東北大震災の「幽霊話」の卒論が 話題になった

卒論というのは 題材が自由でもあり制限されている

大学・学部もあり 卒論を要しない大学もありますね  

 この卒論は ブログのネタと同じで世の中にゴロゴロ

転がっていて いくらでも拾うことができる

★ どこの町でも 毎日朝夕の時間帯で渋滞する路線は

同じですが しかし時にはガラガラの日が年・月に

何回か必ずあります 多分何らかの因果関係がある

★ 自動車の運転操作で 管理者としての資質を

分析する・・なんてのも おもしろい

★ 人間の心理分析なんかは どうでしようか

小さな子どもが 我を通したくて道路に寝っころんで

親を威圧する 親はその時どうするか

教授からOKがでない そうかなぁ・・

  

 じゃあ 今騒いでいる「ベッキー騒動」は いかが

ちょっと古くは 理研の「小保方」騒動もあった

そして国会議員のナントカさん・・など

この人たちは 美人なのか・・は知らんけれども

騒がれるだけの要素はあったんでしょうね

で 騒いだのは 男と女のどっちが多かったのか

スケベなワガハイ思うに ヤロ-のほうなのでは

ワガハイは この女たちは騒がれて初めて知った

感想は「だから・・なんなのさ」という感じですね

 なんで騒がれたのかと考えると タレント活動とか

研究成果・議員活動なんてのは どうでもよかった

美人だとかメンコイだとか胸がデカイとか そんな

他愛のない感想を抱いていたのが ある日突然のごとく

抱いていたイメ-ジが 損なわれる事件が起きた

それで騒いだだけの話では・・世間によくあることだ

 そこで ワガハイの邪推なのだが・・

騒いだのは 多分ヤロ-が多いのだろうと思う

この人たちには「マザコン」が 潜在的に潜んでいて

母親からの愛情に飢えながら育ったのでは・・

理想としていた 母親のイメ-ジを壊されたのが

爆発して非難騒ぎ となったのでは・・

特に「小保方」さんの 割烹着姿にコロッときたのでは

スマップにしても 国を挙げて騒ぐようなことか

ファンには申し訳ないが アホらしい

 何もみんなと一緒になって騒ぐようなことでもない

だけど 一緒に騒がないと仲間外れにされそうだから

これは 集団催眠心理ですね

 大学生諸君 卒論として ねじり鉢巻き徹夜で・・

「命にかかわるような騒ぎでもないのに 興味なし

そんな幼稚なのは 卒論に値しない」

あっそう。 (おわり)

「よけいな心配したくない・メンドウなことはイヤ

自分たちのために119番を」ではないんです

このことも含めて介護について 母親が倒れてから

「ヘルパ-さんに教わったのが七割」あとは法律の

国家試験勉強をする過程で覚えました

 母親が介護度四で しかも認知症を併発して当時は

二人のチビは学校 私も勤めており多忙な時でした

最初は施設でしたが 時には記憶が戻る母親が家に

帰りたいと・・施設から引き取ってから半年間は

職場の介護休暇を利用し ヘルパ-さんと長女が

中学生でしたから助かりました

半年間家で世話をして 最後は病院へ搬送しました

 家族の死に直面する時 親しい友人の死に接した時

人は 何を感ずるのか・死に対して何を思うのか

【死とは何か】・・このことは家族の死・己が死に際を

さまよって生き返った

そのような経験がないと理解できないかもしれません

【死への恐れがない】から 虐待で子どもを死なせる

親も多いのです

今の時代 仏壇のない家庭もあります あっても

手を合わせることもしなくなったそうです

最近は 遺骨を残さない遺族も増えている・・

これは墓を設けるにしても多額であり 墓守の心配も

ありますが 仏壇は必ず備えるべきで戒名はなくとも

写真だけでもよいのです

親は 子どもに手を合わせるように言い聞かせる

これは 子どもへの躾であり死者への礼儀なのです

家庭の中に設置できる「ミニ墓」もあります

己が死を迎えるにあたって 己が魂はどうなるのか

残される家族には 死をどのように伝えるべきなのか

臓器移植や献体の申し入れはどうする 遺言は・・

生きているうちに なすべきことをしておく・・

それが 残された家族に対する 死にゆく者の礼儀

なのです

 家族は 死にゆく者が幸せだったと感じて

安らかに永遠に眠れるよう 毎日の生活を愛情豊かに

接していかねばならないのです

そして その時がきたら 静かに見送る覚悟を

普段からしておくべきなのです

 そのためにも かかりつけの医師・施設を特定して

旅立つときには 家族としてどのような手続きを

すべきなのかを確認して 自分でも調べて覚悟をする

その調べる過程においての話が 119番が先だと

なってくるのです。

医師法・消防法の救急業務規程を参照してください。

(追記 おわり)

