★集団の和・・ナンだそれは

「一人でできることは限度あり・みんなで助け合おう・

会社があるからこその個人だ」・・

 チビどもには そのようなことは一度として

話したことはない 

かといって 協調するとか社会的義務を否定している

わけでもないのです

人まねをしないで まずは自分だけで動け どうしても

できない時だけ助けを求めよ・・そのための協調性だ

権威・権力にひれ伏すな ひれ伏せばずる賢くなる・・

そんなことは止めろ

仲間と騒ぐのもいいが 独りでいることを恐れるな

独りでいても楽しむことのできる趣味を持て

料理・洗濯・簡単な部屋の電気製品の修理など

独りでも 生き抜くための技術を覚えろ・・

さらには世間で言ってることは疑え

親になっても子どものために 自分たちの生活を

犠牲にするな

子どもを育てるのは当然だが それはタダじゃない

デッカクするまでの金は 子どもに当然請求しろ・・と

 まだまだありますけど だいたいが私の狙い通りに

デッカクなった

ひとつだけ残念なのが 閻魔さまの袖の下と思って

それまでの投下資本を いまだ回収できていない

敵もさるもの さまざまな理由をならべて逃げ回る

債権者と債務者の壮絶なる戦いであります

このままでは 地獄の沙汰も金次第というのに

閻魔さまへの献上金がない~なんとかせにゃ・・

金の恨みは恐ろしや~と地獄から化けてでるしかない

あわれなのは 世の中の親という商売人だ。

 沖縄基地問題

ようやく 官房長官だけが沖縄知事と会った

『アポとらずに会えなかった』との主張はおかしいと

最初は知事を非難するネットの声があったが

この投稿の主張こそがおかしい 会見の申し込みを

したのだが蹴っ飛ばされた 他の用件もあるので

上京した・・というところだろう

大の大人が 約束を取り付けていくのは常識で

「アポとり」があったのか否かの報道記事はないので

投稿者の単純な思い込みか・・


 それよりも私がヘンだと思うのは・・

当事者の知事とは会わずに そして国会審議する前に

米国へ副総裁を向かわせて 公明党と合意した

安全保障法制に関する説明をさせて 米国の了解を

国会審議の前に取り付けたということだ

憲法の 主権在民の趣意はどこへいったのか・・

 知事の「たった1県のこの沖縄県に多くの米軍施設を

負担させて日本の国を守るんだと言ってもよその国から

見るとその覚悟のほどがどうだろうかと思う」との言は

政府向けの発言だけではなく 日本国民に突き付けた

言葉だと受け止めなければならないのでは・・


 もう一つ 日経新聞は「辺野古沖合は自然豊か」と

報道している

http://www.nikkei.com/article/DGXZZO75366460X00C14A8000071/

なのに 自然保護・環境保護団体は一向に騒がない

犬猫を殺傷しただけでもピリピリして発言するのにね

わずかに「日本自然保護協会」が発表しただけだ。

http://www.nikkei.com/article/DGKDASDG0902I_Z00C14A7CR8000/


★アジアインフラ投資銀行(AIIB)

