【アーカイブス】記憶にない写真 | 「はなぶさ」に集まる仲間たち

【アーカイブス】記憶にない写真

 古いネガをスキャンしていて、往々にあるのが数コマ、撮った記憶がない写真が写っていることである。もちろん、撮影する時には意識をしてシャッターを押しているはずなので、単に撮影したことを忘れているだけであるが、今になってみるとそうした写真が意外に貴重なものだったりする。例えば、蒸気機関車を撮影に行った時のDCやDL、ゴハチを撮影に行った時の国電などが、それにあたるだろう。


 今回、ご紹介するのは昭和51年に撮影した西鉄電車で、場所は本線と甘木線が分かれる宮の陣と西鉄福岡駅である。西鉄を訪れたのは、以前紹介した甘木線の流線型車両200形を撮影するためで、宮の陣に降りたのも、ここで本線にはいる200形を撮影するためであった。
 200形が目的でも、とりあえず来た電車は撮影する。まずは西鉄を代表する特急の2000系。確か、この頃は登場して2年ほど経った頃だったかと思う。1988年に3扉化されて急行用に転用され、一昨年、最後の編成が廃車となった。


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 その2000系特急の運転開始で特急仕業から外れた1000系。湘南窓の好ましいスタイルの電車であった。

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 西鉄の前身である九州鉄道時代に新製された小型車の100形。車体長は15m強である。ちょうどこの時期に廃車が進められおり、小型電車が好きなこともあって、3年後に九州を訪れた時、時間をとって再度撮影した記憶がある。


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この後、西鉄福岡(天神)駅に移動したようだ。

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 この頃の西鉄福岡駅は5線5ホームの時代で、後にホーム延長により3線となり、さらに1990年代中頃に駅そのものの南側への移転している。この写真は単なるスナップではあるけれど、この頃の駅の写真は今では珍しい記録となっているはずだ。 こうやってみると、やはり線路際にいる時には、来る列車は拒まず撮っておかないといけないなぁ、と思わずにはいられない。


 とはいいながらも、ネガを見るとその前日には理解不可能な行動をしているのである。 その前日に写しているのは、なぜかこれだけ。(あとは駅舎と記念写真)


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 この次のネガには、長崎駅での夜行普通「ながさき」が写っている。その翌日は甘木線に行っているので、「ながさき」で博多に出て甘木に向かったことは間違いないだろう。


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 もちろん、この日に日本最西端の駅を見に行ったことは理解できるのだが、なぜか不思議なことにそこに至る、あるいはその帰りの国鉄車両を1枚も写していないのである。天気が悪ければ、乗りつぶしで乗り歩くのも不思議ではないが、ネガを見ても少なくとも雨は降っていない。同行者がいて、どこか観光に行ったのではないか、と思われる向きもあろうが、この時は九州内の夜行を使って移動しており、それも難しい。当時、国鉄はあまり一生懸命撮影していないので、それほど写っていなくても不思議ではないが、それにしても1枚も写していないと言うのはちょっと考えられない


 学生時代とはいえ、貴重な1日を使って何をやっていたのか、まったく記憶がない。その前後のハードなスケジュールを考えると、不思議である。(駅長)