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       ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 
          Last Life Shift In Davao Philippines

    
        フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語
              「団塊 百年の孤独 老いの抗い」 
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ここに住もう と
ダバオでの20年
長居してしまった

きちんと
時が流れていることも
教えてくれる
70を超えた

 

ダバオ市郊外のマティナ
ひとり小さな貸家で
暮らしている

明日も 
わからないのに
10年後なんて
イメージできない
今のままであるとは
全く思いません

海外移住というのは
海外に住む

ということ自体も
もちろん 大きいが
自分の意志で
住む国を選べる解放感
コントロール感覚の
獲得にこそ 醍醐味

朝一杯のカップに注がれた
つやのある茶褐色の液体を
口に含む 
ダバオコーヒーの
華やかな香りが鼻を抜け
じんわりとコクが広がる

 



人間は
生きている限り
年を取り続けるもの
加齢にともなって
自分の体や思考に
変化が起きていると
気づき 戸惑ったり
驚いたりした経験は
誰にでもあるのでは

老いは
誰にとっても
初めて経験すること
だからこそ

基本的なこと
「老い」は個人差が大きい
「老い」はゆっくりと進む
このふたつ だから

「ピノッキオの
   ゼペット爺さん」になって
このまま
ノコノコと生きていこう

ここ数年で
見た目も中身も
急な勢いで劣化してきて
今 存分に戸惑っている

『なんだこれは』と
ジタバタしている
じじいになっていくことの
どこが楽しみなんだよ

『とりあえず 今日
   ダバオの空が
   青ければそれでいい』
などと思うようになった

 



年を重ねるということは
悪いことばかりではないと
思うことはある

過去には
色々とこだわって
ごちゃごちゃと
考えすぎていたことも

今は
『これでいいじゃないか』
現状をすんなりと
受け容れるように
なってきたり

若くて忙しかった頃には
気がつくことのなかった
空の青さの美しさに
ふと足を止めて眺めてみたり
するようにもなってきた

 

何か
目標を達成した とか
そういったことが
何もなく
昨日と変わらない
今日であっても
『とりあえず 今日
   空が青ければ
   それでいい』
などと思うように
なったり

 



何かに
やたら感謝して
むやみに
ありがとう
ありがとうと
言いたくなり

夕日がきれいだと
「今日もありがとう」と
一人でつぶやいてみる
おかしな感情も生まれた

いや ありがとう と
言ったところで
何に対しての
『ありがとう』なんだか
自分でもわかってないの
だけれど

とにかく
言ってみたくなる
肩の力が抜けることは
決して悪いことでは
ないかもしれない

何かにつけて
『ありがとう』
『感謝、感謝』と
言うのは
うざいジジイだと思うが

それで 簡単に
幸せな気持ちに
なれるのは
悪いことでは
ないだろう

 

美味しいものを
食べに行って
わぁ~とか
テンションが
上がっていても
そのテンションに
胃がついて
こなくなってきていて
二口か 三口食べたら
もう ギブアップ

それ以上は
箸の動きが
鈍くなってくる
焼き肉 ステーキ 揚げ物
この類いは ほぼ
そんな感じで 全滅

人間は 誰しも老いる
そのことは
頭ではわかっていた

でも実際に
これが自分の身に
ふりかかってくれば
まずは対処の仕方が
よくわからなくて
ジタバタしてしまう
七十代の心境なのでは
ないだろうか

年老いた人たちの表情は
その人の人生を表した

 

ずっと苦虫を
噛み潰したような
顔の人もいれば
終始微笑んでいるような
柔和な顔の人もいる

今まで歩んできた
人生をふと振り返って
これでよかったのか
悪かったのか
もう考えたところで
ここまで歩んできて
しまった人生は
変えようがないから
もう考えない

人生の最終章は
楽しく過ごしたい
今は迫りくる『老い』に
ジタバタしているけれど
どうせならゆくゆくは
終始微笑んでいるような
柔和な顔をしている
ジジイになりたい

最終章を楽しく
生きることによって
いい人生だったと
思いながら
死んでいきたい

それには
どうしたらいいのか

肌や体型の
老化のことに関しては
これといった具体的な
解決策もわからなくて
戸惑ってはいるが

別の見た目のこと
服装のことに
関してだけは
『年相応な
   服装を心がけない』
持論を持って実行

年相応な服装をする
ではなく
年相応にしない

唯一自信を持って
解決策として
お勧めできるのは
服装の部分だけなので
年を取れば取るほど
派手な色のものを着る

『年相応』というエリアに
シフトチェンジ
していかなければ
ならないというのは
死ぬほどつまらない

下腹が出てきても
派手な色の洋服の方が
好きなんだから
派手な色の洋服を
躊躇なく着る

いつまでも
自分で好きだと思える
服を着ようと心がける
何歳になっても
自分が好きだと思える
洋服を着る
「年を重ねるほど

   カラフルに」

メンドー臭いことは
したくない
という性格の自分には
徹底した自由意志を
通す自信はない
僕はどちらかというと
運命論者的な生き方に
近いのかも 知れない

それは
思想や哲学ではなく
メンドー臭いことは
したくないという
子供の頃からの
甘ったれた性格によって
運命論者的に
なってしまったのかも
知れない

怠け者の生き方に近い

今晩は カツ丼
黄身と白身で
まだら模様のカツを
ひと切れ口に放り込み
続けてごはんをかっこむ
ごはんの炊き具合もいい
カツと卵とつゆの旨味に
コーティングされて

実にうまい
一点の曇りもない
まさにかつ丼

今ある暮らしを
受け入れながら
充実した暮らしができる
そのことに気づいている

経済中心の世の中に対して
それと違う指標を
示したいというのもある

あるがままの自分を
受け入れる
自分の人生は
取るに足らないもの

それでも 自分に
割り当てられたものを
受け入れる

おそらく誰も
自分に目を留めないだろう
それも受け入れなければ
ならない

自分は
何かをやり遂げることは
できるかもしれないが
大多数の人々は
自分のしたことを
あっさり忘れる

同じような畑で
違う作物を

育てているというか
おじさん界隈にも
いろいろな人がいる

その中で 自分しか
できないことをやって
それをいかに

続けていくかだ

自分が大事だと
思っている人が
笑ってくれたら
それでいい