具体的な目的は
「老人加入率の格差によって生じた、被用者保険と国民健康保険の間での老人医療費の負担の不均衡を是正する」
ということである。
そして、厚生省が国民へ分かりやすく説明したのが以下の文となる。
75歳以上の方々に「生活を支える医療」を提供するとともに、長年、社会に貢献してこられた方々の医療費をみんなで支える「長寿を国民皆が喜ぶことができる仕組み」です。
マスコミの報道では「後期高齢者医療制度」に否定的な意見が多いが、今後の高齢化社会を見据えて何らかの施策が必要である。
総務省の推計人口(2008/4/1)によると15歳未満の子供の数は、27年連続の減少で1725万人である。
今、高齢者を支えている世代50~30歳代の人間を支えるはずの世代が今の60%ほどしかいないのである。
この世代は、中国やインドからマクロ経済による急速な労働価値のカリブレーションを受けて、生活水準も低下するのである。
国民は、その政策を真剣に議論する時であると考えるべきではないか?
もし、このような施策がなければ、このように国民が真剣に考えることも無かった。
まさしく「人は見たいと思うものしか見ない」である。
否定的な意見が出てくることを承知で敢えてこのような施策を提言する厚生省は、なかなか大したものだ。
そして、今度は国民が施策を提言すべき番だ。
市民運動を通して、自らが政界に打って出る若手を援護する組織に地域住民全員が参加すべきだろう。
マスコミはマーケティング理論に忠実に市場に満足を与えるような言論を書くことが命題である。
マスコミが政治をマクロに捕らえ政策を論ずることを求めるのはお門違いである。
本当に必要なのは、国民が与えられる情報を享受し評論するだけでなく、社会の構成員である自分たちが、自らの知識を高め意見を発することである。
少子化は、なぜ起こるのだろう。
政府は少子化対策基本法の中で、とりわけ第十条において、労働環境の整備についてうたっている。
「育児休業制度等子どもを生み、育てる者の雇用の継続を図るための制度の充実、労働時間の短縮の促進、再就職の促進、情報通信ネットワークを利用した就労形態の多様化等による多様な就労の機会の確保その他必要な雇用環境の整備のための施策を講ずるものとする。」
いわゆる、産んでも働くことが前提である。
しかし、子供を生む側の本当の理由は、
労働条件が悪いのではなく、休んで暮らせるだけの収入が無いのである。
国税局が調べた民間給与の実態調査結果の平成18年度25~30歳のサラリーマンの平均給与額は343万円である。
だから仕事を辞められない具体的な理由は、こんなところである。
・休んで育児をしても夫だけの給料では、その後すぐ働かないと生活が維持できない。
・夫の給料と妻が退職前まで正社員で働いていたときの給与水準でやっと生活が出来る程度である。
そして、
子育てしている女性は、好き好んで働くのではなく。
育児で疲れた体に鞭を打って、家計の為に働くのである。
その歪は社会現象として家庭に大きな影を落としている。
不倫、育児放棄そして幼児虐待へ・・・
既婚女性たちは、働きながらの子育てに疲れ、癒しを求めているに過ぎない。
政府の本音は
配偶者特別控除も削減し、人口減少が避けられない中で、国力(GDP)を維持するためには女性も生産力として貢献させることが妥当と考えている。
だからこそ政府は、少子化を女性の雇用均等や雇用環境改善へ矛先を変えさせている。
そして専業主婦を、非生産者として低い地位にみなそうとしている。
「女性は生む機械」
政府の代弁者である柳沢構成労働大臣は、身を賭して発言したのだろう。
しかし、今や成果主義の社会で働くことと、育児は、簡単に両立できるほど生易しいものではない。
「人は、自分が見たいと思うものしか見えない」
国家は、その国を構成する人たちの写し絵である。
398万7千人の公務員を支える為には経済大国でいる必要がある。
その為の施策は万全である。
それがゆえに、
支える国民は成果主義、格差社会の中であえぎ、人心の荒廃が進みつつある。
東京大学の2006年度「学内広報」2-1.家庭の状況 によれば、主たる家計支持者は「父」が87.8%、職業は「管理的職業」が37.7%、年収額は950万円以上が47.8%である。
格差社会で生き抜くために必要な学歴は、幼児からの教育に掛けるお金で決まるのである。
僕は思う、少子化はなぜ起こりうるのか
親は、生まれて来る子供に幸せを与えられる自信がなければ、子供を生むはずも無いのである。