紫流の委ねる・・3


 最近は世の中やたらと物騒になってきたので

武術の修得をしている人々が多くなりましたよね

 武術も精神的なものと現実的に暴漢から身を防ぐという二面性があります
現実的な修得からみれば・・その真髄は
「危険が潜む場所を察知し近寄らない それでも襲われたら 不意を突き

ひたすら逃げる」にあります
 
 この「危険を察知する」「不意を突く」というのに

『自分の感性と相手に委ねる』がでてきます
追いかける相手は常に自分が優勢だと思っています
ところが追われる相手は決して劣勢ではないのです
 逃げる途中で反転し相手と向き合う すると相手は自分が優勢だと思っている

不意を突かれ気に迷いが生ずる そこを修得している技で不意を突き
とにかく逃げる・・これが護身術の極意です

 相手の不意を突き 技をかける~ということは
相手の油断を利用して我が身を委ねる という解釈を私はしています
これは何も武道だけではなく 

ビジネス場での 相手方との交渉を有利に進めることにも繋がります


 「言葉」自体は感性を持ち 魂を持っている
その言葉を使って 言葉で言い表わせない自分の思いを同時に相手に発している
その言い表わせない部分が波動であり合わせ鏡なのだ と思うのですが

そこに誤解が生ずることもある そうすると・・
できる限り相手に対して「言葉」で自分の思いを伝えなければなりません  

 「言葉」自体は感性を持ち それは自分の感性でもあります
相手に身も心も委ねようとするならば 「自動ドア」 のように相手も

心を開いてくれる・・と淡い期待をもっていますが~さて どうでしょうか・・

 なぜなら 教える者と教わる者 両方が互いに依存しているからなんですよね
この自然の進化的な関係を 佛教では「ダルマ」といっているようですが
基本は「自然体・素直な自分」なんですね
 自分で自分に反発する 相手に反発する そんな時は「瞑想」をおすすめします
心のイライラや疲れは取れてきます ただ座って浮かんでくる思いと

チャネリングをするのです


 合気道の世界では・・

『合気の真髄に呼吸力と呼ばれる相手の力を無力化させ 自分の意のままに

相手をコントロールできる力がある 軽く相手に触れただけで相手が硬直して

しまう現象があります』 これは幻想ではない

しかしながら 合気道では この事について明言はしていないはずですが
合気道だけではなく インドの「ヨーガ」の達人が「大地から自らの身体を
浮かせる」こともできる・・これも事実ですが

 『気』で相手を倒す・・中国では達人がいるそうです
しかし思うに 『気で相手を倒す』というのは 『念力』の分野だと思います

もちろん念力は呼吸を 整える事もしなければなりません 
『霊能力』を使う達人は 何らかの形において 『念力』を行使している
霊能力という場合は 念力によることが多いのだとも解釈できる
霊能力とは念力を凝らすことから起きる不思議なチカラだともいえます

 けれども数ある文献によれば このような霊能力者は早死しています
恐らくは 念力の多用がその因だと思います
 なぜなのか・・是はもはや霊界の話しから始めなければなりません
端折って言えば 5段界あるいは六段界ともいわれる 霊界のほかに

『魔界』があり 念力を駆使する霊能者は魔界の悪魔に魂を売って

その代償として 悪魔から念力を与えられている・・といわれています

 「気」をもって相手を倒す・・そこまで行くには気の遠くなるような修行が
 待ちうけている・・と私は思うのですが。