設立趣旨と参加要請が事前に中国からあったのに

米国の言うことを聞いて参加を見送った

不透明な融資基準・透明性のある情報開示ができるのか

などの理由を政府が発表しているが そうかもしれない

 AIIBの運営がどうなるのかは今の時点では予測

できないし 中国経済の実態は意外に砂上の楼閣で

これからはアジアだといっても IMFとか世界銀行・

アジア開発銀行・欧州復興開発銀行などのように

安定した機関となれるのか疑問ではありますが・・

 このような国際的開発金融機関の設立を日本政府が

知っていながら米国の意向ばかり気にしている

世界における 日本国としての長期戦略を練って

指導国としての役割向上に努めてほしいものです。




 昔からさまざまな意味でつかわれる

共通しているのは「不倫男と不倫女」への言葉か・・

不倫を表現するのに適切なのは「恋なのか愛なのか」

本人がどんなに言いわけしようとも 浮気しての不倫と

なるわけだから「不倫恋」であって「不倫愛」ではない

 ナゼそうなのか・・紫流でいえば

「浮気」は『気持ちが浮いて』しまい『不倫』となった

これは「恋」なのだ 『心が下にある』つまりは

『下半身』のみに『心』があり 決して「愛」ではない 

「愛」は『真ん中に心』がある 誠心誠意あなただけを

愛し続けていく・・

理屈を言えば そのようになるけども しかし人は

ひょんなことで心変わりする

 不倫に走る男女は 現状不満ともうひとつ

若いころにもっと恋をしたかった

このどっちかではないのか・・とも思う

後の理由も 現状不満だから不倫に走るんだろうと

思われるでしょうが ちょっと違うと思う・・

現状が安定しているからこそ 若いころの恋に焦がれる

という 甘えの感情からきているのではと思う

 この二つの理由のうち 思うに危険度大なのは

後の方で 走り出せばその先が見えなくなるのでは・・

ナゼそのように思うのかと言えば 若い時からの

恋に焦がれる感情があまりにも大きく それまで築いた

家族家庭が壊れてしまうことへの恐れに思いが至らない

からなのでは・・

家庭が安泰で何も失わずに 心も体も満たされる恋を

したい・・そのような恋が世の中に転がっているのか

 いいや恋ばかりは 何とも言えん・・

転がっていたら それこそが心身ともに満たされる恋

ただし すべてを投げ打ってでもとの覚悟があっての

恋なのだ・・

特に秘めやかな恋ほど 心も身体もめらめらと焚える

その陶酔感を いつまでも続けたいと願っている

悪魔の心が優勢なのだろう

しかしその陶酔感がいつまでも続くわけがない~と

心のどこかでは 無意識が綱引きをしている

それこそが大宇宙の真理であり そのような自分の心が

揺れ動く変化の流れを 大宇宙の自然の心の大きな流れ

に身をゆだねるべきなのですね。

(以下アロマ学校時代の禅と茶の教科書から部分引用)

 「自分の心の流れ」とは 禅とか茶道でいうところの

【心に余白】を作るべきで 心の余白を紫流でいえば

【余裕のある遊び心】とでも言いましょうか・・

秘めたる恋の真っただ中に身を置いているときの心には

【遊びの心】がないのだ その心がないからあがいても

もがいても 悪魔と袂を分かつことができない

秘めたる恋は「諸法無我」の世界のことであって

【夢のまた夢なのだ】ということに気づくべきなのです 

「余白の心」を作るためには どうしたらよいのか・・

「余白の心」とは 善と悪を自由に泳がせておく
「遊びの心」を作ることであり それは「沈黙の心」

でもあります 秘めたる恋だけではなく邪まな悪魔の

心の侵食を許さず撥ねつける心であり 綱引きをして

いる自分の心の中を見つめることなのです


 ひとつの方法としては 禅庭を眺め座禅をするもよし

瞑想するもよし もがきあがいている 自分の今の

揺れ動く心の流れを見つめる・・

時を経て同じ禅庭を眺めるとき そこには違った自分を

発見することでありましょう。








 最近は だらけてきて投稿休もうかと思えば

日記のように毎日の思いを記録する目的で投稿すると

自分に言い聞かせて始めたんだろう

フ~ンそうかい じゃあ止めれば~と頭の中で

あっちとこっちが 突っ張り合う・・

記憶の貯蔵庫を開けて 投稿ネタを探すのも

気が進まず ここ一週間の投稿記事を読んでも

まるで他人が書いたような記事で しっくりこない

これじゃあ読者に申しわけない・・

 ひょっとして更年期障害か 歳には関係ないって

いうから・・

 それとも前々から抱いてきた 投稿サイトは

誰のために・何のために存在するのか・・

開設者は どのような目的で開設したのか・・

投稿する人たちは 批判するだけが目的なのか

建設的意見を述べても 最初からあきらめているから

批判意見ばかり集中するのか・・

これらのことに自分なりの答えを見つけることが

できないからなのか それとも むずかしく考えず

気軽にでよいのか・・


 あれこれと勝手気ままに 思いを書き込んでいると

いつのまにか 一つの文章ができちゃいました

今日は 皆さんには悪いけど コレでいこう・・。