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         ヤン爺のラストライフ ダバオ 
               Last Life Shift In Davao Philippines
              フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語   

┏━━┫        「団塊 百年の孤独 老いの抗い      ┣━━┓
  
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憾」「説明責任を はたす」
この二つの 決まり文句で 責任は 回避され
おおかたのことが うやむやにされている
秋の臨時国会は 始まったが
もやもやした思いは どうにも 晴れそうに ない

決まったように 朝は晴れ  夕方から曇り 夜は雨
晴れ後 曇り雨 繰り返される この頃の ダバオの天気
灼熱の太陽 抜ける青空 もくもくの入道雲 そして微風
天気のオールキャストは 南国ならでは もやもやはなく 気分は 快晴

高齢になると おおむね無口
何か 怒っている様な 唇を曲げた無表情
冗談を言っても 笑わない 反応が鈍い
われ関せず といった感じで
顔が笑うと 心も笑うのにな

また その逆に
異常な躁状態ぶりを 発揮する 人もいる
相手の対応に おかまいなく
自分勝手な お喋りを繰り広げての 暴走

自分も どちらかといえば
鬱型より 躁のタイプだろうか
感情のコントロールが できない
独り勝手と言われて 仕方ない
滑らかな 会話応酬の能力が 減退

さらに 健康を 損なうようなことが あれば
「好きを選ぶ」幅が 狭くなる 困る こまる

聞いた事ありますか? 老中のボケ予防
一日に 6人の 知らない人と話せ などと言う

そんな事できるか 誰に できるって 言うんだ
バカなこと! 言うもんじゃない

知人 友人以外の 他人と おいそれと
口をきく機会なんて そうそう ないんだから

ファミレスなどで
若いウエイトレスに くどくど 話しかけたり
質問したりしている老人を 日本で 見かけた

あッ あれも ひょっとしたら
知らない相手との  対話のノルマを 
こなしてるんじゃないか ふと 思ったりする
フィリピンでなら 喜んで 相手してくれるのにな

知らない人から 自宅に電話があると
警戒するより 嬉しがる お年寄りもいるそうだ
宅急便のお兄さんに 何かと話かけ
上って お茶でも飲んでいかないか と
すすめるお年寄りも いると聞いた

知らない相手と
ひと言でも 多く 口をきこうという
涙ぐましい努力の 一端

フィリピンにいる 自分の場合は
一日 4、5人 の若い女性と 
メールで 面白話を やりとりしている

それも 英語で メール交換
書く 読む それが なにより 頭と心の刺戟

「ぼけますから そこんとこ よろしく・・」
ともあれ 老い人たちは 未知の領域への旅人
これから どうなるのか 老いへの恐れは つきない
そこにいるだけの 老い人に なりたい
いるだけで 何か感じてもらえるような 爺になりたい

みなさんの 心と躰は お元気ですか
ごきげんよう ヤン爺です きょうもダバオにいます

過去の yahooブログのアドレスは 以下です 
https://blogs.yahoo.co.jp/konobukonobu2000/18642110.html  
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多くの人たちは
「自分には 関係ない話さ」と 思ってる?

65歳までを「完全現役」
70歳までを「ほぼ現役世代」という
言葉の遊びにされては たまらない

「70歳まで 働かせる社会」
より長く 働くことを 望む人には いいだろう
だが 70歳まで 働かされるということは
年金受給開始も 70歳からセットとなる

政府が 先送りしてきた 年金・福祉政策 怠慢と失政
団塊世代が 生まれたときから 今日の事は 予見できた
前から 分かっていた事を やらず いま ばたばたして
無抵抗の国民に 尻拭いを 強引に押し付けようとしている

政治は そうした責任を これまで 一切 取ってこなかった
文句を言わない国民に 嘘をつき その度 負担を押し付ける
数多くの矛盾や問題を すべて 忘れたかのような 振る舞い
明らかに 国民への背信

現役が 突然 言われも無く 長生きしてんだからと 悪者扱い
定年延長 みんなが 二つ返事で オーケーするのか・・
もっとも 若い人たちは 政府になんか もう 頼れないと
会社 働くと自分の関係性を 見極めていることだろう
自らの老後を 自衛するのだろうか

役人は 年金制度の問題を 
支給年齢をあげること以外で 解決することを 
真剣に考えたことが 無いだろう
支給年齢を上げることしか 考えない 
政治家 官僚は いらない

ベーシックインカム制の導入により
年金がなくても 賄える 可能性だって ある

年金支給が 70歳と遅くなれば
受給まで 食いつながないと いけなくなる 
低賃金でも 働かざるを得ない
キャリアを生かせる 仕事など ない
現場の交通整理の仕事を 斡旋される人も 
本当は 働きたくないだろうに
歳をとって 体がきつくなってからの 5年は 長い
そんな 貧しく 情けない老人社会になる

