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ダバオ通信 ヤン爺のラストライフ・ダバオ
Last Life Shift In Davao Philippines

フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
「団塊 百年の孤独 老いの抗い」
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東京はね
お金がある人か
権力がある人か
若ければ楽しい
それ以外楽しくない
自分には
楽しくない 東京
あなたはどう思いますか
東京の住人は
人と車と建物の多さに
疲れ切っている
家賃も物価も高いし
自然は少ないし でも
文化資本という
視点で見ると
指折りの恵まれた都市
都会では忙しくて
身近な富が
見えなくなっている

フィリピン ダバオ市に
一人住んでいる
街をゆっくり歩けば
アジアがあるのだと実感
自然と調和した
穏やかな時間の流れに
ホッと
貧しい人が多い街
貧しさの闇は
光でしか
追い払えない
じゃあ 光って何か?
「笑顔」ですよ
笑顔でいると
笑顔が返ってくる
この年になって なお
自分は「必死の初心者」
フィリピンに
いられることを
うれしく思っている
自分が
ダバオを離れない理由?
自分が
ダバオにいるとしか
言いようがない
もちろん それは
自分の良い部分で
ダバオの街を見るたびに
自分から出たものが
ここにあるなって思う
自分が ダバオ
住んでいるところが
自分が世界と
向き合っている接点

自分が 感じることを
ベースに生きる
それが 生きること
自分はずっと
はみ出しものの人生
それも 裏を返せば
オリジナリティに
あふれる人生とも
爺さんになった
もっと鈍感になって
生きることが
簡単になるかな
でも そうしたら
生きてるって
言えるかな
そうして
鈍感になってまで
生きる意味なんて
あるかな
その答えを
言おうとして
自分が
今 ここにいる
気づいたら
横にいて
楽しくしていたら
人が集まってきて
一緒に帰ったり
とりとめもない
話をしたり
ゆるくて自由な関係
多ければ 多いほど
いいとは思わない
世界を飛び回るため
1人でも「友達」と
呼べる存在がいたら
きっと心強い

こんな雑な
生き方をしていたら
どこかで
野垂れ死にするだろう
その覚悟はしていた
それが 気づけば
馬齢を重ねていた
誕生祝いの
メッセージにあった
「化けるほどに
長くお元気で」
という言葉を見て
なるほど
そろそろ「化け物」の
領域に踏み込みつつ
あるのかと思った
それも悪くなさそう
フィリピンの
豊かさはなんだろう
経済的な豊かさを
否定はしないけど
もっと大事な
豊かさみたいなものを
知りピンから感じてる
豊かさって
一体何だろう?って
ただ家族で暮らす
暮らしのDNAが
残っている
そこが
チクチクっと
刺激されて
なんだか
懐かしいのかな
そして
人は懐かしいと感じると
心が安定する
モヤモヤしている
この精神状態が
ちょっと安定する
そうすると
明日を考える余裕が
生まれる
そんな役割も
フィリピンが
果たしてくれる
ご飯をあれだけ
美味しそうに食べるのは
とても素敵なことだなと
当たり前ですが
美味しそうに
食べている時が
一番豊かな瞬間
ひとつが「雑談」
それが
生活の潤滑油で
あることがわかった
「内容がない」
会話から
生まれるものや
得るものが
多いということに
自分の中にあった
年齢に縛られる考えが
大きく揺らいで変化した
年齢に縛られるのをやめて
自由になってみたら
年齢を重ねるほど
充実するということが
実感できる
老いや
年齢を重ねることを
ネガティブにとらえず
いつも自由で寛容で
完璧である必要はない
今は 人生を
現実的な“やること“の
視点から見るのではなく
自分がどう感じるのかという
“在り方“に重きを置く
ダバオでは
飲み食いできなくなって
老衰を選択した方が
脳内モルヒネで
安らかに亡くなった
という記事を読んで
少しホッとした
自分の手で
続けているのは料理だけ
料理することは
自立した生活
楽しく生きるために
その日暮らしに
徹するってこと
今日のことはいいけど
未来のことは知らん と
我が人生も
終わっていきそう
ま それも案外
平和かもしれません
年金でも
十分やっていけると
自信がついた今
気持ちも穏やかだし
人生でいちばん
体調がいいと感じている
「まあ いいか」
みたいな部分も ある
生活って
こんなもんだよなって
「人間って
こんなもんだよね」
家で缶ビールを
美味しく飲めれば
それだけで幸せ
そんな気持ちになれる
今この瞬間を
大切に生きる
自然を慈しみ
人と触れ合い
おいしいご飯を作り
誰かと食べられることに
感謝する日々を送る男
その周囲の人々を通して
丁寧な生き方とは
どういうものか
真の豊かさとは何か