「ひとつ屋根の下で 家族特に被介護人が

何らかの事情で 明らかに死亡したと

素人でも判断できた」

 

 その時に 警察と救急のどちらを先に呼びますか

正解は「救急が先です」

その場合は できる限りかかりつけの医師のもとへ

搬送してもらって 医師からの死亡の確認が先です

 医師は 死亡確認後に死亡診断書を作成します

死亡診断書の作成は 死亡確認が24時間以内以外に

かかわらず かかりつけの医師であれば書いてくれます

「虐待などの異状死」の時は「死体検案書」となり

これは 医師が警察へ24時間以内に届出する義務が

生じます

 介護の場合でも ナゼ警察ではなく救急とか

かかりつけの病院が先なのか・・

警察だと まず先に「事件性」を疑います

めんどうなんです

 医師・病院・介護施設を 普段から特定せよ・・は

死亡した時の手続きなどにおいても よけいな心配を

しなくて済むように とのことからなんですね。

(おわり)

「商いの心得」との題目が書いてある冊子には・・

★商いは行商が基本 座していても お客はこない

★あくどい商いはするでない 細く長く牛の涎のごとく

★地域の文化を創るのも商い 地域の発展につくせ

★大家(地球)・大いなる神の ご意趣のままに

★人間としての情けを 忘れるなかれ

★己の魂を踊らせるには 何が起きても たとえ

己が不利であっても 毎日「ありがとうの心」を

忘れるでない そうすれば魂は喜んで踊ってくれる

★誰でも己がかわいい しかし保身であってはならぬ

★人間という商売は底が見えず 冬の暗闇の道を歩く

ようなものだ 行く手に何が潜むのか解らず

物を売るよりも遥かにむずかしいのが 人の道

★商いとは人であり 人は商いなのだ

 まだまだ 拾えばたくさんありますが・・

この最後の「商いとは人であり 人は商いなのだ」は

「商いは水ものであり 人もまた水ものなのであり」

「商いと人は 大いなる神と自然と ともにある」

「何事も われの意のままになると思うな」・・と

紫は解釈してます

昔 クラブでバンドマン兼バ-テンをしていた時に

「水商売」という言いかたには抵抗した 世間でいう

夜の商売「水商売」こそが「営業・人づき合い」の

「原点」だ・・と思っていたからでしょうね

 

貨幣の仲介で 物品を動かすだけが商売ではない

人間のなす行為 すべてが「水商売」なのです

社外の取引とは無縁の 社内部門同士の接触でも

人と人との商売だ といえるのです

時代も生活環境も変わった 昔言われてきた言葉も

時代の流れに合うような 言いかたに変わった 

 会社の組織・規模が大きくなれば自己保身が優先する

その結果 置き去りにされるのは一般消費者だ

クレ-ム部門を設けても その答えは定型言葉だけで

買う側の思いに応えていない

個人も企業も 生きていくための基本は変わらない

ほかを切り捨てでも 自分だけが良ければ幸せなのか

起業時の精神を忘れたのか・・

この人と一生添い遂げようとの精神を忘れたのか・・

「商いは人 人は商い」なので あります。(おわり) 



★「お客さま第一」 


 わが家の祖先は ニッポン列島の片隅で小さな

廻船問屋だった 船を二艘持っており店には味噌醤油

その他 生活必需品が並べられていたそうな・・

 遠くは ロシア・百済の国との交易までしていた

しかしこれは時代が変わり 江戸幕府となってからは

ご法度になったが 裏では続けることができたのは

当主の弟が 領主代々のお抱え鍼灸師だったので

暗黙の了解だったようだ

 代々の持ち出しならずの家史には 商いだけではなく

人としていかに生きるべきか~などの いわば家訓が

商いとは別の冊子として残されている

編纂するとなれば「商人道・人間道」との 二大冊と

「商人道」の分冊として「財務諸表」を加えると膨大な

資料として残っている

 廻船問屋としての家業が様変わりしたのが 二度の

世界大戦で廻船業は廃業となり 農業・畜産・林業へ

転業し 祖父は大戦時帝国陸軍の将校として参戦し

帰国して切腹を図ったが 私の母に発見され生きのびた

母の話では 部下を死なせ己は生き残り 軍人として

遺族に顔向けできずが 理由のようだった

私は 学校時代夏と冬には田舎へ遊びに行き 祖父から

畑の畝づくり・牛馬の世話・堆肥づくりなど そして

人間としての基本を徹底的に叩き込まれ 鍼灸師だった

祖母からは あん摩の手ほどきを受け宮仕えをしながら

精油学校へ通った

今でも実家へ行けば 蔵の中で家史を読み込む

(つづく)