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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines
フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
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フィリピンに暮らすって 何をするにも
ちょっとした 負荷が かかってくる
「真面目な人間を 困らせるもの」
「消費も消化も理解も できないもの」
「見て見ぬふりをして おきたいもの」
頑張ったり 我慢したり 強がったりしなければ
フィリピンで 日常生活を うまく 乗り切れない
「頑張ると疲れる 疲れると続かない」
そんな 負荷をも 消化できる
あまりある いい事が ダバオにあるから
ここまで 続いてきた
怒りも 喜びも 悲しみも
隠さずに表現する ダバオ人に囲まれている
かっこつけない 素っ裸で むき出しだけど
心を揺さぶる街に なっているん じゃないかな
自分を知る者が いない土地に 暮らす
ほったらかしで 解放されている
別人として生きる いいなあぁ と思う
ダバオでは 生活の様々な場面で
本来の自分である 老い人を 自然に演じられる
「過去の自分とは まったく 別人として 生きている」
その現実に 静かに興奮する
「自分と 違う人になった自分」を 面白がって いい
世間は 時代を先取りしろと言うが
先取りといっても 話しは お金のことばかり
暮らしに 役立つものは そんなもの だけか・・
じゃぁ とことん
時代に 遅れ続けて いようじゃないか
なぜ 町衆は 怒らないのか?
年金が 出せない「死ぬまで働け」という安倍政治
「老後は ゆっくりしてくださいね」とは 言わない
解っていた事なのに 福祉行政を 行き詰まらせた
政府は 失業率や 有効求人倍率の改善を強調し
「250万人の 雇用を生みだした」と 威張るが
その内の 211万人は 65歳以上の高齢者
年金だけでは 暮らせない高齢者が
渋々 働きに出ているのが 実態なのだ
どうする これから この日本を どうするのだ
あなたの 心と体は お元気でしょうか?
ごきげんよう ヤン爺です 今日も ダバオにいます
過去の yahooブログのアドレスは 以下です
https://blogs.yahoo.co.jp/konobukonobu2000/18642110.html
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「今日から 抗がん剤治療を はじめます」
突然の ある男からのメール
手術で がん細胞を除去した
取りきれなかった残りも 放射線で破壊した
これから 抗がん剤という
治療法を アプローチします と 簡潔な文
もう 二度と会うことはないと 思っていた
まさか こんな形で 消息が 来るとは・・
ある男は 当たり前のように 何の疑問も 抱かずに
「抗がん剤治療」を 受け入れている
手術で切り取るか 放射線でぶっ壊し
あとは 抗がん剤で追い詰めるというのが
今ある がん治療の戦略
小さな取り残しが 再発に 繋がらないよう
抗がん剤で 追い詰める 考え方ですが
がん細胞は『死んだフリ』をして
抗がん剤の治療が 終わったら また動き始める
がんは 外から侵入してきた病では ない
愛すべき 自分の躰の内部で 暴走した自分の細胞
がんも 自分のものなら 憎めない
それが なんとも 悲しい
抗がん剤は
正常細胞にまで 大きくダメージを 与える
がん細胞と闘う 免疫細胞や 抗酸化機能などの
生体防御機能まで 損なってしまう 強烈な劇薬
日本を除く 世界の常識では
癌は 何もしなければ 痛みはすれど 13年生き
抗がん剤治療すると 苦痛の3年半しか 生きない
知れ渡っていること 実際に 自分も目にしてきた
がんの免疫療法 と オプジーボ
治療を焦らず 冷静に判断できる
免疫の働きを 正常に戻す手助けをする
正常化した 免疫細胞は
がん細胞を 失くすための働きを 再開する
がん治療 第四番目のアプローチ
オプジーボの使用には
「切除不能な」
「再発」
「化学療法後に増悪した」と いった
限定する 条件が つけられている
現状は 進行がんの人に 使用が 限られる
「免疫」という用語は 完璧です
疫病 伝染病を免れるから 免疫
この訳語を 考えた人は 天才だと思う
はしかや おたふく風邪は
一度かかると 二度は かかりません
ウイルスに対抗して 身を守る仕組みが 体の中にできる
