機長、これから横田基地にエスコートしますので付いて来てください

了解しました。ただハイドロがダウンしていますので殆どアンコントロールです。エンジンコントロールとエルロンでどうにか付いて行けると思います


こんな状態で果たして横田までエスコート出来るだろうか、もし自分が高濱機長の立場なら自信がない。阿部はそう思いながらJAL機の前へ出ようとした時、思わぬ光景を目にした。旅客機だから当たり前かもしれないが、乗客が窓から盛んに手を振ったり手を合わせたりしているのである。

阿部は胸が締め付けられる思いで任務の完遂を強く決意した。その間に白鳥がベストルートを検出してくれた。 

高濱機長は巧みにパワーレバーとエルロンをコントロールして見事な飛行を続け大月市上空まで来た。


[大月市上空でのループ状旋回については. 右旋回を始めたところバンクが深くなり過ぎて横滑りによる墜落の危険に晒され. 幸いにも咄嗟の機転で燃料をブースターで右から左へ移動させて対処したと余りにも不自然な内容が記されていた]

[注記]

CVRの記録上. 高濱機長は終始羽田への帰還を希望し. 東京管制にレーダー誘導を要請して旧B滑走路22が着陸可能となっていた。滑走路が無理でも東京湾への着水を想定して救命胴衣の着用を指示したと考えられる。

JAL機の位置からも. 本来はこの大月市上空で始まるループ状旋回区間に羽田への緊急着陸に関する交信内容が含まれていたものと思われる。事故調査委員会はシュミレーションの試験結果により着水した場合の生還は殆ど期待できない」.. としたが海外機関の評価は異なるものであった。以後着水の是非に関してはプレスコードとなった。


このルートで進むと八王子市等の市街地の上空を飛行し、横田へ降りるには一度左旋回をしなければならない。阿部はこの様なリスクを極力避けたかったが他に最善のルートが見つからなかった。

横田基地からは既にいつでも着陸可能と連絡が入っており、間もなく津久井湖が右側に見えてきて左旋回をするポイントまで来た。


機長、阿部です。私に付いてレフトターンしてください

了解しました


JAL機は危なげなくレフトターンを決めて元の水平飛行に機体をコントロールした。

その直後、横田基地から岩国から横田に向かっている米軍輸送機C-130が間もなく追い付くので. 貴機と共にエスコートさせると連絡が入った。   

[注記] 

流出CVR音声中にあるACC(東京管制)と全日空35便との交信内容から. 18:33′55″ 頃に近畿東セクター東寄りに高度23000フィートで東へ向かう不明機があるその先に位置する関東南Aセクターとの交信が無いので. その不明機は左旋回して横田管制空域に移管し123便を追った可能性がある.



前方に横田基地のランウェイライトが見えてきた。同時に岩国基地から飛来した米軍輸送機が後方から接近してきたのでそのまま後上方に付いてもらった


機長、横田のランウェイライトが見えます。ファイナルアプローチの準備をしてください

了解、横田を確認しています


横田まであと10マイル(18.5km)、この様子なら5分でランディング出来る.. 

その時、百里基地から突然信じられない連絡が入った。


TOMBOY. HYAKURI BASE. Return to base quickly.

HYAKURI BASE. TOMBOY. JAPAN AIR final landing to YOKOTA BASE. After landing to return to base.

TOMBOY. Return to base quickly.


JAL機はもう少しで着陸できる、それまで待ってくれ。

阿部は思わず日本語で怒鳴った。

阿部、田村だ。直ぐ基地へ戻れ

隊長⁈ 何故管制に居るんですか? JALはもう少しで横田です。エスコートさせてください

これは司令からの命令だ、至急戻れ

司令の命令.. どういう事ですか?

阿部、もう一度命令する。直ちに基地へ戻れ

.. 了解しました

自衛隊に於いては上官の命令は絶対である。


谷口、聞いたか、基地へ戻るぞ

了解、これは何かあるな.. 


仕方なく阿部はJAL機に離脱の連絡をしなければならなかった。

高濱機長、司令からの命令で直ちに基地へ戻ることになりました。大変残念ですがここで離脱します。それではご無事を祈ります

阿部編隊長、司令の命令なら直ぐに戻ってください。ここまで連れて来ていただき感謝します。無事に降りられたら近いうちに一杯おごらせてください。ありがとうございました

しかし2人が酒を酌み交わすことは永遠になかった。


合流した米軍輸送機の搭乗員達にはその後緘口令が布かれた。機長は除隊した15年後にマスコミにリークしようと試みたが、ある機関により揉み消されたのである。

 

■ 2

阿部達は一路百里基地へ機首を向けた。辺りは既に暗くなっていて、帰路の途中時計は1852分を指していた。

やがて基地の見慣れたライトが見えてきて、いつものようにランディングしてエプロンに向かった。格納庫に視線を向けると、そこには司令、飛行隊長、警務隊長、その他数名の幕僚の面々が並んでいた。

やはりこれは何かあるな..予想もしなかった面々のお出ましに皆疑念を募らせた。

4名揃って格納庫前まで行き、編隊長の阿部が司令に対してフライト終了の報告をした。

ご苦労だった。詳細については警務隊にて報告するように


警務隊とは自衛隊内の警察の役割を果たしている隊で、飛行に無関係な警務隊になぜフライトの報告をしなければならないのか、阿部達は意味が分からなかった。こんなことは自衛隊生活初めてのことであった。

4人は警務隊庁舎へ移送され、別々の取調室で深夜に及ぶ取り調べを受けた。その後4人は部屋に集められて殆ど軟禁状態となってしまった。


彼等は早速自分達が質問された内容などについて話し合い、何故このような扱いを受けるのか、そしてJAL機の安否について話した。


北沢もしかしてJAL機は降りられなかったんじゃないでしょうか。警務隊のやつに質問したら分からないと言ってました。

谷口: 俺もそんな気がしていたんだ。無事に降りられたのなら警務隊や我々に連絡してくるだろう。

阿部: 俺は垂直尾翼の破損状態が気になる。明らかに外からぶつけなければあの様にはならない。それが理由でこんな扱いを受けているんじゃないだろうか。

白鳥: 垂直尾翼に何かぶつかって、それを隠す為にひょっとしたら横田に降さなかったのでは.. 


白鳥の言葉で皆険しい顔になった。

各々用意されたベッドに横になったが、皆疑念を払拭できず興奮のあまりなかなか眠ることが出来なかった。


続く