私が見て、双極症と思われる人物が政治に影響を与えたと考える事例について述べたい。

 

チャーチルの双極症というのは有名であるが、ここでは、故人の日本人を上げてみたい

(チャーチルも、首相就任前は、判断力が怪しい人間であり、チェンバレンの方が優れているというのが周囲の評価だったというようであるが、チャーチルについては、また後日取り上げたい)。

 

まず、日独伊三国同盟の締結に関して、それを進めた白鳥敏夫イタリア大使は、躁病で入院していることからしても、双極症であった。

そして、確定的な診断は内容であるが、近衛第2次内閣であった松岡洋右外相も、双極症であった可能性が非常に高い。

 

以下、WIKIPEDIAを引用

 

松岡は大変な話し好きであり、朝から晩まで喋っていたという細川護貞の回想がある。細川が近衛首相の使いで書類を持って松岡のところへ伺っても、その書類を出す機会がないほど喋り続けていて、仕方なしにまた書類を持って帰ったということもあったという。また、ドイツに行くシベリア鉄道の汽車の中でも、朝起きると話し始め、寝るまで話していたということである。話が途中でも、時間がくれば一時間なら一時間で話し相手となる随員が代わるようにしたが、相手が代わってもかまわずに、同じ話を続けていたという[57]

松岡の満鉄総裁時代に、関東軍参謀副長だった今村均は、満鉄の関係者から「うちの総裁の長談義は、あれは一種の病気です」と聞いて、松岡と会う時は仕事がストップしてしまうことを嘆いている。その今村は、あまりの話の長さに居眠りしてしまい、「今村君!それを君はどう思う」と問いかけられて、やっと目を覚ました。そのとき時計は松岡が話を始めてから2時間を経過していた。[58]

姪の佐藤寛子は、幼少時に子供ながらに松岡から天下国家の話を聞かされ、寛子が居眠りしていても松岡は構わず話し続けたという[59]。松岡の饒舌は、アメリカ留学時から愛好していたコカイン中毒による覚醒症状によるものとする説もある。

松岡自身は「僕は誰にも議論で負けたことがない。また誰の前でも気後れなどしたことがない」と語っており、例外は山本条太郎山縣有朋ぐらいであったと述べている[60]。同じような饒舌さで知られるヒトラーの通訳であったパウル=オットー・シュミットドイツ語版)は、「ヒトラーに数多くの訪問者があったが、ヒトラーに臆することなく真っ向から対談できたのはソ連外相モロトフと「東洋の使者マツオカ」の2人だけであった」と述べている。また日米交渉で対談したジョセフ・グルー大使は、国務省への報告電報において、対談で語っていたのは「90%松岡、10%が自分」であったと報告している[61]

また、松岡は自らの議論に酔ってそれに引きずられる傾向があり、他人の発想を自分のものであると主張することも彼の悪癖であった。ヒトラーとの会談でシンガポール攻撃を勧められると、むしろ攻撃は自分が考えていたことであると言いだし、ドイツ側に不要な言質を与えてしまった[62]

松岡の我の強さの実例

  • 大本営陸軍部戦争指導班(第二十班)の参謀が記した「機密戦争日誌」1941年5月3日の項には「午後一時より待望の連絡懇談会開催 外相(※松岡)対米中立条約提案を先づ発言 全員不同意 外相執拗に主張し軽く打診(大使をして)せしむることに強引に押切りたるが如し」[63]
  • 同日誌1941年5月8日の項「十一時より連絡懇談会開催…外相独舞台の感あり」[64]
  • 同日誌1941年5月9日の項「石川海軍軍務課長松岡と会談せるが如し(十二日午後六時右情報入手)席上松岡の意見左の如し 了解案(※日米諒解案)は俺は大いにやる 但し俺の筋でなければやらぬ」[65]
  • 同日誌1941年5月22日の項「連絡懇談会開催 例に依って外相の独舞台 外相云ふ対米妥協は三分の公算なり シンガポール攻略すべしと 外相の云ふ事為す事常軌を逸しあるが如き感あり 海軍相手にせざる気運ありと 困ったものなり」[66]
引用以上
 
松岡外相の饒舌さやヒトラーやスターリンにも怖気づかなかったのは、そう状態の自信過剰という風に理解すれば、やはり躁病の状態ではあったのは明らかであると思う。松岡外相が双極性であったのではないか、という点は、既にある程度指摘されていることである。
 
昭和天皇が靖国神社の戦犯合祀につき、「A級が合祀されその上 松岡、白取(原文のまま)までもが」と言っているように、白鳥大使や松岡外相の両名が、戦死した訳でもなく、外交官でもあり、しかも両名とも双極症によるそう状態で、日本外交を大混乱させた人物という評価があったのだと思う。
 
そもそも、松岡外相の登用についても、昭和天皇は懸念していたにもかかわらず、松岡外相を登用してしまった近衛文麿は、やはり人を見る目がなかったのだとは思う(近衛文麿については側近の尾崎秀美がソ連のスパイであることも見抜けなかった)。
 
近年の双極症と思われる不祥事は、堀江メール事件の永田寿康議員である。これも、そう状態によって、本来信頼に足りない情報を軽信した事実誤認であり、さらに、それを自信をもって主張したために、前原誠司代表が判断を誤り、二転三転した大混乱で、辞任する自体に陥った。前原代表の人を見る目の判断力の問題でもあった。
 
また、民主党政権下の東日本大震災の際の松本龍復興担当大臣の不適切な言動も双極症のそう状態であった。
 
野党の場合は、注目を浴びる経験が少ないので、注目を浴びる立場でストレスがかかる状況での試練の経験が少ないために、
テストが十分されず、選別が適切にされていないという部分があるのかもしれない。
 

双極症のそう状態の人間の主張することに騙されない、ということ政治においても重要であると思う。