 歓待は しないよ
トラブルは 多いんだから そこんとこ よろしくね
そんな態度を 崩していない フィリピンの悪しき個性?
「今の沢田で 良かったら コンサートに来い」という
暴走ジュリーは フィリピンだねえ いいんじゃないか
旅人に フィリピンが 合わせてくれるんじゃ ないんだよ
『勝手にしやがれ』を ジュリーが どう歌うのか
聴きたかったと思うファンを 裏切り もてあそぶ
フィリピンに 興味を持った人が
実際に フィリピンを 訪れる
日本の常識が ひっくり返る経験が 待っている
フィリピンが 旅人を裏切り もてあそぶ
抜群の娘たちの笑顔だけが 熱烈歓迎
それで 少し 機嫌を持ち直す
ゴチャゴチャしたもの 無秩序なもの
朽ちていくもの こうしたものに 面白さを感じる
そんなセンスを 持ってる人は
高確率で フィリピンを 好きになれる
心地よければ 面白ろければ なんでも受け入れる
そんな フィリピン気質が 合致する
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永年の労苦から 解き放たれる 退職
「いなかで 草むしり」も 浮かぶ いいよね
そこに 安住しちゃうと 立ち上がって
1歩踏み出すのは きつくなるかも・・
定年後の 何よりの楽しみは 人に指図されることなく
自由に 好きな事が できる
「緊張」の ひと言だった
フィリピンに 足を踏み入れた時
自分が知らない 空気感 臭いだなって
自分が 何をしてたのかも 今では 記憶にない
驚き 老いの目で 冷静に現場を見つめていた
バイタリティーがある 勢いのある 若い国
ここでは 違う筋肉を使う切り口の部分が あった
フィリピン逗留を始めた時の 新鮮さ 今は ない
それでも 好奇心は 尽きない 面白く 不可思議な国
日本では お金や時間が 社会をコントロールしている
フィリピンの人は そういった物差しを 持っていない
まったく違う心で 生きている
そういう国で 長く逗留していれば
おのずから 価値観や生き方にも 影響を受ける
自分の行動から生まれる 結果や
得られる経験のすべてだけに 意味がある
そう 受け止めている
何であれ
「意味ある体験」が 求められているのは
人が 意味のある体験に 出会って
ようやく その価値に 気付くからだろう
老いを生きるスタイルを 考えている
老いを 遊ぶ・・
遊びの本質は 新しく 何かを 知るとか
価値観を 広げたり 変えたり 加えたりするもの
そういうものにこそ 人は 生きる糧を 見出している
毎日を 遊びつくそうとする方向に
老い人全体が 進んでいるなら 面白い
ショツピングモールやレストラン
道端の 小さな店などで働く 娘たち
やたら カワイイ そこで働くのに
その可愛さは 必要ないだろ
「無駄にカワイイ娘」を 見つけると
嬉しくなって カメラを向け 声をかけてしまう
美人には めっぽう弱く
心臓が どっかん どっかん 慣れることは ない
シンプルゆえ「老い人を ダメにする」国
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知らない国 フィリピン
知らない街 ダバオに逗留する
言葉もちがう 習慣もちがう 肌の色もちがう
マナーもちがう 怖さ知らず 無防備だった自分
まったく未知の領域に 足を踏みこむスリルが
逗留し始めた 当初は たまらなく面白かった
住宅地は 街中とは違った 限られた共同社会
スローでフレンドリーな空気が 漂っているが
むやみに 声をかけない じっと観察してる
けれども 家族以外の存在が
自分の暮らしの中にある ありがたい
自分は 人と関わるより ひとりでいる方が 好き
「ひとりの時間」を 大事にしてる
1日 最低 7、8時間は「ひとり時間」が ないと 破綻する
フィリピンは 孤独(自由)を 励まし
孤独を愉しむことが できる 場所
どこまでも続く 海原と交わる空を眺め
流れるままの意識に ひとり身を任せる
独り もの想いにふける時間 貴重な 独りの空間
逗留の時間が 此処で ながくなった
これから 自分の持っている 僅かな時間を
どう使うかを 考えている
ひとつ ひとつ 自分のルールを 捨てる
思い込みのルールを 消していく
生年月日も 捨ててしまう
国籍さえも 捨てていいのだが ID が・・
オマエは 誰だ「私は私だ」そう 応えたい
自分の自由度が どん どん大きくなる
捨てたいモノが あれば
拾いたいモノも ある
それは 私に足りないもの 笑い
笑うことの大切さが 染みた
喜び 笑いを共有できれば 安堵している
死を 意識せざるを得ない 年になった
今すぐに 答えを出す必要は ないかもしれない
せわしない日々では 見つけられない 答え
懐深い ダバオ湾の波間に 身を委ねたくなる
まだ 覚悟など 全然できていないが
やがて来る 死への備え 少しずつ
そんなふうに 思いながら
人生という旅の途上を 生きている
老いた「自分の顔なんて 好きじゃない」
人間というものが どうやって肌とか
いろいろなものが 劣化していくか
使用前 使用後を つぶさに見つめている
70歳 こtrからの未知の領域
地図もない 羅針盤もない
一度も 足を踏み入れたことない 年齢領域
老い人 そういう者たちの 普通の日常
70代を 今 旅している どこに行き着くのか
そんな事 自分に 分かるわけもないが
老いを 受け入れ ゆっくり歩いていくしかない
