ファーストアクシデント後の機体の姿勢制御

(フライトデータから)


旅客機の巡航時の姿勢は、通常機体の基準軸は水平であり、この時の迎え角はである。

そしてゼロ揚力角の分だけ重力に釣り合う揚力を得るため水平飛行を継続出来る。

しかしながら日航123便はファーストアクシデント後は総じて迎え角は11°と機首が上がり過ぎていた。

垂直尾翼の破断部で空気流の剥離が顕著となり、伴流のため空気抵抗が強くなって機体尾部で抗力が増大した。そのため全機空力中心は前方に移動して、重心の前方移動(22.8→20.2%MAC)の影響を相殺して縦揺れの安定性を低下させたことがこの迎え角から推測される。(機首が持ち上がる傾向になる)

つまり縦揺れモーメントが機首上がり(y軸に対して正)に働く傾向になって静的に不安定となった。 


幸いにもこれは18:40′に脚を出すこと(ギアダウン)により優位さをもって改善した。ギアは格納した位置から下げると多少重心の後方移動となるが、その位置は全機空力中心より後方下部となるため空気抵抗による機首下げ(y軸に対して負のモーメント)と減速を促す。

これで123便の縦揺れモーメントは静的に落ち着き、安定した旋回降下が可能となった。


また、残存した垂直安定板の左捲れにより左片揺れを生じた為に、左の第1.2エンジンの出力を相対的に上げざるを得なく僅かに右に横揺れ(ロール)が生じる傾向となった。結果として操縦輪は左3°〜4°の位置で横揺れ角はニュートラルとなったが、左右のインボードエルロンに舵面角度差が生じるので常に修正舵を右へは素早く大きく. 左へは緩やかに小さく操作して水平飛行を保とうとした形跡がある

図①


以上の事情により、インボードエルロンは直進時に右側の下向き角度より左側の上向き角度が大きくなって、ローリング誘発の為に水平飛行が困難になった。特に左旋回は操縦輪操作による姿勢変化が過敏になり18:38′に山梨県内で左に約40°変針、及び18:46′に横田へ向けて左旋回した際には、共に操縦輪の修正を最小限として1エンジンの出力を少し落として緩旋回した記録になっている。


ローリングの収束にはエルロンの舵面角度差はたいへん不都合であり、また復元モーメントが間接的に(上反角効果と減衰モーメントとして)僅かにしか働かない為に水平飛行の維持が困難であったが、18: 40以降はギアダウンの効果と操縦輪操作の慣熟と共に徐々に収まりつつあった。

これで機体の姿勢制御操作とその結果は、フライトデータとリンクすることになる。


◉補足.1

相模湾で回収された垂直尾翼前部左側の破断部では、外板が大きく左側に捲れていた。また報告書に依れば、残存した垂直安定板構造物は巨視的観察では左に捻れていた。


補足.2

機体の重心と全機空力中心

一般的に機体の前後の姿勢(縦揺れモーメント)を安定させる為には、揚力を増した時に機首下げの作用が働くようにする。


機体全体の揚力と抗力の総計は主翼に最も依存するので揚力の中心は主翼付近となり、この位置を全機空力中心という。


機体の重心が全機空力中心より後方にあると、揚力を増した際に機首上げのモーメントが働いて前後の姿勢は静的に不安定になり易い。よって端的には重心は前寄りが良いとなる。


しかし実際にはB747をはじめ殆どの旅客機では全機空力中心より後方に重心が位置する。主翼の遥か後方に水平尾翼を備えているので、主翼に比べてかなり小さな翼面積でも十分に機首上げのモーメントを抑制できることにより重心は後方でも規定の範囲内にあれば問題はない。


B747-SR100重心22.8%MACであり、垂直尾翼と機体尾部を喪失してからは後ろが軽くなって20.2%MACと少し前へ移動した。


全機空力中心に対する重心の前方移動で本来なら機首上げを抑えられるはずだが、垂直尾翼と機体尾部の損壊により強い伴流が最後尾で抗力として作用し、結果的には全機空力中心も前へ移動してしまい機首が上がり易く縦揺れモーメントは不安定となった。重心の多少の移動よりも空力の方が姿勢の安定性に大きく影響するのである。