お前たち何しにきた・・寄るな 帰れっ

「あらぁそんなこと言っていいの 年四回は温泉で

 飲んで食べる し放題って約束どなたでしたっけ」

「そうよクチばっかで押し掛けないとダメなんだから」

 ンなこと言うはずねぇだろうが・・

ダイタイなっ お前たちのほうがオレより金取いいんだ

ナンでオレが・・

「またぁそんなこと言っていいの 紫さん」

「毎日朝から晩まで遊び歩けるのは 私たちがいるから

 携帯も持たずに 行き倒れになって病院に運ばれて

 無縁墓に直行しなくてすむのは 私たちがいるから」

「それだけじゃないわよ 若い女のお尻ぼっかけて

スケベおやじだって110番されたらどうすんのよ

 私たち恥ずかしくて身元引受人にはなれないわよ」

「そういうことで 誰かさんが原因でストレス満杯の

か弱き乙女心を癒しにきたんでございますのよ」

「いいじゃない 今日は四人だけなんだから」

「食事とお酒は 電話でお願いしといたから」

「あっ紫さん お酒飲むから今日はお泊まりよ」

職場では娘たちからイビられ たくさんなのに

ナンで宿にまで押し掛けられ 次から次と・・

年四回の約束を 無理やりさせられたのは事実だが

 わが職場には 嫁き遅れの憎ったらしい娘たちだけの

軍団があって 私は所属なしの遊軍社員だったが命令で

束ねることになった といっても実際はただ一人結婚

している「お局」が軍団を仕切っている

この娘たちの上になった時に 勤務は年中無休24時間

勤務とし担当顧客の都合により 出勤しても業務がない

娘もなかにはいる

 このブログでも 時に書き込みしているので古い読者

のかたはご存知ですが 私は時々知り合いの温泉宿に

逃げ込むのだが娘たちに嗅ぎつけられ あるいは自宅の

防音部屋で 飲み食いのどんちゃん騒ぎをされる

8日の夜も 業務のない娘たち四人に・・

まだまだ あと二か月もある 災難が続く予感が・・

いつも泊まる部屋は 半露天風呂つきなのだが

間仕切りがあっても どういうわけか素通しなのだ

娘どもは ワガハイをスケベだが男と見ていない

平気で裸になり風呂につかり騒ぐ いつものことだ

嫁き遅れの娘どもは 業務ではロングパンツだが

押し掛けてくるときは ミニスカ-トにトレンカとか

ニ-ソックスで その下はタンガとかTバックだが

風呂から出ると浴衣だけの姿で どんちゃん騒ぎが

そのうち 馬のように鼻息は荒くはないが寝息が・・

こうなると蹴っ飛ばしても起きない

湯冷めをしてカゼと仲よくされたら大変なので一人ずつ

布団へ押し込む作業が待っている 

若い娘たちが 浴衣の前をさらけ出し無防備で寝ている

姿は艶っぽい 四人ともブラなしなので胸のふくらみが

飛び込んでくる むちっとした両の太ももが合わさった

あたりは透けて神秘的でもある いつものことなので

スケベだが マジメ紳士のワガハイは何とも思わん

 翌日の朝ワガハイ目が覚めると憎ったらしい娘どもは

すでにいない これもいつものことだ

親の躾がよいのか 飲み食いの後片付け・シ-ツなどは

まとめて布団はたたんである

『飲み食いの費用は少しは払おう』と教えてほしかった

いやいや親の躾のセイにはできません 他では支払いの

常識を守っているのだから ワガハイの責任だ

しかし直させるとなると・・だめだこりゃあ(おわり)