自分という男の 70数年の来し方が 人生が
行きつ 戻りつしながら すこしずつ すこしずつ
こぼれ出していく 大地に染み込むように
年相応の体で 十分だと思う
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初冬を迎える ニュースが 流れた
贔屓に通っていた「秘伝出汁 京風おでん」の 店
カウンターだけの こていな料理屋を 懐かしく想う
ひとりで ふらっと立ち寄ると
たいてい誰かしら 顔見知りが 来ていた
“お! 軽く会釈をして 席にかける
小粋な女将さんは 秘伝出汁を 謳っていた
そう言われれば そのおでんは ありがたく 貴重
出汁は ほどよく具によく染みて 薄味で 飽きなかった
見え透いて 喜ぶ様な 美味しいという事を
わざと言わない点が 評価されるんじゃない か
わざと言わないでいる事が
相手が 感じとれればの 話しだ が
たばこをくゆらせ ボォッとさせてくれた
八代亜紀の「舟唄」が 小さな音で流れている
男たち 客の胸に やるせない余韻をもたらす
昔のまんま「どこも 変えたくないんです」と
女将の かたくなな意志に 気が引き締まった
或る日 見なくていいものを 見た
「シマヤだしの素」を 使っている
心底 落胆した なにやってんだよ! それっきりだ
秘伝出汁 書かれた暖簾が 冷たい風に吹かれ 哀れだ
女将だけでは ない ダメな 大人たちが 見せる
しょうもない ふるまいの数々が 曝け出すのは
なんともいえない滑稽味と哀愁の輝き
新聞には 毎日 ぶざまな記事が 載っている
憧れだった 海の傍で逗留してる 長くなってしまった
波のざわめきを聞き 歳を重ねてきた と いうのは
自分自身を そっと 傍観しつづけてきた 証
瞑想した後のように 穏やかな心を 味わう
それ 全て レッスンであることに 気付かされる
「あんたは 感性は まあまあだけど 知性がね~」
「しゃべりが ひどいんだから ただ 歌ってなさいよ」
ありゃ? レッスンは 未だ 課題だらけか ふ ふっ ふ
そのまま 全てが 自分自身では ないのと 同じように
自分で 思ってる 自分ほど
外から見ると まるで 見当違いなことは
かなりの確率で 当たっている
自分の中にある 別人格を 発見させられる
ニュース・チャンネルでは ひどい話ばかりで
誰しも正氣なら Happyだなんて 言えないのが
フィリピンって もんだろう 今では 日本だって おんなじ
いや もっと酷い事で 信じた人を 欺いている
近所の 店先の看板に
「Love is in the air」と 書かれていた
静かに 呼吸ほど無意識にしてるものも ない か・・
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フィリピンは 遊び場なんだと 思えないものか
それも 余生全力をかけて 楽しむ 面白がる
罪な国 懺悔な国だから そんなことも 言える
自分が フリピンに 逗留しているのは
「誰かを 楽しませること」でも
「誰かの 役に立つこと」でもない そうではなく
「生きる意味を 考えさせられること」こそが ゴール
── 生きる意味 ですか
そう 生きる意味 ただ 前提として
自分は 人生に意味なんて ない そう思ってる
人生に 意味は ないんだけど
人間は 生きる意味は 見出さずには いられない
よくわからなかったが いまならわかる
子供の頃には わからなかったことが
年を重ねると いつの間にか わかってくる
ただ それだけなのが 普通の人生だろ
だから 生きる意味を 感じられることが したい
意味なんて わからなくていい 知らなくて いい
まずは 人間や この世のことを もっと知りたい
それを 知る行為は 自分にとっては 遊びの姿
これからの 自分の老後に 波及していくもの
──「生きる意味を 感じられること」とは
どのようなもの?
「意味のある」の 反対
「意味のないもの」について 考えてみれば いい
自分の意志と 身体を捨てて
画面の中に 入り込んでいくような
テレビや映画 ゲームに 没入していれば
何も考えることなく 時間が 過ぎている
「快楽にダイレクトに訴えるもの」が 増えすぎた
そんなモノに対して「ひと呼吸置く」と いうこと
「今 自分は 情動に動かされている」と 考え
一旦 立ち止まってみる というもの
本能に 訴えかけるものは
それらが 問題を生む可能性を はらんでいるとしても
それに対する 自らの反応を 抑えることは 簡単ではない
「ああ 本能出ちゃっているな 自分」と 考えてみる
それは まさに 一つの理性的な視座
そして それは
別の理性的な視座をもたらす きっかけにも なる
生きる意味を求めるなら ひと呼吸する 冷静さだろう
様々な約束事や
決まり事を捨てた 向こうに広がっている 自由
息づく自由との出会い そこに行き着く 安らぎ
母乳を ダラダラ 乳房から垂らしながら 裸で踊る
ダンシング・バーで 勤めをこなす女
踊り終わって 乳房にあてがわれた 生臭いタオル
人という生きものが 受け取れる
恩寵のてざわりが 集約されている
透明だからこそ 透かし見ることができる 景色がある
同じように からっぽだからこそ
受け止められる 感触がある
お腹空かせてるのが 一番のおいしさの元
フィリピンで 余生を面白がるのは
おいしい元に 似てるよね
「シマヤだしの素」みたいに