翌8月13日
0600. 百里基地に起床のラッパが鳴り響いた。眠い目を擦りながらベッドを整頓していたところに警務隊の当直士官が入って来た。
「おはようございます。本朝の朝食は食堂ではなくこちらで用意しますので本庁内で摂っていただきます。その後はここで待機してください」
すぐに阿部が、
「一度隊舎に帰らせてくれ。着替えや洗面道具など他にも取って来たい物がある」
「申し訳ありませんが、本庁から外出させぬよう通達を受けております。隊舎に必要な物があればメモを渡してください。警務隊員に取りに行かせます」
有無を言わせない言い方だった。
「分かった。皆んなの要望を集めて後で渡すからよろしく頼む」
皆ため息をつきながら半ば諦め顔であった。
(ここに阿部氏の個人的な話として、付き合っている彼女. K子さんとの回想が入る。K子さんはJAL国際線のスチュワーデスである)
4人は警務隊長に呼ばれて警務隊長室に向かった。そこには田村飛行隊長も同席しており、かなり疲労困憊している様に見えた。
阿部が号令を掛けた。
「気を付け、305飛行隊、警務隊、両隊長に敬礼」
上席の田村飛行隊長が答礼し、
「おはよう、昨夜はご苦労であった。君達が一番気にしているJAL機の件については今は話すことが出来ない。ここに同席している警務隊長にも同様に内容は伝えられていない。この件は極秘事項となった。よって極秘扱いに十分留意するように。
そこで早速だが阿部一尉以下3名に対し、本日付けで臨時勤務を命じる。赴任先はアメリカ.ハワイ州の米海軍航空隊.バーバスポイント基地。本日0900. 51飛行隊[←不詳]にて出発。それ迄に身辺整理をしておくよう。
-中略-
最後に、この件に関しての質問は一切受け付けない、以上」
田村飛行隊長は何かに怒りをぶつけるような表情で話し終えると、すぐに背を向けて部屋から出て行った。
残った警務隊長が、
「以上、達せられた通り。時間がないので朝食後すぐに必要な荷物を書き出してもらいたい。君達には何が何だかさっぱり分からないだろうが私も同じである。以上、別れ」
阿部達は全ての準備を終えて輸送飛行隊の待合室で出発を待っていた。出入口には警務隊員が立っていて厳重な警備だ。
周りには人気が無く、自分達だけの為にハワイ便を出すことは明白だった。我々を誰にも接触させないようにという配慮であろう。
間もなく搭乗の時に田村隊長が入って来た。
「君達には大変申し訳なく思う。少し落ち着いたらバーバスポイントまで行って説明するから、それまで我慢してくれ。我が隊としても君達に抜けられるのは非常に痛手である。なるべく早く戻って来られるよう中央に要請してみるから、それまで身体に気を付けて頑張ってくれ」
阿部が代表して、
「分かりました。隊長がそこまで仰るのでしたら我々も頑張って行って来ます。それでもなるべく早く帰してください。そして一刻も早く説明に来てくださるのをお待ちしています。隊長もお元気で。整列、気を付け。田村隊長に対し敬礼」
■ 第3章
輸送機は定刻通り0900に離陸した。ハワイのオアフ島まで約5000kmである。
途中グアムで積荷があるらしくアンダーソン基地で給油を兼ねて降りるとの説明があった。
C-130輸送機はグアムまで5時間半もかかり、そこで1時間駐機するというのでカフェテリアの場所を教えてもらい4人でコーヒーを飲みに行った。
そこには他に数人の米兵が居た。そこで北沢が急に立ち上がって彼等の所へ行き何か話して戻って来た。
「彼等に日本で大きな航空事故がなかったか訊いてきました。まだ本土から到着したばかりでよく知らないらしいですが、乗ってきた輸送機の機長が何か事故があったらしいと言っていたそうです。それ以上は分かりませんでした」
谷口は緊張した顔で「やはり何かあったな」と阿部の返事を待った。
阿部は皆んなの顔を見ながら「バーバスポイントに着いたら俺たち独自で調べよう。隊長を裏切ることになるかもしれないが..」
その後4時間かけてバーバスポイントに到着し、ハワイは日付けが変わった深夜0時過ぎであった。
先ず当直士官に挨拶を済ませてから隊舎に案内してもらい各々の部屋に入った。阿部は身体的にはかなり疲れていたがなかなか眠ることができなかった。グアムで聞いた事故というのはJAL機のことだろうか。JAL機は着陸寸前だったのに何故我々は帰還させられたのか. . 。
阿部はその疑問を晴らす一つのシナリオを頭に描きつつあった。それは余りにも残酷で恐ろしく信じ難いことだった。まさか..
