職場で忘れるってことが話題に上がった。

上司が「自分健忘症の症状に当てはまってるんだよね」と発言したところから始まって、忘れることについてみんなでプチ討論会となりました。

健忘症については、気持ちの持ちようだし、健忘症だからしょうがないと思ったらもっと忘れることになるんじゃないか。ということで、われ等の上司の健忘症論は却下されました。

そんな中で、ある出来事(今回は寝坊で遅刻)が発端で眠っていた記憶を思い出した同僚もいたりして、本物の記憶ってのは忘れようとしてもどこかに隠れているのかなと思いましたよ。

特に悪い記憶ってのは、よく思い出される(悪い出来事を思い出すキーは存外多い)から、最後まで忘れることはないんだろうな。

悪い思い出を上書きできるような素敵な出来事を起こせると幸せだろうな(笑)

 

そういや近所のモールに今週末、来週末でDAIGO所属のバンド(ブレーカーズ)と倉木麻衣が来るらしい。

この機会に行ったら、忘れられない記憶になるかもしれないな。

生活するうえで必要最低限の範囲で、人と人との係わり合いは生まれてくる。

仕事にしろ、ご近所付き合いにしろ、避けずに通れないものはある。

うっとおしい関係もある一方で、なにげに係わりを持ってしまうこともある。

スーパーで、習い事で、旅行先で、一度だけかもしれないけど、声を交わす。

そして、たいてい声を交わす時は、気持ちが温かくなっている。

なぜだかわからないけど、そんな感じ。

いまさらながら、知り合うって、利害があるなしで、気持ちの持ちようがかなりかわってくるんだろうな~と感じたのでした。

 

先日、上の子のプールを見学してたら、なにげに知り合いができました。一緒にいた子供さんがうちの下の子と一緒ということで意気投合。

奥さん同士で話し相手ができたのは良かったかな。

ちなみに子供同士も気が合って遊んでたけど、見守りはお父さんの役目でしたよ(楽しい時間つぶし)。

仕事のときはもちろん、普段生活しているときも考えるってことはだれしもやっている。

だれしも意識しているしていないにかかわらず考えることをやっているけど、どちらにしても考えるってことは疲れることだと思う。

それでも何かしら考えるのはそれが必要だからなんだろうな。

良いことにしても悪いことにしても、それを考えるってことは、自分になにかしら影響を与えているのは間違いない。

これは主観だけど、無意識に考えるのは悪いこと、意識的に考えるのは良いことな気がする。

笑うこともそう。

意識しないとけっこう怖い顔になってる気がする。

意識する=考えるってことになるのかな。

良いことを考えるってのは、悪いことを考えるより圧倒的に疲れるけど、疲れるほど良いことを考えられるってことは幸せなのかもね。

 

最近、子供らが笑う顔を見るのが結構な癒しになってる。

笑顔ってのは、肉体的な疲れには効かないかもしれないけど、精神的な疲れには抜群の効果を持つんだろうな。