□□■─────────────────────────────■□□
ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines
後編 フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┏━━┫ 「団塊 百年の孤独 老いの抗い ┣━━┓
━┃ ┗┳━━━━━━━━━━━━━━━━┳┛ ┃━
┗━━━┛ 2018年10月05日 ┗━━━┛
□□■─────────────────────────────■□□
カーテン越しに 辺りは もう うっすら明るかった
おそらく 5時頃だろう
太陽はまだ ダバオ湾 サマール島の
向こうに隠れていて あたり一面
ほのかな藍色に染まっていた
海辺の散歩道に出た いつもの顔と挨拶を交わす
ダバオに住んでから カレンダーに よってでは なく
自然の移り変わりによって 月日を 知るようになった
隣家の ヤシの葉越しに 太陽が 登ってくる 位置を見て
「ああ 10月に入ったんだ」と 気づいた
日本に 住んでいたとき
太陽の動きを 気に留めることなど なかった
ここでは 太陽の動きに 気づかずには いられない
自分が 自分に尋ねた
「今日は 何する?」
「う〜ん 今日は 曇天だ 餃子でも 仕込むかな」
真夏には 太陽の軌道は 頭の真上を通り
影は 短くなって 一日は とても長い
10月の夜明けは 午前5時45分
日の入りは 午後5時45分で 同時刻
夕闇が訪れるのが 目に見えて早くなった
今日が何日か とか 何曜日か ということも
知らずに暮らしていける それは すごく いい
時計のない暮らしをするという ものもね
日付や時間は ずっと 生活の一部だった
ダバオの街で 暮らすようになってから
日付や時間は 社会の中にある ただの決まりごと
ここでは 日付と時間が 必要なのは
他の誰かとの 約束が ある時だけで
それも 頻繁にあるわけではない
今では 時間も日付もなく 暮らせるのだから
そこには 果てしない 自由の感覚がある
あなたの心と体は お元気でしょうか?
ごきげんよう ヤン爺です 今日も ダバオにいます
過去のyahooブログは 以下のアドレスにあります
https://blogs.yahoo.co.jp/konobukonobu2000/
18642110.html
■□■□■──────────────────────
時代と年齢には どう逆らってみても 勝てない
だからといって 余生を無駄することも できない
ご利用の環境では
Yahoo! JAPANが提供する すべてのウェブサービスを
ご利用いただけなくなりました
そんな メッセージが 届いた
痛々しい 老いに従い行動する人に対する 暴力
あって あたりまえの日常が
ある日 忽然(こつぜん)と消える
好きでも 嫌いでもなかった 普段の日を
失う時が 来たのかもしれない
自分の知識や 能力と
身のまわりにある 製品や技術の複雑さが
あまりにも かけ離れてしまった ということ
そうした「生活の中の手に負えない箱」に
老いの錆び付いた能力 技術では 挑むべくもない
「笑いの消えた1日は 無駄な1日である」
来るべきものがきた 頭の中では わかっていても
どうにもならない いつも 笑顔で いたいのにな
イライラ 嫌な顔をしている どうしたものか
つまらない顔を していては
面白い事は やってこないし
周りを 笑顔にできるわけも ない あぁ
古いMacを 丁重に使ってきた
OSやブラウザーの バージョンアップも
もう できない機種なんだって
自分は 歳をとるが PCは 永遠と思っていた
そうでは なかった 時代に置いてきぼりにされた
社会の情報化へ スムーズに 移行できない
いつの時代も 社会は変化し
それに伴って 人々の暮らしも 変わっていった
けれど この半世紀の変わり様は
その スピードと質によって
他の時代とは 明らかに異う
社会を 大きく変容させた
言うまでもなくIT化だろう
かつて ひとつの技術が
人の日常を変えるのには 数世代かかったが
いまでは ひとりの人生の中で
いくつもの変化が 訪れる
その変化を 変化として 認識できず
昨日のように 今日を生きようとすると
つまずくことになる
そこに 老い人が生きる 困難さがある
結果として 自分が 時代から
取り残されているのではないか
その焦りが 老い人の心に ストレスを溜めさせ
やがて 耐え切れなくなって キレる
最新のPCに 買い替える余裕など 自分には ない
スマホもねえ タブレットもねえ 時代遅れで 仕方ない
ボ〜ッと 生きてんじゃね〜よ!