知り合いが あるいは恋人・ダンナやカミさん・

部下~落ち込んでいる時 あなたは どうしますか

 もちろん声掛けしますよね 

どのように声掛けするか それが大切なことなんです

しかし声掛けしない これもまた大切なことなんです

「情けのこころ」の うしろには・・

 上下・主従関係が 潜んでいます

「慈悲のこころ」の うしろには何もない・・

 落ち込んで悲しんでいる人の ココロに寄り添うだけ

 そのココロを受け入れるだけ 言葉はいらない


悲しみが遠のいた後に 励ましの言葉をかければよい。


おわり
今回は 知り合いの経営する温泉宿からの投稿です。





乗客の性格を考える

「人によって みかたが違いますから当たり外れは

あります 私の見かたですから」


「手を挙げる前には お客様の前に停まってますね

 自慢しますけど 的中率百%です」


★手の挙げ方で占う

 普通は急ぎの時は 腕の挙げ方も違うし身体全体で

 停まれっですね 

 若い娘は頭の上まで腕全体を真直ぐ伸ばしてます

 年齢的にも勢いがありますよね

 まぁ一般的には 直角に肘を曲げた状態ですが

 日頃の生活に自信のない人は 30度くらい肘を

 曲げて身体の少し前に出しての止め方ですがね」

 「ややこしいのが 乗るのか乗らないのか・・

 ハッキリしない客がいます

 このような人は 毎日の生活でも判断するのにいつも

迷っている人で 行き先の指示もあいまいですね」

★「面白いのは 停め方と運賃の払い方が似てるんです

 ハッキリした停め方の客は 支払いも素早いです」


★他人にいつも依存している人

「今はGPS付のメ-タ-ですがそれでも時々あります

 昔はしょっちゅうでした ロング運賃の交渉ですね」

「この交渉を アベックがいて普通だったら男の役目

 ですがね 女にさせる男がいるんです」

「私が女だったら このような男とは付き合いません

 毎日の生活でも ほとんど他人に依存している男で

 一緒になっても 頼りにならないダンナとなるし

 こんな男は自動車の運転させると気が大きくなって

 地が出ますね 単なる面倒がり屋とは違います」


★行き先までのコ-スをやたらと指示する客

「私は楽なんです 走るコ-スを思い浮かべる必要も

 ないんですからね 指示するのに齢は関係なしで

 十人のうち一人は女です」

「ぽんぽんと指示するから 指導者タイプと思うと

大間違いでして こういう人ほどツメが甘いし

『自分が一番』と思ってる人が多いです

『二つ目の信号で停めて』だけなんですね

信号機渡ってからなのか・手前なのか指示なし」

「こういう人は普段反抗すると いつまでも根に持つ

 我が我がタイプで 結婚するとヘタぁすれば

 亭主関白・暴力亭主になる人が多いと思います」


★「乗るか乗らないか判断つかない客でもハズれない

  もちろんですよ どこで解るのか・・それは・・

  いくら紫さんでも秘密ですハィッ」

★「私の紫評ですか・・そりゃあ お嬢さんたちとの

  関係で判断できると思いますよ 聞かされるのは

  紫さんのグチばっかりで 職場でもイビられてる

 なのに不思議ですよねぇ 辞~めたってお嬢さんが

 一人もいないんですからね」

「えっうまく逃げたですって・・いえいえそんなこと

  あっ到着しました ありがとうございました」

(おわり)