インフルエンザは 何度も かかりますが
ウイルスが どんどん変化して 免疫から逃れるためです
インフルエンザウイルスにも ちゃんと 免疫は 働き
薬を使わなくても 自然に治るし
ワクチンで 予防できる
免疫が働くのは 疫病(伝染病)だけでは ない
悪性腫瘍 がんにも 働いてくれる
免疫が がんを抑制するというのは 確かです
最初のがん免疫療法は
1891年に 海外で行われている
今から 120年以上 前です
放射線療法や 化学療法(抗がん剤)より 先です
日本でも「丸山ワクチン」という
結核菌の抽出物を利用した
がんの免疫療法が あったが
効果は 証明されていない
がん免疫療法は「発展が 期待される医療」だが
効かない 怪しげな代替医療と みなされてきた
実際 がん免疫療法の多くが 効果不十分です
高額な自己負担で 免疫療法をする クリニック
オプジーボと異なり
科学的根拠がない治療を「がん免疫療法」と うたい
自由診療で 提供している医療機関が 多い
科学的に 裏付けのない がん免疫療法を
お金もうけに 使うのは 非人道的
わらにもすがる思いの 患者に
証拠のない治療を 提供するのは 問題
日本では 世界的製薬会社の 利益の為
真実が 封印されていることも わかった
日本で 信じていいものは
天気予報だけに なってしまった
その情報の正確精度は 誰も 疑っていない
信じていい 実用に耐えうる 免疫療法
オプジーボは 一部 保険適用になっている
どんな がんにも効く というわけでも ない
副作用もある 奇跡の がん万能薬では ない
診療は 人体を巡る探検
人間と病を知る冒険だ
人体免疫の解明に挑んだ 冒険者たちの物語
「がんが 絶滅した後」の 物語り
自分が 生きている内には 読めないだろう
人間に備わっている
「免疫力こそが がんを治す力」
第四の治療法に 期待しましょう
じっと 手を見る
この手を 握っていてくれる人を
手を差し伸べることのできる存在を
がん患者は 求めてやまない
ある男に どんな メール返信したら よいものか
遠く離れ 簡単に 顔を見に行く事も ままならない
これ以上 もう 治療は できないという 医師の判断
その日が 来るのを 待っているような・・
そんな 日々が 少しでも穏やかなものに なるように
散歩をし 日がな海を見て 風に癒される
ダバオで療養を 提案したいが 叶わぬだろう
いや「痛み止めだけを持って おいでなさい」
そう 送信した
病院の大きな窓から
遠い景色を 眺めているのだろうか
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「自分の人生 知人の人生 つくづく考えるようになった」
がんは 現代対症療法だけでは 完治しない
免疫に 元気に働いてもらうため
栄養療法で治す事も わかってきた
必要な必須栄養素を 日々口に入れる
好きなものを 好きなだけ食べる
人の数だけ 死に方が ある
寿命は 人それぞれで
決まっているんじゃないか そんな 気が してしまう
最高の死に方 あなたは なんだと思う
老衰死だろう
若い人が 事故や がんで亡くなるのと 比べれば
老衰の果ての 最期は 老いの下り坂の終着点
「寿命」天寿を 全うしたことになり
不条理感は 小さい
とはいえ 周りの者の喪失感は 大きく
それに寄り添う姿勢が 必要だろう
「さきに行って 待っているからね」
私たちも あとで行きますから
向こうで ゆっくりお話ししましょう と 語りかける
「そうだね あなたは これから向こうの世界で
ゆっくり休むんだね 長い間 本当にお疲れさま」
などの声が 返ってくる
オカルトのように 聞こえますか?
悲嘆にくれる 周りの心を癒やし 慰めにもなる
死を受け入れ 心が安らぎ 前向きに考えられるなら
それで いいのでは ないか
あの世なんて 存在しないと
理屈では 分かっています
死んだら 無だと考えては つまらない
生き返った人は いないのだから
死後 どうなるのか 本当のところは 分かりません
あの世に 思いを巡らせ
とりとめもなく考えを 漂わせていると
実に 心が 安らいでいく あの世の効用でしょう
死んだ人が 周りの人の中に生きている感情
フィリピン人の方が その思いが 強い
生きている内は 若い人を見ていたい
段々 元気になって くるからね
誰かと共に 生活するということは
一緒に 食事をするということ
食いしん坊である ということが
生きる人生の 一片を 豊かに健康にしている
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