5歳児「チコちゃんに 叱られる」
そんな基本も わきまえずに生きてきたのかと
一喝される
「ボ〜ッ」は 注意散漫なこと その通りだ
予期せぬ事態に しかと 対応できるよう しておかないとね
でも あえて ふわっと身を漂わせておくのも 時には 大事
ただ スマホに没入する傍(はた)迷惑な人には
「ボ〜ッと 歩いてんじゃね〜よ!」と 言いたくもある
■□■□■──────────────────────
団塊人には 感慨深いだろう
東京タワーが テレビの電波塔としての役割を 終えた
営業を開始し 60歳だった 役割は 終えたものの
東京タワーが 解体されるわけでは ない
地震や ゴジラの襲来など
災害や事故で スカイツリーが 使えなくなった場合に
テレビ電波を送るための 予備塔としての役割は
維持しているという
我々と同じ ただ 生きていくと言う事だ
■□■□■──────────────────────
電子マネーや クレジットカードなど
現金なしで 買い物をする「キャッシュレス化」が
世界で 急速に進み始めた
フィリピンは スマホの所有率が 高い
今年 半年だけでも 780万台が 売れた
インターネット環境が まともになれば
三周遅れで いずれ その波が 押し寄せてくる
スマホも クレジットカードも 自分は 持っていない
その 利便性については 承知している
フィリピンでは カードの決済システムが
当たり前に まともに動いていない
事故があれば 自分で解決しなければならない
うんざりする程の労力を 費やされる
日本では どうか 冠婚葬祭では 現金を出す
それを スマホで 済ませるつもりか
香典受付の端末に スマホをかざす
葬式でピッでは 死んだ者が 笑っちゃうだろう
まぁ 好きなようにすれば いいさ
愛宕神社(東京港区)は 1月の「仕事始め」の 日に
電子マネー「楽天エディ」の 端末で おさい銭を受けた
神様の不機嫌な顔が 見えるようだ
海外の旅行者は カード決済が 普通だろう
どこに行っても 現金払いを 求める
日本の状況には 戸惑いを 示すそうだ
ばか騒ぎの 2020年が 近づくにつれて
そうした問題点が 明らかになった
「キャッシュレス・ビジョン」を 掲げ
クレジットカードや 電子マネーを
受け入れる体制を 万全に作ろうとしている
客が スマホで注文し 決済までする
食堂も 増えていくだろう
人手不足や 人件費の高騰が続く中
現金管理の手間を減らして 業務を効率化
混雑時の 待ち時間などを 解消する
顧客対応 そこに 狙いが あるんだろうが
スマホを 持たない自分は そんな店に 入れなくなる
キャッシュレスを 毛嫌いしてるのは
自分だけかも しれない
ご同輩 団塊人は スマホなど
どんどん 使いこなして いるだろうから
歓迎してるんだろうな
■□■□■──────────────────────
一時帰国すれば ラーメン店が 恋しい
店の入り口には 自動販売機が 立ち塞がる
機械に向かって メニューを 選ぶ
会計係の 人件費削減のためには
仕方がない のかも 知れない・・
美味しいと 評判の店でも
自販機のある店は 敬遠してきた
メニューの中から 選ぶのは
店に入ってからの 最も楽し時間
外食の楽しみは 選ぶところから 始まる
自宅では 食べることができない メニューだったり
今まで 口にした事のない 料理だったりすることも
自販機の前で 自分の後ろに 並ぶ人を 気にすれば
いいや これで・・・と ボタンを 押してしまう
一回の食事を 楽しみたい 自分には 味気ない
店員とお客 大切な接点で あろう
これを 惜しんでいては 人間相手の商売は
できないのでは? と 他人事ながら 心配する
