紫流の委ねる・・2
教えてほしい~と思うときは 自分でどうしようもなくなった時ですね
自分の知識・行動で解決できると思っているうちは 頼る事はしない
しかし何か頼る時の己の心の中に 相手に対しての疑念があれば
相手も十分な答えを出す事ができない
謙虚になり 身も心も相手に対して信頼を寄せる
そうする事によって 相手から十分な答えを導き出す事ができるわけですよね
よく言われる『合わせ鏡』です
相手の知識に納得できれば 難の造作もなくそのまま あるいは肉付して
我が知識にできる
しかし実技となればそうはいかない 段階を追ってのぼりつめて行かねば
なりません
最初から高度な技術を追い求め 相手に要求してもいつかは壁がある
まずは生徒が身も心も教師に任せて近づく そうすると教師は教えなくてはと
真剣に考え責任を感ずるのです
教え教わるを通じて 自分がどのように変わるのか
これは自分の精神世界の問題でもあり 『感性』の領域です
「チャネリング」だって 宇宙からの神からの伝言もあれば
現世の人と人が交わす話しもチャネリングです
昔から『言霊』という言葉がありますが 言葉自身も感性を持っているし
魂があるんですよね
『言霊』でチャネリングする相手は人だけではなく 植物にだって通じると
いわれています
話しを交わす相手が人であっても植物であっても相手に届いているのは
言葉だけではなく 自分の思いであり波動なんですよね
実技を教わる場合でも 自分の「感性」が試されます
最初から高度な技術を要求することなく
ナゼ自分は教わるようになったのか~という目的意識が確立していなければ
教えてくれる相手に身も心も委ねる事はできずに 相手に対して不満が先行し
言葉に出さずとも 波動により相手に伝わるのです
私は若い時から「和弓」をしていました 的をにらみつけて呼吸を整え矢を放つ・・
『当たれ当たれ』と思って矢を放つ時に限ってハズレ
逆に的をチラッと見ただけで 目を閉じ放つと当たる
和弓の体験から思うに 弓と矢は単なるソレではなく心を持っており
弓と矢に我が身を委ねる事によって 自分の力ではなく
矢そのものが的を射てくれるのだ・・と思うようになりました。