4月4日に投稿した「微笑がえしの奇跡」というブログ記事で、昔バンドでギターを弾いていた事、そしてキャンディーズなど当時のアイドルの音作りを分析(かっこいいラブ、、、実際はコピーして簡易的に譜面に落としただけ🙄)していた事などを書きましたが、当時はホントにアイドルの曲が最先端ではなかったかと、、、それは演奏していたスタジオミュージシャンを見ても、、、ギター:松原正樹、今剛  ベース:小原礼、後藤次利   ドラムス:林立夫、村上"ポンタ"秀一  キーボード:松任谷正隆  等など、、、まぁ、この全員がアイドルの音作りに関わっていたかは別にして、そんな音楽事情の中でキャンディーズの楽曲の他に私が聴いていたのが、例えばピンク・レディーの「UFO」の間奏部分や、山口百恵「曼珠沙華」のイントロと間奏のギターソロ、、、等など上げたらキリがないのですが、しかしながらそれでは私はアイドル漬けだったのかというと、決してそんなことはなく、どちらかと言えば当時の表現で言えば、イギリスのハードロックそしてプログレシブロックと言われていたものを中心に聴いていました。
では、なんでアイドルにまで手を伸ばしたか、、、それは私が在籍していたバンド、、、本当は好きなジャンルのハードロックやプログレシブロックをやりたかったのですが、他のメンバーがアメリカナイズされていて、、、仕方なくお互いに歩み寄れる当時流行り始めていたフュージョン・ミュージックに走った、、、その流れでオリジナルを作編曲する際にアイドルソングの手法を利用させて貰った、、、それは特に学校卒業と共にバンドを解散し、その頃出始めのマルチトラックレコーダーで自作の曲を多重録音する時に利用させて貰ってました。

そして、ある日パチンコで中途半端な出玉だった時にたまたま取り替えたレコード、全く聴いたこともなかった日本のアイドルロック歌手の歌声に驚愕した、、、それは浜田麻里4枚目の



という作品でした。
それから私は浜田麻里がある事をするまでの期間、ファンクラブに入り、出す作品は全て購入しました。
ではその後、浜田麻里は何をしたのか?
それはアメリカ進出、、、それにより私的には彼女の良さが全て失われたと感じて聴かなくなっていきました。

Return to Myself(1989年6月7日発表)」が最後に購入したアルバムです。


そういえば浜田麻里の他にも、ピンク・レディー、松田聖子、宇多田ヒカル、、、みんなアメリカに渡って、、、ショボーンショボーンショボーン

現在ではまたアイドル路線、モーニング娘。18ひた走りの私ですが、今でもたまに耳にする浜田麻里のある曲、それも当時の若い頃の録音ではなく、デビュー30周年記念コンサートで二十数曲歌った後に歌ったある曲、それを聴くとやはり浜田麻里という歌手は最高のボーカリストだと、、、その曲とは1983年発表のセカンドアルバムの一曲目

Don't Change Your Mind



ニコ生をYouTubeに落としたものなので画面は見にくいですがこの時、浜田麻里は52歳ですびっくり
余談ですが、バックボーカルは彼女の妹さんです。

↑↑↑削除されてしまったようなので、貼り直します。




今後も気が向いたら、私の音楽遍歴を紹介していきたいな…と思っています。


追記:ちなみに私が最初に購入した


でギターを弾いているのは、後に稲葉浩志とB'zを結成することになる松本孝弘ですびっくり





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