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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines
後編 フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
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┏━━┫ 「団塊 百年の孤独 老いの抗い ┣━━┓
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┗━━━┛ 2018年08月15日 ┗━━━┛
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同じ街でも
旅と移住では 映る景色は まるで違う
いつもと同じ場所で 同じような日々を
繰り返して いないだろうか
たまには 違う景色に 身を置いてみる
旅にある間だけなら 自分の知らない 自分でいられる
移住「まったく知らない ひとつ場所に住む」
そのプレッシャーは 火事場の馬鹿力を 生む 反面
慣れるまで 疲れるし 辛い
「他に 行く場所もある」と 迷ったりもする
いずれにあっても 逃げきれる場を 持つことで
振り出しに 再び立てるんじゃないか そう思える
一歩間違うとね・・
うん 大丈夫 私が 食べさせてあげるから
「世の中から 切り捨てられるような そんな ヤツが 好き」
いつだったか 女が 耳元で囁いた
「生きてるってことに どんな意味が あるのかね」
そんな 負惜しみを バカみたいに 吐き出していた
女は 偉い 女には 勝てない
そう 十数年前のこと
東京暮らしで 頭の中までパンパン 心は置き去り
自分に傷ついたり 責めたり 恥ずかしくなったり
そんなもの 全てを ダバオで 捨ててしまいたかった
此処では もう 逃げなくて 済みそうじゃないか?
新しく生きられる そう思った
ダバオに生活し 尚 孤独な感情のコントロールは
いつまでも 日本を だらしなく 引きずっていた
「自分」は まだ この街の世間の中に いない
世間に生きていける 日常を 持っていないからだ
始めの 数年間は まるで うまく いかなかった
夜は 何もすることがなく とても長く感じていた
ムシャクシャしていた ケンカしたり
何かを ぶっ壊したりして しまう
ある深夜 なんだか 異様にイライラして
居ても立ってもいられなくなり しまいには
「うわーっ!」と 叫びだしてしまった
冷静でいたのは 脳の表皮の 一部だけ
衝動を 抑えることが できない
なおも 叫び続けた
あっさり「ああ 錯乱だね」と
冷静な脳のシワが 笑っていた
泣く 悩む 焦る気持ちを 他人に 気付かれないよう
日常の中に溶け込ませ 淡々と 普通に演じてみせた
ふてくされ 妙に格好つけたりも しなかった
「なに やっているんだ おまえは 誰だ」
後ろから 現地語と英語で どなられ 振り返る
見上げるような 大柄な フィリピンの警官が・・
思わず 縮み上がった
ある日 特に意味もなく からまれ
道端のバーグリルで 現地の知らないヤツと喧嘩
傷害で 警官に現行犯逮捕された
でも 自分は 間違っていない 正しい
自分の行動は 身を守るための正義
正しさを 表現した その時の顔というものが
どうなっていたのか 自分で 自分の顔を 見てみたかった
警官らのやり方は 荒っぽかった
いきなり 拳銃を突きつけて「動くな!」
動けば もちろん 撃たれる
法治国家であり 法治国家でないフィリピン
銀色に鈍く光る 銃口が 至近距離で 目の前にある
銃に慣れない日本人は 迫力に立ちすくんでしまう
銃を握る手の 人差し指は 引き金にそって
真っすぐ伸ばされている 暴発だけは 免れていた
異邦人への いやがらせも・・
やっていないことでも 証拠が なくても
彼らの一存で 警察は 身柄を拘束する
留置場の居心地の悪さといったら まいった
これが 思ってた以上に ショックで こたえた
やっかいな存在 自分を持て余していた
理解者として 自分で 自分をみつめてきたのに
自由になりたくて ダバオに来たのに
「何 やってんだ? って」自分が 情けなかった
「やりたいことをやる 自分に なりたいんだ」
―― 具体的に やりたいことは あったんですか?
