人には 意識というものがある・・という          

意識は 大別すると「意識と無意識」があり

意識を「顕在意識」といって

無意識を「潜在意識」というそうな・・

なんで そのように分ける必要があるのか・・

それでは・・

ナゼに 人にはそのような意識が必要なのか

心というのは この「意識」のことを言うのか

ナゼ 二つの意識が必要なのか一つじゃあ足りないのか

一つだけでも 別に生きていくのに困ってませんけど

紫は困らんけど 演劇とか文学とかの仕事を

している人たちは困るよね・・心という言葉がないと

主人公が悩んだり・何か行動したり・他の人との話しで

必ず『○○の心は・・』何てのがでてくる

心という言葉を使わないと 筋書きができてこない

心という言葉は 必須条件なんだ・・

でも この人たちは「心」って いったい何なのか~を

分かっているのか・・

人間には いったい心というのは いつできたのか・・

潜在意識は過去現在の人間が考えた事の記憶の貯蔵庫

だという だったら顕在意識がそのこともできる

ようにしたら二つの意識なんて必要ないだろう

ひとつの意識で充分なんでは・・

そして驚くことに 潜在意識が顕在意識を陰で操って

いるんだって・・なんでそのようになったんだ

調べれば調べるほど まるでバケツの中の水を

グルグルとかき回しているようなモンだ

二つの意識があるとしたら たがいに補完しつつ

相手の存在を認めて 敬意を持ちながら

物体としての 人間の存在意義をささえているのか

だとしたら どちらかの意識を恣意的に弄り回すのは

できないし ましてや目に見えないのだから・・

私にとって 意識とは何か・心とは何か・・の            

答えはでていない

しかし心という人間の目には見えない 言葉の存在が

ないと 人間に関する説明もできなくなる

そのようなことからすれば 「心」という言葉は

まことに便利であります

「心」はあるのか ないのか・・をべつにしても・・

先の ブログ「サザエさん症候群・いよぉ男前・

不思議な世界を言葉にしたら・日常生活における

異常な言動の事件報道を考える」・・そして

今回の「ちっちゃな子どもにとっては~」の一連の

書き込みは いずれも「心」についての紫の勝手な

思いを述べたものです

興味があり 読み進めていただく場合でも紫は

潜在意識をアレコレと かりに操作できたとしても

そのことについては疑義を持っています。