日曜日、びぃ君にお留守番してもらって
ちょっと贅沢してテンション高く
パパ・母様・姉様とお出かけ
びぃ君、なんとなくおいてかれる気がしたのかママの側を離れず
ごめんね
今日は、お留守番しててね
目的の場所へ行く前に腹ごしらえのランチ☀️🍴
Bコースいただきました
前菜、玉葱のムースがめっちゃ美味しかった
スープ撮るの忘れて
メイン、パパのお肉柔らかかったです。ママのお魚は、う~ん…お肉の方が良かったかな
田舎だけど、母様久しぶりのフランス料理喜んでくれました
お値段もお手頃で
そして、本日のメインイベント
ママの父様、ママが中学1年の時に他界。
母様の両親の事は、お婆ちゃん104歳までの長生きさんで
一緒にも最期の方は住めたのでお話しや田舎にも行けてたけど、父様の両親はママが産まれるまでにいなかったし、父様の事は、話だけで、お祖父さんが北九州から京都に出てきて成功したけど、父様のお兄さんがしていた会社がつぶれて家もなくなった…とだけしか聞いてなかったんで
だから母様と結婚したときは、全然お金もなくてお箸一膳から二人で揃えたとのこと。
母様がいる間に、父様が育ったとこを見ておきたいと、以前から姉様が言ってたので
行ってきました
父様が産まれたのは、京都市内(河原町近辺)だけれど、お祖父さんが50歳で隠居生活に入って(その当時は、父様小学校上がったとこくらい)昭和12年頃に引っ越したそう。
山のてっぺんに建っていて、周りからは「別荘の人」と呼ばれてたらしい。
山の入口に門があって、そこから上ってまた門があったって
お祖父さんの会社は、始めは工具🔧を造る会社だったけど、戦争で(古い)飛行機を造る事になって財をなしたらしい
お色直しもだから、この当時ではやっぱりすごいんだろうなぁ
戦中だし
後ろの四層の金屏風は、戦後お米🍚一俵に代わったらしい
家を見に行く事になって、母様が写真出してきてくれたけど、いっぱいの写真
(他にも、旅行の写真とかいっぱい
)
そして、現在
家は住む人も居なくなり、何年もまえにぺしゃんこになって荒れ放題
(入るのに、ちゃんとことわって入らせてもらいました
)
ここで父様は、青年時代を過ごしたんだと…
なんとなく感慨深いものが…
母様も、喜んでいました
そしてママは、お祖父さんが経営してた(4人くらいの共同経営だったそうですが)会社を調べてみようかと思っています。
ある程度わかってるのですが、当時を知る人が皆さん他界されているので
ただ、母様の記憶が正しければネットで図書館に資料がありそうなので
びぃ君、お留守番で寂しくて帰ったら離れませんでした
賢かったね