許せん 現役の人たちは 反旗を 翻すのだろうか

日本人は 十分働いてきているのだ
誰か 他人の老後でなく
強制された 老後でもなく
自分の老いを 生きるということは
自分の態度 感情「好き」を 選ぶことなのだから
国から 定年延長を指図されるなんて まっぴら御免

誰にも 老後の豊かな生活が 待っているはず だった
これで いつ 老後の豊かな時間を 過ごせるというのか
仕事イコール自分の人生のすべて 憂鬱で 気が滅入る 
それで いいはずがない 何のために 働いてきたのか 

人それぞれ 考え方もも 性質も違う
生き方も 働き方も 違って 当たり前 
働き方改革 なぜ 国に 強制されなきゃ いけない
国が 国民を煽動することには 違和感が ある
一方的に発せられる 号令のような態度は 
先進国的姿では ない

60歳定年 65歳年金支給で 変える必要は 無い
支給する金が ないだって 何言ってる 政府の責任だろ
大企業や金持ちを優遇 弱者になど なにも痛みを 感じてない 
国民が 知らないうちに 議員報酬が 二割もアップしていた
国民に寄り添う? だったら 豊かな老後を 保証したらどうだ

フィリピンは 年寄りに 普通に優しい
列に並べば 一番前に 送り出してくれる
買い物や 外食では 老人割引が 受けられる
貧弱だが 年金もある 医療費が ただになることもある
日本には 高齢者に対する敬意と いったものが 
全く感じられない そのようなものは なくなった

日本における 優先順位は 
個人ではなく 共同体なのだろうな

望む人には 仕事が 人生のすべてで いい
家族と過ごすことの方が 大切だと思う人も いる

「働いている」のでは なく  

それとも「働かされている」と いうほうが ラクなのだろうか
休むのも 働くのも ヘタな日本人
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た訳じゃないが 江戸時代までは
いまのように せかせか働いて いなかった
仕事が終われば お風呂にいったり
蕎麦屋で 長屋の連中と 一杯やったり 
だらだらしたり 芝居見物に 出かけたりして
人間としての精神性を 豊かにする ゆとりがあった

明治維新から
働かなくちゃいけない 勤勉でなくちゃいけない
ダラダラしてる場合じゃない! という調子になった
確かに ダラダラしている場合では なかったと思う

心の余裕を 心の豊かさを 大事にする意識は
様々な経験の経過が あって
日本人の中に 芽生え 育ったもの

今日 個人より 社会が 優先されているのも
小国であっても 強い国で あらねばならない
周囲から尊敬される国に しなきゃならない
明治維新時の 気張りのような意識が 今に 続いている
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事で 周りから強いられる 我慢や忍耐は 
まったく 美徳には ならない
 
「こんな生活は 人間的ではない」
「もう いやだ」と いって そんな組織を 出てしまう
「自由」や「ALRIGHT」に つながる 大丈夫
逆方向に逃げる そういうことを 演じてみせる
そういうことを 意図的に やってみる

人生を謳歌している 欧州人の

暮らしや生き方に あこがれを持つ 日本人は 多い

欧州人は 午後6時になったら
みんな「はい 今日の仕事は 終わり!」って 
仕事が 終わって 家に帰る人
仲間と食事やワインを楽しんだりする人

家族や友人たちと おしゃべりしたり
みんな 思い思いに 楽しく時間を過ごす
そうやって 存分に 人生を楽しんでいる

日本人からみると 1日の生活を楽しむ時間が 長いよね
そのために 仕事してるんだっていう 意識を 強く持っている

翌朝目覚め「昨日は 楽しかった」
「さあ きょうもやるか」と なる

蓄積した疲れ 心と躰を修復する バカンスもとる 

日本人は 楽しく 面白く生きるが 
人生における 優先順位のトップでは ない
何故? 共同体 社会の部品の 一部分である という
その意識の ためなのだろうか 我慢を強いられる 

実際は 本音は そうでは ないだろう
みんな 葛藤し 辛さと向き合い 心の底では 
共同体のために 個人を潰して働き 生きている
疑問や 辛さを 感じている

我々 団塊世代は 
組織もまだ 固まっていなかった会社で
楽しく 面白く仕事をしていた
いい思いも たくさんしてきた

帰属している 社会や 組織に
疑念を持ったら はみ出してみる事も いい
帰属という しがらみに とらわれない方が
人生を 謳歌できるのか? 