しかしそのまさかが後に現実として受け入れざるを得なくなり、その為に生涯に渡って苦しめられる事になろうとは.. その時は微塵にも思わなかった。
翌朝4人は第1種制服にてバーバスポイント海軍航空基地司令官に着任の報告をした。
司令官からの通達は以下の通りであった。
⚫︎先ず司令部の隊員がエスコートして基地内の建物や施設の案内をする。
⚫︎来週からバーバスポイントの飛行隊と共同飛行訓練に就く。
⚫︎暫くの間は基地からの外出は認めず、IDカードは発行しない。
隊舎に戻ると早速情報収集の計画を練った。そして基地を案内してもらう際に、警備が薄くて脱柵しやすい所を探ることにした。
暫くして案内役の米軍司令部員が車でやって来た。如何にも頭が切れそうな顔付きで、中尉の階級章と共に左胸にはウィングマークを付けていた。阿部は同じ飛行機乗りであることに親近感が湧き、一つ階級が下であることに正直ほっとした。
各々紹介を終えて司令部員が基地内を案内してくれることになった。彼、リチャード.ケイン中尉は若干の日本語を交えて施設の説明をしてくれた。先ず飛行隊のハンガーへ案内され飛行隊長に挨拶を済ませた。-中略-
その後は管制塔、整備隊、救難隊などを巡り、隊舎に戻ったのは午後4時を過ぎていた。
この間に4人は外柵をチェックしていた。
隊舎では早速脱柵できそうな場所の話題となり、500m離れた所に位置する売店の裏の外柵が適しているとの意見で一致した。目的地は情報が得やすいカラカウア通りに決まった。
この行動は一歩間違えれば自衛官を辞さなければならなくなり、最悪MPに発砲されかねないが皆それは覚悟していた。
そのリスクを極力抑える為に地理に明るい阿部と白鳥が実行することになり、そして服装は何かあった時の為に身分の証明にもなる略式の制服にした。行動開始は外が暗くなり、消灯までに戻れる19時に決まった。
上手く脱柵した2人はヒッチハイクで移動し、カラカウア通りでABCマーケットを探してJapan timesと読売新聞を手に入れた。外に出て直ぐに開くと一面に大きな写真付きの記事で事実を知ることとなった。制服では怪しまれるので2人は近くのカフェテリアに入り、店員にチップを渡して目立たない奥の席に案内してもらい無心で記事を読んだ。
阿部: 何故、山に..?
白鳥: この記事だと私達が基地へ帰投を始めてから10分も経たない内に落ちてます。
阿部: 横田からの方向は? 何キロ離れているのかな。
白鳥: 群馬と長野の県境辺りですから、横田から70km程じゃないですか。何故横田に降りなかったんでしょう?
阿部: 降りなかったのでなく、降りられなかったんだろう。
阿部は何者かが意図的にJAL機を墜落させようとしたのではないか、それはあの垂直尾翼の破損状況が関与しているのではないかと考え始めていた。想像していた事が徐々に現実的になっていくことに恐ろしさを感じた。
それは白鳥も同じであった。
俺達は大きな事件に巻き込まれてしまったのではないだろうか。何か大きな力が動いているのなら、俺達の存在そのものが危うくなってくる。
続く