話を元に戻そう タンスとか金庫に貯め込んでも

これは危ない ルパン三世に狙われる可能性もある

それにだ ルパン三世から逃れられたとしても

閻魔様より怖い 窓際太郎さんが待ち受けている

貯めている時よりも 使った時が危ないのだ

貯め込んで もしも亡くなった時に相続した人が

金庫を隠し通せたとしても 生存していた時の

毎年の申告額と相続の申告額とに 差がありすぎると

窓際太郎さんの計算機が唸りだして隠していた金庫の

所在を探される・・ことにもなりかねんて

 こうなってくると この先どうなるか解らんから

パッパッのパァ~と・・それがいいんじゃねぇの

しかぁし使うときが要注意なんだから ルパン三世が

銭形のとっつぁんから あと追いされるような

隠すなんて姑息なことは止めて 納めるものは納めて

あとはあ~た 不二子ちゃんよりもベッピンさんと

心置きなく イチャイチャできるってなもんだわさ

 お金というのは「納めて・使って・貯める」

これが お金の法則なのでゴザイマス。(完) 



 マイナス金利だと 騒いでは いる・・

私たちが銀行にお金を預けても 金利のつかない時代が

迫ってきたのかな?・・イヤイヤそれだけではないぞよ

ひょっとすると 預かり・保管手数料なるものを逆に

払わなければ ならなくなりそうな事にも・・?

 さぁて ホンじゃまあ~どうするべぇか・・となる

お金持ちは家の中に隠し金庫を据え付けてドンドンと

金庫へお金を放りこむ

あるいは 株式・株価と結託している投資信託とか

不動産に投資する・・とか

イヤイヤ あ~たホントのお金持ちはねぇ 日本に

見切りつけて 海の向こうでゴザンスよ

その他大勢の一員である ワタクシめは金庫なんて

必要ない だって諭吉さんに極上の日本茶をすすめても

飲んでくれないし 素通りですよ

ひょっとして諭吉さんって ホントはマナ-を知らない

というか 金持ちとしかつき合わないのでは・・

まぁ~親分も崖っぷちに追い詰められているようだから

諭吉さんも影響受けて マナ-どころではないのかもね

 ナゼ親分が マイナス金利をおっぱじめたのか

それは多分 米国の要請だったのでは・・と考えている

昔から政治の世界は一寸先は闇 魑魅魍魎の世界だと

言われて 妖怪どもがウジャウジャとたむろしている

放っとけば 何をしでかすか解らん世界だ

表で罵り合っても 裏ではニッコリなんてよくあること

米国が世界覇権国の維持というメンツを保つための

政治的目的があって 欧州と中国・ロシアに仕掛けた

「世界経済戦争」に日本を引っ張り込んだ その手段

として諭吉さんの親分が そのまた親分の指示で

マイナスの金利政策を実行した・・のでは

(つづく)

★高齢者の自動車運転

 お年寄りがアクセルとブレ-キのふみ違いで

事故というのが 以前からありましたね

「必要悪と 似たようなもんです

東京のような町と違って お年寄りにとっては

どうしても車が必要です

特に独り暮らしで 病院・買物とか不便な人も多い

それに行くところは決まってますから 走る道路と

時間帯は だいたい同じです」

「警察も それ知ってますから免許返せとは言えない

 問題なのは アクセルとブレ-キ装置が並んでる

 それさえ解決すればいいわけでして・・

 人間工学の学者とかメ-カ-で開発して 保安基準を

いじって 高齢者向け専用車としてだけではなく

販売すれば 需要はあると思いますけど それと

事故だって減ると思います」

「私期待してるのは自動運転車ですね 行き先をタッチ

 あとは自動で目的地まで運んでくれる」

「そうなってくると 私らの職業は・・と思えば

 ちょっと考えますけど・・

まぁ~私が死ぬまでには まだ余裕期間がありそう」


(おわり)



「自覚」とは【相手と自分の自尊心を尊重】し

【自分の意識的言動により相手の動きを予測できる】と

いう事だから 無意識からの言動ではないんですね

これを学者たちは「自我の確立」といってますが・・

 ほとんどの人は 自覚せずに無意識での言動が多い

これは人間にとっては非常に厄介なことで 本人にも

理解できないことが多い

 だけど この「意識と無意識に線引きが可能か」と

なれば これはむずかしいのでは・・

そうすると「自覚というのも」【自覚しているのか】と

問われれば 何人も?となるのでは・・

ましてや【相手があることなんだから 瞬時に自分の

言動を自覚しながら 相手の自尊心を尊重して】・・

なんてのは とても不可能だ

 結局は後になって自分のとった言動を後悔しても

取り消し不可能となり事実が 歴史の中に厳然として

生き続けていくことになる

 歴史には「ウソ」も多い 真実ではないことが

伝説となり 言い伝えられていく毎に内容が変わって

しまうことだってあるかもしれない


 この「ウソを退治する」ためには「自我の確立」と

学者はいうけども「自覚と無意識」とも関係してくる

無意識に立ち向かうには自我の確立が必要なのだ・・と

「ウソで固めた人生」よく聞く話です

本人は 自覚したうえでの「生きていくための智慧」

なのかもしれません 誰も非難はできないでしよう

しかし周りをウソでねじ伏せても 自分にはウソは

つけない

自分史の歴史の中で 汚点として残ることになる

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

報道とそれに対するネット発言についての書き込みを

する予定が そうでなくなった・・後日また

一つだけ言わせてもらえれば・・

「日本人はしあわせだということ ただし将来も

続くとの保証はないけれども」・・

高齢者・介護・乳幼児施設・非正規社員・不正・

安保法・数ある表と裏への不満~などタップリとある

これらに対しての デモ意見要望非難~多数だけど

いつも一億国民総決起とはならない・・ナゼか

大半の日本国民が 今の自分・自分たちの生活に

安心感があって破壊されることは・・ないと

自覚しているからなのだ。 (おわり)


 本棚で眠っていた下記の本を参考にしてます

★『ホリスティック教育ガイドブック』

『森をつくった校長』平成13・14年出版

ホリスティック教育協会

★『巨象も踊る』(翻訳)平成14年出版

IBM再生への回顧 日本経済新聞社

★『場面緘黙』平成20年出版

おしゃべりできない子どもたち 学苑社

★『西田幾多郎全集』平成元年出版:岩波書店

 このなかで第五巻と六巻で

  一般者の自覚的体系・ 無の自覚的限定を

 記述している

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

自覚と歴史


 私たちは この世に生きて・生き続けている

死してもなお生き続ける どこで・・

それは【歴史の中で】生き続けるのだ

 

「長いものにまかれる」という諺の解釈はさまざまで

しかしそれは どの解釈においても生きていくための

智慧だと思っている

帝国陸軍の将校だった祖父からは「自覚と信念」に

ついて教えられ また「松下幸之助」さんも

「自覚と信念」について 述べておられますが 私は

「自覚があっても」「信念がある無い」とは別物だと

今では考えるようになってきた

 報道され ネットでの書き込みで非難批判を受けた

人たち・・基本的には双方「自覚があるかないか」の

違いだろうし やはり信念とは別物で「生きていく

ための智慧」なのではと・・

あるいは そんなに深刻に考えなくともよいのか・・

つづく