「真面目に話していると思えば いつの間にか
スケベ話になるんだから・・ほかにも何か」
お前さんが持ってきた 報道記事を読んでみるとね
この訴訟に限らずに 一般論として思うとだ
『人間が抱く思い・言葉というのは むずかしい』
毎日の生活でも『正義は我にあり』~と思っている・
思い込んでいる人が多すぎるんだよね
多くの裁判でも『正義は我にあり』だ
そう思わなければ 訴を起こせないという事もある
(負け戦を承知でする場合もあるけどね)
そのように思い込んでいる相手と争っても
たがいが傷つくだけだ
議論すれば たがいに過去の出来事を想いだすよね
さらに 相手が被害者意識を抱いていれば
こちらが悪くなくとも思わず謝ってしまうこともある
そして謝った自分を ついつい責めてしまうという
ことだってあるよね
議論する時は 相手を己が陣地に引き込みたい
自分はそのように思ってはいる
自分の意識は『こっちの言う事を聞け』という
エネルギ-を相手に飛ばしているわけだ だけども・・
ウラから言えばだ 相手が心変わりすることを
願っているという意識があるわけだよね
この時の 自分の意識がどうなっているのか・・
相手が どのような受け止め方をしているのか
お前さんだったら わかるだろう
「リラックスしてないですね たがいに相手が
自分の意のままになるかが不安で焦ってくる」
だよな~これって自分中心ではなくってね
相手中心なんだよ
こういう時の意識ってのは 自分の内に向いていなくて
相手側に向いているんだね
自分の意志を 相手にぶつけているんだけど
深層心理では 相手次第でどのように転ぶか分からん
そのような恐れの意識を抱いているんだね
これってね 相手に期待する依存しているんだよ
人と人との争いってのは ほとんどがそうなんだよ
心理作戦というか 言霊と言う意味を思うんだな
言霊と言うのはエネルギ-であって 言葉の響き
なんだろうね そして 家庭内であれば
『言葉とその響き⇒家庭内催眠術』なんだね
裁判なんかでも 主張の時は心証が一番大事なんでね
そこに言葉の響き エネルギ-の問題があるわけよ
夫婦の別れ話なんか 特にそうだ
ほとんどが たがいに被害者意識を持っているんだね
『私の・オレの人生 めちゃくちゃにして責任とれ』
ってね
この三組の夫婦関係・親子関係は 複雑怪奇で
どのように転ぶか分からんぞ・・と話したのは
夫婦・親と子・子と子・相手方 たがいに
被害者意識を持っていると同時に親は子に対しての
責任と卑屈な気持ちもあるからだよ
そして 一番厄介な日日の感情という問題がある
人間関係の裁判は 貸金取立て裁判と訳がちがう
勝ち負け双方 たがいに傷つくんだよ
それだけじゃなく そのあとも わだかまりを
いつまでも引きずるんだよ 勝った方もだよ
お前さんも編集長なんだから 分かるだろう
まぁ~裁判で天下に醜態をさらしたんだから
これ以上の醜態をさらさないように
うまくいってくれればいいけどね