なかったんです 「憧れる自分」だけが あった
現実から ただ 逃げたんですね 結構なダメ爺
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職場と家を往復する生活に
「死ぬまで この風景を見るのか
冗談じゃない 自分の人生は 自分のものだよ
これで 人生 終わってたまるか」
面白おかしく 表情は すがすがしく
人生後半「上出来」そう言いたいじゃないか
移住は 日常の論理的しばり
脳みそ重視の 身体の使い方から 解放され
心地良さ 快適を得た 新しい 日々を過ごす
そのエネルギーを チャージするのが 目的
「時間と場所にとらわれない 自由な生き方をしよう」
キャッチフレーズが 老い人に向けて 飛び交っている
移住ライフスタイルを 特集する本が 書店に山積みされる
移住を 実現できたのは ごく一部の人たちだ
そのために 行動できた人
「いつか こんな風に 自由に生きたいなあ」
憧れのまま 終わるのが ほとんどじゃ ないだろうか
迷わないとは 決断すること 行動すること
そして 決断とは 何かを 失う覚悟
行動とは 天に身を委ねる 潔さなのかも しれません
日本・東京 こぼれ落ちて ダバオに来た
南国で息づき 新しい自分になれる 漠然と考えていた
街を歩くだけでも 笑ったり ため息ついたり ドキドキしたり
ひととき 慣れない生活を 忘れさせる
日本人は 人と違うことを 恐れるが
人と違っていいのだ 違いはある 人と違っていい
だが ダバオに来てまで グレてりゃ どうしょうもない
人に 手を繋げる年齢は とうに過ぎてるのにな
ダバオで 自分の何を どう変えれば いいのか
その部分が わからなくなって しまっていた
そんな状態の まま ダバオ暮らしを 続けても
また どこかで 暴走して 警察に捕まって
そんなことを 繰り返すような 気がしていた
このままでは 自分が 絶滅の危機にある
日本から持ち込み 放っておいた
吉本隆明の詩集を 読んだ
何かが 自分の中でつながり 巡る感じが あった
制御できない感情も 暴力でなく 言葉で表現できる
そして それは 浄化され 心の一部に留まった
体と心は つながっている
どの場所で つながっているのか・・
実存や 自分の存在すら 疑っていたのだから
実存と 向き合ってきた つもりに なっていたけど
その域には 達していなかった
じゃぁ 自意識とは 何なのか 興味が 湧いた
存在は 無なのだ との意識
世の中にある 意味を 一旦 全部 外してみた
何も 意識しない状態から 始める
それは 悪い気分では なかった
水が欲しい 食い物が欲しい 暑い 生き延びたい
シンプルな事に 正直になる 自分自身を 認める
臆病さ 体力や 集中力も 勇敢さも自覚して
なお 前に進めるか どうか 異国で試されていた
この事は 誰にでも平等に作用する
日常の食事と 新鮮な空気と 日光という
なんでもない普通の景色が 見えてくる
自分は そういうものを 見ていなかった
それを 用意する力も なかった
わずかのことが 自分を悲しませ
わずかのことが 自分を慰める
意識の健康を 損なうままに しておくことは
残酷なだけでなく 不経済でも あった
何もない場所で 何もしない状態で
好きなことしかやらない 好きな物しか食べない
そこに向かって 自分を ただ 投げ出せば いい
実存の意味とは そういう意識
この意識は『自分だよな』って 思えてくる
白紙の自分に 地続きに なっていたからね
吉本隆明の本を読んでいる時
意識と現実が 通じ合っていくような
そんな 体験を初めてした クラクラします
外(世間)ばかりを見ずに 自分の内を見る
外側へ向かう自分と 内側へ向かう自分
余裕がなくなると 内側の自分を 忘れがちになり
外に向かって 一生懸命になりすぎる
何が正しくて 何がいけないのか
振り分けようと してるのかもしれない
だが もう 無理に 折り合いを つける必要は なくなった
正直だとか 「きれいごと」
誰だって 胸張って「きれいごと」を
言っているわけでは ない
その裏には うしろめたさや 羞じらいが 粘って
貼りついている
「これは きれいごとかも しれないけど・・」
でも そういうことを そう言う 言い方を やめたら
もう 全部 終わっちゃうよね
いまでは ダバオが 否応無しに 躰に入り込んでいる
ダバオには 何も無く 残酷で そして正直だ
何の雑念を交えずに ただ ご飯を美味しく食べている
病気では ないことが
