話を戻しましょう 鍼灸を除けばマッサ-ジもさまざま

 

 精油を使う実技と「ア-ユルヴェ-ダ」は 昔通っていた

精油学校では当然必修で 選択は「ヌアボ-ラン・整体・

カイロプラクティック指圧・催眠」などで細かく別けると

○○式といわれているのがたくさんあります

紫が選択したのは「催眠とヌアボ-ラン」の二科目ですが

「催眠は医療催眠で これにハンドヒ-リングといって

 患者の全身・患部に手をかざして気を流す この二つを

セットにして習いました

(日本に昔からあった『手かざし療法とは別』です) 

 手技の時に患者の状態をみながら 言霊(げんれい)

そして時には催眠を並行しながら施術するのです」

「ヌアボ-ランは 患者と施術者二人でおこなうヨ-ガの

ようなもので全身を施術する タイ古式といっています」

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患者と施術者が ともに至福だなぁと感じとるには……

【治らなくともいいんです 患者が施術を受けて満足だと  

 思う それだけで良いのです 患者は治りたいと思うのは

当然なんですが 術者は『治してあげる』と思うのは×】

 

触りかたと言霊(げんれい)とハンドヒ-リングによる

医療催眠によって 患者の身体の状態が変わってくるんです

ヌアボ-ランは 患者の名前と健康で幸せがいつまでも続き

ますようにと祈りを捧げてから 施術に入ります

 

 マッサ-ジは 相手の身体に合わせた触れかたが大切で

これだけでも施術は成功したと言えます

患者は その時には治らずとも満足感に浸り それが患者の

セルフイメ-ジとなり 自らが治そうという思いにつながる

【患者自らが 意識を意識せずに無意識にする それが

 生きていることであり 呼吸をしていることですね】

施術者は 患者自身が治そうとする思いを引き出す役割を

担っているだけなんです……このことは武道に通じています

(患者)と(施術者)が協力しつつ 身体の中で蠢いている

見えない敵(患部)を倒す……まさに武道であり

至福の芸術なのです

職場の娘たちや知り合いから頼まれて ときどき施術も

しますが マッサ-ジの施術者は芸術家であるとの信念を

もって施術しています。(最終回 保険と福祉について)

 

【マッサ-ジを受ける・施術するということは 身体の

 悪いところを正常に戻す⇒ココロも落ちつく……

 息をして生きていることを 忘れるためにあるのです

 長生きをするための ひとつのコツでもあります】

それが「至福のマッサ-ジ」なんです

 

鍼灸を除けば「指技・圧をかける・気を流す・催眠」

などになりましょうか・・「精油マッサ-ジ」もありますね

マッサ-ジを紫は 芸術だと思っていますが……

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残念なのは 誤解されている人たちも多いんですね

もともとマッサ-ジは「家族同士の心と身体の触れ合いで

そこには愛があった」しかし「触れ合うということに邪悪な

意味を持たせ 邪まな人間が性的・商的なものにしていった」

そのような卑劣な行為に立ち向かうには 真の芸術家たちは

あまりにも非力でした

その結果 世の人々が身体の気になるところを 鍼灸や

マッサ-ジを受けたいと思っても「身体に触れられることを

恐れるようになってしまったんですね」

 

 もうひとつ残念なのは どうして国の資格を得るための

「あん摩鍼灸学校」・民間の整体などの授業料は高額なのか

目ん玉が飛び出て 腰が抜けるほどの金がかかる

芸術家を世に送り出す という使命を抱く経営者ではなく

単なる 金儲け・金の亡者に成り下がっている

高額な授業料を払い教育を受けてきた 街中の似非芸術家

たちが元を取り戻そうと 高い金で・低額でも似非芸術で

誤魔化している 悪しき負の伝統になってしまった

 

真の芸術家たちの【その手と言葉には 神からいただいた

エネルギ-が満ち溢れ 性的・商的邪心などないのです】

(3へつづく)

 

 

 娘たちからの便りでは 梅の花が咲きはじめて

こぶしの蕾が膨らみ始めているとの弾んだ声が……

大宇宙・大自然からの生命エネルギ-を 見つけて

感じ取っているんですね 海を越え遠く離れてはいても

娘軍団を統括する私にもエネルギ-が伝わってきます

われらが大家である地球を 裏切ることのないようにしたい

今回は 寒くなりますと身体の筋肉も委縮してきます

そこで マッサ-ジのお話を。

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 マッサ-ジを受ける・施術することがナゼ至福になるのか

【意識が無意識になる】からなんです

 

【哺乳類にとり最大の無意識は 生きていることであり

 それは呼吸をしていることです】

【生活するうえで ココロと身体に異常があると 

いつもそこに意識がいって 呼吸も生活も乱れてくる

もう時間の問題かと ヘンに観念してしまう……】

 

これが逆だと どうなりますか……(2へつづく)

 

期待すべきか否か……今も昔も政治家と有権者の贈賄疑惑

卑近な例では「線香だ手帳だ」で 報道が騒いでましたね

 

 なんで騒がねばならないのか 紫は不思議です

政治家とて 失業しないように運動する権利がある

線香とか手帳なんかでガタガタ騒ぐな みっともない

【政治家だけ責めて 有権者をナゼ責めない】

「公選法の不備を 金のかからない選挙と その後の

議員活動はどうあるべきなのか」について 報道各社が

集まり 各社の利害は一時タナに上げて統一した見解を

提議したことがありましたっけ…… 

時間が経てば線香花火のように 別のことで また騒ぐ

そうでしょう 報道の皆さん……

線香花火よりも 国会質疑中での「ヤジ・雑談」のほうを

報道人の良識で 議員さんたちに灸をすえてほしいのですが

期待しても無理なんでしょうか……

 

【もう一つ忘れてました 裁判官の良識も引き出してほしい

 モノ事の解決に灰色部分があってもいい・・しかしだ

 白黒ハッキリすべきモノでも 灰色とするのは良識とは

 いえないのでは……】(おわり)

 

★横断帯が近くにない場合 道交法は何処を横断すべきと

明示していない

★横断したい道路の近くに そこから20~50m以内に

横断帯がある場合は その横断帯を横断すべき

 

 道交法は「道路横断歩行帯を歩行者が横断している時は

歩行者の横断が優先」とある

「横断帯ではないが 交差点の近く以外の場所を横断する

歩行者がいる場合 その通行を妨害してはならない」

いずれも 当然ですよね

 

しかし人命第一とばかりに 歩行者の横断については

あまりにも一方的 自動車運転者に責任を押し付けている

【横断歩道を渡ろうとする歩行者がいる状況の解釈だが

どのような動作をもって 横断の意志があるのかを判断

すればよいのか……】

 

【運転者と歩行者 おたがいにハッキリ確認できるのは

道路を横断したい歩行者が あらかじめ腕を上に掲げ

 横断の意志を示す・・これしかないのでは】……

子どもには守らせても 大人になったら「手を挙げて」を

忘れてしまったようですね・・

横断帯であろうとなかろうと 動作がはっきりしないと

運転者もまごつく 車とまれ接触したら・・ほぼ100%

運転者の責任だと言われてもねぇ……

地球から自動車を締め出さないと 解決できないことに

なってしまう

 

 自分の命を他人に守ってもらうという不心得者のために

自動車運転者が 全責任を負わせられるのはゴメンです

【横断の意志をしめさずに撥ねられたとしても 撥ねられ損

 医者代も損害賠償も請求できないことを 道交法・民法に

明記すべし】(おわり)