それとも まわりと 足並みを そろえる方が 
自分に 合っているのか?
胸の内に 問いかけてみたい ところだ

自分が 日本で 現役してたとき
はみ出ていたから 周りも すっかり
自分たちに 同調させることを 諦めていた
この人は もう こういう人なんだと・・
放っておいて くれた


欧州人たちの 暮らしぶりや 生き方を 見れば
人間が 人間らしい ヨーロッパ社会は
個人が 自身の等身や器の大きさを 認識し
自分なりの教養や 知識 経験をベースにした
個の価値の基準を 持っていることが 前提で
社会が 成り立っている
 
欧州では それぞれの国が 地続きのため
他民族との 入り混じりが 繰り返されてきた
何が 正しくて 何が 正しく無いのかは
自分の頭で 考えるしかない時代が 長く続いた
その歴史が 時間を掛けて 熟成して
いちいち 国が 号令を かけなくても
人それぞれが 自分の判断で得た 考えを持ち
必要な時には まとめられる社会が できた
 
ノーベル医学生理学賞 本庶祐さんの発言
教科書に書いてある事が 正しいとは 限らない
何が 正しいか 疑問をもたなければ ならないって
疑問を持てば すっきりしないかも しれない
疑問を持つことは 怠けがちの人には 面倒だろう
しかし それこそが 人間にとっての 気付き

「右向け右」の 世の中は 成熟社会とは 正反対
みんなと同じように働いたり 休んだりする社会は
人と同じ事を やれば いいだけなのだから 責任もない
自分で 考えなくていいから ラクだろう

 

それを 見越して 70まで働けなんて バカにしている

そんな事を 受け入れれば 何のための人生だったか となる
老後を のんびり暮らしたいと考えて

その為に頑張って 働いてきた方が ほとんどだと思う
若い人の口から 早く定年になりたいという言葉を 聞く

定年制と年金制度を リンクしない発想が あっても いい
政治家 官僚の着想は 貧弱に満ちている

疑問や同化への 反発心を持たない社会に 活力や発展は ない
アップルの創業者 日本では ジョブズのような人間は 出てこない
仮に生まれたとしても 社会では 潰されてしまう
会社の面接では 一発で 落とされてしまうだろう

自分の思い通りに 生きていける 人なんて
そう そういません
自分の意志や 努力とは 違うところで
人生の潮目は 変えられてしまう
自分が 思ってもいないところに
流されていることも ある

働くことを 考えることは
自分の人生を 考えることと 同軸です
バリバリ働いて バリバリ稼ぐことが
人生の成功で あるかのように 考える傾向が
社会には 強くある それも 間違っては いない  
だが すべての人が それを 望んでは いないし
そんな 優れた人ばかりでは ない
それぞれの 人生観が あっての 働き方

誰でもない 自身の老後です 自分で決めるしかない

お金って 手ごわい相手です
働かなければ 生活に最低限必要なお金を 得られない
そのお金が 人の中に入り込んで 
その人の コンプレックスや 孤独 傲慢さを
どんどん暴いてしまう

年金があれば 老後を なんとか 生きていける
お金は あれば あったで使い方も 難しい
お金に 毒されないことは 理想です
なんでも かんでも 損か得かで 行動していると
自分の視野や 生きている世界が 狭くなってくる
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分は 60歳定年 退職後 日本と異なる環境 
フィリピンに 老いの身を置いた
だらだらしている 価値観も がらりと変わった
こうでなきゃ いけない
ああでなきゃ いけない なんてことは
此処での 自分には もう どうでも いいこと
南国で得た 時空の豊かさ 心の静寂を 謳歌している



 

日本が 好きだから 母国への苦言

団塊世代という 巨大な集団が
一斉に後期高齢者となる時期は 目前に迫っている
歴史上 かつてなかった 深刻な現象だ
しかし その後にくるものこそ
私たちにとって 真に衝撃的な問題



 

目前に迫っている大問題 団塊の大量死
私たちは 気づいていない

否 気づかないふりをしている のかも しれない

人口減が 進むなか
いかなる日本の未来像を 描けるのか
理解できる 未来日本を語れる 政治家 今 誰もいない
それを おかしいだろ と 思わない 
それを 口に出さない 国民もおかしい
未来社会が 分からないで 突き進んでいく おかしな国

気づかなかったことを 気づかせ
社会を より豊かで 多彩なものに変える
契機をもたらす 団塊大量死 無駄にしてくれるなよ



 

いい国つろうよ 何度でも

老後問題を考える それは
日本に生きる団塊たち それぞれが
自分自身を見つめ直す 考え行動する営み

 

「老後ぐらい 好きにさせてよ」
自助努力の精神と修養の気風で あろうか
行く道を照らそうと努める 大勢の団塊人が・・

 

あとは 自分で考えてよ

その他大勢の 生き物と同じく
地球で呼吸して 日々を まっとうに 生きていれば
シンプルな思いしか 考えつかないし そう考えている
人生 老いたら 広い場所で 深呼吸することが 必要です