「健康」では ないということ
分かっていたようで
意識と躰が つながって いなかったように思う
元気を出すのが 大変です けれど
自分が 元気になれる環境を どうにか 作れた
自分に エネルギーを 蓄えてくれるもので
身のまわりを 整えていっている
面白がって いたい
これが 自分だと輪郭を明確にできた
これでいい と 認めている
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つねに 自分に戻っていることで
威風堂々とは いかないが ごくふつうの顔をして
この国の日々に 流されながら
自由に「ひとり」を 生きている
「ひとり」は 人間の基本
人という字は 人と人が 支えあっている形なんだよね
そんなもん どうでも いい
ひとりで いいや それで いく
自立 あっさり 決めてしまえば
安易に 他人を 自分のつっかえ棒に しなくても いい
そんな姿勢が あっても いいだろう
自分は もう 一人の人間になる年齢に 達している
自分で自分を認め かつ 一人よがりに ならない
自分に責任を取る 年齢でもある 自分に嘘を つけない
自分の快楽に正直 誤摩化して生きることは しない
自立 自分自身を 頼りにする
他人の解答で 自立できるはずが ない
それは ただの なぐさめの言葉
自分で 何かを掴む 自分で 探すしかないもの
それ以外に 自立への救いは ない
異国で 学んだことといえば
誰かが 自分のために 戦ってくれる?
なんて思って 待っていても 何も起きない
自分の足で立って 自分で戦わなきゃいけない
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大勢で 一緒に見る景色も いいだろう
だが みんなが いなくなった後
たった 一人で見る 景色の価値も 信じたい
そっちのほうが 本物の景色という気もする
みんなに どう見えているかでは なくて
自分に見える景色を 信じる
それが 正しいか 正しくないか そんな事じゃない
きちんと 自分で見て 考えて 責任を持ちたいだけ
世間に もまれて 人は 健全に 傷つく
ダバオ暮らしを 経て 身につけた考え方を 軸に
「ひとり」で あることの 持論を展開している
人は しても 自分は しない
人が しなくても 自分は する
集団のなかにいても ひとりに 還っている
堅苦しく 窮屈だなんて 思わない
心が 自由になりたくて ダバオにいるんだから
無理なんて ひとつも していない
今では 心に 一切の負債が ない
それでも
「一人ぼっちに なってしまったなぁ」
自分の弱音 今でも 聞くことが ある
この年になると 二つだけが あれば
最低限の暮らすお金と 大切な女(ひと)
たまに会うからいい いいとこどりをしてる
無理に 結婚なんて しなくて いい
でも いい女は 絶対に持っていたほうが いい
でないと ホルモン的に 健康を保てなくなるから
自分が 先に死ぬ その事が 分かっているから
結婚しようとは 言えないよ
でも 自分にとって 一番 大切なのが いい女
レシート1枚が 亡くなる直前の 独居生活を 伝えていた
そんな死に方 つまんないだろ
ボケ味が 滲み出ている 面白いジジイだった
そういわれたいから もう少し 生きてみる
「うまかったなぁ」 と言ったあと
もう 何を食べたか 忘れてる
それで いいんじゃないか
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自分は こういうふうに生きていく
老後に幻想も抱かない 人生 余さず使い切れば
それで 死んでいって なんの文句も ない
それぐらいで 丁度いい
「死をどう思うって?」
死んだことないから わからないよ
頭の中だけの覚悟は 現実の硬さを知らない
「生覚悟」 に すぎない 覚悟は 揺れるのだ
面白いよねぇ ジジイたちの 世の中って
「老後がどう」「死はどう」って
すごく深刻なことだけど 笑えることも ある
だけれども 頭の中で こねくりまわす 世界よりも
世の中って はるかに大きくて 予想外の連続
楽しむのではなくて 面白がることだよ
楽しむというのは 客観的でしょう
世間の中に入って面白がる 面白がらなきゃ
やってけないもの
この世の中で「自分なりの」答えと
「日々を 面白がる」術を 手繰り寄せ
自分を 肯定でき 愛おしくなるまでの 軌跡
ワケありな独り身 ジジイが 演じる
「フィリピンとの距離の」告白