それでも「自販機」システムを 導入すると 云うなら
先に 席を確保して 自販機と同じメニューを 見ながら
選択し 決まったら 自動販売機で 購入する
そうしたことを 奨励したいが どうだろうか
嫌なのは 自販機の後ろで イライラされること
スタスタと ラーメン店には 入って いきたい
フィリピンに 自販機を 置いている店など 無い
給仕係は メニユーを選び 客が 注文を出すまで
じっと待っている イライラする顔など 見せない
代金も テーブルまで取りに きてくれる
「七味(ひちみ)五悦(ごえつ)三会(さんえ)」
この一年間 初めて食べる 美味しいものが 七つ
楽しかったことが 五つ 新しい出会いが 三人いれば
「いい年だったねえ」と 晦日に 喜ぶことが できる
ところが「七味」に なると はたと 記憶が 途切れる
現役では ないのだから 仕事上の接待なんかで
美味しいものを 食べているはずが ありません
美味しく食べたものが 思い出せないのです
美味しいものを 食べれば 嬉しいし
不味いものを 食べると 悲しい気持ちになります
■□■□■──────────────────────
そば屋で 昼酒
ノンベな 老い人に とっては 魅力的な 言葉の響き
日本に帰ったときの 楽しみ
そば屋は 老い人たちに 優しい
昼からの 忙しい時間を 外し 麻の暖簾を くぐる
格子戸を カラカラと引き開けると
昼下がり 店の中で 幸せそうに 飲んでいる
おじさんたち 店内に いる いる いた いた
明るいうちから飲むのが 気分いいのか
人が働いている時間に飲むのが 小気味いいのか
その背徳感が、酒をおいしくさせている
昼からやっている 居酒屋とは 違い
そば屋には 昼から 堂々と飲んでいいという
不文律が あって 後ろめたさなんて ここには ない
品書きから「ちくわ天」を 注文した
迎え撃つため 冷酒を頼む
揚げたて アツアツに 歯を立てれば
「カリッ」と 衣が 音を立て
むっちりと 甘いちくわに 口中が 包まれる
「ふふ うまいなあ」思わず ひとり 笑みこぼれて
さらに 冷酒を 追加注文する
米のうまみを 感じさせ
きちんと熟成した キレのいい酒
やんなっちゃう だめになっちゃう あぁ
昼から幸せだあ 日本だなぁ
サクサクの「鳥カツ」で 飲んでいた
隣のオヤジも 日本酒の二杯目を 注文した
そば屋なのに・・
「素ぶっかけ」の 品書きが 目に入った
よし と 姉さんに頼み たまご天を追加した
「つるるるるぅっ」その 細いうどんが
唇を 高速で通り過ぎて 上あごを 刺激する
「あぁ 気持ち いい」うどんを 食べたのに
おいしさより 気持ち良さが 先行する
細いうどんは 唇と 上あごをくすぐって
快感を 呼び込む
たまご天を潰し
ぶっかけ汁に 溶け込ませながら
「ずるるるるぅっ」
粘度と 甘みが 少し増した汁が 細うどんにからんで
これまた たまらない
高速で 入ってきた うどんを かみ締めると
8~9回ほどで 口の中から消えていく
そして 小麦の香りだろうか 甘い香りの余韻を 残す
そして 気づいた 細うどんは
太うどんより 軽快で 色っぽさも あるので
日本酒の さかなとしても いけるでは ないか
これは たまりません
うどんを 食べるのに ちゅうちょしては いけない
一気に 脇目も振らず
ただ ひたすら うどんを愛して 食べ進む
日本 昼酒の幸せが 満ちていく
寂しくなった時 うまいもん 食べたいと思う
嬉しい時 おいしいもん食べようと思う
だから 人は 食べるために 生きる
生きるために食うのであれば 何でも いい
けれど 人は ものを 味わい分ける
自分の食べ方が もはや 日本人のそれとは
異なることに驚く
自分は 本当に 外国人になってしまっている