 これは「他人依存症」にならずに

自分の言動に責任を持ったうえでの「自己主義」で

いこうということです
当然のことながら「素直になる対象」は【自分で】

【他人ではない】ということで そうすると

「自分に素直になり 自信が戻る」というのは・・

以前の記事で『ちっちゃな子どもからみれば母親は

天使なんですか』で触れた【大人の心】でもあり

禅でいえば「悟り」であります

「悟る」という事は「自己責任を伴う自己主義」です

【他人を頼らず 他人の言動に動かされない】

【冷たい人間】になるという事で それは

【他人から】【自立している】ということです

「素直になるには 子どもになりましょう」

赤ん坊とか子どもは 大人どもと違って理屈を

こねないでしょう 簡単ですよね素直になるのは

あ~だ・こ~だ・・と 頭の中で余計なことまで

考えないで 五感で感じた感覚をそのまま受け入れる
 毎日の生活でするべきことを ひとつひとつ丁寧に

こなして感じたことは何も考えずに まずは受け入れる

考えるのは それからでも遅くはない

若い年代のあなたには必要なことなのです 紫のように

閻魔さんの使者が手招きするような齢になれば

ヘンな智慧が邪魔をして 素直になれなくなる

「理屈をこねて素直になれない」というのは・・

『素直だよ 楽したいと思っている自分の気持ちに

素直に忠実に動いているよ』という事ですね

たしかに素直です でも次元が違います

目の前にある最中を見て 美味そうだ~と思い

手で持って食べてみて 美味い~と思うのが素直

手に持つのがメンド-だ 楽して食いたいと思えば

誰かに食わせて貰わねばなりません

 結果があれば 原因はあるでしよう・・

頭の中で考えずに 書き出して原因を探っていく

遠回りだけど 解決の方法です

 自分に素直になり 自分に自信が戻れば

【心の貧乏クセ】も消え【変化を求めて街へ出れば】

【たくさんの笑顔と出会い 幸せが転がっている】

 と まぁ 数回にわたって理屈を並べ同じことを

何度もしつこく話しましたが 現実はどうでしょうか

「人 それぞれ」ですか・・。 (おわり)

これは簡単です「心の貧乏クセ」と話してますが

早い話が「気の持ちよう」なんですね

【抜け出せないのは その気がないからです】

【その気があっても 楽をしたいという気との

 綱引きに負けている】からです

ズボラで楽をしたいと 崖っぷちまで先送りして

それでもなお動かずに職場の娘たちからイビられている

紫の保証付です

 前回では【毎日の生活で訓練していくしかない】と

話しましたが それで直るのか・・

周りに文句ばかり言う・突然キレる・三面記事を賑す

世間に背を向けて生きている・・人たち 逆に

金がなくとも幸せいっぱい・知らない人にでもいつも

ニコニコ笑顔で挨拶する・・人たち

いろいろさまざまな人たちがいます その違いを考えて

みましょう

最初からそうだったのでしょうか・・大概の人たちは

何かの出来事があって変わったとみるべきでしょう・・

【気が変わったのです】

「心の貧乏クセの見栄」は【お金儲けができるか否か】

にもつながってくると話しましたが・・

「お金儲けをしたい」という意識があっても

現状に満足して 変化を求めないからです 

それは「五感とそこからくる直感・感覚」が

退化しているからですね

昔の紫は【典型的な心の貧乏クセ】の大金持ちでした

その大金を 各地の高齢者・乳幼児施設に全額寄付

その後 少し残しておけばと大後悔 いいカッコして

見栄をはったのです

しかしその施設から今でもさまざまな便りをいただき

「見栄という心の貧乏クセ」が 引っ込みました

【周りからの働き掛けで気が変わる】こともあります

その昔の投資経験から・・一つの例をあげます

今 騒いでいる「旭化成基礎工事」ですがね

この報道を聞いてすぐに 三井と旭化成の株価を調べ

そして上場会社で「杭打基礎工事」会社を調べる

さらには「地盤調査会社」も調べる

かりに売買時期を逃したとしても 勉強はできる

 いかがですか・・現役の投資家でこれはチャンスと

素早く動いた人は どのていどいるでしようか・・

「心の貧乏クセ」は 底に【不安・恐怖】があるから

アレダコレダと 余計なことを考えすぎて

動き出すまでグズグズして 時間がかかりすぎる

どっこいしょと ようやく動いても時すでに遅しで

機会利益を逃してしまう

「心の貧乏クセ」による動きは【自分本位】のように

みえますが【他人依存】なんですね 

 前回の後半で「心の貧乏クセ」の例を少し話しました

お金が欲しい~と思ったら 「心の貧乏クセ」が

自分にあるか否か・・まずはそれが先です。